楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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12、食える男と食えない女

「サンディ島が、〝おれの島〟? それならここは〝私の海〟だ。どこでなにをしようと、私の勝手……。てめぇに伺いをたてる筋合いはねぇな」

 

 光沢のあるテーブルクロスへ、グラスの底を静かにおろす。サテンには見えない。舶来物のシルクなのだろう。だれがこんなに使うというのか、それぞれ10本以上ならべられたナイフとフォークを、一本づつ手にとった。

 

 コースの順番を無視して置かれた品々。目の前にあるのは、白身魚のソテーである。ふっくらとした身を彩るスパイスの羽衣に、半透明な赤いソースがかかっている。

 舞いあがるその香りときたら。

 う・ま・そ・う!

 

 食事用のつぶれたナイフをさしこんだ、その瞬間に理解できる。これは、うまい。

 柔らかさと弾力のハーモニー。これは、うまい。

 フォークでそうっと支えつつ、ソースの従者を供にして、我が口内へいざなおう。ああ………。

 お・い・し・い!

 

 世のうまいものは、エラい奴とワルい奴の元にあつまると、相場が決まっている。

 特にそういう奴らには、見栄も意地もありあまっているもので、嫌がらせだろうが敵同士だろうが、自分から相手をさそった以上、下手な料理をふるまうことはない。

 

 やっぱり来てよかったー! うまいもん食えると思ってたよ! う〜まいよ〜!

 

 あとはできるだけ会話を長引かせ、ゆっくり味わう時間を稼ぐのみである。

 

「ハンッ! ……〝私の海〟だと……!? 小娘風情が、笑わせやがる……!」

「三年前。その小娘をとり逃したのは、どこのどいつだったっけな」

「………おれよりテメェの方が、強いとでも………?」

「さぁて………。少なくとも、今この場でやりあうのなら………私は無傷であんたを倒せる。そうだろう?」

 

 白身魚うまうまうまかったぁーん! 魚の甘みとスパイスの辛み、ソースの酸味がもうたまらん! 何皿でも食えそうだよーん!

 シャンパンを舌に運んで、口直し。今の会話のながれなら、笑みをこぼしても大丈夫かな? うまかったよーん!

 

「ふふっ………! クロコダイル。あんたが、悪魔の実の能力を〝覚醒〟させてたとは、今日この島に来るまで知らなかったぜ?」

「………なんの話かね?」

「アラバスタ王国の、大干ばつ………あんたの仕業だな? この国の雨をうばっているのは、ダンスパウダーじゃない。あんたの乾きの能力が…………この国をおおっているせいだ」

 

 さぁてお次は、サラダに取りかかろう。どうも、見たことのない小さな野菜が丸のまま使われている。

 なんだろう、この真っ黒いやつ。

 口に運んで歯をつきたてれば、うわ……。

 

 固そうにみえた外皮はぷちりと歯先を愛撫して、やわらかな内側へと導く。その食感は、ぶどうのよう。

 それよりいくらか引き締まった実の中からは、じゅわり、じゅわり、噛むほどに、フルーツトマトのような甘い蜜がしたたって、口の中にひろがっていく。

 

 なにこれ、うっまぁ!

 

「んふふふっ! ………島の気候海域に入ってすぐ、気づいたよ。私の〝知っている〟気配が、この島をおおっていることに……。クロコダイル。あんたの気配だ。その上あんたがもっているのは、干ばつを引き起こすのに、もっとも適した能力でもある」

 

 やべ、うますぎて笑っちゃった。ごまかすように言葉をつなげたが、どうだろう。

 クロコダイルは黙り込み、シャンパングラスを傾けた。

 

 サラダやばい。うまい。んふふふ!

 ペロリと平らげ、さてさて本命、肉料理。

 空いた皿を脇にかさねる。少しならず行儀が悪いが、給仕がいないのだから仕方ない。

 手元にとった皿の上には、500グラムを超えるであろう、存在感のあるステーキが威風堂々と鎮座していた。

 

 格子状にはいった焼き目。ワクワクしながらナイフを入れれば、透きとおった肉汁が、

 

「………なにが望みだ?」

 

 クロコダイルが復活した。やべぇ、会話の結論に入ろうとしてやがる。待てや! まだ食べ終わってねぇのに!

 あえて無視して、肉を口へ。

 うんっ………まぁああ!

 

 狩りたての新鮮な肉ならばいつでも食べてはいるものの、やはり、成熟させた肉のうまさは段違いだ。どこまでも肉と真摯にむきあい、焼き上げたのだろう一切れは、あー、ホントに、グランドライン。あー、グラグラ、グランドライン。

 

 もう……あいきゃんとすぴーくジャーパニーズ……。

 

「三年前………バロックワークスへの勧誘を、テメェは断った………。おれが直々に出向いた、誘いをな……」

 

 あ、よかった。クロコダイルが語りはじめた。しばらく私がしゃべらなくても良さそうだ。

 こころおきなく肉をほおばる。うっ、うっ、うまぁ………!

 

 そう、三年前。

 クロコダイルが作った秘密結社・バロックワークスへの入社を迫られたとき。勧誘を断ったら、〝じゃあ死ね〟とクロコダイルに襲われた。

 

 秘密結社の社長さんも、大変だ。

 なにせ、組織の存在自体、秘密にしておかねばならない。社員以外で組織の存在を知った者は、消さなければならないのだとか言ってた気がする。

 

 王下七武海になるような海賊は、一人で、島ひとつを消せる。それはその時、目撃したことだ。

 ケンカの舞台となった小さな秋島を、クロコダイルはものの数十分でただの砂地にしやがった。

 

 紅葉うるわしい山々は、クロコダイルの一薙ぎで枯れた。2度目で無残なハゲ山となり、3度目で山自体が砂塵となりはて崩れさった。

 

 ケンカの後に残されたのは、海にとびでる、巨大な砂場。

 去年ちらりと通りすぎたが、枯れきった島は波風にさらわれてしまったのだろう、跡形もなくなっていた。

 残されているのは、水中の土台部分が放つ、島のログだけ。

 

「あの時おれは……〝楽園の悪鬼〟について、調べが足りなかったらしい……。〝赤目の調停者〟だったか……? テメェ一体いくつ、二つ名を持っていやがる………。訪れた各地で、民衆の反乱を止めつづけているそうじゃねェか……! その上、遺恨を残さねェ形で、争う両者を、和解させてると……。この島には〝赤目の調停者〟として、おれを〝討伐〟しに来たのか……?」

 

 今と比べれば、三年前の私は弱かった。それでも5億ベリー前後の賞金首と戦って、無傷で勝利をおさめられるほどの実力は持っていた。

 その私をして、互いに致命傷を負わせられない、泥沼のケンカとなったのだ。

 クロコダイルは強い。

 

 チキュウのマンガ〝ONE PIECE〟の知識によれば、クロコダイルは遠からず、新人海賊モンキー・D・ルフィに倒される。

 すぐそばの未来で、クロコダイルは、覇気もつかえない少年・ルフィに、〝腕っ節で〟負けるのだ。

 

 おかしいとは思っていた。

 〝ONE PIECE〟の知識をさぐりに探れど、アラバスタ王国へやってきた時点でのルフィに、勝ち目などひとつもない。どう転ぼうが、クロコダイルがルフィに負ける要素も見当たらない。

 

 しかし実際に、サンディ島を訪れ、現在のクロコダイルと会ってみれば、その謎はとけた。

 

 悪魔の実の能力は、基本的に、己の体か、己の触れたもの、己のすぐ近くにあるものへと発動させることができる。

 逆にいえば、悪魔の実の能力には、効果範囲に限界があるということでもある。

 

 この限界を〝打ち破る〟ことを、能力の〝覚醒〟と呼ぶ。

 

 私は能力者ではない。その原理を詳しく知っている訳ではない。

 ただし、能力を〝覚醒〟させた能力者は、〝触れることも見ることもなく、自分からはるか離れた場所や物にも、己の能力の効果を与えられる〟とは知っていた。

 

 クロコダイルは、能力を〝覚醒〟させていたようだ。

 こいつがもつ乾きの能力は、今、アラバスタ王国をすっぽりおおっている。

 

 考えるまでもなかった。三年もつづいている、アラバスタ王国の大干ばつは、災害ではない。

 〝クロコダイルが乾きの能力で、アラバスタの水分を奪っている〟ために起こった、いわば、国家に対する攻撃だ。

 

 クロコダイルは三年近く、そこまでの広範囲にわたり、己の能力を使いつづけているのだろう。

 

 能力を〝覚醒〟させるだけでも、常人ではやりたくともできない、高度な技術だと聞く。ましてやこの規模と期間。桁外れのコントロール力と、埒外のスタミナ、クロコダイルはどちらも併せ持っているとわかる。

 

 それでも、つもりにつもったその疲労は、たしかに奴を弱体化させているらしい。

 

 テーブルの向こうに座るファーコートの男は、濃密な強者の気配をはなっていた。しかしこれも、三年前の秋島でみたクロコダイルと比べれば、雲泥の差。

 

 相手が今のクロコダイルなら、どうころんでも私が勝つ。

 宿屋では〝お前と馴れ合うつもりはない〟と示すため、腰のナイフへ手をかけたが、ナイフの出番さえないだろう。

 

 干ばつをおこすために〝覚醒〟した能力を使いつづけ、疲弊しきった今のクロコダイルならば、ルフィに負ける可能性があることにも頷けた。

 それでもまぁ、ルフィの勝率0%が、勝率0.5%くらいに上がった、という程度だろうが。

 

 いや?

 疲れ果てているクロコダイルが、覇気をつかう余力すら失っているとすれば、ルフィの勝率5%くらいにはなるか?

 

 なんにせよ、いくら弱体化しているとはいえ、このクロコダイルも充分に強い。

 これに勝てるならば、モンキー・D・ルフィは、相当なルーキーである。

 

 ……などとゴチャゴチャ考えていなければ、満面の笑みがこぼれてしまいそうだった。

 ステーキ、やば。

 うまかったぁん!

 

「なぜ黙る……。図星ってワケでもねェはずだ……。テメェがはじめからその気なら、とっくに襲いかかってきてる。…………テメェの目的はおれを倒すことじゃねェ………他にある………。ちがうか」

 

 テーブルに肘をつき、組んだ両手のむこうから、クロコダイルの眼光がはなたれた。

 とりあえず、意味深に微笑んでおく。

 やべぇ、話、聞いてなかった。

 

 もったいぶるように首をかしげながら、次の皿。うっひっひっひ、なんだこれうまそう! 見た目はラタトゥイユに似ているが、また別物なのだろう。見るからにサクサクとした、パイ生地の器に入れられている。

 とにかくいい匂いだ。

 あえてフォークで、パイ生地ごとサクッと切ってみた。うっはっはっはっはっは絶対うまいよこんなの口に入れたら……!

 

「今ここでテメェとやりあうのは………都合が悪ィ……。テメェの目的のため、協力するのもやぶさかじゃねェさ………代わりに、おれの計画を邪魔しねェならば、な………」

「ん?」

 

 聞き捨てならねぇ言葉が聞こえた。

 私に協力してもいい、だと?

 テーブルの向こう側に、視線をやれば目に入る。クロコダイル、一皿も食ってねぇよ。えっ、それ私が食べてもいい?

 いやいやいや、落ち着け私。

 

「ふぅ……」

 

 深呼吸と、シャンパンを一口。ほどよい辛みが思考を引き戻してくれる。

 

 〝おれの島〟という、クロコダイルの発言。

 海賊でありながら、なぜか民衆から英雄視されており、それに合わせるかのように〝英雄らしい〟立ち振る舞いをする様子。

 その裏では、悪魔の実の能力でもって、民衆を干ばつで苦しめている。

 相反するように、王に向けられた疑惑。

 

 ダンスパウダーを使った形跡はないにもかかわらず、アラバスタ国王がダンスパウダーを使って雨を奪っている、というヨタ話が、国民以外の間にまでひろがっている現状。

 

 雨を奪っている海賊は英雄となり、少なくとも雨は奪っていないであろう国家の王が、干ばつの原因とみなされている。

 クロコダイルのいう、〝おれの計画〟とは。

 

 点と点がシルエットを浮かび上がらせ、おぼろげな星座のように、ひとつの疑惑の形となった。

 

「あんたの言う、計画っていうのは………アラバスタ王国の、王になること?」

 

 海賊が国王になる。不可能ではない。実例がある。

 現在、王下七武海の中には二人、国王の座についている海賊がいた。

 

 一人は、ボア・ハンコック。九蛇という、海賊行為でなりたつ国の女帝である。

 こちらは生まれながらの王族であり、クロコダイルが模倣することはできないだろう。

 

 問題は、もう一人の方だ。

 ドンキホーテ・ドフラミンゴ。天夜叉の異名をもつこの海賊は、今から8年前〝新世界にある国家をのっとり、今も、国王の座にすわりつづけている〟。

 

 海賊が、国盗りを果たした上に、それを世界に認めさせている。

 ありえない。

 ありえないが、それを成立させた条件を挙げるとすれば、

 

 〝元の国王が乱心し、国や国民を滅ぼそうとしていた〟、

 〝乱心した元国王から、国や国民を守った〟、

 〝元より世界政府公認の海賊、王下七武海の一人であった〟 。

 

 この三つが、ドンキホーテ・ドフラミンゴによる王位継承を、世間に認めさせる根拠となったのだ。

 

 そのうちのひとつ、〝王下七武海であること〟という条件を、クロコダイルはクリアしている。

 聞きかじっただけでも、今のアラバスタには、〝国王が乱心し、国や国民に害をなしている〟というウワサがあり、〝クロコダイルは国や国民をまもる英雄〟という、まちがった認識がひろまっているとわかる。

 

 このウワサと、まちがった認識が、クロコダイルの意図によるものだとすれば。

 からみあった糸の先に見えてくるその〝計画〟は、国盗りとーーーー王位の簒奪。

 

「クッハッハッハッハッハッハ!」

 

 しかし私の問いかけは、クロコダイルの笑い声にかきけされる。

 

「王位の簒奪! この砂漠しかねェ貧しい国など、手に入れてどうする? なんの旨みもねェ……! まさかこのおれが、そんなくだらねェ計画を立てるとでも? ………正気か? クッハッハッハッハ………!」

 

 あれ? 違うの?

 バロックワークスへの勧誘をうけたとき、誘い文句は『真の楽園、理想郷を手に入れさせてやる……!』というものだった。

 クロコダイルの最終目的が、国盗りならば、あの誘い文句とも辻褄があうと思ったのだが。

 

 まぁ、楽しそうでよかったじゃねぇか。奴が大笑いしているすきに、ラタトゥイユらしきなにかを口に運んだ。

 ひゃーーーー! 大変だ!

 うまい!

 これは大変だ! 大変うまい! もう一口!

 

 ラタトゥイユらしきなにかを食べ終わり、サフランライスの添えられたスープカリーのようなものを平らげて、もはやなんと表現すればいいのかわからない、オシャレな見た目の、ぜ、ゼリー……? 寒天? 野菜の入った牛乳寒天のようなものを食べはじめた時、ようやくクロコダイルの笑いがおさまる。

 

 なぞの寒天もどきも大変です。おいしいです。ヤギのバターでも使ってんのかな、とろけるようなコクがある。

 

「……おれの計画は、どこかの鳥野郎のような、ちっぽけなものじゃねェ………!」

 

 グッと拳に力をこめて、クロコダイルは虚空へつぶやく。

 どこかの鳥野郎って、ドフラミンゴのことだろうか。確かに似てるけどさ、フラミンゴとドフラミンゴ……。それ言ったらお前は、そのまんまワニ野郎じゃねぇか、クロコダイル……。

 

 寒天のあとは、なぞの内臓。

 な、なんだこれ? 何かの内臓に、香草と米をつめて焼いてあるようだ。しかしずいぶん小さい。ヤギ?

 とりあえず食べてみる。

 あぁ………。やっぱり今日ここに、来てよかった……。おいしいぃぃ!

 

「あんたの計画とやらがわからねぇと、邪魔する邪魔しない、約束できねぇなぁ」

「………この島での、テメェの目的を言ってみろ………おれが判断する」

「………そっちこそ、正気か? 今この場での実力差、わからねぇあんたじゃねぇだろう」

「ア……?」

「計画の内容を知らなくても、計画をつぶすことはできる。……あんたをここで叩けばいい。私にはそれができる。……優位に立っているのは、どっちなんだろうなぁ?」

 

 テーブルの向こうで、殺気がふくれあがった。ビュウ、と、窓のしまった室内に、風が吹き荒れる。

 クロコダイルが、砂にかえた己の体の一部をあやつり、風を巻き起こしているらしい。

 

 バカヤロウ、料理に砂が入ったらどうすんだ!

 周囲の空気に覇気をまとわせ、裏拳でふきとばした。異様な圧をもった空気は、クロコダイルの能力を、テーブルの上から押しだしてゆく。

 

「判断するのは、私だ。あんたの計画、言ってみな。……この島での私の目的の、邪魔にならねぇようだったら……その計画、つぶさないでおいてやるよ……………あんたが私に、協力するならな?」

 

 やさしく微笑みかけてやれば、クロコダイルの舌打ちが聞こえた。

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