楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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26.砂の国でギャンブルを

「待つのだ、女!」

 大男の声はよく響く。

「事態は、急を要する! 私の任務は、お前が思うような、軽薄なものではない! 決して王の私利私欲のためでなく! この国を、この国の民を守るための………! 女! この国の命運は今、その少年に託されていると言っていい! その少年を………急ぎ、アルバーナへ連れて行かねば、この国が………!」

 

 大男は軍人らしく、正義を語る。しかしその足が、前に出ることはない。

 本能が理解してしまったのだ。己と私の、実力差を。

 なにをどう足掻こうが、私の歩みをとめることができないという事実を。

 

 私は焦らず、周囲の気配を探った。こうした災害時こそ、医者の居場所はわかりやすいものだ。

 激痛にあえぐ人間のあつまった場所で、場違いに、素早くうごく気配がそれである。医者の居場所に目処をつけ、そちらへ足を向けたとき。

 

 ポウ、と火が灯る。

 そんな感覚を腕の中に覚え、見下ろせば、カッパが意識を取り戻していた。

 

「よう、カッパ。あんた最近、倒れすぎじゃねぇか?」

「………マジェ、ルカ………?」

 

 こいつ、私の名前をちゃんと覚えてやがる。ナノハナじえーたいにも教えてやってくれよ。

 今は瞼が重いのだろう、焦点のあわない瞳で、ぼんやりとカッパは言った。

 

「……おれ、は……」

「あんた、大怪我してるぜ。今、医者に向かってるところだ。……なにがあった? 町に、巨大船が突っ込んできたのは、覚えてるか?」

 

 驚いた。カッパは突然、ガバリと起き上がった。

「おいっ……!」

 危うく少年の体を落っことしそうになり、カッパの服をひっつかんで衝撃を殺してやる。

 私もそれに合わせるようにしゃがみこみ、どうにか、やさしく地面に尻もちをつく形まで誘導できた。

 

「ヒッ………!」

 カッパの口から漏れたのは、悲鳴じゃない。怪我を刺激した痛みで、呼吸が引きつったのだ。

「この、バカ! お前、大怪我してるっつっただろう! 動くんじゃねぇよ、バーーーカ!」

「ウゥ……!」

 カッパが唸ったのは、痛みのせいじゃない。私の怒号のせいだ。

 よかった。耳はきちんと聞こえているようである。

 

「いいかてめぇ、その耳かっぽじってよーく聞け! あんたは今、大怪我してるんだよ! 今から医者につれていく! 動くんじゃねぇドアホウが! わかったら口閉じて寝てろ!」

 

 ハッ、ハッ、と短い呼吸を繰り返し、カッパは黒いスモッグの胸元をぎゅっと掴む。その指の隙間から、スモッグに染み込んだ血が、タラタラと流れていく。

 

 ほんの短い間だが、共に砂漠を超えたのだ。その後、律儀に礼まで言いにきた。そしてカッパはまだガキと来ている。

 ここで死なれちゃ寝覚めが悪い。

 しかし死にそうだなこいつ。早く医者に診せねぇと。

 

 ゆっくりとカッパの背中に手を回し、再び抱き上げようとしたとき。

 カッパの血まみれの手が、私の胸ぐらをつかんだ。

 

「おれ………! アルバーナに………! 行かなくちゃ………!」

「あ……?」

 カッパは、目をぎらりと見開き、私を見た。その視線が突き刺さる。

 

「おれっ………! 見たんだよ………! さっきの、国王は、ニセモノなんだ……! コーザさん………騙されてる……! 反乱軍に、教えなくちゃ………!」

 

 限界までひらかれたカッパの目から、涙がゴロリと落ちていく。悲しみではない、痛みのせいで勝手にでてきた涙だろう。

 唇がふるえている。それは感情じゃない、血の足りなくなった体が、勝手に痙攣をはじめているのだ。

 それに気づく様子もなく、カッパは言いつのる。

 

「もう、みんなっ、アルバーナに、向かって、出発したんだ………! 追いかけないと……!」

 フルフル震えて安定しない、カッパの瞳。異常な動きをくりかえす瞳孔は、死の予兆だ。

 その手を包む。

 頼むから、落ち着け。

 

「………わかった、私が、追いかける。アルバーナだな? あんたの言葉を、反乱軍に、つたえる」

「ダメ、なんだっ……! 伝えるだけじゃ、ダメなん、だ………! だれも信じてくれない……! おれ、もう、言ったんだ、みんなに……! でも、だれも……! 信じて………」

 

 くれない、と続いたのだろう言葉は、カッパの喉で消えた。代わりに口からこぼれるのは、血。まさか、内臓が傷ついてんのか?

 口の端を真紅にそめても、カッパはまだ、声を振り絞る。

「おれ………みんなを………! 説得しなくちゃ、いけないんだ……!」

 

 こんなに興奮していたら、出血がさらにひどくなる。

 カッパはまだこどもだ。体格も良くはない。大人よりもはるかに少ない出血量で、死に至るだろう。

 医者のところまで命が持つかどうか、不安なほどなのだ。

 ここから遠く離れたアルバーナになど、行けるわけがない。

 

 ひとまずこれ以上の出血を防ぐため、カッパを落ち着かせようとは思えど、どうすればいいのか……。

 

「マジェル……カ! おれを、アルバーナに……連れてってくれ! 反乱軍を止めな、くちゃ……!」

「カッパ、落ち着け、」

 こどもらしからぬその両手が、私の手からすり抜ける。

 

 カッパの手は、私の胸ぐらを掴んだ。どこから湧いてくるのか分からぬほどの力強さで、引き寄せられた首元。

 私の目の奥を、睨みつけるように、カッパは告げる。

 

「お前、言っただろ……! おれにできること、おれにできることをやれって言っただろ……!」

「あぁ、言った、だが、」

「おれっ、気づいたんだ……! おれは人の役に立ってるって、お前、言ってくれたけど! おれはそれよりもっと……! いろんな人に、助けられてるっ!」

 

 その瞳に迷いはない。

 身じろぎができなかった。

 カッパの意思が燃え上がり、熱となって私を打つ。

 

「だから、おれ、できることがしたいんだ……! みんなに、死んでほしくないんだ……! おれは死んでも………おれが、死んでも……!」

 

 つい昨日、戦争に参加したいと叫んでいた少年だ。それが今日は、争いを止めたいと言う。

 どんな心境の変化があったのか、そんなことはどうでもいい。

 

 血走った目で叫ぶカッパの言葉には、もうゆるぎない芯が通っていた。

 こどもの語る〝ゆめ〟ではない。一つの命の〝決断〟だ。

 

「おれを、アルバーナに! 連れてってくれ……!」

 

 

 人の数だけ正義がある。しかしほとんどの人間が好む正義は、命を守るためのもの。

 こいつの一言を、無視することは容易い。〝お前の命を守るためだ〟と、その心を無視する方がカンタンだ。

 それがきっと〝正しい〟ことでもある。

 

 目を閉じた。息を吸い込み、深く吐く。

 

 そんな〝正義〟が嫌だから、私は海で生きている。心を殺して生きるのは、死ぬより辛いと知っている。

 

 人は死んだらそこで終わりだ。だれかの記憶の中に生きつづける、そんな言葉もあるが、生きつづけるのは本人じゃない。だれかの作ったイメージだけ。

 命は大事だ。絶対無くしちゃならねぇもの。

 しかし。

 心が死ねば、命を使うことができなくなる。心を殺せば、命をもつ意味がなくなる。

 

 人は、稀に、出会ってしまうのだった。己の命の重さを上回る、己の心の〝決断〟に。

「ふふふ」

 何よりも。

 私の心は今、カッパの言葉に動かされてしまった。

 波は気まぐれ波まかせ。己の心が動いた方へ、気の向くままに動いてこその、旅人だろう?

 

 

「……わかった……。ただし、条件がある」

 ガキと男の狭間に立った、この少年に約束させよう。

 

「命をかけるつもりなら、ギャンブルだってことを忘れるな。賭け事は、一か八か、負ければすべてを失う………。たったの一つしかねぇ、てめぇの命を賭けるんだ。必ず、勝て。賭けた命は、倍にして、取り戻せ………! 死んでる場合じゃねぇんだよ……! ……約束できるか!?」

 

 カッパは頷いた。「……する……! 約束、するよ……!」

 

 口に出してから、ふと、理解する。エースと話を済ませた後も、なにか、やり残したような気がしていたのだ。

 胸に引っかかっていたのは、この言葉だ。

 今の言葉を、私はきっと、エースにも伝えるべきだった。

 

 カッパの体をふたたび抱き上げ、立ち上がる。

「……寝てろ。着いたら起こす。アルバーナだな?」

「……うん……よろし、く……」

 くてりと力を失った首。もう気力を使い果たしたのだろう、カッパの意識が消える。………うおお、心臓に悪ぃ……!

 

 こんな時ほど、自分の見聞色の覇気が恨めしい。相手が眠ってるのか死んでるのか、見分けがつけられないのだ。

 死んだのかと呼吸をたしかめ、息があることにホッとする。

 

 兎にも角にもまずは医者だな。

 カッパが着ている黒いスモッグは、首元がすこしゆるんでいた。そこから、包帯がちらりと見えている。一度手当ては受けたらしい。

 こいつ病院かどこかを抜け出して、アルバーナに行こうと一人で歩き回ってたんじゃなかろうか。そのせいで傷が開いたのか。

 

 歩き出そうとした時、こちらへ近づくこどもの気配を感じとった。男児と女児が一人づつ。

 焼けただれた建物のむこうから、走ってくる二人組。ナノハナじえーたいのメンバーだ。

 

「あっ、いたぁ! 黒ちゃああああん!」

「あ……いた! みつけた! 黒スケーーーー!」

 

 ビシリと指を指したはいいものの、幼児である。手に勢いをつけすぎたのか、何もないところですっ転びかけた。

 どうにか持ちこたえ、チビッコいのが甲高い叫びをあげる。

 

「わるいことしてないでしょーねー!」

「せーばい、するぞー! わるいことしたら、せーばいっ」

 

 いつものアレか。私を探してるようだから、何かと思えば。

 さすがじえーたい、こんな時にも元気がある。

 ちょうどいいので、使いを頼もう。

 

「あんたら、いいところに来た! この近くに病院があるよな!?」

「びょーいん?」

「おれしってる、床屋のことだぁー!」

「美容院じゃねぇよ、病院! 医者が! あー……お医者さんが、いるところ!」

「あー! わたししってるぅ! しんりょうじょ、でしょー!」

「このガキをそこに連れてく! あんたら先に、診療所に行って! 医者に……お医者さんに! 怪我をしたガキが行くと伝えてくれ!」

「がき……?」

「かぎ……?」

「……すごい! 大変な! 怪我をした! こども!」

 

 二人は顔をみあわせる。あー……。

 私から何かを頼まれるのがはじめてだから、戸惑ってるのか。

 少し考え、思い出す。こいつらは、この合図で動くはずだ。

「ナノハナじえーたい! 診療所にむけて! 出動だぁあああ!」

「いえっさー!」

「えっ、あっ、えっ? あっ、うん、いえっさー!」

 走り出す男児につられて、女児も駆け出して行く。よし。

 

 カッパの怪我を刺激しないよう、ゆっくりと歩きだす。背後からかかった声は、あの大男のものだった。

「女! その少年を、アルバーナへ連れて行くのだな!?」

 聞こえぬふりで歩を進めれば、男は一歩的に宣言する。

 

「それでは私も同行する! 反乱軍は馬に乗って、アルバーナへ向かっている! 馬では彼らに追いつけない! 今、カメを連れてくる! しばし待て!」

 

 そう言うなり、大男はどこかへ駆け出していった。………カメ?

 

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