Obsolete ship   作:しらたきの図書室

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胎動、ヨルムンガンド

数日間の休息を経て、私たちは再び軍服の襟を正していた。

 宿舎での賑やかな時間は終わりだ。今日、私たちは「正式な軍隊」としての産声を上げる。

 

 

 

ー中央司令部・大講堂ー

 

 

 

 深海棲艦本部の威信をかけたような、荘厳な式典会場。

 壇上には戦艦水鬼、空母棲鬼、そして集積地棲姫といった重鎮たちが居並び、その鋭い視線が私たちに向けられている。

 

 

戦艦水鬼「レ級少佐。前へ」

 

 

 私は一歩踏み出し、壇上で敬礼を捧げた。

 

 

戦艦水鬼「これより編成完結式及び編成人事を行う。少佐、貴官の推薦に基づき、配下の主要個体へ階級を授与する」

 

 

 私の後ろに立つ面々の名前が呼ばれる。

 

 

戦艦水鬼「リ級、ヲ級、ル級、タ級。貴官ら四名を『大尉』に任ずる。今後は少佐の右腕として、その力を存分に振るうがいい」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 四人の返声が講堂に響く。リ級は少し緊張した面持ちで、ル級とタ級は誇らしげに、ヲ級は静かにその重みを受け止めていた。ただの汎用艦が「大尉」という士官級の階級を得る。それは、彼女たちが「消耗品」から「替えの利かない戦力」へと昇格した証でもあった。

 

 

戦艦水鬼「そして……これより貴官の率いる独立遊撃艦隊に、正式な名称を与える」

 

 

 水鬼が一度言葉を切り、深い煙と共にその名を口にした。

 

 

戦艦水鬼「部隊名、”ヨルムンガンド”。世界を巻く大蛇の如く、敵を締め上げ、逃がさぬ牙となれ」

 

レ級少佐「……拝命いたします。我が艦隊、ヨルムンガンド、これより本部直属の任に就きます」

 

 背負う名が決まった瞬間、空気の密度が変わった。

 私たちはもはや、ただの流浪の艦隊ではない。本部の牙なのだ。....フェンリルだとかグレイプニルだとか名付けてたのはあなたかい。

 

 

 

ー司令部回廊ー

 

 

 

 式典の後、私たちはノ級の案内で他の主要部隊との「挨拶回り」に向かった。

 

 

ノ級「少佐、ここからは本部の主力。特異な存在が多くなりますので、お気をつけて」

 

 

 最初に現れたのは、禍々しいオーラを放つ一団だった。

 

 

戦艦棲姫「……貴様が、あのレ級か」

 

 

 中央参謀本部(グレイプニル)隷下、最精鋭主力攻撃艦隊()()()()()

 その司令官、戦艦棲姫が私たちを見下ろす。その瞳には、並の深海棲艦を竦み上がらせるほどの狂気と闘争心が宿っていた。

 

 

戦艦棲姫「フェンリルは喰らうだけの部隊だ。ヨルムンガンド……その名の通り、我らの獲物を横取りせぬよう、上手く立ち回ることだな」

 

レ級少佐「……肝に銘じておきましょう」

 

 

 彼女たちの放つ殺気は、先の第一艦隊すら凌駕している。これが本部の「本気」というわけか。今後の付き合いで必ずどこかで衝突することがあるだろう。注意せねばならないと感じた。ああいう横暴さは深海棲艦でもあるのだな....

 

 

 

ー工廠・管理棟ー

 

 

 

ノ級「……ここが本部の心臓部、工区および管理棟です。この島がこれほどの機能を保てているのは、彼女の執念と手腕があってこそですよ」

 

 

 ノ級に導かれた先は、巨大なクレーンが林立し、絶え間なく火花と重低音が響く広大な一画だった。そこには、軍服の上から無造作に作業用コートを羽織った巨大な影があった。

 

 

港湾水鬼「ん?……ああ、ノ級か。それに新設の『()()()()』さんたちだな」

 

 

 港湾水鬼。

 この巨大な深海棲艦司令本部をゼロから築き上げた張本人であり、現在は基地守備艦隊「()()」の司令官としてだけでなく、建設・修理・港湾運用の全てを統括する「基地管理人」でもある。

 

 

港湾水鬼「私は港湾水鬼。この地獄(基地)の維持管理から、あんたたちが今朝使ったシャワーの配管、寝ていたベッドの設計まで、全部私の管轄だ。……この基地、住み心地はどうだった?」

 

レ級少佐「……素晴らしいものでした。深海にこれほどの文化的水準を保った施設があるとは、正直驚かされましたよ」

 

港湾水鬼「ははっ、そいつは光栄だね。戦うだけが深海棲艦じゃない。……少佐、あんたたちの艤装のメンテナンスや補給も、私の管轄で行うことになる。何か不具合があれば、いつでもここに持ち込みな。戦う奴らが最高の状態でいられるようにするのが、私の仕事だからね」

 

 

 彼女の指差す先には、損傷した艦を修復する巨大なドックと、整然と並ぶ資材の山があった。戦艦棲姫(フェンリル)が「破壊」の象徴なら、この港湾水鬼は「生産と維持」の象徴。

 

 

港湾水鬼「戦いに行きゃ、必ずどこか壊れる。だが安心しな。私が作ったこの港がある限り、あんたたちに『帰る場所がない』なんて思いはさせないよ」

 

 

 その言葉は、過酷な「遊撃」という任務に就く私たちにとって、どんな激励よりも心強く響いた。さっきのと比べで何とも関わりやすそうだ。ありがたい。

 

 

 

独立遊撃艦隊(ヨルムンガンド)・作戦会議室ー

 

 

 

 式典の興奮が冷めやらぬ中、私は司令部から割り当てられたヨルムンガンド専用の作戦会議室にメンバーを集めた。全員の胸には、新しく授与された「大尉」の階級章が鈍く光っている。

 

 

レ級少佐「……さて、浮かれるのはここまでだ。部隊名が決まり、階級も上がった。これからは各員に『役職』を与え、軍隊としての運用を開始する」

 

 

 私は机の上に、編成表を広げた。

 

 

レ級少佐「まず、ヲ級大尉。貴官を『航空群司令』に任命する。我が艦隊の眼であり、傘だ。艦載機の運用、偵察、制空権の確保……全てを任せる」

 

ヲ級「……承知しました。少佐の進む道を、空から死守いたします」

 

レ級少佐「次にル級大尉。貴官を『第一砲撃戦隊長』に。我が艦隊の主砲だ。遠距離からの精密射撃で、敵の主力を粉砕しろ。副官としてタ級をつけ、突撃時の火力を管理してもらう」

 

ル級「承知いたしました。一射も無駄にはいたしません」

 

タ級「了解、了解ー!ル級のサポートなら任せてよ」

 

レ級少佐「そしてリ級大尉。貴官を『遊撃水雷戦隊長』、および『艦隊副官』に任命する。前衛を率いて敵陣を掻き回せ。それと……私が現場で指揮に集中できるよう、艦隊全体の士気管理も貴官の仕事だ」

 

リ級「おおい、副官かよ!……ま、俺に合ってるかもな。いーぜ、任せとけ、少佐!」

 

 

最後に、私の影のように控えている小さな姿に目を向ける。

 

 

レ級少佐「イ級少尉。貴官は『旗艦直属付』だ。私の周辺警戒、および緊急時の伝令を担え。いいな?」

 

 

イ級少尉「はいっ!....へへーん。しょーさのことは、私が守る!」

 

レ級少佐「……よし。そして、チ級。貴官は引き続き偵察隊のリーダーとして、ヲ級の航空索敵と連携し、情報の精度を上げろ。ヘ級、ヌ級……それぞれの持ち場は編成表通りだ」

 

 全員が引き締まった表情で頷く。ただ集まっただけの集団が、今、明確な意志を持った「機構」へと変わった。

 

 

レ級少佐「港湾水鬼殿には、各員の艤装を役職に合わせて調整するよう依頼してある。集積地棲姫殿からは、遊撃部隊に優先的な弾薬配分を取り付けてきた。……言い訳はできないぞ」

 

 私は最後に、手元の指令書を強く握りしめた。

 

レ級少佐「ヨルムンガンド、編成完結。……これより、初任務の説明を行う」

 

 

 新設遊撃艦隊「ヨルムンガンド」としての最初の人事を終えた直後、会議室の大型モニターに海図が展開された。青く光る海域に、赤く引かれた一本のライン。それこそが、今回の獲物だ。

 

 

レ級少佐「……さて、初仕事の内容だ。目標は『南方連絡線・海域三号ルート』。鎮守府側が再建を急いでいる、最重要補給路への強襲を行う」

 

 

 モニターがズームアップされ、島嶼部の間に設けられた中継基地が強調される。

 

 

リ級大尉「補給路か……地味な仕事に見えるが、今の鎮守府にありゃあ生命線だろうな」

 

レ級少佐「その通りだ。先のB海域での戦闘で、奴らは第一艦隊を含む主力の一部と大量の輸送艦を喪失した。現在、奴らはこの連絡線を使って、後方から資源と新型艦載機、そして再編された水雷戦隊を前線へ送り込もうとしている」

 

ヲ級大尉「……それを断てば、前線の艦娘たちは干上がるということですね」

 

レ級少佐「ああ。今回の作戦目的は三つ。第一に、敵輸送船団の完全撃破。第二に、航路上の偵察拠点となっている中継施設の破壊。そして第三に……」

 

 

 私は海図の一点、中継施設のさらに奥に位置する霧の深い海域を指差した。

 

 

レ級少佐「救援に駆けつけるであろう、敵の増援艦隊の迎撃だ」

 

ル級大尉「……敵の戦力規模は?」

 

レ級少佐「偵察の結果によれば、護衛には軽巡二、駆逐四。だが、施設からの緊急信号を受ければ、近隣の鎮守府から高速戦艦を主力とした緊急展開部隊が数分以内に現れるはずだ。おそらく、金剛型の残存艦か、あるいは新鋭艦だろう」

 

タ級大尉「おー、またデカいのが来るんだ。腕が鳴るねぇ」

 

レ級少佐「ヨルムンガンドの戦い方は『遊撃』だ。正面から馬鹿正直に殴り合う必要はない。ヲ級、航空索敵で敵の護衛を散らし、隙を作れ。そこをリ級の水雷戦隊が食い破る。ル級、タ級、貴官らは敵増援が現れるであろう海域をあらかじめ射程に収め、現れた瞬間に致命打を叩き込め」

 

「「「了解!」」」

 

 

 私はモニターを消し、静かに立ち上がる。

 

 

レ級少佐「我々はこれより本部の牙として、海を締め上げ、絶望を撒き散らす。……ヨルムンガンド、出撃準備。三十分後に桟橋へ集合。以上だ」

 

 「ハッ!」という力強い返声が会議室に響き、部下たちが一斉に動き出す。

 最後に残ったイ級少尉が、私のコートの裾をちょんと引いた。

 

イ級少尉「しょーさ、怖い顔してる。……でも、すっごく強そう」

 

レ級少佐「……そうか。なら、お前もしっかりついてこい。私の背中は、お前に任せているんだからな」

 

イ級少尉「あいさー!」

 

 

 私は軍帽を深く被り直し、冷たい潮風が待つ外へと歩き出した。かつて私を「悪魔」と呼んだ者たちへ、今度はさらに深い地獄を見せてやる番だった。




ヨルムンガンド、初陣。
再建を急ぐ鎮守府に、少佐の知略と圧倒的な火力が襲いかかる。
次なる戦場で彼女たちを待つのは、艦娘の執念か、それとも――。
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