楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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17.許せねぇもの、譲れねぇもの

 ポートガス・D・エースは死ぬ。〝ONE PIECE〟の中ではっきりと、その死体さえもが描かれていた。

 明確な時期は不明だが、少なくとも、今年中。

 仲間殺しの大罪人、ティーチに追いついたエースは、ティーチに敗北をきっするのである。

 

 これまですべての出来事が、チキュウのマンガ〝ONE PIECE〟の通りに起こっている。私のはなった忠告は、予想ではない。予言だった。

 起こるかもしれない、という次元じゃない。確実に、起こる。

 

 しかし、それが何だというのだろう。懇切丁寧にエースへ説明したとして、この男の心が変わるだろうか。

 

 海賊の流儀など、私は知らない。それでも、向かいあった相手の、想いの強さくらいは、推し量れる。

 

 エースの想いは深かった。海底をながれる海流のように、静かで重く、止めようがない。

 いいや。止めようと思えばできる、私なら。

 ここでエースを半殺しにでもして、マルコを呼んで連れ帰ってもらえばいい。

 止められないのではなかった。止めたくない。そう思ってしまった。

 

 男が………人が、てめぇの命の使い道を決めたのだ。

 たとえそれが死の道でも、それと知ってなお挑むなら、他人がとやかく言うことじゃない。

 

 緊張が途切れた。深いため息を吐いた私に、エースも気をゆるめたようだ。

「それでどうする? もう一戦やって、白黒つけるか? 今度はさっきみてェには行かねェぜ……!」

「アホか。お前、まだ立ち上がれねぇくせに。私の拳は重かっただろ?」

 エースは不機嫌そうにだまりこむ。気抜けた笑いが出てきた。

 

「あーあ。……あんたが真実を知らねぇまま、動いてんなら………どうにか、説得しようと思ってたんだが……。知ってたのか、ぜんぶ……」

「おれを説得するように、オヤジに頼まれたんだろ」

「ちがう。おやっさんは本当に、ただ話をしてくれと言ってた。エースの頭に血が上ってんなら、それを覚まさせてやってほしいと………。どっちにしろ。私には荷が重いと思ってたからさ。あんたが冷静で助かった……よ?」

 

 言ってからふと思う。こいつ、冷静だったか?

 人の話を聞かずに襲いかかってきたけど……。

 

「……だから、うちのオヤジから、船に戻るよう、おれを説得しろと頼まれたんじゃねェのか?」

「ちがうって。説得の方は、私の勝手だ。私はあんたに、死んでほしくねぇんだよ」

「………は? ……おめェがっ? ………ど、どうして」

「………事情があってさ。今年、あんたに死なれると………困るんだ、色々と」

「………なんの事情だ」

「教えねぇけどさぁー! とにかく、あんたにこのまま死なれると困るんだよ、少なくとも今年、死ぬのは、絶対に、ダメだ」

 

 後ろに手をつき、空を仰ぐ。無色の空だ。エースがジリ、と体制をかえた。

「おれを止めようと…………してるようには、見えねェが」

「ああ。止めねぇ」

「………なにが言いてェんだよ………!?」

 

 どんどん背中をかたむけてゆき、砂に寝転ぶ。首にあたった砂つぶが熱い。かぶっていたスカーフも、焦がされて消えてしまったのだった。とっさに覇気をまとう。

 風鳴りがきこえる。海の音が恋しいな。

 

「腹わって話してくれたんだ。私も正直に言うよ。………私はティーチをヤるつもりだ。あんたよりも、先に」

「………あァ………」

「……ん? おどろかねぇのか」

「いや…………あー………」

 エースはテンガロンハットの上から、頭をがしがしと掻いた。

「悪りィ、聞いちまってるぜ、フォッサから」

「あ?」

「マジェルカ、お前………サッチと、そのォ、あのォ、アレだった、と」

「………あ? どれ?」

「サッチとお前は、恋仲だったと…………。サッチの仇討ちがしてェのか、やっぱり。…………お前がウチの船に滞在してたとき、ティーチからのセクハラが、ヤバかったらしいな。やっぱり色々…………恨んでるんだろ、ティーチのことを。気持ちはわかるッ! わかるがここは………! 白ひげ海賊団のためでもある! おれに譲ってくれねェか!」

 

 エースはガバリとこちらを向いて、地面に手をついた。頭下げてやがる。

 何言ってんだこいつ。

 

「グッフッフッフッフ………! ぐっふっふっふっふ、はっ! アハハハハハハ!」

「………おい、人が真剣に頼んでるんだ………! なに笑って」

「んなわけねぇーだろ!」

「アアッ?」

「サッチとはただの友達だよ! あはは! 恋仲って、なんの話だぁー!」

「……でも、フォッサが……!」

「フォッサ、フォッサ、フォッサの言うこと信じるのかてめぇはぁー! あの奥手のニブチン男が! 人の恋愛模様なんざ! わかるわけねぇだろー! あっはっはっはっは!」

「ひっ…………! でェ言い方だが…………うん、まぁ、たしかに、フォッサは………そんな感じかもしれねェが」

「あー、笑った。ぐふふふふ………!」

「サッチの恋人じゃなかったのか」

「んなわけねぇだろ、どこをどう見たらそうなる! うはははは!」

「じゃあ…………ティーチのセクハラのこと、やっぱり、恨んで………?」

「あっはっはっは! はぁー! んなわけねぇだろ! セクハラって言うけどな、指一本触れさせちゃいねぇよ! あーんなガキクセェ、バカ丸出しの物言いに、いちいち腹なぞたててられるか!」

「…………それじゃ、どうして、ティーチの首を狙う?」

 

 むくり、起き上がる。見つめ合えば、風がふく。

「……惚れた男がいるんだ……。私が、惚れ込んでる男がさ。ティーチは、そいつの首をとるつもりでいるらしい。実力差を考えりゃ、ティーチの圧勝となるはずだ。私には、それが許せねぇ。先に私がティーチをヤれば……あの人の心も命も、救える。一石二鳥だ」

 

「………惚れた男のために、おれたちのケジメを邪魔すると?」

 エースの眉間に、深いシワが寄った。

 思わず、首をかしげる。

 〝惚れた男〟。その言葉のニュアンスが、すこしズレているような気がした。

 

「私にとってのその人は、あんたにとっての白ヒゲみてぇなもんかな。…………あの人がいなけりゃ、私は今ここにいなかった。………生きることに、希望をくれた人…………。生きてみようと 、思わせてくれた人…………。なーんつってな! あははは! やめろよ、あんたにつられてキザったらしい言い方になっちまった!」

「おれは何も言ってねェだろ」

「私にとってのその人は……神様みてぇなもんなんだ。私は勝手に信仰をささげてる……狂信者だな! そんな信者が暴走して、ティーチの首を取りに行く。それだけの話」

 

 エースは雷にでも打たれたように、背筋を伸ばし、目を見開いた。

「…………まさかお前の惚れてる男って………! 白ひげか!?」

「…………お前って実は、バカなの?」

「そうだったのか………!」

「ちがうよ」

「いやわかる、ウチのオヤジは………いい男だからな、この海きっての………!」

「お前ほんと、思い込みはげしいなぁ」

「オヤジの女の好みは知らねェが、まァ、好きでいるのは自由ってなモンで……いや待て、そいつァ………! どういうことだ、お前はおれ達の姐さんになりてェってことでもあるな!?」

「ちーがーう、つってんだろてめぇ! 人の話がきこえねぇのか!」

 

 エースは半裸だ。胸ぐらをつかむためのシャツも着ていないので、しかたなく、赤玉のネックレスをひっぱる。

「おい待てテメェ! 何しやがる! 引っ張んなァ!」

「ひーとーのーはーなーしーをーきーけっつんてんだよ! 白ヒゲじゃねぇーよ!」

「えっ、お前の惚れた男は、オヤジじゃねェのか!」

「そう言ってんだろ!」

「でも……オヤジの以上の男なんてこの海にいねェぞ……?」

「そういう話じゃねぇだろこのバカ!」

 

 なんだかんだと騒いでいるうちに、のどがかわいた。二人で手分けし、私のリュックを探す。エースが襲いかかってくる直前、砂漠に放り投げておいたのだ。

 リュックから出した水筒を、ひとつ分けてやって、のどを潤す。

 そろそろ午後の三時にはなったのか。暑さのピークが通りすぎ、日差しがどことなく、気だるげになった気がする。

 

 エースはこのまま、ナノハナに向かうと言う。ナノハナは、ログを辿ってくる新人海賊たちがあつまる港であるらしい。

「ナノハナに、そろそろ、おれの………弟が、来るんだ」

「へ」ぇ、と続けるより早く、エースは自分の舟へと走っていった。なにやらゴソゴソやっていたかと思えば、一枚のビラを手にして戻って来る。

 

「これがおれの弟だ!」

 ドン! と擬音をつけたくなるような勢いで、見せつけられたビラ。

 

 カメラを遮るように広げられた、手のひら。

 笑みくずれた、素朴な少年の顔。

 黒髪の上の、麦わら帽子。

 そして写真の下には、〝生死不問〟の文字と、懸賞金3000万ベリーという刻印。

 

 〝ONE PIECE〟の主人公、海賊モンキー・D・ルフィの、手配書である。

「あー、うん」

 知ってる、それ。

 

 エースは人が変わったように、活き活きした表情で話し出す。

「17になったら海賊になるとは言ってたんだが、もう手配書が出たんだ! おれは先に海に出ちまったから、今のルフィとはまだ会えてねェんだが! 見ろ! ここ! 三千万ベリー! いやいやグランドラインじゃ珍しくもねェ額だろう、だが! しかし! こいつは初頭手配で! いきなりの! 三千万ベリーなんだぜ! イーストブルーじゃ過去最高額だ!」

「ほぉーお」

「しかもルフィは今年で17だ! つまりはまだ4ヶ月少々しか航海してねェんだが! イーストブルー史上最高額! 三千万ベリーがついてる!」

「へぇーえ」

「こいつはさ、昔っから泣き虫で、おれのあとをずーっと付いて回ってきたような、弟でさ! でも見ろよこの顔、こういう顔で笑うモンだから、ついつい許しちまうんだよなァ」

「はーぁ」

「不器用で弱くて泣き虫で……ただ、昔っから、根性だけは、ありまってるようなヤツでさ………! おれが先に出港してからも、強くなったんだろう……! イーストブルー史上最高額がつくくれェだ! 史上最高額が! そのルフィが、おれの弟が、グランドラインに来るんだよ!」

 

 ぐいっと近づいてくるソバカス顔。お前、もしかしなくても、ブラコンなのか。

「なるほど。つまり、私にその弟をぶっ倒してほしいわけか?」

「んっなこと言ってねェだろ!」

「ふっふっふっふっふ……! わかった、その手配書はもらっていこう」

「だれがやるか! 見せるだけだ!」

「ええ? じゃ何だったんだ、今の話は」

「おれの弟が、こいつですよと、いう宣伝!」

 

 ドン! と背後に文字が浮かびそうな勢いで、エースは言い切った。なるほど。孫自慢ならぬ、弟自慢か。

 手にもったルフィの手配書へ視線をおとし、エースがしみじみと言う。

 

「ルフィは、スゲェ奴なんだ……。海に出てからわかった……。怒る時に怒り、泣く時に泣き……笑うときは笑う。それが、どんだけ大変で……どれだけ大事なことか……。ルフィはガキの頃からずっと、どんな時も、それをやり続けてた。スゲェ男になってるに、決まってる。…………おれの弟は、駆け上がるぜ、この海を」

 ニヤリと笑うエース。私も思わず、口角をあげた。

 知ってる。私もそう思う。

 

 サーフボードのような形の舟は、エースの炎を原動力にして進んでいるという。ショッキングイエローの舟にある、くぼみの部分にエースは乗った。ボワリ、その足が燃え上がると、後部についたファンが回る。

 ギュルギュルと回り出した2つのタイヤ。

 腹にできた青あざをちらりと見下ろし、自分のリュックを背負ったエースは言う。

 

「ティーチは今、〈黒ひげ〉を名乗ってる」

 なんだ突然。困惑する私に、エースは怪訝そうな顔で言い直した。

 

「黒ひげを、名乗ってるんだ、ティーチの野郎は」

「……白ヒゲのマネか?」

「しっ………! 知らねェのか!? 黒ひげと言やァ……! ゴール・D・ロジャーの二つ名だ!」

「……ロジャーは……海賊王じゃねぇの?」

「海賊王になる前は、黒ひげと、呼ばれてたんだよ……!」

「あっ、そうなんだ。……へぇ」

「………ティーチは………海賊王の座を狙ってる………!」

「名乗りが、その宣言になってると? ………それがどうした」

 

 エースは言い澱み、舟の向きを変えた。ナノハナへ向けて、ジリジリと舟が進み出す。

「……白ひげこそ、王になるべき海賊だ……! 黒ひげの名も、海賊王の称号も………! ティーチのような………仲間を仲間とも思わねェやつが、名乗っていいモンじゃねェ………!」

 ふーん。

 私は海賊じゃねぇからな、よくわからん。

 

「マジェルカ。おれがティーチを追うのは………あいつが〝海賊王〟になるのを、許せねェからでもある……! お前がどんな事情を抱えていたとして………ゆずることは、できねェ」

 

 ボン! と破裂音のようなものを響かせ、エースの足が爆ぜた。2つのタイヤはなんとも知れない音をひびかせ、砂漠を疾走する。

 舟が走り出す直前、最後の一秒。

 なくなったロープの代わりに、手で帆をおさえたエースの瞳が、私を刺し貫くようだった。

 

 砂煙をまきあげて、その向こうに舟は消える。

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