ふだんは客なのだろうか、女を止めようとする男の方が、私の顔をみてこわばる。どこの島でも男の方が、悪く言えばビビりやすい、よく言えば警戒心が強い。
そんなことは御構い無しに、女は肩にかけたストールをおさえつつ、手をひらりと横に出した。
「あのねぇ、ここら辺で、これくらいの男の子見なかった? 十二、三歳だと思うんだけどぉ、ちょっと鼻が上をむいててね、生意気そうなかんじの……」
「それじゃ分からねぇだろ、あー、国王軍の兵士みてぇな、砂よけの頭巾をかぶってて、黒いスモッグを着てる坊主なんだが、避難所にいねぇんだ」
「こども?」
火災で焼けたのは、子供のいない区画なんじゃなかったか?
首をかしげると、男が言う。
「倉庫街の近くの通りで、靴磨きやってる坊主だよ」
「ひとつ向こうの通りだと、お土産屋さんがけっこうあるから、そこで観光客のね、靴を」
「名前はたしか」
「あたし今しゃべってたのにぃ……!」
「あー、悪い悪い、坊主の名前はなんだっけ」
「パーちゃん。パーちゃんがいつもいる辺りもぉ、焼けちゃったって言って、お土産屋さんの人たちが避難してきてるのに、パーちゃんだけ居ないから………」
「あだ名じゃダメだろ、本名は?」
「パーちゃんは………えっと………カッパ?」
はぁん。靴磨きのカッパっていうガキが居なくなってんのか。
へぇ、カッパっていうガキが……。靴磨きの………。十二、三歳くらいの、男の……。カッパが……。
「カッパ!?」
またあいつ行方不明になってんのか!?
ナノハナの町すべてをおおうように、見聞色の覇気を発動させた。キィンと頭が痛む。思考になだれ込んでくる、3万人ちかい人間たちの、右往左往する気配。
どれだ。どこだ。
巨大船の下敷きになったのか、大怪我の痛みにあえぐ女。倉庫の火災で火傷をしたのか、燃えるような疼痛に耐える男。なにをさがすのか、瓦礫を必死でどけようとする数人。
ちがう。ちがう。
「旅人さぁん、そのパーちゃん………カッパはねぇ」
「おいおい、今、集中して思い出してくれてんだろ、話しかけない方が」
「あそっか」
………いた。
「え?」
思わず声がもれる。あいつ、カッパ、怪我してやがる。それも大怪我。
「あっ、旅人さぁん、思い出した? 見た? カッパのこと」
人の気配は、覇気の余波だ。
存在力である覇気は、自我が高まることに比例し、強くなる。気配もまたしかり。
ざっくり言えば、感情も自我である。
何かを強く感じたり、強くなにかを思ったり、ことさらつよく嫌がった時なども、自我は高まる。
カッパの気配が一層強くなる。
そのカッパをムリやり抱き上げようとする、大男の気配。抵抗するように、カッパは大男の腕を掴む。首をふってカッパは叫ぶが、怪我の痛みがひどいのだろう、あまり声がでていないらしい、誰も気づかない。
何かが妙だった。嫌な予感がする。
「わかった、カッパの居場所、怪我して動けねぇのかもしれねぇ、様子をみてくる」
「えっ!? 怪我!? うそぉ!? あの子ね、すごくいい子で」
女にゃ悪いが気が急いた。その言葉が終わる前に、走り出す。
角を1つ曲がったあと、一瞬空気を〝踏みしめ〟て、建物の屋根に上がる。
その瞬間、カッパの気配が消えた。
怪我のせいで気絶したのか、死んだのか。私のあやつる見聞色の覇気では、わからない。
見聞色の覇気には、〝見る〟力と、〝聞く〟力がある。
はなった覇気の反射によって、生物の意識の形を感じとる、〝見る〟力。
それに対し、生物の思考や、命の声をよみとるのが、〝聞く〟力。
〝聞く〟力は、己の覇気を、相手の覇気と共鳴させることでつかえるものらしい。私には全く適性がない。
〝聞く〟力があれば、相手の〝内側〟……相手の意思の内容をよみとること、そして、相手の命の状態を察知することもできると言う。
相手の〝外側〟を知るための、〝見る〟力しか使えない私には、相手の命の状態がわからない。
相手が意識を失ったとき、それが眠っているだけなのか、死んでいるからなのか、その理由までは見通せなかった。
幸い、大男の気配は、はっきりとわかる。
しゃがみこんでいた大男は、カッパを抱き上げるような仕草をした。
キョロキョロと左右を見回すのは、周囲に人がいないのを確認するためだろうか。
おそらくカッパを抱いたまま、大男の歩き出した先は、人の気配が感じられぬ方向。
こいつ、そのまま町から出るつもりだ。
ナノハナには医者がいる。これだけ大きな港町だ。病院のような施設も、私が知る限りでも、二、三箇所あった。
大怪我して気絶したガキを、助けようというならば、医者に診せようとするだろう。
町の外は、砂漠。砂漠と町を見比べて、医者がいるのは、砂漠の方だと推測する奴がいるだろうか。
ナノハナに詳しい人間ならば尚更、ナノハナを知らない異邦人だったとしても、まずは人のいる町中へと進むはず。
しかし大男は、迷うそぶりすら見せず、砂漠の方へと歩んでゆく。
町の半分、南側はさんざんだ。火は倉庫街を飛び出して、辺り一帯に広がっていたらしい。
焦げた家。焼けくずれた屋根。
言葉にできぬ悪臭が、鼻をついた。
物が燃えたニオイではない。人の暮らしが燃やされたニオイ。
屋根を走っていこうとしても、まともな屋根の方が少ない。飛び移りながら進んでいくと、ぽっかりひらけた場所に出た。
焼け跡だ。
延焼をふせぐため、あえて崩したのかもしれない。倉庫のあったらしい一画が、ただの跡地となっている。
あるのは炭になった木材だけ。
もういい。空へ〝駆け上が〟ろう。
元より、大男の先回りをするつもりで走ってきたのだ。はるか上空まで〝駆け上が〟れば、大男の姿が目に入る。
奴は、ナノハナの地理に詳しいらしい。燃えおちていない、人気のない小道を選んで進んでいた。
人目を避けたのが災いしたな。誰かを踏み潰す心配もなく、私の両足はズドン、と地面に着地する。
「何奴………!?」
建物にはさまれた、細道である。ぐたりと意識のないカッパを抱いて、大男は、素早く動いた。
カッパを肩に担ぎなおし、戦う態勢をととのえる。
突然、空から降ってきた私に対して、この反応。
こいつ、カタギじゃねぇな?
「てめ………え?」
言葉が止まってしまう。大男は変わった趣味をしていた。
髪が、ぐるぐるだ。
ロマンスグレーの長髪が、見事にぐるぐる、巻かれている。
チキュウでいう、クラシックの大作曲家たちが、こんな髪をしていたはず。
2メートルを超えるその背丈にふさわしく、肩まであるぐるぐるヘアーも、大振りなぐるぐる。
中世ヨーロッパから飛びだしてきたのかな?
顔のシワからして、50歳前後か。上品な藍色のスーツを着込んでいる。
その襟元には、紐ネクタイ。
大男は鋭い視線で私を射抜き、
「貴様、もしや……!」
両手の指先で、ちょこんと、紐ネクタイをつまんだ。
「バロックワークスの手のものか……!?」
それ、戦闘ポーズでいいのか? 身だしなみ整えてるだけか?
……なんなんだ、こいつ……。
かわいた風が、砂を運んで吹き抜ける。
バロックワークス。聞き覚えがあると思えば、そうだ。
クロコダイルのやってる、秘密結社の名前が、
「バロックワークス……! てめぇ、クロコダイルの手先か!?」
大男はたじろいだ。
「なぜっ、クロコダイルのことを、知っている……!?」
なぜもクソもあるか!
気配でわかる。大男は弱い。万に一つも負けはしない。
ただしカッパを守りきれるかどうかは、ケンカの勝敗とはまた別の話。
大男のぐるぐるヘアーに、赤いものが滲んでいった。その肩に担がれた、カッパから流れだした血だ。
大男を倒し、カッパをムリやり取り返せば、傷を余計にえぐるかもしれない。
まだ生きている可能性がある以上、慎重にいくべきだろう。
一歩。前へ踏み出す。まずは大男の動きを止める。
本来の私が持つ、ありのままの強者の気配。それをわずかに、解放しよう。
ドロリ。
砂の国の乾いた大気が、おかしな粘りをもちはじめる。あやふやになってしまう距離感。大男の呼吸はひきつった。
「てめぇのボスから、教えてもらってねぇのかい?」
目をそらさずに、もう一歩。
近づくたび、大男は後ずさろうとして失敗する。足が言うことを聞かないのだろう。
その足をすくませるものは、大男の本能だ。本能の鳴らした警鐘が、重なり合って足を止めさせる。
生きのびるには、一刻も早く背を向けて、私から逃げねばならない。
逃げ切るためには、一瞬でも背を向けず、私から目を離してはならない。
矛盾した真実を、本能は叫びつづける。がんじがらめに絡まって、己の体を硬直させるもの。
それが、恐怖。
「クロコダイルは知ってるはずだぜ……? 私の知り合いには、何があっても、手を出すべきじゃねぇってな………」
ボダボダボダ、と、藍色のスーツにだけ、雨がふった。それは大男の冷や汗だ。
本人の意思にかかわらず、同族を呼び寄せるための、動物としての機能。
その汗はニオイで、同族へメッセージを送る。〝助けてくれ!〟
しかしここには、誰も来ない。
「そのガキ、返しな。私のともだちだ」
一歩。また、一歩。
距離を詰めても、大男は逃げ出さない。動けない。
「返せねぇと、言うなら………てめぇらの組織全員、命は諦めてもらう………。その覚悟は、あるか」
腰のナイフに手をかける。
「ンンンンンンン!」 大男は唸った。
ブルリ。太い首を振り、己の意思を取り戻す。
気力で本能を押さえ込んだらしい。なるほど。そんな芸当ができるとは、ただの下っ端じゃなさそうだ。
血の気の引いた唇は、引きつりながらも、人の言葉を発しはじめる。
「この国を………! クロコダイルには、渡さぬぞ………!」
……ん?
「てめぇクロコダイルの部下じゃねぇのか」
「ンンン〜〜〜………! ンマァ〜〜〜…………!」
「どっちだ」
「ンンンン! ンマァ〜〜〜! ゲホッ、ゴホッ……! お前はっ………お、お前は………! バロックワークスの……構成員では………ないのだな………!?」
もうこれ以上、悠長にやっている時間はない。大男の長髪は、ずいぶん赤く染まってしまった。カッパの出血がシャレにならない量である。
私の決心を感じとったのか。大男は両手を前に出し、わめきだす。
「待て待て! 待つのだ女! 私はこのアラバスタ王国、ネフェルタリ王家、護衛隊隊長、イガラムだ!」
知るか、と言いたいところだが待てよ。
「………あ?」
己のもつありのままの気配を、身の内にしまい込む。砂の国の空気は、それらしい軽さを取り戻す。
大男が、ようやくまともな速度で話し出した。
「故あって、私は、ながく国を離れていた! しかし目的を果たし、たった今、この国に帰りついたところ! そしてこの少年! 私の行なっている、とある極秘任務に関する、重要な証人、証言者なのだ! 今から共に王都アルバーナへ行き、事実を…………国王へお伝えせねばならん!」
「知るか」
「なんと!?」
距離をつめる。大男はまだ前を見ている。私の姿を追えていない。
そのままくるりと飛び上がり、大男の肩を飛び越しざま、カッパを回収した。
少年の体に体温はある。ツンと上をむいた鼻は、かすかだが、息をしている。生きている。
よかった。
怪我は腹のあたりらしい。汚れのわかりにくい黒いスモッグが、見るからに変色していた。
服は切れていない、斬られた傷ではないらしい。
この位置だ。打撲で出血しているならば、肋骨が折れて体から飛び出ているのかもしれない。
妙なのは、手足に、たいした怪我がないこと。服にも肌にも、焦げたあとは見つからない。
カッパを抱いても、あの、火事特有の悪臭もしなかった。
火災に巻き込まれて怪我をした、という可能性は低くなる。それでは、巨大船の事故のせいか。しかしあの災害で負った怪我ならば、腹の一部だけで済むだろうか?
この小柄なカッパの体は、きれいに、腹の辺りだけを怪我している。
まるで、だれかから執拗に、同じ場所をなんども、蹴り飛ばされたかのように。
抵抗さえできず、ガードをとる余裕もなく。
そう。
体格のいい大人から、リンチを受けたかのように。
ゆっくりと振り返れば、大男もまた、こちらに向き直るところだった。
なぁ。
「お前が、やったのか……?」
ゴクリと、大男がツバを呑んだ。
「ちがう。断じて、ちがう……! 我ら国王軍、アラバスタの民を守るためにのみ、武力を振るう……! 罪なき少年を傷つけることなど、誓って……しない!」
何より、と、男はつづける。
「先ほど言ったはずだ……! その少年は、重要な証人! 私が少年を傷つけるわけがない!」
必死に叫ぶその目に、かける言葉があるだろうか。
傷つけるつもりがねぇなら。
なぜ、この状態のカッパを、医者にも診せず、砂漠へ連れ去ろうとした?
「証人……任務……。ふざけるのも大概にしたらどうだ……。血を流す、意識のねぇガキ連れまわすのが、お前の〝仕事〟か。それが国王軍のやり方か……。あんたの〝おーさま〟に言っとけ。………気に食わねぇ、と…………!」