楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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23.動乱の港

 モスグリーンの屋根の上、足を止める。

 トカゲ男はこの国の民族衣装をはためかせ、打ち捨てられた廃墟のうえをひょいひょいと飛びうつり、一見なにもない砂漠の中へと降りていった。

 

 砂漠からふく風が、立ち止まった私のひたいにぶつかってくる。

「仕事……」

 本来、あのトカゲ男は、グランドライン後半を仕事場とする殺し屋だ。この前半の海にいること自体、妙な話ではあった。その上、裏社会ではまったく重要度のない、このサンディ島に滞在しているなんて不気味なものだと思っていたが。

 

 あいつは、傭兵国家〈ジェルマ〉の兵隊がここにくることを知っていたのか。あいつの仕事のターゲットが「ジェルマのクローン兵……」だったということ、か?

 

「いやいやいやいや、どうなってんだよ……!?」

 

 相手がどれほど屈強な国であろうと、依頼を受ければ打ち砕く。異常な科学力でもって不敗神話を築いている、ジェルマ王国の兵士たち。

 殺せない奴はいないとささやかれ、半ば都市伝説のような扱いをうけている殺し屋、キース。

 

 どちらも、このグランドライン前半、〈楽園〉の海にいるべきメンツではない。より混沌とした暴力のるつぼ、グランドライン後半〈新世界〉に陣取る猛者どもだ。

 

 そんな奴らが衝突するのである。どちらの側にも〝こいつらを雇った人間がいる〟ということ他ならない。規格外な大金をつんでまで、こいつらをここに呼び寄せた黒幕が、すくなくとも2人はいる。

 

 ジェルマを呼んだ人間。私の頭に思い浮かぶ人物は、クロコダイルくらいなものだ。

 

 ジェルマが出て来た戦場は、なにもかもが焼き尽くされ、不毛の大地になると聞く。そんな奴らのことを、この国の人間が呼び寄せるとは思えない。

 

 クロコダイルがジェルマを雇ったのだとして、その対抗策に、国王側が殺し屋キースを雇ったのだろうか。

 いいや。

 まるきりおとぎ話の登場人物のように語られている、あのトカゲを見つけ、交渉し、この海まで呼び寄せるほどのツテが、この国の国王にあるだろうか?

 

 そんな政治力と情報力をもっているなら、とっくにクロコダイルの本性をあばき、自力で奴を追い出してると思うんだよなぁ……。

 

 ドォン、と向こうの空で砂ぼこりが舞った。はじまったらしい。

 

 ジェルマの兵器のせいだろう。地上10メートルほどまでは何も起こっていないように見えるのだが、その上空にだけ、不可思議な形の爆煙があがっている。乾ききった無色の空に、とびかう光線。あー、レーザービームだやっぱりぃ……。

 

 なんであんなヤベェ奴らのケンカが、この島で起こるんだよ。

「意味がわからん……クロコダイルのやりてぇことって、国盗りじゃねぇのか……?」

 

 ふくらんだ屋根の中央、ぴょんと飛び出す飾り柱。頭をコツンとぶつけてみる。うん。頭を叩いてもいい考えはひらめかねぇや。

 

「まぁ、でも、あれはトカゲの勝ちだろう……」

 ジェルマ王国側は、クローン兵しか来ていない。国家の主戦力である王族たちの気配はなかった。ただのクローン兵五千人くらいなら、トカゲ男は一時間もかからずに片付けるだろう。

 

 予想を裏付けるように、トカゲ人間の姿をとった殺し屋の気配は、一方的に軍隊をなぎ倒していく。もう100人以上の兵士たちを屠ってしまった。あー、やっぱりあいつの覇気も、レーザービームを防げるレベルの練度なんだな………。

 

 空に打ち上がる光線は、トカゲ男がレーザービームをよけたからではない。武装色の覇気の応用、〈武装色硬化〉のなされた体が、ビームをはじき返しているからだ。

 

 トカゲ人間の形態をとったトカゲ男は、4メートルほどの背丈にしかなっていない。

 ゾオン系・悪魔の実の能力を、きたえれば鍛えるほど巨大化するはずの、〝人獣形態〟。それがたったの4メートルでは、まちがっても指折りの強者には見えないだろう。

 

 しかし、元となっている〝トカゲ〟の小ささを考えれば、異常な増大率だ。空恐ろしいパワーを秘めているとわかる。

 

 シッポの一薙ぎで、4人の兵士がふっとぶ。人の腕の先についた、トカゲの手。ただ触れただけの兵器を吸い寄せるように持ち上げて、周囲の兵士に叩き込む。

 

 倒れこむように沈んだかとおもえば、四つ這いになり、トカゲのような巨大な頭を左右にふった。

 

 覇気で強化してあるせいだろう。ぶつかられた兵士の足が、〝破壊〟される。ちぎられてポーンとふっとぶ、足。足。足。

 ムチのように伸びたトカゲの舌。

 相手が反応する隙もなく、3人をまとめて絡めとり、ガブガブガブッと、人の頭を三つ、食った。………え? 食った?

 ああ、噛みちぎっただけか。

 ボンボンボンッ!と吐き出された人の頭。勢いよくとばされたそれは、大砲のように他の兵士たちを貫き、その腹に風穴をあけてゆく。なんだあの勢い、スイカの種じゃねぇんだぞ。

 

 えげつねぇなぁ、あいつの〝仕事〟。

 

 のこる勝者が殺し屋ならば、構わない。特にあのトカゲは、あんなナリしてなかなかの仕事人である。ターゲット以外の人間、たとえばナノハナの町人たちを巻き込むことはないだろう。

 

 見聞色の覇気をといて、のびをひとつ。あー、疲れた。人間の気配を大量に感じとると、情報量の多さと複雑さに頭がクラクラするのである。

 

 もう朝市がひらいている時間だ。そこかしこで店も営業をはじめており、港町らしいざわめきが屋根の上まで届いてくる。

 ドォン、ドォン、と巻き起こる遠くの爆音も、背を向けてしまえば、人の活気にかき消された。

 屋根から屋根へ、トンッ、トンッ、ととびうつり、きた道を戻る。

 

 宿に戻ったら、女将さんに話のつづきをしなきゃならねぇ。カームベルトの大冒険は、一つ目の山場を話しおえたところだ。

 大型海王類にはじきとばされ、荷物をうしない風もない中、必死で回収したモクちゃん号をオールで漕ぎすすめた14歳の私は、偶然に、とある島までいきついた。

 カームベルトの中に位置する島、男ヶ島〝なんがしま〟。

 変な島だったなぁ……。

 どこから話せば、面白い話になるだろうか。やっぱりメインは、入国を許してもらうために受けた試練、ククリ刀をつかった決闘かな?

 

 タマリスクで買ってくると約束した土産は、手に入れることができなかった。女将さんが後から手に入れた情報によれば、もう製造が終わってしまったそうである。

 売っているなら一走り空をわたって、ちょいっと買ってくればいい。売っていないとは言っても、とりあえず一度見てこようかと提案したら、断られてしまった。

 

 行方不明の子を連れもどしてくれた以上に、うれしい土産はないよう!なんて言って。

 

 女将さんには随分、よくしてもらっている。せめて〝土産話〟くれぇは、存分に味わってもらいてぇよな。

 

 ナノハナは、港側のウェルカムゲートに近ければ近いほど、背の高い建物が並ぶようになる。レトロ調のパステルカラーがぬうっと並ぶそのスキマから、いつもは港の海がきらめいて見えるはずだった。

 

「ん?」

 しかし今日は、海が見えない。空も見えない。チラチラよぎるスキマの向こうを、茶色のなにかが埋めている。

「なんだあれ?」

 よく見てみようと、黄土色の屋根の上、立ち止まった時だった。下の通りに男が走りこんできて、叫び声をあげる。

 

「逃げろおおおお! 港に! 港に大型船がつっこんでくるぞー!」

「……は?」

 

 ズウウウウン…………!

 

 大地がゆれた。横ゆれだ。屋根の上でよろけてしまい、体制を立て直す。

 ボゴゴゴゴ、とすざまじい音がした。止まらない轟音に、絹を裂くような人の悲鳴、どこぞから混じってくる爆発音。

 

「あ、こりゃやべぇ奴だ」

 呟いたときにはもう、足が走り出していた。

 

 とどろく破壊音はあまりに大きく、どちらから聞こえてくるのかわからない。無意識に発動させた見聞色の覇気にたよれば、逃げ惑う人の波を感知した。

 それとはまた別の場所。突然くずれた建物に埋められてしまったかのように、妙な位置でひれ伏したまま動かない人の気配たち。

 

 流れ込んでくる数多の気配の混沌さに、頭がぐらりとする。人の波はふた方向に分かれていた。様子を見に行くように港の方へ早足で歩く人間たちと、港から遠ざかるように、慌ただしく駆けくる人間たち。

 その中間に向かって走る。

 

 10階建だろうか、ひときわ背の高い建物を通りすぎたとたん、見えてくる〝元凶〟。

「なんっ………!?」

 巨大な壁だった。町のど真ん中に突如あらわれた、木造の壁。はるか見上げた先に、帆のようなものがチラリと見える。

 船である。

 大型船どころの騒ぎじゃない。巨大船だ。

 

 高さだけでも30メートルはあるだろうかという巨大な船体は、まだ動いている。

 あらゆる建物をなぎ倒し、ナノハナの町をすべっていこうとしている。

 

 一体どれだけのスピードで港に突っ込めば、こんな巨大船が、こんな町中まで乗り上げるんだ?

 

 おあつらえむきに、巨大船は大通りに沿って進もうとしている。それに押しつぶされて、大通りに面した建物たちは、軒並み崩れていくところだった。

 

 私は屋根から飛びあがり、斜めにたおれていく建物の上をとびこえた。未だ進み続けようとする、巨大船の真ん前へ、着地する。

 だってこれ、止めなきゃ。

 

 全身に、覇気をこめる。武装色の覇気ではない、ただの覇気で全身を強化する。

 迫る巨大船の鼻先。

 

 地面にへばりつくよう体勢を低くとり、足元の空気の粒子に己の覇気をまとわせる。

 そのまま、空気をけり飛ばした。地面と船の接触面へ、覇気をまとわせ、〝存在を強化させた空気〟をムリやりに挿し込む。

 地に手をついて、体をくるりと回し、もう一発! ダメ押しのもう一発!

 

 全力は出せない。ここで船が大破したら、大きな被害が出る。船を壊さぬよう慎重に加減した、もどかしい一撃を積みかさねて……どうだ?

 

 目の前をめいいっぱいに塞ぐ、木板の壁…………巨大船の前方が、ふっと、浮く。

 おっしゃ。

 

 その一刹那を逃す手はない。すべるように巨大船の真下へと移動する。

 夏日は遮られ、暗い。軽くひじを曲げながらかかげた両手で、その船体を押しあげる。

 

「……ぅぅぅぅうううぅぅぅぉぉぉおおおおあああああああああ!」

 

 お・も・い!

 

 グキュキュウ、と足元で変な音がなる。巨大船のあまりの重さに、地面が圧縮されたのだろう。後ろに引いた左足が、地面に埋まる。

 

 ズズズズゥウウウゥ……………と言葉にできぬ音をひびかせ、巨大船は止まった。

 

「はぁぁ」と、背後でだれかが腑抜けた息をはく。知らないジイさんだ。転んだのか、地面に尻をついている。

「おい、じいさん、逃げろ、避難だ!」

「あっ……はぁぁ、はぁぁ、あんた………力持ちだなぁ………!?」

「いや結構ギリギリだぞこれ………! おもい……!」

「……たしかに、重そうだよ、すごく……!」

 呑気か!

 

 背後に人が集まってくる。走ってきた数人の気配には、覚えがあった。ナノハナ自警団のメンツだ。

「なん、だ………これは!?」「おい、大丈夫かじいさん」「うぇっ? 旅人?」「お………い、おい、それ、止めてるのか? それってまさか、この巨大船を、受け止めてるのか!?」

 

 指示を出そうと思うのだが、想像以上にこの巨大船は、重量がある。一体なにを積んでるんだよ! 脂汗をかきながら、背後の男どもに声をしぼりだす。

 

「ナノハナ……自警団か!?」

「ああ! おれはパルゾネ隊だ!」 なんじゃそりゃ。

「……この船の……通ってきた部分! なぎ倒された建物の中に! 埋まってる奴らを! 救助しろ! 私が持ち上げていられるのは………! 30分が限界だ………! 30分経ったら、この船をこのまま、港に押しもどす! それまでの間に、救助を……!」

 

 ぞくぞくと集まってきたのは、国軍兵士たちだろうか、鎖帷子のこすれる音。背後で怒声が行き交いはじめる。私は目を閉じて、神経を研ぎ澄ました。

 

 覇気は存在力。そして、覇気の発動トリガーは、〝無意識に根付いたイメージ〟だ。

 

 歩こうと思えば、当たり前に、足が勝手に動くものだと人はイメージする。

 歩くかどうかは自分が〝意識〟せねばならない。

 しかし、一度歩こうと決めた時、足が勝手に動くのは、人が〝無意識〟に〝疑いようもなく〟〝そうと信じる〟部分である。

 

 意識して行うイメージが、無意識のイメージと連動することで、人は歩くことができるのだ。

 

 そんなイメージの連鎖が人の体を動かすように、覇気もまた、〝無意識に〟〝当たり前に〟そうなるものだとイメージすることが、覇気をコントロールするための唯一の方法でもあった。

 

 極論をいえば、弱いと思えば弱くなる、強いと信じれば強くなる。

 覇気のコントロールはそのさじ加減の上に成り立つ。

 

 いくら歩こうとイメージしても、足がなければ歩けない。おなじように、いくら強い覇気が使えるとイメージしても、実際に、覇気が余っていなければ使えない。

 

 基本的に、人のもつ覇気は、自分を存在させるためのエネルギーである。言いかえれば、覇気は生存のためのエネルギーだ。

 私をふくむ〈覇気使い〉たちは、生存のための覇気を戦闘にはつかわない。コントロールし利用するのは、余った覇気のみ。

 うっかり生存のための覇気を使い切ってしまったら、自分で自分の命を枯らすことになってしまうからだ。

 

 覇気を〝余らせる〟方法は、2つ。

 1つ、とにかく体を鍛え上げること。

 1つ、とにかく自我を強めること。

 自分という存在を、凌駕するほどの〝生命力〟〝意志の強さ〟をもつのである。

 

 チロチロと、乾いた風が地面をなめる。巨大船の真下、暗く影になったその中で、それであるから私は目を閉じる。

 1秒でも長く、救助の時間が稼げるように。

 覇気の強さを底上げするため、己の存在を強める。

 今この状態で、筋トレをはじめるわけにはいかない。できることは、意志を強めることのみ。

 

 耳の中から、背後の喧騒がフェードアウトしていった。冷たい炎だ。胸の奥に、腹の底に、冷たい炎を燃えたぎらせる。

 

 すべてを押しつぶそうとする、両手にかかった重量。大地に足を沈ませる、体にかかった異常な圧。

 そんなもの、知るか。

 この船は私が持ち上げつづける。絶対に、ではない。当然に。

 

 どれだけそうしていただろう。私の背丈より少し低い、160センチほどの隙間に、男が一人滑り込んできた。

 巨大船をもちあげる私の目の前、オフホワイトの軍服らしき装いの男が、腰をかがめて手をヒラヒラとふる。

「旅人殿! 旅人殿!」

「………ああっ!? なんだ! どうした!?」

「あれから40分! 巨大船の進路で下じきになっていた者たちの、救助が完了いたしました!」

「そうか………。港の避難は済んでるな!?」

「済んでおります!」

「じゃあ、この船、押しもどす……! あんた、どいてくれ!」

「はっ!」

 男が出て行ったことを確認し、体をぐっと前に傾けた。

 

 船はあまりに巨大すぎて、肩で押すことができない。ひたすらに、体を一本の棒切れのようにし、前傾しつつムリやり前に進む。

 グ、グ………と、壁が動く。ここから見ればまるきり壁のような巨大船が、ジリジリと、後退していく。

 

 くっ………そ………! 重………く……ねぇよ………!? ぜんっぜん! 別に!? 余裕っ………ですけど!?

 

 この世界には石油がない。そのせいで重油もガソリンもなく、船が座礁したからと爆発を起こすことは稀だ。

 しかしこの巨大船を、町中に放置しておくことはできなかった。

 

 先ほどチラリと見えた、船体の大砲。大砲があるのだから火薬も積んでいるだろう。

 これだけの建物がなぎ倒された以上、町のいつどこで火災が起きてもおかしくない。その上この、乾燥しきった大気である。

 船の火薬にまで引火して、二次災害を呼ぶ可能性がある。

 

 この船が、見てくれに見合った量の火薬を積んでいるとしたら、その爆発はシャレにならない威力となるはずだ。

 

 船を押している、という感覚はなかった。横にも上にも、見える範囲のすべてが、船体の木板なのだ。

 どこぞの崖でも押しているような気分である。無心になって、船を押す。

 

「旅人ぉー! もうすぐ船の後方が! 海に着水するぞ!」

「……そっか……!」

 巨大船がおとす影の向こうから、だれかの声が聞こえてくる。もうちょっとってことだな?

 

「待て! 待ってくれ! 船を海に戻すのは、もう少し待ってくれ!」

 また別の男の声だ。先ほどのやつより、声が若い。中年らしき男の声がそれを咎める。

「お前ら、いい加減にしろ! そんな事を言ってる場合じゃないだろう!」

「今だから重要なんだ! 旅人! 船を一度止めてくれ!」

 

 なんだ?

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