及川side
夜中から岩ちゃんから電話がかかってきた時は何かと思った。
でも麗香の泣き声が聞こえた瞬間一気に頭も目も覚めた。
ベッドから飛び起きた時はシーツに引っかかって転んだけどお構い無し。
だって麗香が泣いてる。あの日から…優香が死んだ日から泣かなかった麗香が…どうしたのかと問えば
また驚くべき答え。麗香は"寂しい"と言った。
及川「ハッ…ハッ…、ッ麗香…」
街灯が照らす夜の街を走りながら麗香の事を考える。
麗香が産まれたのは肌寒い秋だった。ヒラヒラ舞う紅葉が綺麗で、冷たい風の匂いが赤い鼻をくすぐる。今でも覚えてる。
及川「優香…ごめん…ハッ…ハッ…、俺全然ダメだ……」
麗香に1年も我慢させちゃった…。葬式の時から…、俺は泣いてばっかで、麗香に泣いていいんだよって、言ってあげられなかった…。その後だって…練習とか合宿ばっかで全然遊んであげられなかった…。
及川「だから…もう離さないから…!」
麗香が1歩踏み出してくれたんだ。1歩踏み出して、手を伸ばしてくれたんだ。絶対に離さない。今度はちゃんとそばにいて、麗香の涙を受け止める。
岩ちゃんたちにはホントに感謝してる。いつも麗香のこと気にかけてくれて。俺は色んな人に助けられてきた。さっきだって電話で話してたら監督から早く行ってやれって言ってくれて…チームメイトは俺の荷物は後で届けてやるからってすぐに見送ってくれた。
及川「優香……、俺は幸せ者だよ…」
優香はどうだった?幸せだった?俺優香の事幸せに出来てた?
何言ってるの徹………
及川「!優香…?」
いないと分かっててもその場で止まって周りを見渡して優香を探す。
今確かに優香の声が聞こえた……。
私が幸せじゃなかった時なんてないよ…早く麗香の所に行ってあげて……
及川「ッ……優香、ありがとう…!」
優香の言葉に背中を押されるように大きく1歩を踏み出して走る。
もう何も迷うことなんてない。麗香が手を伸ばしてるんだから。走ってその小さな手を掴むことが、今の俺のすること。
なんだろう、この気持ち。胸の底から湧き上がる抑えきれない感情。やっと、俺たちは歩き出すことが出来るんだ。ここが、俺と麗香のスタートライン。
及川「はぁ…っ、 ガチャ! 麗香ッ!!」
力の限りに大好きな娘の名前を呼べば小さな足音が聞こえてくる。
靴を脱ぎ捨てて家の廊下を走る。
麗香「パパっ!」
及川「麗香!」
膝を床について、駆け寄ってきた麗香をぎゅうっと抱きしめる。
小さな手で背中を掴んでくる子供らしさが愛しくて愛しくて、今までのことも全部フラッシュバックみたいに頭の中に流れてきて、涙が出る。
及川「ただいま…っ、麗香」
麗香「おかえりパパっ!」
優しく抱きしめてた手をゆるめて麗香の顔を見ると、大きな真珠みたいな涙を流してて、心の底から笑ってるように見えた。