サトシとユウリとキバナが無敗のキングを倒すためにガラル地方で旅する小説 作:lane
少し落ち込む出来事が最近あったのですが、感想や評価を頂き、また復活しました。
まだまだ肌寒く森が朝露に包まれている時間。山の稜線の辺りは僅かに赤みを帯び、もうすぐ太陽が昇ることを教えてくれる。澄み渡った空気は心を落ち着かせ、眼前には大きな湖が広がっていた。
ここは2番道路の外れ。博士の家があり、私は少しの間そこに厄介になっていた。
というのも、先日のロケット団による襲撃。いわば初心者トレーナーを狙った悪質なポケモン泥棒の一件で、他の初心者トレーナーやジムチャレンジを行う者に注意喚起を促すために少しの間ここで事情を話す必要があったからだ。
「でも、ちょっと旅するの怖くなってきたなぁ…」
思い起こすのは、鋭利に尖ったニャースの爪。あの小さい体躯に見合わない細くて鋭い爪がまた向けられるかもしれない…と思うと背筋が凍ってくる。
「ううん!私にはメッソンも居るし、旅の最初から躓いたぐらいで挫けちゃだめ!!」
嫌な記憶を忘れるように私は頭を振りかぶり、目の前に広がる湖を見つめる。透明度の高い水の中にはコイキングやサシカマスが泳ぎ回り、茶色いコイキングに似たポケモンもゆっくりと泳いでいる。
私は今はある人を待っているところだった。その人と話をするために。
「よう、ユウリ」
後ろから声が聞こえて振り返るとそこにはサトシとピカチュウが居た。ピカチュウの方は少し眠そうだ。
「おはよう、サトシ」
「あぁ、おはよう。隣、いいか?」
「うん」
隣に腰掛けるサトシ。なんて会話を切り出せば良いか迷い、少しの間、空白ができる。
「えっとね…今日呼んだのは、私と…」
意を決して、言葉を紡ぐ。勇気を出せ!私!
「……私とポケモンバトルしてくれないかな?」
それを言った瞬間、彼の茶色い瞳が一瞬だけど燃えたような、そんな気がした。
「あ、えっと…!メッソンもこの間の件でやけにバトルに興味持って、私もジムチャレンジの前にまずは自分達の身を守れるようになんないといけないかなぁって思ったの。それに…」
「それに?」
「強くなりたいから」
あの時私が強ければメッソンを助けられたし、メッソンも同じ気持ちだ。だからこそバトルに興味を持ったんだと思う。チャンピオンと初心者。間違いなく相手にならないと思うけれど、それでも私たちの気持ちは一緒だった。強くなるという漠然としたその道の果てに居るサトシと戦いたい。それだけだった。
様々な気持ちが籠もった瞳で彼をまっすぐ見据える。
「オーケー。やろうぜ、バトル」
それだけ言って立ち上がり、後ろにあるバトルフィールドに向かうサトシ。私も続いて向かい、対面する形になる。
さっきみたいな澄んだ空気はそこになかった。私は彼と対面しただけで、まるでスタジアムの中にいるような、そんな錯覚に陥った。足が震えて、喉が乾く。これがチャンピオン…!
「そう緊張するなよ、ユウリ」
雰囲気とは裏腹に投げかけられる言葉は軽かった。
「無茶言わないでよ。初バトルなんだからっ」
初バトルでチャンピオンに挑む人間なんて世界中見ても私くらいだろう。ずっとテレビで憧れていたポケモンバトル。ジムリーダーのキバナさんと凄い戦いを繰り広げた他地方のチャンピオン。胸がドキドキしてくる。
静まり返る空気と張り詰める緊張感。私は勇気を出してプルプル震える手でモンスターボールを振りかぶった。
「いくよっ!メッソン!!」
ボールから出てくるメッソン。その目は闘志に燃えており、この前の不安そうな顔は見る影もない。いや、よく見ると少し震えている。
「がんばろうね!メッソン!」
声を掛けてポケモンをリラックスさせる。ポケモン勝負はコミュニケーションだって本で読んだことがある。その時はバトルだから競技じゃないの?って思っていたけど、その意味が今分かった気がする。
「ココガラ!君に決めた!!」
対するサトシのポケモンはココガラ。飛行タイプのポケモンで群青のの体毛と赤い目が特徴的なポケモンだ。後で話を聞いたけれど、まどろみの森で私を探す時に捕まえたそうだ。流石にピカチュウで来られたら勝負にすらならないだろうと思っていたけど、どうやら杞憂だったようだ。
「先行はそっちからでいいぞ」
「お言葉に甘えて、メッソン!はたく!!」
メッソンがココガラに飛びかかる。そして、尻尾を伸ばして溜めを作る。
「ココガラ、尻尾の根本めがけて突撃」
メッソンがはたこうとしたその瞬間、ココガラが間合いに入り尻尾の付け根へ突撃してくる。バランスが崩れた!?
「そのまま掴んで空中へ行くんだ!」
「メッソン!?」
メッソンを連れ去り、上空へと羽ばたくココガラ。まずい!全然指示ができない!どうしたらいいの!?
「地面へ叩きつけろ!!」
勢いよく振り落とされるメッソン!何かしなきゃ…!何か…!!そうだ!
「メッソン!地面に水鉄砲!!」
勢いよく噴射される水鉄砲がメッソンの落下スピードを落として器用に空中で回転しながら着地する。危なかった…!!
両者は距離を取りバトルが始まった時と同じ対面する形になる。しかし、今の攻防でメッソンは慣れない空中を体験し、肝を冷やしたようだ。
「初めてのバトルにしては冷静な指示だな!ユウリ!」
内心全然冷静じゃない…!!はたくの間合い、タイミング、淀みのない指示。両者のポケモンのレベルに大きな差はないはずなのに、サトシの指示でココガラの動きに無駄が無くなっている気がする。
目まぐるしく動き続ける状況に的確に指示を飛ばすのは、想像していたよりもずっと難しかった。これがチャンピオンの力…?
「まだまだいくぜ!爪を研いで旋回だ!」
メッソンの周りをココガラが飛び回る。はたくは安易に使えない…!なら…!
「メッソン!水鉄砲!」
水鉄砲は正確にココガラ目掛けて連続で発射される。しかし、飛び回っているココガラには全く当たらず、メッソンは息を切らす。
「そこだ!つつく攻撃!」
まるでその息切れがねらいだったかのように、ココガラに指示を飛ばすサトシ。
「メッソン!!」
メッソンはココガラの攻撃を受けてこちらに吹っ飛ばされてくる。しかし、既の所で踏みとどまる。しかし。
「畳み掛けろ!つけあがる攻撃!」
未だ体勢が覚束ないメッソンにココガラがまっすぐ急襲してくる。でも今なら攻撃は当たるはず…!
「正面に水鉄砲!」
しっかりと地面を踏ん張って発射出来なかったから、威力は少し控えめな水鉄砲がココガラに向かっていく。
その時、サトシの口元が笑みを浮かべたように見えた。
「突っ込め!ココガラ!」
「うそっ!?」
水鉄砲なんて、なんともないと言わんばかりに強気で突っ込んでいくココガラを見ているしかなく、メッソンに指示を出すことすら私は忘れていた。そして両者は激突する。
辺りが砂煙に覆われ、それが晴れた時には、私の足元にメッソンが横たわっていた。
完膚なきまでの敗北だった。攻撃らしい攻撃を一度も当てることすら出来ず、終始サトシのペースで勝負は終わった。そのことが、悔しくて唇を噛む。自分のポケモンが何も出来ずにやられていくのを見ているしかなく、指示も出せず敗北する。
「ごめんね…メッソン…」
ボールの中に戻したメッソンにそう呟いた。ボールを仕舞った後も、握り拳は解けず、あの状況でああしていれば…という後悔ばかりが押し寄せてくる。
「お疲れ、ココガラ」
サトシのココガラを見る。最後に水鉄砲を喰らったはずなのに、まるでダメージを受けていないその姿に、1人のトレーナーとしてとてつもない差を感じる。
「初バトルとは思えなかったぜ、ユウリ」
いつのまにか、こちらに近づいていたサトシに声をかけられ、はっとする。目の前には、手を差し出したサトシの姿がある。
こんなに悔しいのに…!胸が痛いほど悔しいのに…!
私はその手を取ることがどうしても出来なかった。バトルが終わった後はハンドシェイクとよく言われるが、実際は悔しくて仕方がなくて、とても握手なんてしていられない…!
それでも、1人のトレーナーとしてその手を取るしかなかった。弱々しく差し出した手に、がっしりと握手される。
「あはは…急にバトル挑んでごめんね!!ぜ〜んぜん!歯が立たなかったよ。……流石チャンピオンだ!ほんとに…流石だ……」
目に涙が溜まってきて、思わず私は背を向けた。この涙は見られたくなかったから。
「で、でも次はこうはいかないよ!!次、バトルする時は……
バトルする時は…」
「負けないから」
それだけ告げて私はその場を走り去った。胸の中では、相手がチャンピオンだから仕方がないという思いと、自分への不甲斐なさと、後悔とメッソンへの申し訳のなさ。色んな気持ちがぐるぐる回っていて、今はこの胸の苦しみをなんとかしたかった。そして、それはきっと戦うことでしか和らげられないのだろう。
そして私はエンジンシティ行きの切符ではなく、ワイルドエリア行きの切符を買った。
旅の最初からクライマックスに突入してしまった…
弱体化を受けたとはいえ、シンオウリーグベスト4のサトシに勝っちゃう初心者トレーナーも存在するので、初バトルがチャンピオン戦でもいいよね?