楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

21 / 46
20.その手におさまる覚悟の数は?

 うたがって悪かった、と内心で一つ謝る。女の言は正しかった。

 日の出の気配に目を覚ませば、昨日の嵐がウソのように、きれいに晴れているではないか。

 

 風呂にはずいぶん入っていない。水不足のせいもあるが、もとよりこの国では、〝入浴〟の習慣がないらしい。

 湿度が低いせいだろう。これほど暑いというのに、汗をかかない。肌がやけにサラサラしている。

 これで毎日、風呂に入ってしまうと、逆に肌を傷めてしまうそうである。

 

 それでもナノハナでは毎日、体を拭いていた。5日に一度は風呂屋にいって、髪も洗った。この国の〝風呂屋〟はサウナそのものだが、髪をあらうための湯も用意してある。

 朝は女将さんがタライ一杯、水を持ってきてくれるので、それで顔を洗っていた。

 まぁ、反乱軍の本拠地でそれができるとは思っちゃいない。

 

 水筒の残りの水をタオルにぶちまけ、顔を拭う。首と耳元、わきの下に、手のひら、足もふいて、さっぱりした。

 

 念のためにもってきた、スキンケアオイルの瓶。よくやった、自分。

 髪をとかすクシは忘れてきてしまったが、どうにかなる。手グシでまとめた髪を、高い位置で一つにしばった。

 手にオイルをなじませて顔につけていたとき、ゴンゴンゴン!と部屋のドアが叩かれる。

 

「なんだー?」

 一拍おいて、ドアを開けたファラフラは、すこし首をかがめて叫ぶ。

「こどもはどこだ!」

「……あ? いねぇの?」

「宿、この周り、探したが、いねェ……!」

 

 あらまぁ。

 目を閉じて、見聞色の覇気を発する。おそらく、この町で唯一のこどもだ。起きているならこれで発見できるだろう。

 どこかで眠るか、意識をなくしていれば、お手上げだが。

 

 ……いた。

 

「一緒に探しに行こう、アテがある」

 天候は回復した。もうこの町にいる理由はない。リュックを背負い、ファラフラとともに宿を出た。

 

 向かうべきは、町の中心部。ただ、問題が一つある。

 見聞色の覇気では、基本的に、生物の気配しか感じとれない。

 おかげで相手の居場所はわかっても、そこへ行くための道順がわからないのである。

 

 見聞色の覇気は、生物のもつ覇気が、反発しあう性質を利用している。自分の覇気をうすくなげかけ、はね返ってきた覇気を感じとることによって、相手の位置をさぐるのだ。

 

 しかし、生物〝以外〟がもつ覇気は、生物の覇気と反発しない。これによって建物などは、私のなげかけた覇気を、すんなり自分の中に通りぬけさせてしまう。

 反発がかえってこないせいで、そこになにがあるのか、何もないのか、わからない。

 

 いきおい勇んで先導した私が、あれっ、あれっ、と行き止まりにぶちあたったり、道をキョロキョロ見比べたりしていたためか。

「……どこに向かう」

「……町の中央、コーザがいるあたり」

 見かねたファラフラが、先を歩きはじめてくれた。

 なんか、悔しい。

 

 テントの立ち並ぶ広場にはいると、こどもの甲高い叫び声がきこえてきた。位置はわかるんだが、どっちに進めばいいのか、さっぱりだ。

 目に入るのは、どれも同じようなカーキ色をしたテントの布地ばかり。ファラフラは迷いもせず、スルスルと進んで行く。小走りになっていったのは、きっとこいつがやさしい奴だからだろう。

 

「コーザに会わせてくれよっ!」

「コーザさんは忙しいんだ! こどもの遊びに付き合ってるヒマはない!」

「遊びじゃねェ! おれは本気だ! 国王を倒すためなら、死んだっていい!」

 

 布地の向こうにようやく、こどもの姿をとらえたとき、チビは一人の男の腰元へ掴みかかっていた。

「ファラフラ!」

 昨日の女がこちらに気づく。走り寄ってくるその後ろで、チビは叫ぶ。

 

「おれを反乱軍に入れてくれ!」

 

 よかったよかった、あのチビ、元気そうじゃねぇか。

 私がほっこりしている間に、テントの中がざわめきだす。布地をめくってあらわれた、あの真紅のコート。

「なんだ、騒がしい」

 コーザが顔をみせた途端、その場にいた全員の背すじがすっと伸びてゆく。

 

 こどもは敏感だ。変化を感じとったのだろう、チビもまた、わめくのをやめて背筋を正した。

 

 何百万人もの反乱軍をまとめるリーダーともあって、コーザは面倒見がいいらしい。

 昨日の私にそうしたように、コーザはチビと向かい合った。こどもだからと跳ね除けるわけではなく、その話に耳をかたむけるつもりがあるようだ。

 

 夏島の朝日は、気が早い。もうまぶしく照りつけはじめた金色の朝日を浴びながら、チビは一つ覚悟を決めて、コーザに語りはじめる。

 

 周囲には、いわば幹部クラスのメンバーが集まってきたようだった。全員がめいめいに陣どり、コーザとおなじく、チビの言葉をきいている。

 ファラフラもまた、コーザの斜め後ろに立ち、チビを見つめていた。

 

 仕方がないので、私も腕を組んで、チビの話を聞く。どうせコーザに挨拶してから町を出ようと思ってたから、順番待ちみてぇなもんだな。

 本当はあっちの木箱に腰をおろして、日陰でダラダラ待っていたいんだが、そんな雰囲気でもないし……。

 

 チビ、あらため、ナノハナで靴磨きをしているという少年、カッパは、反乱軍へ加入するため、一人で砂漠をこえてきたのだという。

 ……ん? カッパ?

 

 今朝のうちにそこらへんで拾ったのか、空っぽだったリュックからは、ハンマーやらなにやら、武器のような武器じゃないようなものがはみ出していた。

 あれ? もしかして。

 リュックの肩紐にくくりつけられた石たちは、おまじないではなく、投石用?

 

「父さんはもとからいないけどっ、母さんとおれは、干ばつのせいで元の町から逃げなきゃいけなくなったんだ! もとから母さんは体が弱かった。引っ越したせいで、体を壊して……! ナノハナは、母さんの体に良くないんだよ! 潮風がダメなんだ! でも干ばつのせいで、他に行くところがねェ! どの町にも、水がないから……! だから、おれは………! この国から雨を奪った、国王が許せないんだ!」

 

 国王じゃねぇぞぉ、真犯人は、クロコダイルだぞぉ、と言ってもしょうがねぇから言わねぇが。

 しかし、靴磨きと言ったか。

 孤児たちがやるような仕事だ。このカッパ、こんなチビのくせして、体の弱い母さんの代わりに一生懸命働いているらしい。

 えらいなぁ。

 

「だからおれを、反乱軍に入れてくれよ!」

 コーザはまた、オレンジがかったサングラスの向こうから、カッパの目をのぞきこむ。

「……おれはお前を、反乱軍にいれるつもりはない」

 

「なんでっ……! おれだって戦える! 靴磨きだってだれより長く、だれより多くやれるんだ! 体力はある! 絶対に役に立つから!」

 

 たのむよ!と、カッパは言った。

 本人はきっと気づいていない。しかしその一言は、慟哭のように聞こえる。

 

 カッパには、今にも枯れそうな町の中に、友達もいるらしい。その子は病気で、町を離れられないのだとか。

 遠くない未来、友達の町も枯れてゆくだろう。

 

 国王が憎いと、カッパは言う。怪我も死もこわくないと、カッパは言う。

 ダメだ、と告げたコーザの瞳があまりにゆるぎないものだったからか。

 焦って言いつのるカッパは、〝おれも戦いたいんだよ〟と叫ぶ。

 

 なんだか、胸の奥がムズムズしてきた。弱っちかったガキの頃の自分を思い出してしまう。

 カッパの訴えが、私にはこう聞こえたのだ。

 〝どうしておれは、こんなに弱いんだよ〟と。

 

「帰れ……!」

 コーザは静かに、苛立ちをこめてそう告げた。声の重みにひるんだカッパへ、畳み掛けるように怒声をあげる。

「帰れと言ってるんだ! ここはガキのくる場所じゃない!」

 

 よく言った。拍手をあげたい。

 少年兵を採用するような集団は、言い訳の余地もなく、クズの集まりである。この反乱軍がそうでなくて安心した。

 

 この手で戦いたいという、カッパの気持ちはわかる。

 しかし、戦場というのは、カッパが思うような〝戦い〟の場所ではないのだった。

 ただの人殺しの現場だ。

 

 兵士が入り乱れる白兵戦であっても、〝戦い〟にはならない。お互いが一方的に、ただ目の前の〝肉〟を殺していくだけの流れ作業。その連続が、戦争である。

 どれほどキレイな言葉をつかっても、実態は変わらない。

 

 肩を怒らせ、コーザはテントの中に消える。こらえきれない涙をこぼし、カッパは俯いた。

 ファラフラが痛ましげに、カッパをみやる。しかし今は、自分が声をかけるべきではないと思ったらしい。

 私に視線をよこしやがった。なんですか。

 

 どいつもこいつも。

 戦う男というものは、相手が女というだけで〝慈悲の女神〟みてぇな対応を期待しやがる。

 

 バーカ。女神ってのは、人間じゃねぇから女神なんだよ! 人間の私に、んなもん期待すんな!

 

 にらみ返してやったのを、どう解釈したのだか。しっかりひとつ頷き返し、ファラフラはコーザの後を追って消えた。

 おい!

 

 やめろお前ら、ファラフラの顔をみて、事情を察するのは! あーなるほどコイツに任せりゃいいんだな、みたいな感じで解散するな!

 おい!

 

 すっかり全員いなくなり、テントの狭間、立っているのはカッパと私のふたりきり。

 どうするよこれ。

 声も立てずに、ぐいっと腕で涙をぬぐう、このチビに今、なにが必要なのか。

 考えたってわからないので、目の前にしゃがみこんでみた。

 

「……ひっ!?」

 私をみたカッパが、息を呑む。あ、そこから?

 昨日の夜は暗かった。私の肌の色が見えなかったのか。

 

「あんたには一つ、やり残したことがあるな」

 ズズ、と後ずさったカッパが、止まる。

 

「………反乱軍には……入れてもらうぞ……! 絶対……! 火傷だって怖くねェ……!」

「そうじゃねぇ。………あんたは昨日、この町の男に、助けられた。砂漠に倒れてるところを、見つけてもらわなかったら………見つけてもらったとしても、ここに運び込んで、治療してもらわなかったら……。死んでたぜ」

 

 ぐ、と歯を噛み締めたカッパは、引けていた腰を戻す。

「でも大人だって……砂漠には勝てないだろ……」

 

 礼を言うのを忘れるなよ、と言いたかっただけなのだが、そうはとらなかったらしい。

 こどもだから、お前が弱いからダメなんだ、と遠回しに指摘されたと思ったようだ。苦笑する。

 

 わかるぜ。

 自分に自信がもてねぇ時。なにを言われても、自分の欠点を責められてるような気になっちまうんだよな。

 

 おびえさせないよう、そっと腕を伸ばし、カッパの手をとった。

 ピクリと震えた小さな指は、それにそぐわず、かたい皮膚をしている。こどもにしては爪も分厚い。苦労をかさねた跡がある。

「いい手だな」

 そろりと撫でれば、カッパの緊張がすこしほどけた。

 

「でも、私の方が、手が大きい」

 手と手をあわせると、カッパの手は小さくはない。よかった、ギリギリ私の方がでかいな。

「そんなに変わらねェ」

 うるせぇよ。

 

「……私は、守るものを、まちがえたことがある。守る順番を、まちがえたんだ。あんたより、私の方が手がでかいけど、私の手だって、別に大きいわけじゃない。……この手で掴めるものには、限りがある……。それをわかっちゃいなかった」

 

「おれには何にもできないって言いてェのか!? 手の大きさだけでそんなことわかるもんか!」

 そりゃそうだ。

「そりゃそうだ」

 あっ、口から思ったことが出てっちまった!

 

「え……?」

 ほらみろ、カッパが戸惑ってるよ!

 もー、何を言おうとしたのか忘れちまったよ!

 

「あんたがどうって話じゃねぇよ。誰の手だって、それこそ巨人の手のひらだって、掴めるものには限りがある。なにかをつかめば、なにかを手放さなきゃならねぇ」

「おれは命を捨てる覚悟だ! 反乱軍に入れてもらえるなら………!」

 

 カッパの目を見た。逆光になったその瞳は、黒とみまがうような、緑色をしている。

 命を捨てる覚悟か。

「ふふっ……!」

 思わず笑ってしまった。昨日、エースの真意を聞いたばかりだからか。カッパの言う〝命〟という言葉の軽さが、やたらと耳にくすぐったい。

 

「笑うな! おれは本気なんだよ……!」

 私を見たおどろきで一度はひっこんだ涙が、またポロポロと落っこちてきた。それを恥じるように、カッパは腕で目元をかくす。

 

 その手を、なでてみる。平べったく、丸まった爪。もう取れなくなっているのだろう、爪と指の境目には、黒い油が染み込んでいた。靴磨きのクリームだ。

 

「なぁ……捨てることと、手放すことは、ちがうよな」

 ぽん、ぽん、とガキンチョの手にやさしく触れる。

「命をなくしたらな、もう、何にもできねぇんだよ。なにかをやり遂げたあと、最後の最後に、仕方なく手放すものが、てめぇの命だ。…………まだ何もしてないうちから、自分から命を捨てようと思ってる奴に………なにができる?」

 

 ぐぅ、とカッパが嗚咽をもらす。私がつつんだ少年の手は、力をこめられ、こわばった。

 どうにかそれを解けるように、ゆっくり、撫でさする。

 

「だれだってそうなんだ。全部一度に、手にすることはできねぇんだよ。その上、自分の命みたいに、最後まで手放しちゃならねぇものもある………。順番があるんだ。それを間違えちゃいけねぇ。一つ一つ、掴めるものから、掴んでいくんだ。掴むべき順番を、きっちりとみきわめて、一つ一つ手にして行くんだ。そうすりゃすべてが手に入る。…………掴めねぇものにばかり手を伸ばしていたら、なんにも手に入らねぇまま、年老いて死んじまう」

 

 カッパはちらりと、私の二の腕をみた。

 右に5本。左に2本。

 肉のえぐれた痕がある。

 どことなく灰色の、ピンクがかった古傷は、こっちこそ正真正銘、火傷の痕だ。

 

 死を、口で語るのと、目で見るのでは、何千倍も重みがちがう。私の傷痕に、死の影を見たらしい。カッパは静かにことばを吐き出す。

 

「……だけどっ、おれができることなんて……靴を磨くくらいで………命を捨てるくらいじゃなくちゃ、何にも、できねェから…………!」

 ボタボタボタ、と落ちてくる涙。朝日が宿ってキラキラしている。

 合わせた手のひらから、力が抜けた。小さな背中が、曲がっていった。

 私は小さくはないカッパの手を、ぎゅっと握った。

 

「靴磨きで、金を稼いでいるんだろう。金を稼ぐということが、どんなにすごいことか、お前は知らないのか」

 

 歯をくいしばったカッパの口から、どうしようもない吐息がもれた。泣くなと言ってしまいたい、それを言うべきではないとも知っている。人の涙は命のかけらだ。他人が無理やり動かしていいものじゃない。

 言葉を尽くす他になかった。

 

「金があれば、食い物が買える。金があれば、水も買える。金があれば、薬も買える。その大事な大事な金を、あんたは、人から、受け取ることができている。これがどういうことだか、わかるか」

 さいごの涙がボタリとたれて、カッパの視線をようやく捉える。

 

「金を稼いでいるってことは、あんたは人の役に立つことが、できているってことなんだ。あんたのこの手は、だれかを助けることが、できる手だ」

「………だって………靴磨きだよ………」

「それがどうした。靴磨きに価値がねぇなら、だれも金を払って頼まねぇ」

 

 焦点をうしなった、カッパの目。イヤなぼやけ方ではない。なにかを深く吟味している、人の目に深みを創る一瞬。

 ポン、と手の甲をたたき、カッパの手を離す。

 

 立ち上がって伸びをすると、もう日が昇りきっている。砂漠のからっ風はこんなところにまで届いて、どこぞで煮炊きする香りを運ぶ。

 

「あんたができることなんて、いくらでもあるじゃねぇか。一つ一つ、掴めるものから掴んでいけよ。順番をまちがえずに。………まずは………ナノハナじえーたいを、安心させてやるとかさ」

「……えっ?」

「探してるぜ、あんたのこと。カッパっていう名前のガキが、行方不明だからって、ナノハナじえーたいも、ナノハナ青年団も、ナノハナ自警団も、ナノハナ老勇会ってのも、みーんなあんたのことを探してた。あんたの母さんが、国王軍に尋ね人の届けも出したってさ」

 

 母さん、という一言に、カッパの目が揺らぐ。

 ちょっと探せば、空いてる木箱があるじゃないか。

 その背中のリュックから、ハンマーだのノコギリだのをスイスイっと抜き取って、ポンポン木箱になげこんだ。これはもういらねぇだろう?

 また空になったリュックの上から、カッパの背をかるく叩く。

 

「私はこれから、ナノハナに戻ろうと思ってるんだが……一緒に行くか?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。