楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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19.悪い奴ほど善く見える

 旅をしていると、やがて、人の好意ほど危険なものはないと気づく。

 良かれと思って分けてくれたのだろう、あまっていた食料が、食べてみれば腐っていたり。

 親切心から申し出てくれたのだろう、道案内には、地元の住民だからこそ、大事な説明が抜けていたり。

 

(〝常識〟がちがうため、ときに驚くべき伝達不足が生じるのである。たとえば人の足にからみつく草が生えているから、草むらを踏んではいけない、という事実も、現地の人間からすれば〝常識〟であるがゆえに、イチイチ注意喚起するのを忘れてしまう、など。

 草むらの中の道を行けばいいよ、という、道案内を受けたとして。

 むこうは〝まさか草むらを踏むなんてバカなことは、誰もしないだろう〟と思い。

 こちらは〝まさか草むらを踏んじゃいけないだなんて、バカな話はないだろう〟と思い。

 結果として、大惨事がふりかかる。あの時は、大変だったな……)

 

 しかし、旅をつづければ続けるほどに、つくづく思うのだ。人の好意を無下にするものではない。

 

 パッサパサの、かわいた紙粘土みたいなパンをかみしめながら、後悔した。女将さんの用意してくれた保存食たち。めんどくさがらずに、ちゃんと持って来ればよかった。

 

 反乱軍の食料事情は、ずいぶんよろしくないようだ。メシには呼ぶ、と言っていたファラフラだが、夜になると部屋まで食事をはこんできてくれた。

 こぶし大の茶色い紙粘土と、コップ半分のにごり水、カップに入ったウサギの糞みたいなものが10粒ほど。

 イヤがらせ?

 首をかしげれば、見えてしまった。

 まったく同じものの乗せられた、もう1つのトレーをファラフラが持っているのが。

 

 とりあえず受け取れば、ファラフラはまた扉をしめ、そのまま廊下に座り込む気配をさせた。

 そこで、食べていたのだ。私に渡したものと、おなじものを。

 

 おそるおそる食べてみれば、ウサギの糞ではなかった。ドライフルーツだ。そういえばクロコダイルと食事をした時、黒くておいしい、小さな丸っこい野菜があったことを思い出す。あれを乾燥させたものらしい。

 ただ、こちらは味がしない。いくらなんでもドライすぎる。化石フルーツと呼ぶべきだろう。

 

 パンと呼んでいいのかためらうような、パッサパサのパンは、食べない方がよかったかもしれない。栄養補給というよりも、栄養をパンに吸いとられている気がする。少なくとも、口の水分はすべて略奪された。

 

 コップの水は、土の味。なるほど。ミネラルたっぷりで………これ飲んでも大丈夫なヤツか? 本当に?

 

 私といえば、どこに出しても恥ずかしくない、立派な、元・野生児である。シメた動物の腹に、直接、顔をつっこんで、嚙みちぎり、生肉を食べていた時期さえある。

 そう。

 この程度の食事の悪さで、動揺するような人生は歩んでいない。

 うん。そう。ぜんぜん平気。

 ……やっぱり女将さんのくれた保存食、持ってくればよかったなぁ………!

 

 噛んでも噛んでもなくならないパンを、茫然自失と噛みづつけていると、にわかに外が騒がしくなる。

 ドタドタと、宿の階下にひびきだす、人の足音。

 これほど近ければ、わざわざ見聞色の覇気を発動させなくとも、ぼんやりわかる。

 

 男が一人、なにかを背負って駆け込んできた。つきそうように、並走してきたやせ型の女が、男の背負うなにかを支えている。

 壁ごしに聞こえる怒鳴り声。

 

「ファラフラ! いるんだろう! すぐに来てくれ! 町の外でこどもが倒れてたんだ!」

「熱はないみたい! 呼吸もある! 脱水かもしれないよ! とにかくこの子を寝かせておいて! あたし、ラドル先生を呼んでくる! あんたかファラフラは、コーザに知らせて!」

「わかった!」

 

 女の気配が、宿から駆け出していく。部屋の外で、ガタリとファラフラが立ち上がった。ドドドドド、と階段を壊さんばかりに駆け下りる音。

 私もリュックをひっつかみ、一階へおりた。

 

 宿のつくり自体は、女将さんのサンセット・ハウスと似たようなもの。一階にある食堂のテーブルの上へ、こどもが寝かされている。

 意識がないらしい。

 背負って来た男によって、体をひっくり返されても、ピクリともしない。その胴体はぐにょりと、されるがままになっている。

 

「怪我はないみたいだが……! どうしてあんなところに、こどもが一人で居たんだ……!」

「……親は」

「わからない、砂嵐がひどくて、視界が悪かった。……そうだな、親もどこかで倒れているのかもしれない。おれはゲートに戻って、探索隊をだす。ファラフラ、コーザへの報告をたのめるか!」

「……戻って来たら、オカメに頼む。おれはここにいる」

「わかった!」

 

 宿の扉を壊さんばかりの勢いで、男が駆け出していった。外の風は相当つよいらしい。閉じかけた扉が、強風でふたたび開けられてしまう。

 それを無理やりしめると、ファラフラがこちらに気づいた。

 

「……お前は」

「脱水かもしれないんだろう、そいつ。この宿に塩と砂糖はあるか?」

「……なにをする?」

「私、水をもってる。きれいな水。これに塩をほんのすこし、砂糖をほんのすこし、混ぜてのませよう。コンロはあるよな、軽くあっためてくれ」

 水筒を投げ渡し、こどもの首元にふれた。脈が弱い。

 

 食堂をみまわせば、戸棚の下に救急箱があるじゃないか。中をたしかめると、油紙につつまれたガーゼもあった。一包み、開けて、口にくわえてみる。妙な味はしない。

 このガーゼに水を含ませて、こどもの口に触れさせても大丈夫そうだ。

 

 ファラフラは眉にシワを寄せ、動かない。

「あんたがやらねぇなら、私が勝手に動くが?」

「……わかった」

 

 こどもは、頭に帽子をかぶっていた。砂よけのためだろう、ひたいのあたりが、かざり紐でキュッとすぼめられ、首の周りをかくすように布が垂れた形だ。

 それを外してやり、身にまとったちいさなローブの首元をゆるめる。

 

 中身が飛ばされてしまったのか、空っぽのリュックも外してやった。リュックの肩紐にびっしりと石がくくりつけてあるのは、この国のまじないか何かだろうか。

 

 顔色は、土気色。服をゆるめるたびに、入り込んだ砂がザラザラと出てくる。一体何時間、砂嵐にさらされていたのだろう。

 ツンと上をむいた鼻が、いかにもあどけない。深緑色の髪にまでまぎれこんだ砂を、そっとはらってやる。

 

「どれだけ入れる」

 キッチンに居たファラフラが、小鍋と、2つの壺を抱えてみせにくる。スプーンを慎重にかたむけて、ぬるま湯のなかへ、塩と砂糖をほんの少しずつ入れた。

 かき混ぜたものに新しいガーゼをぶちこみ、スプーンですくいあげ、こどもの口元へ運ぶ。

 

 医者を呼んでくるとは言ったが、来るのは遅くなるだろう。先ほど見聞色の覇気を展開したところ、一人、手術を受けているらしき人物がいた。

 

 麻酔がゆるいらしく、激痛にあえぐその気配はいかにも強烈に感じとれる。

 強すぎる感情や痛みがあると、存在自体がゆらぐのだ。当然、当人のもつ覇気もゆらぐ。

 すぐにそれとわかった患者の体へ、必死になにかをしている男こそ、この町唯一の医者であるらしかった。

 

 ひたり、ひたりと、こどもの唇をガーゼでぬらす。じれったいのだろう、ファラフラがこどもの体を無理やり起こそうとするので、止めた。

「起こしても、ゴクゴク飲ませるわけにはいかねぇよ。乾きすぎた体にいきなり水をのませると、水が毒になって、死ぬ。少しずつ含ませてやるほかない」

「……こどもの頭、冷やすか……水枕」

「いらない。そういうのは医者が来てから、指示を仰いだ方がいい」

 

 黙り込んだファラフラの様子に、はっと気がつく。そうか、こいつも、こどもに何かしてやりたいんだよな。

 

「……あんたは………さっき食事にでてた、ドライフルーツがあるだろう。あれを、お湯でもどして、ちょっとつぶしながら、ふやかしておいてくれないか。このチビが起きたら、粥の代わりに食えるように」

 

 ファラフラは一つ頷いて、窮屈そうにキッチンへ戻った。この宿が特別せまいわけではない。あいつの背丈がデカすぎるのだ。

 

 ようやく医者がやってきたのは、もう夜が更けきった頃である。

 宿の時計は止まっているので、時刻はわからない。ゴウゴウと激しさを増す風にぶたれ、あのやせた女に支えられつつ、年若い医者はやってきた。

「ひっ!?」

 と声をあげたのは、私を目にした医者である。

 

「おいおいおい! 火傷の患者がいるとは聞いてないぞ!? それもこんな重症の……!」

「ちがうちがう、この肌はうまれつき! 健康丈夫、自慢の肌だ! 病人はこっちのチビだけ!」

「……うまれつきぃ?」

 

 節電のため、町の電気は、夜10時で止まるらしい。ロウソクの灯されたランタンが、ぼんやりと食堂を照らす。

 水筒の半分くらい、水分をとったおかげだろうか。

 医者が、目玉だのまぶたの裏だのをひろげて診察しているうちに、こどもが意識を取り戻す。

 

「……ア……」

「いい、しゃべるな。おれは医者だ。お前は、砂漠で倒れてた。発見されて、この町にかつぎこまれたんだ。深刻な脱水状態からは脱してる。もう大丈夫。あとはゆっくり休んで、元気になれ」

「……ウゥ………お……れ……」

「……スープ」

 

 と言って、ファラフラが、ぬうっと、別の小鍋を持ってくる。びっくりさせないでよ!と女がファラフラの背中をはたいた。

 

 女とファラフラの会話によれば、外の捜索は打ち切られたらしい。砂嵐が激化したためだ。

 この町に逃げ込んだのが、良かったのか、悪かったのか。すぐ走り去るかのように見えたあの〝竜巻〟は、腰をすえて、この近辺を荒らすことに決めたようである。

 

 女の言葉を信じるならば、夜明けまでには天候が回復する見込みだという。外から聞こえる風の唸りは、まるきり獣の雄叫びのようになっているが、本当だろうか。

 

 ファラフラはよっぽど丹精込めてドライフルーツを煮込んだらしい。甘酸っぱい、いいにおいがした。こどもの鼻がひくりと動くのをみた医者は、笑う。

 

「食い気があるなら大丈夫だ。それを食べて、今日は眠れ」

 

 女は戦闘員らしい。背中にくくりつけられた刀も無視できないが、なによりやせ型ながらも、体幹が安定している。この強風にも負けないはずだ。

 診察をおえた医者は、女に支えられて出て行った。

 

 こどもは目を覚ましただけ。まだ焦点もあやしく、一人では起き上がれそうにない。

 こいつにスープを飲ませてやるとくれば、片手のないファラフラでは荷が重いだろう。

 

 私がチビを支えるから、あんたがスプーンで食わせてやんなよ、と言った私の提案は、ファラフラの沈黙によって却下された。なぜだ。

 結局、ファラフラがチビを支え、私が食わせてやる。

 

 目がうつらうつらしているチビは、どうにかスープを飲み込んで、もごもご何かを言おうとする。言っているつもりなのだろう、しかし声になっていない。

 ムリをさせるのもどうかと思い、うんうん相槌をうってやれば、満足したのか安心したのか。

 小鍋半分ほどをのみほして、チビは眠りにつく。

 

「……お前は、悪い奴じゃ、ないかもしれない」

「ん?」

 チビを部屋のベッドにねかせたあと、部屋に戻ろうとする私の背中へ、ファラフラはそう言った。

 カンテラを持った男の顔が、ホラー小説さながらに、下から照らされているではないか。

 その神妙な顔ときたら。くすりと笑ってしまう。

 

「あんたこそ、悪い奴じゃなさそうだから………とびっきりの秘密をおしえてやるよ」

「……秘密……?」

 暗い廊下で、私は指を一本、唇にたてる。

「本当に悪い奴ってのはさ………見れば見るほど、悪い奴には見えねぇもんだ」

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