サトシとユウリとキバナが無敗のキングを倒すためにガラル地方で旅する小説 作:lane
「サトシよ、昨日の試合はどうじゃったか?」
ポケモンセンターの片隅にあるパソコンの画面には初老の男性が映っていた。時刻は現在午前7時。俺は今、昨日の試合の結果をオーキド博士に報告していた。
「悔しいですが、引き分けに終わりました」
「おおっ、引き分けとな。しかし、自分の力がそこでも通用するということか。ダイマックスという興味深い現象もさることながら、よくやった…といった所じゃな」
ポケモンが巨大化して、技や能力が強化されるダイマックス…代わりにスピードが失われるというデメリットはあるもののその力は驚異的だった。
「時にサトシよ。突然ですまないがプラッシータウンのポケモン研究所に居るマグノリア博士にこの研究資料を渡してくれんかの?」
「資料ですか?はい!もちろんいいですよ!」
ちょうど色々な街を見ながらガラル地方を旅しようとしていた所だ。目的地は最終的にはエンジンシティでのジムチャレンジ登録で、プラッシータウンは丁度、ワイルドエリア駅をはさんで次の駅だ。なんでもワイルドエリアには多種多様なポケモンが生息しており、環境の移り変わりが厳しくそこに生息するポケモンは珍しいポケモンも多い…とのことだ。プラッシータウンに行くついでにワイルドエリアを経由しながらエンジンシティへ向かう算段を立てる。
「おおっ、頼まれてくれるか!この研究資料は少し特殊でな…なんでもアローラ地方のようにガラル地方でもリージョンフォームのポケモンが生息しているということらしいのじゃ」
「ガラル地方にも、リージョンフォームがあるんですか!?」
リージョンフォームとは、ある環境に適応したポケモンのことで姿形が原種とは違うポケモンだ。メジャーなポケモンで例を挙げるなら、ロコンは通常炎タイプだがアローラ地方では体毛が白く氷タイプだったりする。
「うむ、まぁ実際に見てのお楽しみというやつじゃな」
「くぅ〜!ワクワクしてきたぜ!」
まだ見ぬポケモン達に想いを馳せる。そして、そいつらを仲間にしてジムチャレンジをして一緒に強くなりながらガラル地方のチャンピオン…ダンデさんを倒す。それが俺がガラル地方にやってきた理由だ。元々、アローラ地方を出た後はどこに行こうか考えていた所に、ガラル地方のリーグ委員会から招待状が来たんだ。ダンデさんはその時から不在だったため、手紙にはジムリーダーのキバナさんとのエキシビジョンマッチになる旨が書かれていた。誘われたならば行くっきゃねぇ!ってことで勢いで来てしまったけれど、ガラル地方を調べているうちにこんな話を聞いたんだ。
なんでもここ10年間、チャンピオンは変わっておらず、ダンデさんは無敗だということを聞いた。一体どれだけ強いのか俺は気になった。そして、そんなに強い人に俺は勝ちたい。勝ってポケモンマスターに一歩でも近づくんだ。
「では、頼んだぞ。マグノリア博士にはワシから連絡しておこう」
オーキド博士から資料を転送してもらい、リュックにしまう。さぁ、出発だ!
「ピカチュウ!さあ、いこうぜ!」
俺の相棒、ピカチュウを肩に乗せる。
「ピィカ!」
季節は春だけれどガラル地方の北部ゆえに山々に残雪があり、かなり寒い。けれど、そんなことを一切感じさせない足取りで俺たちはシュートシティの駅に向かい足を進めた。
ハロンタウンの穏やかな街並みを時々振り返りながら、これからの旅に胸を膨らませてプラッシータウンへ向かい外れにあるポケモン研究所にポケモンを受け取りに行く。私の予定は完璧だった。はずだった。
「大遅刻だ〜!!!」
はねた前髪、身支度一つしていない服。何よりも時計の針は10時を指しており、受け取りは9時…もうとっくに過ぎていた!!
「お母さん!起こしてよ!!」
「起こしたけどあんたが全然起きなかったのよ!」
旅の出発がこんなドタバタしていて、この先大丈夫か少し不安になる。だけど私ももう10歳だ。こんなことでつまづいていられない。急いで着替えて髪を整え、しかしリュックはゆっくり背負う。このリュックは旅のお祝いにお母さんが買ってくれたものだ。目一杯大事に扱わないと…!
「お母さん!行ってくるね!!」
ドアを大急ぎで開けて、走る。幸いプラッシータウンはそこまで遠い街ではない。ヘトヘトになるけれど20分も走れば着くし、外れまでは道を間違えなければ12時には着くだろう。
「待っててね!私のポケモン!!」
漸くポケモンが貰える。ちょっとつまづいたけれどここから私のポケモントレーナーとしての旅が始まるんだ。空は雲一つなくまるで私を祝福するように快晴だった。
プラッシータウンに着いた俺たちは、少しこの街並みを見ていた。煉瓦造りの家々は非常に趣があり、街の美しい景観と合わさってとても綺麗な街だ。そして、マグノリア博士のポケモン研究所はこの街の外れにある湖の麓にあるようだ。
自然豊かで、カラッとした暖かい風が吹き抜ける。シュートシティとの気温の違いに少し驚いたけれど、優しい微風はこの辺りが穏やかな街だということを表しているようだった。
「どいてどいて〜!!!」
この雰囲気に似つかわしくない声を聞くまでは。
振り返って確認しようとしたときにはもうそれは目の前に来ていた。
そして衝突する。
「いってぇ!!!」
「いったーい!!!」
これが俺とこの女の子、ユウリとのあまり良いとは言えない出会いだった。
「ご、ごめんなさい!!私急いでて…それじゃ!!」
「あっ!おい!ちょっと待てよ!」
俺の静止の言葉も聞かず走り去る少女。しかし、彼女は大事なものを落としていった。
「はぁ、トレーナーカード落としてるし…えっと名前は…ユウリか。ポケモン研究所に向かっていったようだし届けてやるか」
「ピィカァ…」
やれやれ、とばかりに肩を竦めるピカチュウ。人間より人間らしい仕草にクスッと苦笑いを一つこぼした。
こうして俺の届けものがまた一つ増えたのだった。真新しいトレーナーカードに急いでポケモン研究所へ向かうその理由。恐らく、いや十中八九、旅の始まりに寝坊をかましたのだろう。
「なんだか思い出すな…そういえば随分遠くまで来たよな俺たち」
旅を始めたあの日を思い出す。寝坊して研究所に行って、でも目当てのヒトカゲは既に他のトレーナーの手に渡っていて、残っているのがこのピカチュウだけだったんだよな…
「ピカ!」
「さて、気を取り直して行くか!ピカチュウ!」
最高のパートナーとの出会いを思い出したからか、心なしかいつもより肩が重かった。
「チャァ!」
「ない!!ない!!ない!!ないよぉ!!」
「トレーナーカードが無いのなら、残念だけどポケモンを渡すわけにはいかないわね」
現在私はすごく困っています。なんと、トレーナーカードが無くなっていたのだ。急ぎながらもちゃんと確認したはずなのに…一体どこにいっちゃったの!?
「おばあちゃん、なんとかならないの?」
マグノリア博士のお孫さんのソニアさんが聞く。この人は博士の助手をしているそうだ。
「身分を証明しないことにはなんとも言えないわねぇ…」
こんな筈じゃ無かったのに…あぁ!寝坊なんてするからだ!確か昨日は、キバナさんとサトシさんのポケモンバトルに魅入っちゃってそれで寝られなかったからだ!それにしてもあの時のサトシさんの勢いのあるポケモンバトルは本当に凄かったなぁ…そういえばさっきぶつかった人、サトシさんに似てなかったっけ?いや、ないない。サトシさんはチャンピオンだもん。こんな辺鄙な田舎じゃなくてシュートシティの五つ星ホテルで優雅に過ごしてるんだろうなぁ…って、そんなこと考えてる場合じゃない!トレーナーカードを探さないと…
「うぅ…トレーナーカード。どこいっちゃったんだろう…」
リュックの中にもポケットの中にも入ってなく途方に暮れる。目に涙が溜まっていく。まだ旅は始まってすらいないのに…本当に前途多難だ…
「探し物はこれかい?」
視界の端からどこか聞き覚えがある声がする。振り向くとそこには…
「え?あなたは…サ、サトシさん!?!?」
なんと目の前にはテレビで見たアローラチャンピオンのサトシさんが居ました。なんでここに!?
「なんで俺のこと知ってるんだ?」
颯爽とガラル地方に現れ、あのキバナさんとのバトルで引き分けに持ち込むその強さ…真っ向からダイマックスしたポケモンと戦う勢いの良さ。昨日のバトルを見た人なら、彼を知らない人は恐らく殆どいないだろう。
「あ、あのテレビ見ました!!サイン下さい!!」
彼に詰め寄りサインをねだる。憧れの存在が目の前にいるんだ!このチャンスは逃せない!
「あ、テレビか!サイン?いや、それよりこっちの方が大事だろ?」
目の前に四角い長方形の物体を見せられる。その物体にはユウリと書かれていた。それ私のトレーナーカード!!!
「わ、私のトレーナーカード!!一体どこに!?」
「やっぱり気がついてなかったか。ぶつかった時に落としたんだよ。ほら次は落とすなよ」
そう言って私の手にトレーナーカードを渡される。ん?ぶつかった?あの時か…!?
「わわ、あの時はごめんなさい!そしてありがとうございます!!」
急いでいて周りが見えてなかったんだ。サトシさんを見過ごしてトレーナーカードを落とすなんて何やってるんだ!
でも本当に良かった!危うくポケモンを貰えないまま、トレーナーカードの再発行…なんて目も当てられないことにならずにすんで!
「なんとかなったようね。ごめんなさいねサトシ君。少し待ってもらえるかしら?今からこの子にポケモンを渡すのよ」
「はい!もちろん大丈夫ですよ。邪魔でなかったら俺も見ていていいですか?」
「そうね…ユウリちゃんさえ良ければ」
「え!?あの…むしろ会えたことが感激というか…とにかく全然大丈夫です!」
「そ、そうか。じゃ、見させてもらうぜ。ユウリの旅立ちを」
あのサトシさんに見られながらポケモンを貰うって、どんな状況!?少し…いや、かなり緊張しながらモンスターボールが置かれている机の前に立つが、これから私のパートナーを選ぶワクワク感がすぐに勝り、頬が緩む。
「さて、ソニア。説明してあげて」
「もう、おばあちゃんったら…ガラル地方の初心者ポケモンは…」
「知ってます!炎タイプのヒバニー、水タイプのメッソン、草タイプのサルノリですよね!どのポケモンも可愛いです!」
ヒバニーのぴょこぴょこした耳!メッソンの守ってあげたくなる感じ!サルノリの可愛らしい笑顔!どれもいいなぁ!
「説明はいらなさそうね!じゃあ、皆!出てきて!」
私の様子を見て説明は不用だと察したのかモンスターボールの開閉スイッチを開き、光とともに3匹のポケモンが飛び出す。
「うわ〜!皆可愛いなぁ!!」
写真で見るより本物はもっと可愛らしく見えた。
「触ってみていいですか!?」
マグノリア博士に訊ねる。彼女はにっこりと笑い
「もちろん。好きなだけ悩みなさいな」
と快く了承してくれた。
「じゃ、じゃあ…ヒバニーから!」
「ヒバッ!!」
つぶらな瞳でこちらを見つめていたヒバニーだけれど、私が腕を差し出すと、スリスリしにきてくれた。その瞬間が堪らなく可愛らしくてヒバニーをそっと抱えて胸に抱く。これが…ポケモン!!暖かくて凄く可愛らしくて、でも感じる重さは少し予想以上で…
と、その時一体の影が私に襲いかかる。
いつまでも自分の番が来ないことに業を煮やしたとサルノリが私に飛び乗ってきた。
「わっ!ちょっと…くすぐったいよ!」
尻餅をついた私に戯れてくる2匹のポケモンの元気の良さにびっくりするも、この幸せな時間を精一杯楽しむ。メッソンは不安なのかまだ机の上にいるけれど…でも、この中から1匹選ばなきゃいけないんだよね
。選べないよこんなの。
「皆めちゃくちゃ可愛いじゃないか」
どうしようか迷っていた所にサトシさんが話しかけてきた。
「そうなんですよ!もう皆可愛くって…でも」
でも、言葉とは裏腹に私の考えは決まっていた。最初に見た時から決めていたんだ!私がさっきまで不安だったように、この子にも安心してほしいって思ったから!
「決めました!私!メッソンがいいです!」
私の声が研究所内に響き渡った。びっくりした顔をするメッソン。まさか自分が選ばれるなんて思っていなかったんだろう。この子に近づきしっかりと目を合わせる。
「よろしくね!メッソン!」
不安そうな顔から少しだけはにかむメッソン。今は不安かもしれないけれど、立派なトレーナーになっていつか君を笑顔にしてあげるね!
泣き虫メッソンとユウリちゃんのコンビを書きたい