速い速い。風より速い。
ドババババババッ、と波を泡だてながら進んでゆくモクちゃん号から、それらしき陸地がみえてきた。
立派なマストを何本ももつような、大型船がズラッとならんで停泊している。その向こうにはカラフルな街並み。
あれが、ナノハナか?
舟の上で立ち上がり、指をビシッと突き出した。
「者共ぉおおーーー! 見えたぞーー! あれが修行の、ゴール地点だぁあああ!」
「クオオオオオオオオ!」
返ってきた雄叫びは、モクちゃん号の左右に広がる亀ラッコ(仮)たちのもの。
まるきりモーターボートのように、この小舟を激しく進ませている動力こそ、修行をもとめる亀ラッコ(仮)たちの熱意だ。
言ってみるものだな。
海に出て、この舟を運ぶことが、ものすごーい修行になる! と、屁理屈を交えながらもっともらしく言い放てば、亀ラッコ(仮)たちはつぶらな瞳をキラキラさせて、モクちゃん号を運び始めたのだった。
おかげでオールの出番はとっくに終わった。亀ラッコ(仮)たちは戦闘狂のわりに頭が良く、指差した方角へと誤りなく進んでいく。
風がきもちいな。
「よぉおおおし! 速く泳ぐ修行は、ここまでだー! よーくやったー!」
「クオーーーーッ!」
「ここから更に! むずかしーい! 修行にはいる!」
「クオオオオオオオオオ!」
「あの、船! あの船のとなりにー! この舟をー! そおおおおっと! そおおおおっと! 並べるのだー!」
「クオッ?」
「クオッ?」
「……ここからはー! ゆっくり! しずかに泳ぐ! 修行であーーーる!」
「クウウウオッ! …………クオーーーーーっ………!」
空を見ると、太陽がだいぶ傾いている。サンディ島の太陽は、おかしな見え方にはならないはずだ。素直に考えていい。
あの様子では、あと1時間ほどで日暮れだろう。
ナノハナは、思っていたより遠かった。亀ラッコ(仮)たちの協力がなければ、到着は夜になっていたかもしれない。
亀ラッコ(仮)たちは見事なまでに減速し、波しぶき一つ立てないままに、モクちゃん号を港の端に静止させた。
私は無言で、拍手してしまう。
修行云々の話は、すべてが口から出まかせというわけではない。川を泳ぐのと海を泳ぐのとでは、かかる圧の方向が違う。遠泳はたしかにいい修行となるだろう。
静かに泳ぐ、というのもまた、亀ラッコ(仮)たちにとっては本当にむずかしいことだった。
泳ぐのに特化した尾ひれをもつ生物からすると、静かにゆっくり泳ぐ方が意外と難しかったりする、と魚人の友人が言っていた。人魚の友だちも同じことを言っていたので、間違いない。
こいつら、本当によくやったものである。
亀ラッコ(仮)たちは歓声の方がよろこぶかな、と様子をうかがうと、皆、誇らしげな表情で、拍手の音に聞き入っていた。
ついでに全匹、ゼエハアしている。中には、仲間の肩をかりてどうにか泳いでます、といった様子の亀ラッコ(仮)もチラホラ。
ありがとう、は違うよな。
波から頭をひょっこり出しつつ、自ずと整列した亀ラッコ(仮)たちへ向けて、私はうなずいた。
「お前ら…………! 強く、なったな……!」
「クオオオオオオッ……オッオッオッ……!」
えっ、泣いてる?
港の係員なのだろう。首から下げたバインダーを、バッタンバッタン鳴らしつつ、恰幅のいい男が走ってくる。
「ちょっ、ちょっとそこのっ、船! っていうか、小舟っ!? いやとりあえずそれよりっ!」
息を切らしてやってきた彼は、亀ラッコ(仮)を指差し、叫んだ。
「その、クンフージュゴンは! とても危険な生物です! 見境なく襲いかかってきます! それにとても強い! 直ちに離れてっ!」
なるほど。こいつらはやはり、亀ラッコ(仮)じゃなかったらしい。
亀ラッコ(仮)あらため、クンフージュゴンの群れは、何度も何度も手をふりながら、元の住処にかえっていった。一体どこから取り出したのか、ハンカチのようなものを振っている奴もいた。
見えなくなるまで手を振り返せば、夕日が海を染めはじめる。
ヴァメルの港でもらった〝紙〟を係員に手渡すと、首をひねりながらも港の使用を認めてくれた。黒い肌についても突っ込まれたが、いつもの要領で、〝この島じゃない場所では別にふつうなんですけどね?〟というような雰囲気をかもしだし、追求をかわす。
ナノハナは、アラバスタでも一二を争う港町らしい。
海側には巨大なアーチが鎮座して、〝welcome to NANO - HANA〟という文字がぼんやりライトアップされていた。
くぐりぬければ人の熱気が体をうつ。
夕食時というのもあるのだろうか。所狭しとなちならぶ露天からは、空腹を引っ掻くようなイイ匂いが立ち昇っている。
「サンドラトカゲの串焼きだよ!」「こっちはあの幻の! サンドラオオトカゲの脂ののった干物だよぉ!」「今の時期ならこれだあ! ワルサギの串焼きを食うしかない!」「アラバスタに来たんなら、これを食わなきゃ始まらねぇ! スパイスたっぷり、あっつあつのサンディーヤぁ! 一杯なんと200ベリーだぁ!」
んんんーんっ! どれもうまそうっ!
スパイシーな串焼きに、プニプニしたなんかよくわからん肉入りあったか水まんじゅうのようなもの、パリッとした焼き目がなんとも言えない、焼きたてのトルティーヤ。
行儀悪くも歩きながらほおばれば、もう、来てよかったーーーー! サンディ島ーーーー!
例によって例のごとく、道は勝手にひらけていく。こういう時にはありがたい。
肌が黒いのだから、夜は目立たないだろう、というのは浅はかな考えだ。街中では、目立たなすぎることで、逆に目立ってしまう。
滞在用のリュックは黒いわけじゃない。腰のナイフホルダーに至っては、毛皮の色が白銀だ。
Tシャツだって白系が好きだし、ショートデニムはライトブルー。
服やリュックがひとりでに浮いて動いているぞ、と注視した人々は、私という人間がくっついていることに気づき、ヒヤア! と驚かずにはいられないようである。
ちょこちょこ露店で買い食いするのを、わざと周囲に見せつけた。露店の店主と話す声を、まるで舞台俳優のごとく、腹の奥からひびかせるのだ。
「あんたその……肌!? 体!? なっ、なんなんだい、それっ……!?」
「この肌は、うまれつきさ! 健康! 丈夫! 自慢の肌だ! 病気でも火傷でもない! 残念ながら、魚人でもない。この肌の色! この街じゃあ、珍しいみたいだねぇ! さっきから驚かれてばっかりで、逆にこっちが! 驚きだ!」
「あっ、そっ、そう……! そういう人が、いるもんなんだねぇ……! あんたみたいな……!」
この会話をもれ聞いた通行人は、〝へぇ、そういうもんなのか〟とつられてカンチガイするだろう。高確率で、ウワサになる。そうなればこちらのものだ。私がなにもしなくとも、カンチガイが伝染していくのだから。
先手必勝。〝あいつの肌は病気の証だ!〟〝あれは人じゃない、モンスターだ!〟と言い始める奴が出てくる前に、こっちからドンドン話題を提供することで、自分にとって不利なウワサが生まれる余地をつぶしてしまう。
旅人の処世術である。ついでに話をはずませて、オマケをもらうところまでが一流の旅人だ。
カリッカリに揚げられたサンドラトカゲの尻尾。オマケとして、これって、どうなの?
恐る恐るかじってみれば、「あれっ? うまい!」「そーりゃそうだよ! しょうがねぇ、もう一本だけサービスだ!」「やった!」
露店の並びをぬけると、今度は立派な石造りの建物たちがたちならぶ。
石ではなく、粘土だろうか。
四角いフォルムの三階建ても、窓の隅やら角やらが、どことなく丸まっている。
街灯は、ヤシの木のそばに立っていた。一定の区画ごとに、ヤシの木の根をはるスペースがつくられているようだ。
長細いヤシの葉からもれる、街灯のあかり。
西日に照らされてもぼんやりわかる、どこかレトロな色合いの、カラフルな建物たち。
港町ならではの、行き交う人々の雑多な服装。統一感のないさまが、むしろ心地よい郷愁をさそう。
全力を出す必要はない。見聞色の覇気を展開し、半径5キロ圏内の気配をさぐるが、エースはいなかった。
この街に、悪魔の実の能力者は3名いるが、ロギア系はゼロ。
目尻がぴくりとひきつってしまう。人間の街は、命の気配が密集しすぎている。とくに人間の気配は、他の動物よりも複雑でクセが強い。
街中で見聞色の覇気をつかうと、反応が多く、煩雑すぎて、頭がくらりとする。
目を閉じて、少し迷い、右へすすむことにした。気配の印象からすると、こちらが宿屋街だろう。
角をまがってすぐ、5階建てのホテルがあった。もれてくる明かりまでもが、上品である。
手持ちの金は、700万ベリー。あとはモクちゃん号に置いてある。それでも滞在費には充分だ、と、今回ばかりは思わない。
エースを探すため、現地の情報屋も利用するつもりだ。情報の価格はピンキリ。しかしエースのように、〈四皇〉白ヒゲ率いる、白ヒゲ海賊団、最高幹部の1人ともなれば、その居場所に関する情報など、200万ベリー以下にはならないだろう。500万ベリーだったとしても高くはない。
のちの出費を思えば、滞在費は、できるだけ安くおさたいところだ。
ホテルの奥の奥をのぞけば、あちらは民宿にちかいような宿屋がならんでいるのも見える。
うー、どうすっかなぁ、やだなぁ、これ以上近づきゃ、絶対気づかれるじゃねぇかこれ。でも、まぁ、勝てる相手だし、いいか……?
意を決して、通りの奥へとすすんだ。
選んだのは、サーモンピンクの宿屋さん。石か粘土の外壁に、木板の看板がぶらさがる。〝サンセット・ハウス〟というらしい。
理由はここの女将さんだ。
宿屋の通りに限定して気配を探りなおしてみたら、ここの女将さんらしき人が、一番やさしそうだった。
ドアを押しあければカランコロン、と木のベルが鳴る。やはり柔和そうなおばちゃんが、こちらを振り向いて
「あーら、いらっしゃ………い………いらっ………いっ………医者あああああ! あんたどうしたんだいその火傷っ、ひっ、ひっ、ひどいじゃないかっ、だっ、だっ、大丈夫じゃないよこれ、医者っ、医者っ、医者ああああ!」
叫んだ。
「大丈夫! 大丈夫だよ! 火傷じゃないから! 医者はいらねぇ!」
「医者はいらないっ? いるだろうにぃ! こんなんなってってって………! とりあえず水! 水だよ! 水浴びな! そこに立ってな、今、ぶっかけるからね!」
「いらねえええよ! 今干ばつで水不足だろう!? そんなことするんじゃねぇよ!」
「病人、怪我人、ほうっておくほど、心まで干上がっちゃいないよう!」
「……あ……そうかいでもっ! いらねえから本当に! 火傷じゃないんだ本当に! この肌はうまれつきっ!」
ドジョーの話は本当だったのかもしれない。
トグルの民は心配になるほど人がいい、とは思っちゃいたが、アラバスタの民もどうやら、びっくりするほど人がいいようだ。元はおなじ一つの民族だったというのも、この女将さんを見ると、あながち嘘じゃないと思える。
心配する女将さんをなだめるのに、30分近くかかった。まだ客かどうかもわからない、見知らぬ相手に対してこれである。どれだけ慈愛に満ちているんだ。
入ってすぐの一階は、食堂になっていた。泊まりの客以外にも食事を提供しているらしく、常連を名乗る数名が、女将さんと一緒になってああだこうだとこちらを心配してくれた。
ようやく女将さんが落ち着いて、常連たちも帰っていく。ここで宿をとりたいことを説明し、先に3日分の支払いをおえ、部屋の鍵をうけとったところで、女将さんがテーブルにぐたりと寄りかかる。
「いやだよう、もう、本当に、心臓が飛び出るかとおもった」
「悪かったなぁ、驚かせちまって」
「いいんだよう、そんなのは、そっちじゃないよう、大火傷じゃなくて本当に、よかったよう、はぁー安心したら力が抜けちゃった」
女将さんはくたりくたりと、向かいの椅子にすわりこむ。どうやら厨房をふくめ、この宿を1人で切り盛りしているらしい。
途中で買い食いしたとはいえ、腹はまだまだ減っている。料理をたのみたいところだが、女将さんが復活するまでもう少し待とうか、
そう思った瞬間、ピリリと肌があわだった。
あいつが、来る。
椅子の上にたちあがる。そのまま流れるようにして、天井付近までとびあがった。
くるりと宙返りをかまし、ストン、元の椅子に座る。
目を丸くする女将さんに、さて、なんと説明したものか。テーブルの上で拳を握ると、女将さんがあいつに気づいた。
「あらっ? それっ、あんたが握ってるの、トカゲ?」
「んー?」
「上から落ちてきたのかい? やだやだ、そんなに強く握っちゃダメだよ、トカゲが死んじゃうじゃないか。貸してごらん、外に放ってくるから」
「いやー……こいつだけは、握りつぶしてもいいんじゃねぇかな」
「なに言ってんのさ! トカゲだって生きてるんだ、ここは命をいただく食堂だけど、いたずらな殺生はしない決まりだよ、トカゲ、嫌いなのかい?」
「トカゲは別に嫌いじゃねぇけど、こいつだけは、別かな。その理由、知りてぇかい?」
「……なんだよう、勿体ぶって……」
ぐっと拳に力をこめる。覇気をつかった強化は、はじめからほどこしている。これだけ圧をかけたなら、ダイヤモンドも割れるだろう。
そんな拳の中にいて、バタバタ手足を動かしつつ、首を振るだけのトカゲさんに、問いかけた。
「あんたは知ってるよなぁ、どうして私が、こんなことをするのかってのを……。ほら、この女将さんに、説明してやりなよ、あんたの口から!」
ついに、くてっ、と首を落としたトカゲさん。あああ、と悲痛の声をあげた女将さんの目の前で、食堂の床に叩きつけてやる。
「………ああああああっ!?」
女将さんにまた、心臓に悪いものを見せてしまったかも知れない。
叩きつけられ潰れるだろうと思われた、トカゲの体は、たしかに変形した。べちょりと広がったかと思えば、それがむくむくと膨らみ、子猫ほどの大きさになり、犬ほどのおおきさになり、すとんと二足で立ち上がる。
現れたのは、1人の青年。
オレンジ色の髪を肩より少し長めにのばした、そいつは、殺し屋だ。
骨ばった肩を上げてはおろして、首をコキコキ左右に曲げる。
「やぁーイ、ひーさびさだなーイ。楽園の悪鬼ーィ。こーんなところで会ーうとは、きーぐうだぜーイでもだけどっ、いーまの扱いはーイ、ちょおっとーイ………ひどくね?」
「挨拶もなしに、人の頭の上にのしかかろうとしてた奴にゃあ、ぴったりの扱いだと思うが?」
「いーやぁーイ、あいかわず、あーいそがねぇなーイ!」
気配を探った時にわかった。この街の民宿のひとつに、今、こいつがいると。
だから少しでも遠ざかろうと、ホテルにしようか迷ったんだよ。
口に手を当て、声を忘れた女将さんに説明する。
「立てつづけに驚かせちまって悪いなぁ、ほんと。こいつ、私の連れじゃあねぇから。友だちでもねぇ知り合いでもねぇ、ただの顔見知りってだけだ」
「おーいおいおーイ! そーりゃ冷てぇんじゃねかーイ! てぇーか、そーんなことより気ーになるこーとがあーるんじゃねぇかーイ? 女ー将さん? オーイラは、あーくまの実の、のーうりょく者でねーイ! トーカゲにへーんしんでーきるのさーイ! かーお見知りがこーの宿にはーいるのを見ーたもんだからさーイ! ちょーっと驚かせてやーろうとおーもってねぇーイ! ………失敗したけどなぁーイ………」
「うそつけ……」
思わず漏れてしまった声は、幸い、女将さんに気づかれなかったらしい。
なにがちょっと驚かす、だ。
どうせ〝楽園の悪鬼〟の首がとれたらラッキー☆くらいの気持ちで、上から狙っていたんだろうに。
やたらとうざったい喋り方のこの男。不健康そうな骨ばった体と、チャラい見た目、そしていかにもしょぼそうな悪魔の実の能力にそぐわず、世界でもトップクラスの殺し屋だった。
殺し屋…………名前、えーと、なんつったっけかな…………トカゲ男(仮)。
こいつのホームグラウンドは、グランドライン後半、通称〈新世界〉。
この世でもっとも強大な力をもつとされる海賊ども、〈四皇〉のはびこる海で仕事をし、生き延びつづけているのだった。当然のように覇気をつかいこなし、その練度も高い。
私もそうだが、見聞色の覇気をある程度きたえあげると、無意識に、自分の周囲にある気配を感じとってしまう。
〝やさしそうな〟女将の宿を選んだ理由も、ここにあった。無意識に感じつづけてしまう気配なら、嫌な奴より、いい奴の方がいい。
このトカゲはトップクラスの殺し屋の名に恥じない実力も持っている。つねに感じとる気配の範囲も、人より広いだろう。だからこそ、できれば、あまり近づきたくはなかったのだ。
かつて新世界に渡っていた頃、私はこいつに狙われ、殺しあいをしたことがある。私の気配は覚えられてしまっているだろうとは思っていた。こうして気づかれ、こうして寄ってくるかもしれないと思ったら、案の定かよ。
今さっき、天井にはりつきながら、私めがけて落ちようとしていたのがいい証拠。このトカゲ、妙な技をもっているのだ。
トカゲの小さな体のまま、体重だけを、恐竜並みの重さにすることができるのである。
ほとんどの殺しは、その一発でかたがつくとも言っていた。落下のスピードがくわわれば、私でも宿屋の床にダメージを加えず、受けとめることは難しい。
落ちる直前、こちらから迎えにいって、全力の覇気と筋力でもってにぎりつぶすことで、体重増加の技を止めさせたのである。私が止めなければこの宿屋ごと壊すつもりだったのだろうに、調子のいい奴だ。
「やぁーイ、そーれにしたってよーイ、さーっきのは、きーつかったぜーイ? おーわびにさーけの一杯でもおーごってもーらわねぇとなーイ!」
「だれが、おごるか、出て行け、失せろ!」
「しーっかしよーイ、おーめぇも、気ーになるだろーイ? なーんでオーイラが、こーの海にいーるかって!」
「気にならねぇからさっさと消えろ」
「つーめてぇなーイ! なぁーイ! おーかみさーん!」
女将さんが、ようやく声をとりもどす。
「悪魔の実の、能力者、だとか、あんたたちの関係とか、そういうのよりもね、とりあえず、あんた、服、着たら?」
なるほど。言われてみればたしかに、このトカゲ、全裸じゃねぇか。
「やぁーっちまったーイ! こーの島、あーんまり、あーついからよーイ! はーだかでいーたんだったぁーイ!」
「アホか……!」
「おっと、なーんであいつが来ーるんだよーイ? 悪鬼の客かーイ?」
「……もうなんなんだよこの島は! お前いつまでいるんだよ!」
「オーイラはもーう、たーいさんするぜーイ! 今はあーいつに会ーうのはちょーっとマーズイんでなーイ! こーの島にはあーと二週間くーらい、いーると思うぜーイ! まーた会ーおうなーイ!」
「会わなくていい……」
シュルシュルと男のシルエットは縮んでいく。女将さんが、あれっ?とテーブルの下をのぞきこんだ時にはもう、トカゲとなったトカゲ男は床板のすきまをムリヤリ抜けて、床下にもぐりこんでいた。
かすかな気配は遠ざかる。
トカゲの気配にはたしかに、トカゲ男の気配のクセがあった。それでも今、感じとれる生命力の大きさはまるきり、ただのトカゲと変わらない。
さっきも、トカゲ男が体重増加をはじめようとしなければ、私は気づけなかっただろう。
人の形になった時にはさすがに、強者の気配を放っていた。しかし実際に能力のすべてを解放した時のあいつは、あんなもんじゃなかった。気配をおさえるのが上手いらしい。
そのノウハウを教わったらどうだ、と言いたくなるほど、こちらにやって来る男の気配は強烈だ。
コン。
コン。
コン。
ゆっくりと、宿のドアがノックされる。