楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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13.昼メシ、じえーたいの監視を添えて

 宿の女将さんにきいてみれば、クロコダイルは、レインベースという街に拠点を置いているらしい。

 

 レインベースにはその名の通り、雨水のたまった巨大な湖がある。湖のまわりに人があつまり、自然と生まれた街であるらしいのだが、ひとつの問題をかかえていた。

 

 バナナワニ、という巨大な生物だ。

 体長20メートル、体高5メートルほどの彼らは、レインベースの湖に群れをなして生息しており、時折、陸に這い出てきては動物を〝食べて〟しまうのだった。

 この、バナナワニに食べられてしまう動物というのが、人間である。

 

 困ったことに、バナナワニは凶暴かつ強大で、レインベースに住む人々には、対抗する手段がなかった。このバナナワニをどうにもできない以上、他の街からわざわざやってくるような人間もいない。

 

 毎日毎日、被害者がでているわけではなかったらしい。

 しかし、三ヶ月のあいだに15人ほどは犠牲になる。

 そう聞いて、〝自分が食われるかもしれない〟場所に、だれが好んで行くだろう。

 

 レインベースははじめから、国内での物流ルートからはずされていた。そうなれば、食べ物も衣服も資材も、すべて自分たちの町で産み出さねばならない。農耕のむずかしい砂漠の国では、とても困難なことである。

 

 自然と、レインベースは貧しい街、他に行く場所のない人間たちのふきだまりになっていく。治安は自ずと悪化して、そうすればさらに、他の街からの救いの手は遠ざかった。

 スラム街とまではいかないが、三年前までは、〝よからぬ街〟であったらしい。

 

 そのレインベースを変えたのが、他ならぬ、サー・クロコダイル。

 三年前、この島にやってきたクロコダイルは、レインベースを訪れると、問題のバナナワニを、全匹、倒し、力関係を深く刻み込んだのち、全匹、ペットにしてしまったという。

 

 出来上がったのは、ワニ野郎のワニパラダイスだ。

 クロコダイルは、バナナワニに躾をほどこし、エサもきっちり与えてやった。その甲斐あってか、人を襲うことがなくなったらしい。

 

 レインベースの人々は、バナナワニの恐怖から解放されたのである。これだけでもクロコダイル〝様〟と呼ぶ人間が出てきたそうだが、まだ終わらない。

 

 クロコダイルは己の財産をつかって、湖のどまんなかにカジノを建てた。

 水中のバナナワニをきっちり統制するためでもあったらしい、この水上カジノは、他の町から人を呼び込む、レインベース変革のシンボルとなったのである。

 

 なにも産業のない町が生き残るには、観光に力をいれるのが手っ取り早い。クロコダイルはそれを己の資本でやってのけた。

 

 クロコダイルの発案で、マンモスガメという巨大な陸亀がひく、送迎車も用意されたらしい。ほかの街の人々は、過酷な徒歩での砂漠ごえをする必要もなく、安心安全快適に、レインベースへ行くことができる。

 

 貧しい街レインベースは、クロコダイルの手によって、〝富とギャンブルと夢の町〟に生まれかわったのだ。

 人が集まれば、物も集まる。

 レインベースにはいつのまにか、充分な物資がやってくるようになった。

 

 まだ終わらない。

 トドメだと言わんばかりに、クロコダイルは街にたむろしていたチンピラや、食うに困った貧乏人どもを、全員、水上カジノ建設のための人夫として雇いあげ、そのまま水上カジノの従業員として雇用した。

 

 一気に、獣害の問題も、治安の問題も、物流の問題も、雇用問題も解消してしまった。

 

 もはや、レインベースにサー・クロコダイルの銅像が建っていてもおかしくはない。見事な英雄っぷりである。

 

 レインベースは、ナノハナから200キロほど、北北西にすすんだ場所にある。

 ナノハナから行こうと思えば、最低でも2日はかかるそうだ。

 

 アラバスタ王国は、大河・サンドラ河によって、おおきく2つにわかたれている。

 私が海とカンチガイして逆走してしまった、あのバカでかい河だ。

 

 ナノハナからレインベースへ行くには、一度、船に乗り、サンドラ河の向こうへわたる。あちら側の砂漠には、砂丘が多く、歩くにも時間がかかるらしい。

 そこから砂漠を、最低でも2日ほど歩きつづけ、ようやくレインベースにたどり着くそうだ。

 

 しかし、クロコダイルは、その距離をたった数分で移動する。

 悪魔の実の能力をいかし、砂になって風に乗ることで、この島のどの港にも、すぐさま駆けつけてくるのだという。

 

 その速さときたら。

 港町で海賊が暴れはじめてから、30分もしないうちに、クロコダイルは〝颯爽と〟現れて、海賊どもを〝華麗に〟退治してしまうのだった。

 サッソウと、だの、カレイに、だのは、女将さんのコメントである。私の感想では断じてない。

 

 終わらない干ばつと、相次ぐ反乱。おかげでアラバスタ国軍は、まともに機能していない。

 

 封鎖された港は、ヴァメルだけではないらしい。

 警備にまわる国軍兵士の数が足りず、やむなく封鎖した港の数は10。国内の流通にも支障がではじめているそうだ。

 

 力をあつめて一気に反乱を鎮圧させる、のかと思いきや、そういう流れにもなっていない。トグルの民の男が言っていたように、国軍兵士が大量に、反乱軍へと寝返る始末。

 うわっツラだけで判断すれば、国軍は反乱をとめるどころか、翻弄され、反乱軍をふくれあがらせているだけ。

 

 そんな〝ふがいない〟国軍兵士にかわって、クロコダイルは、アラバスタを海賊から守ってくれている、というのが民衆の見解だった。

 

 女将さんは胸を張った。海賊っていっても、立派でやさしいお人だよねぇ、と。

 

 23年前におこったとある事件からこちら、この世は未曾有の、海賊フィーバーの中にいる。

 とにかく海賊の数がおおいのだ。

 

 グランドラインに入ってくれば、きびしい自然と強大な生物たちによって、人はじゃんじゃん死んでいく。

 数えるのもバカらしくなるほどの海賊たちがポンポン死んでいくのだけれど、入れ替わるようにまた新たな海賊どもがうまれては、グランドラインに続々と集まってくるのだから、きりがない。

 

 理由はひとつ。

 23年前に処刑された、〈海賊王〉ゴール・D・ロジャーが死の間際に叫んだ一言だ。

 

 『おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる。 探せ! この世の全てをそこに置いてきたァ!』

 

 私は今年で22歳になる。ロジャー処刑は、私が生まれる前の話だ。直接立ち会ったわけではない。

 そんな私でも、セリフまで覚えてしまうほどに、ロジャーの言葉は世界を変えた。

 

 かの〈海賊王〉が、この世の全てと評した財宝ーーー〝ひとつなぎの大秘宝〟。別名、ONE PIECE。

 

 黒いドクロの旗をかかげ、グランドラインにおしよせてくる者共は、この世のどこかに実在すると言われる幻のお宝、〝ひとつなぎの大秘宝〟を手にしようというのである。

 ひいては、この世界そのものを、手に入れることに匹敵するだろうと信じて。

 

 ロマンのある話だった。ゾクゾクするじゃないか。

 裕福なカタギの人間どもならいざ知らず、これを聞いたのが、虐げられている人間たち、貧しさに苦しめられている人間たちならば、海にこぎだしたくなるその気持ちにもうなずける。

 

 ただでさえ夢のない世界だ。がんじがらめの身分制度に、人を人とも思わぬ政府、なくならない戦争に人種差別、迫害と隷属の応酬。

 ここまでならば21世紀のチキュウとも大差はない。ただし私の勝手な感覚だと、こちらの世界には〝夢幻〟がすくないように思える。

 

 マンガもない。アニメもない。テレビもないし、映画もない。ネットがないから2チャンもない。

 舞台やオペラ、ミュージカルに演奏会はあるけれど、上流階級のたのしみだ。貴族以外は入れもしない。

 どうにか庶民の手が届く〝ファンタジー〟といえば、小説くらいなものだった。

 

 てっとり早い言い方をすれば、このグランドラインこそ、〝夢〟と〝ナゾ〟にあふれる、この世界きっての〝ファンタジー〟なのである。

 そこに希望をもとうとすれば、実際に海に出て、冒険するのが一番はやい。

 

 人知をこえたおかしな生物や、人の叡智をこえた巨大生物たち、人の想像をこえた天候さえ、グランドライン特有のもの。ほかの海には一切ない。

 

 さらにはグランドラインに、財宝まで隠されてると聞けば、もう、じっとしていられないだろうーーーーー冒険の代償が己の命だとしても、元よりたいした生き方のできない命であるならば、かけてみる価値はある。

 

 ゴール・D・ロジャーは、グランドラインの海賊だった。そのことから多くの海賊たちは、彼の秘宝がグランドラインに隠されているとアタリをつけて、この海を目指してやってくる。

 チキュウでもこっちでも、人はなにかを略したがるのだろう。最近では、ゴールド・ロジャーと呼ぶのが流行っているようだ。

 

 今は亡きロジャーが引き起こした、海賊の大量発生………この時代のことを、〝大海賊時代〟と言いだしたのは誰だったのか。

 

 私は〝大海賊時代〟のグランドラインしか知らないため、海がどう荒らされたのか、この海がどう変えられたのか、はっきり説明できはしない。

 

 そんな私の常識として、まず、大きな国の〝港〟は、週一ほどのペースで、海賊におそわれるものだった。

 

 大海賊時代も23年目になる。これに対抗する武力をもたない国は、とっくに滅ぼされている。

 

 アラバスタ国軍が今、港を守る任務をまっとうできていないというなら、たしかに、それに代わって港を守るクロコダイルは、国そのものを守っていると言える。

 クロコダイル〝様〟は、新しいアラバスタの守護神なんだよう、とうれしげに言う女将さんのことばも、わからなくはない。

 

 女将さんが純粋というよりも、クロコダイルが、人を騙すのに長けすぎているのだ。

 そこまで徹底的に〝英雄業〟をやられたら、騙されても仕方ない。

 

 クロコダイルのマッチポンプは、おそらく、私がいなければ完璧だった。

 

 ただ見聞色の覇気を使える、というだけでは、悪魔の実の能力の気配など、感じ取れるものではないらしい。

 それを感じとることのできる私だから、たまたま気づいたというだけの話。これがなければ、私だって、クロコダイルが干ばつの犯人だとは気づけなかっただろう。

 

 風のうわさで聞いた以上に、クロコダイルは頭の回る男である。

 

 女将さんは私に向かって、『〝あなた〟あのクロコダイル〝様〟のお友だちだったなんて』と感激していたので、とりあえず全力で否定しておいた。冗談じゃねぇ。あんな悪党と一緒にしねぇでくれ。

 

 クロコダイルはやはり、この国の王位を手に入れるつもりでいる。

 ただし、目的は国じゃない。

 この国の王族がかくしつづける〝とある財宝〟を手に入れることこそ、クロコダイルの野望だそうである。

 

 財宝がなんなのか、詳しい話はさすがに教えてくれなかった。しかし大して興味もない。

 

 どうせ近いうちに、ルフィがクロコダイルをぶっ飛ばすのだ。王の疑惑の件もある。下手に手出しせず、ルフィたちに丸投げした方がいい結果となるだろう。

 

 はじめから、そう。

 クロコダイルを潰すつもりも、クロコダイルの計画を潰すつもりも、クロコダイルの計画を知ろうとする意志さえも、私には一切ない。

 

 クロコダイルに告げたのは、本当にただの脅しである。予想に反し、クロコダイルが劇的に弱くなっていたので、ちょっと強気で出てみただけ。

 信じてくれてよかった。

 おかげで、実質なんの損もなく、有益なアイテムを手に入れることができた。

 

「フーン、スーゥ…………フーン、スゥー………………」

 

 と、テーブルの上で寝息を立てる、手のひらサイズの小さな生物。

 小電々虫である。

 

 見た目はまるきり、カタツムリ。しかし爬虫類の仲間である〝電々虫〟は、カラフルな体色もさることながら、ちょっと特殊な習性をもつ。

 

 電波をとばしあい、電気信号をつかって、音を伝えあうのだ。

 しかも、顔マネまでしながら、受信した音を再現してくれる。

 グランドラインに生息する〝ファンタジー〟の一つ、天然デジタル生物なのだった。

 

 電々虫の殻のような部分に、人工の補助装置をカポっとかぶせれば、電話のように遠くの相手と通話ができるようになる。

 

 中でも、小電々虫とよばれる小さな個体は、電波をやりとりできる範囲がせまい。せいぜい、おなじ島の中どうし、最大でもその島の近海までしか送受信できない。

 

 不便なようだが、ものは捉えようである。電波が外海にまでとどかないため、海軍などに盗聴される心配もほぼないと言っていい。

 

 クロコダイルに出した条件は、3つ。

 1つ、私用の、小電々虫を用意すること。

 1つ、サンディ島に、四億ベリー以上の懸賞金首がやってきたら、私の小電々虫に連絡をいれること。

 1つ、私の探し人が見つかるまで、国盗りはしないこと。

 

 この条件をやぶらない限り、私はクロコダイルの国盗りを邪魔しない。クロコダイルの裏の顔を、吹聴して回ることもしない。

 しかし、これらの条件をやぶったら、どうなるか。それはクロコダイルのご想像にお任せしている。

 

 クロコダイルのおかげで、エースの情報を買う手間も費用もはぶけるのだから、まぁ、感謝してやらないこともなくもねぇよ。

 

「はぁーい、サンディーヤ定食、お待ちい。熱いからね、気をつけてたべるんだよ!」

「あーい。いただきまーす!」

 

 パン、と手をあわせてそう言うと、相席の客がふしぎそうな顔をする。女将さんはもう、なれたものだ。

 民宿のような宿屋、サンセット・ハウスに泊まり始めてから、かれこれもう2週間。

 すっかりここでの生活リズムが生まれていて、昼はかならず、この宿の食堂で食べると決めている。

 

「あー、黒ちゃん今日もいるんだー!」

「黒ちゃんじゃねぇよ、マジェルカだ!」

「あー!黒スケー!」

「黒スケじゃねぇよ! マジェルカだっ!」

 

 アハハハハハ、と笑ってやがる、5歳から8歳くらいのこどもたち。

 

 店の宣伝のためだろう、昼の食堂は、ドアを開け放してある。

 道の向こうから私の姿を見つけたらしい。ドタドタと食堂に入ってきたのは、〝ナノハナ自衛隊〟を名乗る、10人のガキンチョ軍団だった。いや、今日は11人か。

 

「新入り、一人増えたのか?」

 

 食事中の背中に、断りもなくよじ登るガキ。意味もなくうしろから、私の腰に抱きついて、一方的に相撲をとろうとしてるガキ。

 私はアスレチックジムじゃねぇんだぞ。

 

 まぁ、やると思っていたので、ホルダーに入った腰元のナイフは、腹側にくるりと回してある。危ねえからな。

 かといって気分のいいものではない。

 

 うしろに頭をグッと反らせて、ガキの頭にゴン、とぶちあてる。手加減しまくってはいるが、どうだ痛いだろう。

 

 「いってぇー!」と言いながら、ガキンチョは私の肩の骨に、グリグリ、小さなアゴを押しつけはじめた。待て待て待て!

 

「地味にいてぇよ!」「しーかーえーしーだー!」「自衛隊が仕返しするわけねぇだろう!」「おれたちじえーたいじゃないっ! ナノハナじえーたいだー!」「とんでもねぇ暴論だなぁ!?」

 

 7歳ほどの女の子は、リーダー格の一人である。ツン、とアゴを反らせながら、腰に手を当てて言う。

 

「今日も、わるいこと、してないでしょうねっ!」

「今日もメシ食ってるぜー」

「メシって言った! メシって言っちゃダメなんだよっ! ごはん!」

「あー、ご飯ご飯」

「ダメっ! きもちがこもってない!」

「……気持ち込めて言うモンか!?」

 

 キャッハッハッハ!とそばに立つ、黄色い髪の女の子が笑う。紫色の髪の女児は「そう!きもちが大事なんだよっ!」とつづけた。どういうことだ。

 

 この食堂、椅子に背もたれをつけるべきだと思う。

 背後では「おい勝てそうか」「うーごかねぇー!」「どんだけデブなんだよー!」「おれこっちひっぱる!」「バカ、引っ張るんじゃなくて、持ち上げるんだ!」と男児たちがよりあつまって、私をひっくり返そうと協力しはじめた。

 

「ふっふっふ、ばぁかめ、てめぇらじゃ100年経っても私をひっくりかえせねぇよー」

「なんだとおおお!」

「やっぱりワルいやつだ! 黒スケぇ!」

「黒スケじゃねええよ!」

 

 ナノハナに滞在をはじめて、何日目だったか。

 初日のポジティブキャンペーンが功を奏し、私の存在は一躍、町のウワサになったらしい。それを聞きつけ、怖いもの見たさでやってきたのが、このガキンチョたち。

 

「ナノハナじえーたいはぁー、ふえるんだ! どんどん! せーぎだから!」

「生理だから?」

「せー! ぎぃー!」

「セリだから?」

「せー! えー! ぎー!」

「あっ、正義か!」「そうだよ!」「正義かぁ……ハンッ、興味ねぇわ」

 

 鼻でせせら笑ってやれば、全員が猛抗議をはじめた。

 こどもの嗅覚はバカにできない。

 私を一目見たとたん、〝悪党だ〟と見抜いた彼らは、あれから毎日、私が悪事を働かないよう、こうして見張りにくるのである。

 

 たしかに、悪事を防がれている気がする。こいつらからかってると、すぐに時間がすぎちゃって、悪いこと考えるヒマがねぇからな。

 こいつら、おもしれぇんだもん。しつこいし煩えし邪魔だけど、反応が早くて予想外なことを言ってくる。

 

「あー! これまだもってんじゃーんっ! わるいでんでんむし! すてろって言っただろー!」

 テーブルの小電々虫を指さし、男児の一人が叫んだ。

「すてないってきめたでしょー! いきもの、にっ、そういうことしたら、ダメなんだよ! かわいそうじゃん」

「でも、だけどっ、わるいやつとつーしんする、から、黒丸は、これでぇ!」

「黒リンはぁ、わるいけどぉ、でんでんむしは、わるくないじゃん!」

 

 さすが、ナノハナ自衛隊。彼らにかかればその小電々虫に、この島一番の悪党から連絡がくるということまで、お見通しである。

 

「でもねぇ、黒リーナぁ、一人へったの」

 

 そう言って、黄色い髪の女児が、私の前の席にすわろうとする。その横にいた男児が、おなじテーブルの客を押しのけてまで割り込もうとする。

 私はスプーンの柄の先で、男児のひたいを軽くこづいた。

 

「おい、周りの人押しのけてんじゃねぇよ、割り込みはダメだ」

「んーっ!?」

 男児はひたいを抑えながら、〝わるい奴におこられた! 納得いかねぇ!〟という顔をした。ほら、と客をアゴで示せば、不満が隠しきれない様子で、それでも「ごめんなさいい」と謝罪する。割り込んだ体をひっこめて、女の子の後ろにさがった。

 

「自分に筋が通ってねぇとき、ちゃんとごめんなさいできるのは、正義だな」

 腰を浮かして腕をのばし、女の子の頭を飛び越して、その頭をぐりぐりなでてやる。男児は「さわるなわるものー」と言いつつ、まんざらでもない顔ですなおに撫でられた。ふはは! 愛いやつめ!

 

 私の腰をもちあげようと踏んばっていたガキンチョどもは、不意をつかれてすっころんだらしい。もつれあってごちゃごちゃしている。ふはは! ざまぁ!

 

「だからぁ、黒リーナァ、一人へったの!」

「私、黒リーナじゃねぇもん、マジェルカだもん」

「見てないー?」

「………だれか、居なくなったのか?」

 

 いつの間にか全員がギャーギャーと、口々にしゃべりはじめ、とりとめのない情報があつまった。そこに私のお代わりを持ってきた女将さんまでもが加わって、ようやく話の内容がつかめてくる。

 

 昨日からこどもが一人、行方不明になっているらしい。

 もうこれだけで、この街の治安がいいとわかる。本当に治安の悪い町では、こどもの数なんてだれも把握していないものだ。よほど目立っているガキ以外は、増えても減っても気づかれない。

 そうなっていない以上、この街に人さらいが来ることも少ないのだろう。

 

 消えたこどもの名前は、カッパ。

 昨日の夜から、ナノハナ自警団によって捜索されていたらしいが、見つからず、今朝になって国王軍の方に、尋ね人の届け出がだされたとか。

 

 女将さんも、商売の関係で、ナノハナ青年団というものへ加わっているらしく、明日からはともにカッパを探しに行こうという話が持ち上がっているそうだ。女将さんは食堂がおわった夜に、参加するつもりらしい。

 

 「女が夜歩きなんて危ねぇじゃねぇか」と忠告すれば、「やだよう、あたしなんてもう、女っていうよりほら、おばちゃんでしょうよう!」なんてなぜかクネクネ照れながら、女将さんは意に介さない。危ねぇことには変わりねぇだろ……?

 

 カッパを見たらすぐ教えてね、と、ナノハナじえーたいの面々は、念をおして帰っていった。カッパの似顔絵も押し付けられた。さすがじえーたい、抜かりがない。

 

 ナノハナじえーたいが制作したのだろう。オレンジ色のクレヨンが、ぐちょぐちょ円を描いている。そこにまじる、黄緑と深緑のマーブル模様。

 とどめに黄色の丸がふたつと、桃色の丸が3つ。

 

 なるほど。カッパっていう奴は、人間じゃないらしい。

 

「ここには他所から来た人も多いからさあ、カッパの似顔絵を配るっていうのは、いいかもしれないよねぇ」

「……これを配るのか?」

「やだよう! もっとちゃんと、人間っぽいやつを配るんだよう!」

 

 なるほど。やっぱりこの似顔絵、似てないらしい。

 

 グランドラインの前半に、そうそう凶悪な海賊はいない。大海賊時代の基準なので、街をひとつ滅ぼすくらいでは、凶悪と呼ばれることもなかった。

 

 たとえば、島ひとつを焦土にしたり、世界政府の上に位置する世界貴族、天竜人の船をおそったりしないかぎり、懸賞金額が、四億ベリーを超えることはない。

 

 〝ひとつなぎの大秘宝〟は、その在りかも形状も、すべてが謎とされている。

 しかし海賊どもは確信をもって、グランドラインの奥地、グランドライン後半、通称〈新世界〉をめざす。

 

 この海を生きのびる力をもった海賊どもは、大抵、グランドライン後半にわたってゆくのである。グランドラインの前半は、ただの通過点。

 自然と、世界政府に対する脅威度をしめす、懸賞金額も、前半の海の海賊たちの方が低くなる。

 

 私の待ち人がポートガス・D・エースであることを、クロコダイルには教えていない。余計な勘ぐりをされても面倒だからだ。

 

 しかしざっくりと、四億ベリー以上の賞金首、と指定すれば、この基準に引っかかる来訪者はエースくらいなものだろう。

 

 現在のサンディ島には、犯罪組織がバロックワークスしかない。古くから島に根付いていた犯罪組織は、数年前、現国王のコブラによって骨も残さず粛清されたあとである。

 そのせいでクロコダイルがすんなり入り込んできたのだろうが、そのおかげで他の悪党どもからすれば、サンディ島は〝用のない島〟だった。

 

 世界をわかつ壁……レッドラインを超えてまで、後半の海からわざわざこの島へやってくるような物好き、エースの他にはいないはず。

 

 ナノハナの観光は、そりゃあもう隅々までたのしんだ。ただし2週間もいれば、ネタが尽きる。

 ヒマでヒマで仕方がないので、港の隅っこへお邪魔し、覇気のトレーニングをしながらジャグリング(大道芸)の練習をしていると、「プルルル」と声が聞こえる。

 16本の小さなナイフを指の間でキャッチして、小電々虫の元へ駆けた。

 

 暑さにはつよい電々虫だが、暑すぎれば干からびる。ナノハナじえーたいの一員が息子であるという、役人のおっさんにお願いし、港の関所の窓のひとつに置かせてもらった小電々虫。

 ニュルッと唇をとんがらせ、「プルルル」とまた言った。

 

 その殻に被せられた、カバーの中央。通話ボタンがわりのポッチを押す。

「ガチャ」というのも小電々虫が自分で言った。

 ザザ、とノイズの音がする。これは本当にノイズであるらしい。小電々虫を手に乗せて、港の関所から遠ざかる。

 

『…………おれだ』

 おどろおどろしいこの声は、クロコダイル本人なのだが、小電々虫が一生懸命、顔マネしようとしていて困ったものだ。

 眉間と口元に力を入れすぎて、ただの変な顔になってる。笑かすなよ、これは大事な連絡なんだよ!

 

「………おう、あったか?」

『お望みの、5カラットの宝石………今、タマリスクの港にひとつ、サファイアだ』

 決めた通りの暗号だった。5カラットの宝石は、五億ベリー超えの賞金首。サファイアというのは男を示す。

 

「………ありがとう、見に行ってみる。上物だったら報告するよ」

 上物というのは、目的の人物だった場合の合図。ハズレだったなら〝好みに合わなかった〟と告げる手はずとなっている。

『………上物であることを願うばかりだ………』

 

 「ガチャッ!」と小電々虫が叫んだということは、クロコダイルは相当手荒く受話器を置いたらしい。通話はきれた。

 

 一仕事おえた小電々虫の頭をなでて、ポケットから菜っ葉をとりだす。よくやったな、例のブツ……報酬だ。

 むしゃむしゃ口を動かして、小電々虫は頷いた。〝たしかにこりゃあ、上物だ〟と言っているような顔である。

 

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