いっそ眠ってくれた方が楽なんだが。
ちゃっかり朝食もいただいてから、反乱軍の本拠地カトレアを後にした。ナノハナヘの帰り道は、こども連れだ。
よたよたと砂地を歩くカッパは、十一、二歳に見える。
私の肘よりかは背が高いものの、少年か男児か、と問われれば、男児より。ムリをさせるもの忍びない年令だ。
気恥ずかしい年頃なのだろう、私が背負ってやるぞと言っても、首を横にふるばかり。意地でも己の足で歩いていくつもりらしい。
砂に足がとられ、転びかけることもしばしば。とっさに支えてやると、くやしそうに礼を言う。
「あーついなー」
ジリジリと、砂漠の熱線が地上をねぶる。ファラフラが上掛けとストールをくれて、助かった。
反乱軍にあった女物だ。使われていない古着だそうで、胸のあたりが少しキツイものの、日差しの圧を和らげてくれるのがありがたい。これがなかったら、徒歩での砂漠ごえは流石にきつかっただろう。
反乱軍入りを断られ、落ち込むカッパのフォローを私に丸投げしたこと、これでチャラにしてやるよ。
カッパを見れば、息があがっている。休ませなきゃならねぇな。海を目指して歩いたおかげで、平坦な地面も見えてきた。
申し訳程度に、木が生えている。砂漠の風を受けつづけたせいなのか、幹はグニョグニョまがって、今にも倒れそうな形で伸びていた。葉も少なく、木陰もできていやしない。
それでも、背もたれ代わりにはなるだろう。
「カッパ、あそこで休憩しよう」
返事をする余裕もないらしく、カッパはぼうっとした目で歩き出す。これは、ナノハナにたどり着くまで長くかかりそうだな。
カッパが眠ってくれれば、私がカッパを背負い、空を走ってナノハナに戻るつもりでいた。
地上をチマチマ歩くことにくらべれば、空を走って行くほうがずっと速くて、ずっと涼しい。
ただし、ある程度のスピードを出さねばならないため、体を覇気で強化する必要があった。そのままの体でいると、気圧やGの関係で、目玉がつぶれたり、鼓膜が破れてしまいかねない。
これを防ぐためには、覇気で〝自分の存在を強化する〟。
覇気とは、存在力。
覇気を使った身体強化は、ただ肉体を強くするのではなく、〝存在そのものの崩壊を防ぐ〟ものとなる。
これを人体につかえば、人体の崩壊をふせいでくれる。
本来、覇気は、攻撃手段というよりも、防御手段としてこそ、真価を発揮するものだ。
生物のもつ覇気どうしが、反発しあう性質をもっているのも、このためだろう。
他人の覇気を流し込まれる、というのは、〝他人に存在を塗りつぶされる〟というような意味を持つ。
そのためか、生物は、意識がはっきりしていればしているほど、他者の覇気への反発がつよい。
逆に、気絶している時や、よく眠っている時、茫然自失とするほど落ち込んでいる時、自分の存在を忘れるほど驚いている時など、自意識が弱まっていればいるほど、他者の覇気への反発も弱まる。
カッパの安全を確保しつつ、空へ連れていこうと思えば、眠ったカッパに私の覇気を流し込み、〝私という存在の一部〟とした上で、強化してやるのがもっとも良い。
つまり、カッパ、お前は眠るべきだったんだ。
その根性がアダとなった。
結局、カッパは眠ることもなく、己の足で歩ききり、ようやくナノハナが見えた頃にはもう日が暮れかけていた。
むらさきがかった空の下、ポツポツと明かりの灯る町をみて、カッパの足から力が抜ける。
しぼんだように安堵するその肩を支えてやった。
「よーく歩いたなお前、すげぇよ」
カッパは首を横にふる。
「まだ……着いて、ないから……さいごまで歩くよ、自分で……」
やんわりと私の腕を押し返し、またヨタヨタと歩き始める背中。ここまで来れば、風に潮の匂いもまじる。愛しい香りに頬をゆるめていると、心に余裕ができたのか、カッパはぼそぼそと話し出した。
「カトレアは……ナノハナの……となりなんだ………。こんなに……近いのに……こんな砂漠も……一人でちゃんと、超えられないんじゃ……。おれは……もっと……! 大人にならなきゃ……! ダメなんだよな……!」
独白のうしろを、のんびりと着いていく。後ろ向きな独り言は、それでも前に進むための熱意を秘めている。他人が口出しする必要はない。
「なんか……! 言ってくれよ……!」
あれっ?
口出しする必要、あったみてぇだ。
「ん〜……」
何にも思いつかねぇときは、歌をうたうにかぎる。
チキュウの歌はとても便利だ。
特にニホンの歌謡曲は元の譜割りがモッサリしているため、アレンジしやすい。シチュエーションにあわせてアレンジを加えれば、どんな場面にもしっぽりなじむ。
夜の町には音楽が鳴る。ナノハナでよく奏でられているのは、チキュウの楽器、シタールがよく似合いそうな節のついたメロディだった。
砂の流れるなめらかさと、儚さを思わせるような余韻。
そのグルーヴはニホンの雅楽にも通じていて、歌謡曲のリズムをちょいと崩せば、アラバスタ風の響きが生まれる。
〝古城の月〟。そんなタイトルだったこの曲は、いかにも古くさい、どんくさいメロディと歌詞のつづく歌だ。文学青年をきどったようなリリックが、面映くもある。
それでもどうしてか、胸のやわらかいところに響いてくる。
きっと、誰しもどんくさく、かっこ悪い部分を胸に持っているからだろう。
無くしたものへ、未練がましく想いはせつつ、斜にかまえて気取ってみる。そんな歌を……
「なに、その、歌………暗いよ………もっと明るい、歌、うたえよ……」
カッパは一蹴した。
この小僧。元気になった途端、文句が多いな。
ノラ・ジョーンズの子守唄うたってやるぞこの野郎。
「ああ……それ……いい……。歌詞が、よく、わかんない、けど……」
へっ、やっぱり子守唄がお気に召したか? お前、ガキンチョだもんな、ハハハン。〝ミリアム〟。これ、いい曲だよなぁ。
それじゃあ次は、ウィットニー・ヒューストンを歌ってやろう。
湿度のないこの島では、夜空がとおい。だれのマネをするわけでもない、自分の意志で歩いてゆくんだ、そう決めたんだ、と歌うメッセージは、とおいとおい一番星に向かってやわらかく響く。
深い砂地が、どんどん浅くなり、足を沈ませないただの地面がひろがりはじめた。ナノハナの港の端にでたらしい。
もう船の出入りはなくなる時間だ。関所の役人たちが、建物の明かりを消し、ぞろぞろと出てくる。
顔見知りをみつけて、手を振った。
「おおおお!? びっくりしたよぉ、旅人さんじゃねぇか! 夜のあんたは心臓に悪いな! あっはっはっは!」
「行方不明のガキー! カッパ! 見つけてきたよー!」
「………なんだってぇ!?」
立ち止まったカッパが、何かを言いたげに私を見上げた。なんだよ、事実じゃねぇか。
慌ただしい夜となった。
閉めた関所の中にとおされた途端、カッパは崩れるように寝てしまった。
そのおかげで、質問ぜめの矛先はすべて私が受けることとなってしまった。
役人たちが国王軍やナノハナ自警団を呼びにいくあいだ、のこった役人たちからはアレヤコレヤと質問責めにされるわ、褒められるわ体調を気遣われるわ、てんてこ舞いである。
その上なぜか、国王軍よりも先に駆けつけたのは、ナノハナ老勇会のメンバー。
心配しているんだか騒ぎに来たのだか分からぬ有様で、座り込んで、酒盛りをはじめてしまう。
じいさんばあさんが顔を赤らめて、酒を交わし冗談を交わし、宴もたけなわとなった頃、ようやく国王軍と自警団が到着したはいいものの、タイミングが悪かった。
私に事情をたずねようとする国王軍兵士たちは、酔っ払ったじいさんばあさんに絡まれて、身動きがとれなくなってしまう。
その隙をぬって、私に説明をもとめたナノハナ自警団には、またべつの酔っ払ったじいさんばあさんたちが割り込んできて話に混ざってきやがる。
おかげで話が、すすまねぇことすすまねぇこと。
しかし、じいさんばあさんたちも、ただ邪魔するだけではなかった。
カッパのために医者をよび、カッパのために着替えの服と、身を清めるためのぬるま湯を用意して、酔っ払いながらも手際よく、兵士や役人の気づかなかった部分をフォローしてくれる。カッパのために、滋養たっぷりのヤギ乳粥まで持ってきてくれたのだから、ありがたい。
到着した医師は、カッパのことを素早く診察すると、問題なしと結論づけて、じいさんばあさんの飲み会に参入した、いや、参入させられた。
ナノハナ老勇会、つよい。無双だな。
ついに堪忍袋の尾が切れたのか、静かにしろ、酒盛りは他所でしろ、と怒鳴った国王軍兵士に、じいさんばあさんたちは肩をすくめた。
じいさんがぽつりと言う。
「若ぇな」
わっはっはっは!と笑いをあげる老勇会に、兵士の血管が切れかけた時、ばあさんの一人が言った。
「砂漠はね、しずかだよ。だれもいない、風の音しかしない。そんな場所で、ひとりで迷子になってたら、大人だって不安になる。しずかな場所がイヤになる。………昔っからね、砂漠で迷って、町に帰ってこれたヤツがいたら、その周りで宴会すんのさ。眠ってったって、音はわかるよ」
「そう。みんなで騒いで、ここはもう、砂漠じゃねぇぞと、教えてやるんだ。安心させてやるんだよ」
思いがけない〝宴の理由〟に、私も兵士もことばを失う。
地元の医師や、自警団の面々はこれを知っていたらしく、苦笑とともにうなずいていた。じいさんばあさんは照れたように、顔をみあわせて囁きあう。
「ナノハナの………アレだよね」
「昔からな、この町の………アレだよな」
「そうそう、あたしらの小さい頃からの………アレだよねぇ!」
「アレアレって、おめぇらよう、アレだよ、ナノハナの、アレ」
「アレってどれだよ!?」
我慢できずにツッコめば、わっはっはっは!とまた笑いが起こる。
結局、国王軍兵士たちによる聞き取りがおわったのは、夜の8時を回ったあたり。そこから老勇会の宴会にまきこまれ、解放されたのは夜の10時すぎである。
カッパのことを迎えにきたのは、ナノハナ青年会のメンバーだった。40代くらいの男性だ。なぜどこでも〝青年会〟のメンバーというのは〝中年〟ばかりなのだろうか。
眠ったまま起きないカッパを背負って、家まで送ってやるという。国王軍兵士もつきそって、カッパの親に経緯を説明してくれるらしい。
カトレアで、カッパは干ばつによって、ほかの町から移住したのだと話していた。この大干ばつが始まったあとに引っ越してきたのだろうから、カッパがこの町に住んだ期間は、最大でも三年ほど。
ナノハナの人々にとって、カッパは余所者だ。
その余所者のために、ここまで多くの人が動き、親身になってくれる。
そもそも、住んだ年数で人を差別するような考え方自体、だれも持っていないようだった。
女将さんも言っていたっけ。干ばつだろうと、人の心まで枯れちゃいないと。夜風がじんわり胸にしみる。
いい町だな。
サンセット・ハウスへたどり着くと、食堂の灯りはもう消えていた。女将さんはもう、寝てしまっただろうか。いつものように裏口にまわり、試しにコンコンコン、とノックしてみる。
「女将さぁーん、マジェルカだけどぉー、寝ちまったかなぁー?」
コンコンコン。
宿屋の裏側の通りは、民家になっている。近所迷惑にならぬよう、小声でささやいたのだが、意味はなかったらしい。
バァン!と裏口がひらかれたかと思えば、女将さんが飛び出してきた。
「おおっ!?」
そのまま抱きしめられ、耳元でどでかい声がする。
「あんたよくやってくれたよーう! あの子が行方不明になってから3日だろう!? もうダメかもしれないって、話してたところだったんだよう! よく見つけて、よく連れ帰ってくれたもんだよーう!」
さすが、厨房を切り盛りする人だ。バッシンバッシン背中を叩かれ、その絶大な腕力がいい音をたてている。
おう、おう。この衝撃、海賊並みだな。
どうにか女将さんを落ち着かせ、宿に入った。
カッパがいつまでも起きなかったため、奴のために用意されたヤギ乳粥は私がおいしくいただいた。腹はそこまで減っていないが、女将さんがサービスだと言って料理を出してくれたため、ありがたくいただく。
ああ。もう。カトレアの反乱軍にも食わせてやりたい。これ食ったらもう、反乱する気も起きねぇに決まってる。
うまい……!
私は目立つ。肌が黒いからだ。2週間も滞在し、毎夜毎夜、音楽のある酒場をはしごしていれば、地元の人間たちともいくらか顔つなぎができている。
私がサンセット・ハウスに宿泊しているのを知っているやつも少なくない。
そういった流れで、女将さんの元に、青年会から連絡があったらしい。
「本当によかったよう! 砂嵐で、あんたが無事だったのもそうだけど! 行方不明の子のことまで見つけてくれてさぁ! カトレアで見つけたんだろう? カトレアと言ったら、今は反乱軍の本拠地になってるよねぇ? 大丈夫だったのかい?」
「ああ、意外とみんな、やさしかったよ」
「そりゃそうだよ、反乱軍っていったって、アラバスタの人間だもの、いじわるな奴なんていないよう」
「ええ……?」
「食べ物がなかっただろう? カトレアは、干ばつで放棄される寸前の町だったからさぁ、交易商たちが行かなくなっちゃってるんだよ。元からの住民はもうほとんど、よそに避難してるしねぇ」
「あー」
「カトレアは元々、オアシスだから、水には困っていないだろうけど……反乱軍がさぁ、交易商のかわりに、カトレアでとれた水を、ナノハナに持ってきてくれてるんだよう」
「んっ?」
「おかげでこのナノハナは、水不足にならないし、ほかの町からの避難民を受け入れることもできてる。反乱軍のおかげだよね。うちで使ってる水も、反乱軍が持ってきてくれたやつだよ」
女将さんの話に、首をひねってしまう。
コップの水は透き通っていた。味もおかしなところはない。これがカトレアから送られた水?
カトレアで飲んだ水は、にごって、生臭く、土の味がするようなものだったのだが……。
まさか。
女将さんによくよく聞けば、カトレアから送られてくる水の量は、干ばつ前とさして変わらぬらしい。
ナノハナでは、干ばつによる避難民を受け入れたため、一人あたりが使える水の量は減った。それでも深刻な水不足におちいっていないのは、反乱軍が安定して水を供給しているためだという。
カトレアは、水不足のせいで放棄されたのではない。砂嵐のせいで捨てられた町だった。
干ばつの影響で、カトレア近辺に砂嵐が多発するようになり、物資の輸送がとどこおってしまった。
それでは生きて行けぬと、住民たちが各々、ほかの町に避難してゆき、自然と放棄されていったのだとか。
人が消えれば、経済もきえる。交易商がカトレアに立ち寄る理由もなくなり、さらに町は廃れる。
物資はますます減り、避難する住民はより一層、数をふやし、町の中の仕事もとどこおる。
オアシスがあっても、そこから水を汲みあげる人間がいなければ意味はない。一時期は、カトレアでの採水自体が、ストップしてしまったらしい。
反乱軍がカトレアに本拠地をうつしたのは、その頃だ。いなくなった元の住民たちに代わって、オアシスからの採水を行い、周辺の町……主にナノハナへ、水を届けてくれるのだとか。
これは、どう解釈すればいいものか。
上っ面だけみて判断するならば、反乱軍は、水を独占し、それを販売することで、反乱の資金を調達しているとも言える。マフィアのような、姑息なやり口だ。
ただ、現地の様子をみてきた上では、とてもそうは思えない。
おそらく反乱軍は、自分たちの飲み水をけずってまで、ナノハナの人々や避難民たちに水を提供しているのだろう。
カトレア近辺で頻発する砂嵐は、干ばつによって、大気が異様に乾燥しているせいだという。
当然だが、大気が乾燥していれば、水は蒸発する。湖やオアシスの水は、自然と激減してしまう。
地下水を直接汲みあげているわけでもない、地上にでてきたオアシスの水を採水するとなれば、とれる水の量は減っていてしかるべきだ。
しかし、ナノハナに送られる水の量は変わらない。
そして、カトレアで反乱軍がのんでいる水は、量が少なく、泥の混じったようなにごり水。
ここまでくれば、もう疑いようがない。
反乱軍のやつら、自分たちのためではなく、国民のために、カトレアを〝運営〟し、飲み水を配給しているのだ。
「……いや、国王軍はなにやってんだよ、水の供給を、反乱軍に任せっぱなしなのか?」
「……えっ、国王軍は、海賊と戦うための………人らだから………関係ないんじゃないのかい?」
「国はなにやってんだよ?」
「なにって?」
「国が……助けにこないのか? その……カトレアで水を取る人がいなくなれば、みんなが困るわけだから、国からだれかが………送られてくるとか」
「……国王さまが、何かしてくれるんじゃないかっていう、話かい?」
「まぁ」
「国王さまは、避難した国民を、しっかり保護してくださるよ。町がダメになっちゃった時はね、首都のアルバーナに行けば、国王さまが色々と、助けてくれるのよ」
「……国王側が、町を助けにくることは、ないのか」
「そりゃあ! ムリってもんだよう! アラバスタは広いもの! 町も多いし、砂漠も広いよ、ぜんぶの町を助けにいけるわけないじゃないか!」
「……そうかぁ……」
キレイな水を口に運んで、天井をあおぐ。
執政する側が、町を助けに来ることはないのだとすれば。
カトレアという水源が保たれているのは、本当に反乱軍の〝おかげ〟ではないか。
水をのまずにいれば、人は3日で死ぬらしい。
ナノハナに住む人々全員の命は、反乱軍に守られていると言っても過言ではない。
なるほど。
国民が、反乱軍の悪口を言わない理由がわかった。国王軍の兵士が何十万人も、反乱軍に寝返った理由もわかった。
珍しいことに、この国の反乱軍は、本当に、国を守ろうとしているようである。
「反乱軍の中にはねぇ……この町の若い人も、いるんだよねぇ。はす向かいの雑貨屋の息子のアブダラも、反乱軍に入っちゃって……。ちっちゃい頃から知ってるからさぁ……。心配だよねぇ、ちゃんとご飯たべれてるのか……」
女将さんは物憂げに頬づえをつく。
私もつられて、重たい息をはいてしまった。