楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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25.あんたのおーさま

 ふだんは客なのだろうか、女を止めようとする男の方が、私の顔をみてこわばる。どこの島でも男の方が、悪く言えばビビりやすい、よく言えば警戒心が強い。

 そんなことは御構い無しに、女は肩にかけたストールをおさえつつ、手をひらりと横に出した。

 

「あのねぇ、ここら辺で、これくらいの男の子見なかった? 十二、三歳だと思うんだけどぉ、ちょっと鼻が上をむいててね、生意気そうなかんじの……」

「それじゃ分からねぇだろ、あー、国王軍の兵士みてぇな、砂よけの頭巾をかぶってて、黒いスモッグを着てる坊主なんだが、避難所にいねぇんだ」

「こども?」

 

 火災で焼けたのは、子供のいない区画なんじゃなかったか?

 首をかしげると、男が言う。

 

「倉庫街の近くの通りで、靴磨きやってる坊主だよ」

「ひとつ向こうの通りだと、お土産屋さんがけっこうあるから、そこで観光客のね、靴を」

「名前はたしか」

「あたし今しゃべってたのにぃ……!」

「あー、悪い悪い、坊主の名前はなんだっけ」

「パーちゃん。パーちゃんがいつもいる辺りもぉ、焼けちゃったって言って、お土産屋さんの人たちが避難してきてるのに、パーちゃんだけ居ないから………」

「あだ名じゃダメだろ、本名は?」

「パーちゃんは………えっと………カッパ?」

 

 はぁん。靴磨きのカッパっていうガキが居なくなってんのか。

 へぇ、カッパっていうガキが……。靴磨きの………。十二、三歳くらいの、男の……。カッパが……。

「カッパ!?」

 またあいつ行方不明になってんのか!?

 

 ナノハナの町すべてをおおうように、見聞色の覇気を発動させた。キィンと頭が痛む。思考になだれ込んでくる、3万人ちかい人間たちの、右往左往する気配。

 

 どれだ。どこだ。

 巨大船の下敷きになったのか、大怪我の痛みにあえぐ女。倉庫の火災で火傷をしたのか、燃えるような疼痛に耐える男。なにをさがすのか、瓦礫を必死でどけようとする数人。

 ちがう。ちがう。

「旅人さぁん、そのパーちゃん………カッパはねぇ」

「おいおい、今、集中して思い出してくれてんだろ、話しかけない方が」

「あそっか」

 ………いた。

「え?」

 思わず声がもれる。あいつ、カッパ、怪我してやがる。それも大怪我。

「あっ、旅人さぁん、思い出した? 見た? カッパのこと」

 

 人の気配は、覇気の余波だ。

 存在力である覇気は、自我が高まることに比例し、強くなる。気配もまたしかり。

 ざっくり言えば、感情も自我である。

 何かを強く感じたり、強くなにかを思ったり、ことさらつよく嫌がった時なども、自我は高まる。

 

 カッパの気配が一層強くなる。

 そのカッパをムリやり抱き上げようとする、大男の気配。抵抗するように、カッパは大男の腕を掴む。首をふってカッパは叫ぶが、怪我の痛みがひどいのだろう、あまり声がでていないらしい、誰も気づかない。

 

 何かが妙だった。嫌な予感がする。

 

「わかった、カッパの居場所、怪我して動けねぇのかもしれねぇ、様子をみてくる」

「えっ!? 怪我!? うそぉ!? あの子ね、すごくいい子で」

 女にゃ悪いが気が急いた。その言葉が終わる前に、走り出す。

 

 角を1つ曲がったあと、一瞬空気を〝踏みしめ〟て、建物の屋根に上がる。

 その瞬間、カッパの気配が消えた。

 怪我のせいで気絶したのか、死んだのか。私のあやつる見聞色の覇気では、わからない。

 

 見聞色の覇気には、〝見る〟力と、〝聞く〟力がある。

 はなった覇気の反射によって、生物の意識の形を感じとる、〝見る〟力。

 それに対し、生物の思考や、命の声をよみとるのが、〝聞く〟力。

 

 〝聞く〟力は、己の覇気を、相手の覇気と共鳴させることでつかえるものらしい。私には全く適性がない。

 

 〝聞く〟力があれば、相手の〝内側〟……相手の意思の内容をよみとること、そして、相手の命の状態を察知することもできると言う。

 

 相手の〝外側〟を知るための、〝見る〟力しか使えない私には、相手の命の状態がわからない。

 相手が意識を失ったとき、それが眠っているだけなのか、死んでいるからなのか、その理由までは見通せなかった。

 

 幸い、大男の気配は、はっきりとわかる。

 しゃがみこんでいた大男は、カッパを抱き上げるような仕草をした。

 キョロキョロと左右を見回すのは、周囲に人がいないのを確認するためだろうか。

 おそらくカッパを抱いたまま、大男の歩き出した先は、人の気配が感じられぬ方向。

 こいつ、そのまま町から出るつもりだ。

 

 ナノハナには医者がいる。これだけ大きな港町だ。病院のような施設も、私が知る限りでも、二、三箇所あった。

 

 大怪我して気絶したガキを、助けようというならば、医者に診せようとするだろう。

 町の外は、砂漠。砂漠と町を見比べて、医者がいるのは、砂漠の方だと推測する奴がいるだろうか。

 ナノハナに詳しい人間ならば尚更、ナノハナを知らない異邦人だったとしても、まずは人のいる町中へと進むはず。

 

 しかし大男は、迷うそぶりすら見せず、砂漠の方へと歩んでゆく。

 

 町の半分、南側はさんざんだ。火は倉庫街を飛び出して、辺り一帯に広がっていたらしい。

 焦げた家。焼けくずれた屋根。

 言葉にできぬ悪臭が、鼻をついた。

 物が燃えたニオイではない。人の暮らしが燃やされたニオイ。

 

 屋根を走っていこうとしても、まともな屋根の方が少ない。飛び移りながら進んでいくと、ぽっかりひらけた場所に出た。

 

 焼け跡だ。

 延焼をふせぐため、あえて崩したのかもしれない。倉庫のあったらしい一画が、ただの跡地となっている。

 あるのは炭になった木材だけ。

 

 もういい。空へ〝駆け上が〟ろう。

 元より、大男の先回りをするつもりで走ってきたのだ。はるか上空まで〝駆け上が〟れば、大男の姿が目に入る。

 

 奴は、ナノハナの地理に詳しいらしい。燃えおちていない、人気のない小道を選んで進んでいた。

 人目を避けたのが災いしたな。誰かを踏み潰す心配もなく、私の両足はズドン、と地面に着地する。

 

「何奴………!?」

 建物にはさまれた、細道である。ぐたりと意識のないカッパを抱いて、大男は、素早く動いた。

 カッパを肩に担ぎなおし、戦う態勢をととのえる。

 

 突然、空から降ってきた私に対して、この反応。

 こいつ、カタギじゃねぇな?

 

「てめ………え?」

 言葉が止まってしまう。大男は変わった趣味をしていた。

 髪が、ぐるぐるだ。

 ロマンスグレーの長髪が、見事にぐるぐる、巻かれている。

 

 チキュウでいう、クラシックの大作曲家たちが、こんな髪をしていたはず。

 2メートルを超えるその背丈にふさわしく、肩まであるぐるぐるヘアーも、大振りなぐるぐる。

 中世ヨーロッパから飛びだしてきたのかな?

 

 顔のシワからして、50歳前後か。上品な藍色のスーツを着込んでいる。

 その襟元には、紐ネクタイ。

 

 大男は鋭い視線で私を射抜き、

「貴様、もしや……!」

 両手の指先で、ちょこんと、紐ネクタイをつまんだ。

「バロックワークスの手のものか……!?」

 

 それ、戦闘ポーズでいいのか? 身だしなみ整えてるだけか?

 ……なんなんだ、こいつ……。

 

 かわいた風が、砂を運んで吹き抜ける。

 バロックワークス。聞き覚えがあると思えば、そうだ。

 クロコダイルのやってる、秘密結社の名前が、

 

「バロックワークス……! てめぇ、クロコダイルの手先か!?」

 大男はたじろいだ。

「なぜっ、クロコダイルのことを、知っている……!?」

 

 なぜもクソもあるか!

 気配でわかる。大男は弱い。万に一つも負けはしない。

 ただしカッパを守りきれるかどうかは、ケンカの勝敗とはまた別の話。

 

 大男のぐるぐるヘアーに、赤いものが滲んでいった。その肩に担がれた、カッパから流れだした血だ。

 大男を倒し、カッパをムリやり取り返せば、傷を余計にえぐるかもしれない。

 まだ生きている可能性がある以上、慎重にいくべきだろう。

 

 一歩。前へ踏み出す。まずは大男の動きを止める。

 本来の私が持つ、ありのままの強者の気配。それをわずかに、解放しよう。

 ドロリ。

 砂の国の乾いた大気が、おかしな粘りをもちはじめる。あやふやになってしまう距離感。大男の呼吸はひきつった。

 

「てめぇのボスから、教えてもらってねぇのかい?」

 目をそらさずに、もう一歩。

 

 近づくたび、大男は後ずさろうとして失敗する。足が言うことを聞かないのだろう。

 その足をすくませるものは、大男の本能だ。本能の鳴らした警鐘が、重なり合って足を止めさせる。

 

 生きのびるには、一刻も早く背を向けて、私から逃げねばならない。

 逃げ切るためには、一瞬でも背を向けず、私から目を離してはならない。

 

 矛盾した真実を、本能は叫びつづける。がんじがらめに絡まって、己の体を硬直させるもの。

 それが、恐怖。

 

「クロコダイルは知ってるはずだぜ……? 私の知り合いには、何があっても、手を出すべきじゃねぇってな………」

 

 ボダボダボダ、と、藍色のスーツにだけ、雨がふった。それは大男の冷や汗だ。

 本人の意思にかかわらず、同族を呼び寄せるための、動物としての機能。

 その汗はニオイで、同族へメッセージを送る。〝助けてくれ!〟

 しかしここには、誰も来ない。

 

「そのガキ、返しな。私のともだちだ」

 一歩。また、一歩。

 距離を詰めても、大男は逃げ出さない。動けない。

 

「返せねぇと、言うなら………てめぇらの組織全員、命は諦めてもらう………。その覚悟は、あるか」

 腰のナイフに手をかける。

 

「ンンンンンンン!」 大男は唸った。

 ブルリ。太い首を振り、己の意思を取り戻す。

 気力で本能を押さえ込んだらしい。なるほど。そんな芸当ができるとは、ただの下っ端じゃなさそうだ。

 

 血の気の引いた唇は、引きつりながらも、人の言葉を発しはじめる。

「この国を………! クロコダイルには、渡さぬぞ………!」

 

 ……ん?

「てめぇクロコダイルの部下じゃねぇのか」

「ンンン〜〜〜………! ンマァ〜〜〜…………!」

「どっちだ」

「ンンンン! ンマァ〜〜〜! ゲホッ、ゴホッ……! お前はっ………お、お前は………! バロックワークスの……構成員では………ないのだな………!?」

 

 もうこれ以上、悠長にやっている時間はない。大男の長髪は、ずいぶん赤く染まってしまった。カッパの出血がシャレにならない量である。

 

 私の決心を感じとったのか。大男は両手を前に出し、わめきだす。

 

「待て待て! 待つのだ女! 私はこのアラバスタ王国、ネフェルタリ王家、護衛隊隊長、イガラムだ!」

 

 知るか、と言いたいところだが待てよ。

「………あ?」

 己のもつありのままの気配を、身の内にしまい込む。砂の国の空気は、それらしい軽さを取り戻す。

 大男が、ようやくまともな速度で話し出した。

 

「故あって、私は、ながく国を離れていた! しかし目的を果たし、たった今、この国に帰りついたところ! そしてこの少年! 私の行なっている、とある極秘任務に関する、重要な証人、証言者なのだ! 今から共に王都アルバーナへ行き、事実を…………国王へお伝えせねばならん!」

「知るか」

「なんと!?」

 

 距離をつめる。大男はまだ前を見ている。私の姿を追えていない。

 そのままくるりと飛び上がり、大男の肩を飛び越しざま、カッパを回収した。

 

 少年の体に体温はある。ツンと上をむいた鼻は、かすかだが、息をしている。生きている。

 よかった。

 

 怪我は腹のあたりらしい。汚れのわかりにくい黒いスモッグが、見るからに変色していた。

 服は切れていない、斬られた傷ではないらしい。

 この位置だ。打撲で出血しているならば、肋骨が折れて体から飛び出ているのかもしれない。

 

 妙なのは、手足に、たいした怪我がないこと。服にも肌にも、焦げたあとは見つからない。

 カッパを抱いても、あの、火事特有の悪臭もしなかった。

 

 火災に巻き込まれて怪我をした、という可能性は低くなる。それでは、巨大船の事故のせいか。しかしあの災害で負った怪我ならば、腹の一部だけで済むだろうか?

 

 この小柄なカッパの体は、きれいに、腹の辺りだけを怪我している。

 まるで、だれかから執拗に、同じ場所をなんども、蹴り飛ばされたかのように。

 抵抗さえできず、ガードをとる余裕もなく。

 そう。

 体格のいい大人から、リンチを受けたかのように。

 

 ゆっくりと振り返れば、大男もまた、こちらに向き直るところだった。

 なぁ。

「お前が、やったのか……?」

 

 ゴクリと、大男がツバを呑んだ。

「ちがう。断じて、ちがう……! 我ら国王軍、アラバスタの民を守るためにのみ、武力を振るう……! 罪なき少年を傷つけることなど、誓って……しない!」

 

 何より、と、男はつづける。

「先ほど言ったはずだ……! その少年は、重要な証人! 私が少年を傷つけるわけがない!」

 必死に叫ぶその目に、かける言葉があるだろうか。

 

 傷つけるつもりがねぇなら。

 なぜ、この状態のカッパを、医者にも診せず、砂漠へ連れ去ろうとした?

 

「証人……任務……。ふざけるのも大概にしたらどうだ……。血を流す、意識のねぇガキ連れまわすのが、お前の〝仕事〟か。それが国王軍のやり方か……。あんたの〝おーさま〟に言っとけ。………気に食わねぇ、と…………!」

 

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