楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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四章 燃えゆくナノハナ
22.仕事


 アラバスタの悪夢は、三年前、この島へクロコダイルがやってきた時には、すでに始まっていたのだろう。

 一つの町を救うことで、英雄と呼ばれるようになったクロコダイルは、その裏で己の悪魔の実の能力を使い、この国に干ばつをもたらした。

 

 雨を奪い、雨と戦を呼ぶ粉とされている、ダンスパウダー。クロコダイルは、干ばつの原因が自分であることに気づかれぬよう、あの破滅の粉をこの国に持ち込んだのではなかろうか。

 そして、干ばつは、ダンスパウダーによって起こされたものであるかのように偽造した。

 

 更には、ダンスパウダーを使用しているその本人が、アラバスタ国王であるかのように見せかけ、王への信頼をゆらがせた………。

 

 このアラバスタ王国内でたった一か所、干ばつを免れた町、王都アルバーナ。

 国王の在わすその町にだけ雨が降るのは、いわずもがな、クロコダイルのさじ加減によって、あえて起こされているものだ。しかし悪魔の実の能力は、人々の目に映らない。

 

 一国を覆ってしまうほどの悪魔の実の能力というもの自体、常識をはるかに超えた力である。

 クロコダイルの所業はだれに気づかれることもなく、人々の目は〝ダンスパウダーの疑惑〟の方へと向けられる。

 

 国王への疑惑の、真偽をあきらかにするため、発足された反乱軍。

 終わらない干ばつと、枯れてゆく町々。

 此の期におよんで、反乱や干ばつへの対応策を表明しない国王。

 

 そして。

 この国を守るフリをしながら、この国を追いつめ、王位と王家のもつ財宝を手に入れようと目論む海賊、クロコダイル。

 

 港町ナノハナは、今日も活気に満ちている。まだ早朝の5時だというのに、夏島の太陽は高らかにかがやき、人々は軒先を掃き清めて、ほがらかに朝のあいさつを交わす。

 

 この中にいると、つい忘れてしまいそうになる。それでもこの国はもう、限界にちかい。

 ナノハナから少し砂漠を行けば、オアシスは枯れはじめ、砂にうもれた町の残骸が次々と目に飛び込んでくるようなありさまだ。

 

 クロコダイルの起こす、次の一手とは、なんなのか。

 3階建ての屋根の上、あぐらをかいてナノハナの町をみおろす。

 

「あーらぁ、旅人さんったら、また! そんなところに座って! 落っこちないようにしとくれよ!? あそうそう、おはようさん!」

 宿の裏手に住むバアさんが、ホウキを片手に手をふってきた。

「あー! おはよー! もし私が落っこちたら、抱きとめてくれよー!」

「任せなぁ! このホウキで空のむこうまで、カッ飛ばしてあげる!」

「……それホウキでぶん殴るってことじゃねぇかよ!?」

 手をふりかえせば、アッハッハと笑い返された。

 

 宿屋に水の樽をとどけにくる、水屋のおっさん。「おー、旅人ぉ、朝早いな」「あんたもなー! ご苦労さーん」

 宿屋にパンを卸しにくる、パン屋の姉ちゃん。「たーびびーとさーん! おーはよーう!」「あー! おはよー!」

 朝メシの時間帯だけ、宿屋の向かい側で具入りのナンを売る、屋台の兄ちゃん。

 

「あっはっはっは! まーたそんなところに居るのかー! 旅人ぉー!」「あんたもまーたそこでナンを売るのかー! 一個くれ!」「一個200ベリーだ! 投げるかー!?」「おっ、えっ? 届くのかー!?」「見てろよ!? あっ、先に200ベリー投げてくれー!」「えっ、投げていいのか!? 当たるといてぇぞ!?」

 

 ポーン!と空高く投げられた、アツアツのナンを立ち上がってキャッチする。包み紙の中、パカリとわってみれば、今日の具はチーズと茶色のソースだ。一口食えば、なんだっけ、グラ、グレ、グレビティソース? グレービーソース?

 

「おい!兄ちゃん!これうまーい!」

 屋根の上から身を乗り出して、そう叫べば、〝だろ?〟とでも言いたげに、屋台の兄ちゃんは人差し指をピンと伸ばした。

 

 いつの間にか胃袋の中へ消えてしまった、具入りのナン。包み紙をおりたたみつつ、ジリジリと温度をあげる陽射しに目を細める。

 

 あちらこちらでゆれる、ヤシの木の緑。ここより背の高い建物はいくらでもある。小さな通り、ほんの二、三本分しか視界には入らない。

「……うん……」

 それでもすっかり、この町には顔見知りが増えてしまった。クロコダイルが王位の簒奪をしかけた時、この町はどうなるのだろうか。

 

 この世界、この一年のキーパーソンとなる存在、モンキー・D・ルフィは一昨日、この島に入ってきたはずだ。

 チキュウのマンガ、〝ONE PIECE〟の知識を信じれば、近いうちにルフィはクロコダイルを倒す。しかし、どのタイミングで倒すのか、昨日の夜からずーっと考えているのだけれど、思い出せなかった。

 

「どこで倒すのか……」クロコダイルの本拠地である、レインベースという町だろうか。

「いつ?」もう倒したのか? いいや、倒したならばすぐに雨が降るはず。

 

 海にかこまれた島で、これほど大気が乾燥させられているのだ。乾燥の原因であるクロコダイルが昏倒したなら、海上の水分が一気にこの島へなだれこみ、雨を降らせるはずである。

 

「……あー……!」なんで思い出せねぇんだよ! この島で起こる〝ストーリー〟!

 

 白ヒゲ海賊団に会った時はそうだった。〝ONE PIECE〟に登場していた人物に、直接、会ってみると、そいつに関連する〝ONE PIECE〟の内容を思い出したのである。忘れていた細かい部分も、ふっと頭に浮かんできたのだ。

 

 今回はその法則が働いてくれないらしい。クロコダイルに会って、新たに思い出したことといえば……………ねぇな! 何一つ!

 

 ルフィのことなら覚えてるんだけどなぁ……。ニヤッと笑って『来い! ケムリん!』と叫んだり、血まみれの体で『いイィよ』と笑ったり……。しかし、どういう流れのどういうシーンだったかが思い出せねぇんだよ………! ケムリんってなんだよ……!?

 

「……あー………!」もうこの島に用はない。早くサン・ファルドに戻り、〝例の日〟がやってくるのをじっと待ち構えるべきだ。

 しかし、ナノハナがどうなるのか。

 見届けずに出港してしまったら、気持ちが悪い。

 

「あーんたー! マージェルカぁー!」

「あいよっ」

 呼ばれて屋根から顔をだせば、女将さんが叫んでいる。

「あの子がきたよーう! 降りといでよーう!」

 あの子?

 

 スタリと宿屋の表におりたてば、一階の食堂から、カッパが出てくるところだった。考えごとに集中してて気づかなかったぜ。

「おう、おはよう! 顔色いいな! よかった」

 カッパは昨日と同じ服を着ている。まさかまた、砂漠をこえてカトレアに行くつもりなのか?

「ほらほら、なにを突っ立ってるんだよう! 中にお入りよ! 今、とっておきのお茶を入れてあげるからさぁ!」

「やった!」

 女将さんに促されて、食堂のテーブルにつく。カッパはそばで突っ立ったまま、戸惑うように唇をかんでいた。つながった厨房からほのかに漂う、ジャスミンのようないい香り。

 

「あんた……マジェルカって言うんだな」

「おう」

「昨日は、お世話になりましたっ!」

 ガバリ、カッパが頭をさげた。こんな時、〝ONE PIECE〟のルフィなら、ニカリと笑ってこう言うのだ。

「気にすんな!」

 

 女将さんが厨房からティーカップを二つ持ってきた時には、もうカッパが出て行ったあとだった。

「あれ? あの子はどこ行ったんだい?」

「もう帰った。靴磨きの仕事があるんだってさ」

「へぇぇ、働いてるのかい、まだこどもだろうに……」

「母ちゃんが病気なんだってさ。父ちゃんがいねぇから、母ちゃんのためにも頑張ってるらしいぜ」

「へぇぇ……! えらいねぇ! 見上げたもんだよ……!」

「な!」

 カッパの分も私が飲むというと、女将さんは眉をひょいとあげてみせる。

「……ちょいと思ったんだけどさぁ……あんた、なにしてお金を稼いでいるの?」

「んん?」

「この島であんたが働いてるとこ、見たことないよ? あの子は一生懸命働いてて、働いてないあんたが、あの子の分までお茶を飲んじゃうのかい?」

 

 なんという、哲学的な質問だろうか。腕をくんで首をかしげる。

「んーん、世の中ってのぁ、ふしぎだね!」

「ふしぎじゃ済まないよう、理不尽だよね! そういうわけだから、このお茶はあたしが飲もう」

「えええ!?」

 よっこいせ、と掛け声をかけ、女将さんが向かいの席に座る。さりげなく差し出されたティーカップを傾ければ、花の香りがふわりと舞った。

 

「あんたはなんだか、すごーく長い間、ウチに泊まってるような気がするけどさぁ、まだ半月くらいなんだよねぇ」

「んー?」

「夜はいっつも出歩いてるし、こうしてゆっくりしゃべるのも、意外となかったじゃない」

「………言われてみりゃあ、そうだな」

 目をきらめかせ、グッと身を乗り出す女将さん。

「だからさ、あんた、海の旅人なんでしょう? 他の島ってどんなもんなのか、旅の話を聞かせておくれよ!」

 

 あまりに険しいグランドラインの海である。飛行機のないこの世界で、海を渡るのも命がけ。水平線のむこうまで、気楽に旅行できるようなものではない。

 島に生まれたほとんどの人間は、他の島を知らないまま一生をすごすのだ。

 

 笑いジワの浮いた目元を、少女のように見開いて、女将さんは待っている。そんな顔をされちまったら、とびっきりの冒険譚を話さねぇわけにはいかねぇだろう。

 

「グランドラインのどの辺まで行ったことがあるんだい?」

「前半なら何回も往復してる」

「へ!?」

「後半にも行ったぜ」

「へえええ!?」

「カームベルトって知ってるか?」

「あぁ、あぁ、グランドラインの両側にある、風の吹かない海だろう?」

「そう。ついでに大型海王類っていうモンスターどもの巣! それを越えればイーストブルーとサウスブルーだ。どっちも行った」

「……冗談だよね?」

「……私がはじめてカームベルトを超えた時。もう……9年前か……」

 

 ウソでしょう、ウソでしょう、でも本当なの?

 女将さんの目の奥に、恥ずかしがり屋な〝期待〟がチラチラ見え隠れする。

 その〝期待〟をくすぐって引っ張り出し、一緒にドキドキさせるところまでが、旅人のたしなみである。

 

 いつの間にか、他の宿泊客が降りてきて、食堂のテーブルに陣取っていった。

 ウソだろう? 本当か?

 ギャラリーからその一言が出てくれば、話口調への追い風だ。

 

「いきなりだ。舟ごとドーンと吹き飛ばされた! なにが起きたかわからねぇ、バシンと海面に叩きつけられるとよ、海面が、まるきり固い地面みたいに感じるんだよ。そこで私も舟も、一緒になってポンポンボンボン海面をはねまわっちゃって」

「あっはっはっは!」

「それじゃゴムの地面じゃねぇか!」

「そう! ゴムの地面! そんな感じだったぜまさに! とびっきり固くてイッテぇ、ゴムの地面だけどな」

「舟は無事だったのかい?」

「それが………傷ひとつない」

「えええ?」

「私の舟、モクちゃん号はとびっきり強えんだ。その代わり、帆が、やられた。中に積んでた荷物もぜーんぶ、どっかに行っちまった」

「あんたは無事だったのかよ?」

「無事なワケねぇだろ! 首はいてぇし足はいてぇし、どこがいてぇのかもわからねぇような有様だぜ!?」

「船よりあんたの方がもろかったのか」

「あーちゃあ、バレちまった……! こう見えても女だからさ、9年前とくりゃあ、そりゃあもう、か弱い少女だったワケだよ」

「か弱い少女がカームベルトを渡るか!?」

「か弱い少女ぉ……? 見えないねぇ……?」

 

 しみじみ呟く女将さんに、食堂中が笑ってしまう。身振り手振りをまじえ、あーだこーだと言い合いながら、おもしろ可笑しく過去を話す。

 

 実際に初めてカームベルトを超えた時など、何度、死を覚悟したか分からない。死ななかったのはただの〝ラッキー〟だ。遭難し、餓死しかけるほどのしんどい思いもした。大型海王類の口の中まで呑まれた時は、はじめての恐怖に手の感覚がなくなった。

 

 それでもこうしてワイワイ話していると、楽しいばかりの出来事だったように感じてくるから不思議なものである。

 

 サンセット・ハウスには今、私の他に5人の客が泊まっている。二人は行商で、二人は船乗り、もう一人はナノハナに職を探しに来ているらしい。

 

「あっれ? もうこんな時間か!?」

 ガタリと立ち上がったのは船乗りだ。もう一人の船乗りと顔を見合わせて、慌ただしく宿を出て行く。遅刻だ、と叫んでいたが、大丈夫か?

 時計をみれば、6時40分。

 それを皮切りに、行商たちは商品を背負って売り歩きにでかけた。ドアの向こうからチョイチョイ寄ってきては話に混じっていた屋台の兄ちゃんも、本業の方に戻って行った。

 求職中の女はうーんと伸びをして、さわやかに笑う。

「こんなに笑ったの、久しぶり! 今日はなんだか上手くいきそうな気がするわ!」

「そりゃあよかった!」

「うふふっ! 楽しかったわ! 旅人さん!」

 最後まで残っていたのは、女将さんである。

「ねぇ………それで!?」

 続きを急かすワクワクした顔。思わず笑ってしまう。

「そうだな………紅茶のお代わりをくれるんだったら…………あれ………?」

 

 ふっと、嫌な気配が流れてきた。町の西側、砂漠の中に、なにかが上陸した。

 見聞色の覇気は発動させていない。それだというのにこの距離で、感じとれるほどの気配である。

 この時期、このタイミングで?

 只者じゃない、只事じゃない。

 気づけば席を立っていた。

「悪りぃ、女将さん、つづきはまた今度! ちょっと向こうの様子をみてくるよ!」

「えぇーえ!?」

 駄々をこねるガキのような声である。クスリと笑う心とは裏腹に、足は宿をとびだして、ひょいと屋根の上に飛び上がる。

 

 高さのちがう屋根の上を踏み台にし、西へ走る。同時に見聞色の覇気を展開させた。

 ナノハナの西にうごめく気配は、少なくとも3000以上。5000ほどあるかもしれない。

 あれは人間………なのか?

 全員が二足歩行の、人間の男である。

 しかしその気配を思えば、言い知れない寒気がする。

 

 覇気は存在力。人の気配とは、人がもつ覇気の余波だ。存在が異なるのだから、一人一人がもつ覇気の波長はわずかに異なり、放つ気配もちがう。

 たとえ双子だとしても、存在が別れている以上、気配は異なるものだった。

 

 それであるはずなのに、ナノハナの西を歩きはじめた五千人ほどの集団は、その全員が全員、全くおなじ気配をさせている。

 生物として有り得ない。

 あれじゃまるで、

「コピー人間みてぇだ……」

 

 思い当たるフシがある。クローン人間を兵器として実用する、傭兵国家。

 通称、戦争屋。「〈ジェルマ〉のクローン兵か……?」

 

 一度だけ戦ったことのある〈ジェルマ〉のクローン兵は、気色の悪い奴らだった。味方を平気で殺すのだ。いいや、殺すという感覚自体、持っていないらしい。

 勝つために必要だから、撃つ。倒す。切り刻む。

 それが敵だろうと味方だろうと、自分自身であろうとも、関係がない。チェスの駒をはじくよりも安易に、命を潰す。

 

 〈ジェルマ〉は傭兵国家であり、依頼がなければ動かないはずである。

 誰が呼んだ?

 反乱軍、国王側、クロコダイル、それとも私の知らないだれか。

 

 ジェルマが得意とするのは、殲滅戦だ。反乱の鎮圧には向いていない。また、依頼にかかる法外な報酬を考えても、国内の反乱ていどで呼ばれるべき奴らじゃない。

 あいつら、この島に、なにをしにきた?

 

 踏みしめる家屋がくずれぬように、ほどほどのスピードで現地に向かう。ジェルマのクローン兵のような集団は、まるで絵本に描かれた軍隊のように、足の先から指の先までおなじ動きで進軍している。

 なんつうかそういうところも気色悪いんだよ!

 

 町の端がみえてきた。放置された廃墟たちのその向こう、ひたすらの砂漠が広がっている。

 目で見た限りでは、だれもいなかった。五千人の軍人どころか人っ子一人みあたらない。

 それでも気配はそこにある。

 

 傭兵国家、ジェルマ王国が持つ、なにかの兵器が使われているらしい。光彩なんちゃらとかいつやつだ。光の屈折を利用して、まるで透明人間のように兵士たちの姿を隠してしまうもの。

 

 大量のクローン兵を実用化しているくらいである。文明を二、三個さきどりしたような科学力を誇るジェルマ王国は、とんでもねぇ兵器をいつくも保有していた。たしかビームガン〈光線銃〉も使っているはずだ。

 あの一国だけ、未来に生きてんだよなぁ……。

 

 目には映らぬ兵士たちは、しかし見聞色の覇気をつかえば、北に向かって進軍しているとわかる。ナノハナに入るつもりはないように見えるが、まだわからない。

 こいつら、いきなり直角に曲がったりするんだよ。軍人の行軍としてはありえねぇ動きを平気でしやがる。

 

 どうする、どこにいく、止めるべきか? どう止める?

 まばたきをした一瞬で、唐突に、強者の気配がひとつ増えた。

「やぁーイ!」

 背後からとどく、軽薄な声。振り返るまでもない。

 屋根の上をはしり、後ろから私に追いついてくるのは、ナノハナに滞在している殺し屋・トカゲ男である。

 

 今日は服を着ているらしい。オレンジの髪を風にゆらし、トカゲ男は私の肩に片手をのせる。すれちがいざま、

「あーれは、オーイラの、しーごとだよーイ!」

 一言のこし、私を追い越していった。

 

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