楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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9.クオオオオオーッ!

 モクちゃん号の前方は、床板がパカリと外れるようになっている。

 あらわになった骨組みの下、ぽっかり空いたスペースには、毛布にロープにハンモック、服や下着にリュックと本、そして二本のオールが仕舞ってあった。

 

 島の海岸線に沿い、オールを漕いで舟をすすめる。帆は2つともしっかり畳んで、大きすぎるカヌーのように、腰をおろして櫂を押し、櫂を引き、とくりかえす。

 

 ふりかえれば、ヴァメルの港は遠ざかり、もう見えなくなっていた。無骨な岩場の数々と、時折かすかにチラリと見える、砂漠の姿が視界を彩る。

 

 そのどこにもかしこにも、見わたす限りに、鳥がいない。やっぱりそうだよなぁ、と重い気持ちになりながら、舟を進めたせいだろうか。

 異変に気づいたのは、その場所に入り込んでしまったあと。

 

「うんっ?」

 妙な手ごたえを感じ、疑念をいだいた。舟が前に、進まない? 海藻か何かにひっかかったか?

 いいや。どちらかというとこれは、川を逆走しているような……。

 

「ああ? 嘘だろこれ、さっき言ってた大きな川って、」

 オールから手を離し、立ち上がる。

 見える世界は、端の端まで、水面である。

「これ………川ぁ!?」

 

 でかすぎねぇか!?

 

 海だと思ったら川だった。何を言っているのかわからねぇと思うが、たぶんきっと、これは川なのだろう。

 水面下に手をつっこめば、かすかに水の流れを感じる。海の波打ち方じゃない。前方から後方へ、ゆるやかながらに迷いのない、一方的な水流だ。

 

 海岸線に沿っているつもりが、知らぬ間に、川べりに沿って、川を逆走していたようである。

 そんなことある?

「っええええええ!?」

 納得いかねぇ!

 

 こんな時こそ、見聞色の覇気だ。ソナーのように微弱な覇気をばらまいた。

 基本的な性質として、生物の覇気は、他の生物の覇気と反発しあうものである。

 はね返ってきた、さらに一回り微弱な覇気を感じとることができれば、周囲に生物がいるか否かが分かる。

 

 私の展開できる、見聞色の覇気の範囲は、最大で半径50キロ。

 私は、自分を中心として、楕円形に覇気を広げることができるため、水中や地中、海中の生物もある程度察知できる。

 これを逆手にとれば、どこに陸があるかもわかる。魚がいれば、そこは水中。モグラがいれば、そこは地中だ。

 

 モクちゃん号を中心とした、半径50キロの範囲内に、陸はあった。私からも見えている、右側の陸地だ。

 しかし問題は、それとは真逆の、左側。

 おおよそ30キロ先に、魚がいる。30キロ先まで、水である。

 その先にも、地中にいる生き物の気配が感じられない。

 

 これほんとに川か!? 川幅30キロ以上ある川って、あるのか!?

 

「えっつか、なんだこいつら」

 ひとりごとが聞こえた訳ではないだろうに、絶妙なタイミングだった。

 

 (おそらく川岸なのだろう)ベージュ色をした、大岩の上。

「クオーッ!」と威勢よく鳴きながら、一匹の珍獣が現れたのだ。

 

 「亀?」のような甲羅を背中にしょっている。背中だけじゃない、頭の上にも、ヘルメットような形の甲羅。

 その体も全体的に、くすんだ緑色をしている。

 しかし下半身には、足がない。イルカのような尾っぽを地面にべたりとつけて、胸を張って立つその珍獣。

 

「クオッ、クオッ、クオクオッ!」と言いながら、シャドーボクシングをシャシャッと始めた。

 そう、腕がある。二本もある。

 ヒレと言うには太く長すぎるが、指はないので、ヒレだろうか。

 顔はといえば、まるっこい頭に、つぶらな瞳、可愛らしいライオンのような口元。

 

 つまりこいつは………さっぱりわからん! だれだお前!

 

 初めて見る生物に、テンションが上がった。これだから旅はやめられない。グランドラインは宝の山だ。未知との出会いがゴロゴロしている。

 

「やぁ、私はマジェルカ、シェルディーナ・マジェルカ、旅人だ。よろしくっ!」

 

 片手をあげてあいさつしてみる。すると………(命名)亀ラッコは、シャドーボクシングの手を止めた。

 ふしぎそうに首をかしげて、「クオッ!」と片手をあげて見せる。

 そうしてくるりと振り返り、大岩の裏側を見下ろしたかと思えば、クイクイッと手をこまねいて、何かを呼んだ。

 

 すぽんすぽんすぽんすぽん! と岩の上に躍り出た、あらたな(仮名)亀ラッコたち。

 大岩の上まで、ジャンプして飛び乗ったらしい。相当な脚力……いや、尾ヒレ力?である。

 ズラリと並んだその数は、100匹とすこし。

 そいつらは皆、礼儀正しく、「クオオオーっス!」声をそろえて礼をした。

 

「あっ、どうも」つられて私も礼をしよう、と、したその時。

「クゥウウウウォオオオオオォオウッ!」

 

 100匹あまりが一斉に、私めがけて落ちてきた。事故ではない、目を見ればわかる。

 つぶらな瞳はしっかりと、私の姿をみさだめて、ふりあげた己の拳を叩き込まんと、闘志の炎を宿してギラつく。

 

「おおおおっ?」

 どうやら、私を歓迎してくれるらしい。彼らの拳に殺気はない。あるのはひたすら純粋な〝戦い〟への熱意。

 

 なんだか嬉しくなってしまう。幼少期を無人のジャングルですごした元野生児としては、いつまでたっても憧れなのだ、こういう、獣同士ならではのスキンシップ!

 

 一番槍の一匹を、つかんで手首をひるがえす。投げ飛ばされた一匹は、巻き込まれた数匹とともに視界から消えた。水面がボシャボシャシャン!と音をたてる。

 

 ポイポイポイ、とはじめの数匹を手首のスナップで投げながら、「お相手しようっ!」返答を発した。

 おそらく先ほどの一礼は、〝試合してくれ! おねがいしまーす!〟というような意味だったのだろう。

 人の言葉がわかるのか、彼らの瞳の輝きは、よりいっそう鋭さを増す。

 

 亀ラッコ(仮)たちは、一体一体が1メートル30センチほど。筋肉でしっかり太ったその体躯は、おそらく私よりも重たい。

 

 私は決してチビではないが、私より小さく軽いケンカ相手など滅多にいない。

 私は決してチビではないが、この海で生き残ろうと思えば、ウェイトや体躯の差を覆す戦法など、基本中の基本である。

 

 とんできた拳には、肘をつきだした。新体操のボールをあやつるように、相手の動きを二の腕でうけとめ、しなやかに肩を回せばいい。念押しに、手の甲でくいと後押ししてやれば、ほら。

 拳を出した一匹は、加速した己の勢いを止められず、後方へふっとんでいく。

 

 肩の先で、ふくらはぎで、足の甲とつま先で、時には首のうしろをつかって、数多の攻撃をさばいていった。

 私が相手を見るように、相手も私の動きを見ている。

 頭上がガラ空きだ、と見たのだろう。仲間の体を踏み台にして、一匹が上空へまいあがる

「クゥオオオオーーーッ!」

 なるほど。くるりと一回転したそいつは、尾っぽでビンタをかますつもりのようだ。

 

 ちょっと面白そうなので、周囲の亀ラッコ(仮)たちをすばやく吹き飛ばし、待ち構える。

 

 人間をふくめた、大抵の動物は、後ろ足の筋力が強い。パワーだけを比べれば、殴るよりも蹴りを放ったほうが強力な攻撃となる。

 

 見た所、亀ラッコ(仮)の尾びれも、そうとうな筋力を保有しているようだった。あれだけしなやかにジャンプできるのだから、ひねりをつければ見た目以上の遠心力が味方する。

 上空へとびあがったことにより、全体重と、位置エネルギーまでもが加わって、ひときわヘビーな一撃となるだろう。

 

 避けるのはもったいない。いなすのも、もったいない。

 タイミングを見計らってかち合わせようかと、拳を握って、やっぱやめる。いやいやいや、バカ正直に真正面から拳でうけたら折れちゃうよ、亀ラッコ(仮)の骨が。

 

「うりゃ」

 

 それだから、手のひらを、差し出した。

 ななめ前、約20センチ頭上にて、黒い手のひらと緑の尾ひれがぶつかりあう。

 

「おー!」

 

 いい蹴りだ。ウェイトを余さず乗せてある。思わず頬がゆるんでしまう。

 なんなんだろうな、いい攻撃をうけると、なぜかテンションが上がるこの現象。

 

 音は鳴らなかった。そりゃそうだ。音も衝撃もなにもかも、私がすべて受け流している。

 

 せっかくの〝歓迎会〟なのである。正面から拳をぶつけあい、互いの力を届けあいたいなぁとは思う。

 しかし私は、ケンカが強い。このグランドライン前半の海で一番とまではいかないが、人間だけで比べたならば、ベスト30に入るほどには強い。

 亀ラッコ(仮)をふつうに殴ってしまったら、相手がその場で千切れてしまう。

 やさしく殴ってしまっても、相手はその場で死んでしまう。

 

 ただ相手の攻撃を止めただけであっても、まるで岩山にぶつかったかのように、相手の方だけが大怪我を負ってしまうのだ。

 

 見聞色の覇気をつかえば、相手の〝生命力の強さ〟がわかる。自分と相手を比べれば、〝地力の違い〟が浮き彫りになる。

 亀ラッコ(仮)と私では、ケンカすることができないほどの、基礎力の差があった。

 

「クッ………! クオォ…………!」

 

 手のひらでボールをキープするように、亀ラッコ(仮)をそうっと舟の甲板へ下ろしてやった。

 ウェイトだけなら、私の3倍はあるだろう。ひときわ大きな亀ラッコ(仮)が床に降り立つと、モクちゃん号がグラグラ揺れる。

 つかの間、打ちひしがれるかのようにうずくまった亀ラッコ(仮)は、再びバッ!と顔をあげた。

 

「クオッ、クオッ! クオッス!」

「……えっ?」

 

 なんだこいつは。立ち上がったかと思えば、ヒレなのか腕なのかを、胸の前でクロスさせ、シュッと肘をひくような動きをみせる。

 押忍! とでも付け加えたくなるようなポーズだ。

 気配にハッと後ろをみれば、

 

「クオーッス!」

 夏島のひざしに、きらめく水面。

 投げ飛ばした亀ラッコ(仮)たちはみな、器用に立ち泳ぎをし、水上にとびだした体で、〝押忍!〟のポーズをとっている。

 

「んっ?」

 負けを認めるポーズなら、ひっくり返ってお腹をみせたり、うなだれて頭を下げたりする、ものだろう。

 〝押忍!〟のポーズをくりだす動物は、初めて見た。しかもこの状況で?

 

 勝負がついたあとは、握手でもして、仲良くなれるかなぁと思っていたが、これは………?

 

「クオッ、クオッ? クオッ?」

 モクちゃん号に乗る一匹が、ヒレだか腕だかを、片方、天に差し出した。そうして首を傾げては、チラチラ私をうかがっている。

 ……もしかして、私のマネをしてる?

 ……するってぇと、なにかい。チラチラこちらを見やる、その仕草。〝これであってる? こうすればいい?〟ってのを尋ねているんじゃねぇだろうね?

 

「……さっき、あんたを受け止めた、このポーズのことか?」

「クオオオッ!」

「できるように、なりてぇの?」

「クオッ!」

「教えてほしいの?」

「クオーッス!」

 

 今度は〝押忍!〟のポーズに加えて、しっかり、コクコク頷いている。あっ、えええ……?

 わけがわからねぇよ。わからなすぎて笑えてくる。

 

「あー……! うーん……! 教えてやるのは、ムリだな!」

「クオーーーッ!?」

「ただし! その代わり! 修行つけてやるよ!」

「オッ?」

「強くなりてぇんだろ? 私みたいに」

 

 にやりと笑って問いかければ、「クオーーーーーッ!」100匹あまりが一斉に、気合の入った鳴き声をあげた。

 

 ちょうどいい。

 この場限りの舎弟となって、私のために働いてもらおうじゃねぇか。

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