楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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29.四つの丸

 日差しにギラつく巨体が、のっそりと動く。まきあがる砂煙が教えてくれる。

 スローに見えるのは目の錯覚だ。

 サンドラキングトカゲは不自然な程なめらかに、高速で〝ソレ〟に向かっていく。

 

 〝砂の島の王者〟はよっぽど腹ペコなのだろう。〝食事〟を邪魔した私を追い払おうともせず、一心不乱に迫る先は、エフワニ。

 

 確かに、私と比べりゃエフワニの方がたくさん〝身〟がついている。

 それにあっちは、ニンゲン2匹のオマケ付きだ。お得なのは間違いない。

 

 ただ、そいつを食わせるわけにはいかねぇんだよな……。

 

 パッと足を止め、落下する。巨大トカゲから距離をとるため、ずいぶん空高くまで〝登って〟きてしまった。ただ落ちたのでは追いつけない。

 頭を下へ。念入りに覇気をあつめて首を強化し、天を蹴りつけた。

 

 ドッ……………と、空気の圧が全身をなぶる。

 

 うなじの悪寒が止まらない。本能がわめいているのだ。

 あの化け物の目を見ただろう、と。あの殺気を目の当たりにしただろう、と。

 逃げろ、逃げろ、逃げろ! 私じゃあの化け物には敵わねぇ!

 

 わかってる。それでもな、逃げちゃならねぇ時はある。

 一度、守ると決めた相手は、死んでも守らにゃならねぇもんだ。

 

 やり遂げなければ、死ぬより辛い苦しみを背負いつづけるハメになる。私の背中はもう満杯で、これ以上背負いこむスペースはねぇんだよ。

 

 もう少し。〝砂の島の王者〟の名に相応しい、宝石のような巨体はすぐそこだ。

 でも、もう少し待て。奴の動きを止めるためには、もう少し。

 

 そう念じた瞬間、視界がブレた。何が起きたかはわかっている。ギリギリで感じ取れたその気配は、サンドラキングトカゲの尻尾。

 

 避けようとしたが、避けきれなかった。速すぎる、でかすぎる。

 尻尾にぶちのめされた全身は、砂地に投げつけられる。

 

 ドォオオ……!

 

「あぁ、クソっ!」

 しゃべる間も惜しい。出来上がったクレーターの中心で、己の気配をすべて解放し、全力で空へ駆け上がる。耳元でまた、音が消えた。

 

 砂漠の日差しが目に痛い。

 

 恐竜よりもでかいトカゲは、今にもエフワニをその口に入れようとする。しかし、ピタリと止まったその動き。

 たった今解放した、私の〝本来持っている〟強者の気配に気づいたらしい。無視されなくてよかったよ。

 動きを止めた牙のそばで、慌ててエフワニが逃げようとする。

 

 ギロリとまたこちらを睨む、サンドラキングトカゲの、水晶のような瞳。

 〝王者〟の視線は重かった。

 食われる、潰される、引きちぎられてただの肉塊となり霧散する。そんな幻覚が脳裏をよぎる。

 それでも目は逸らさない。

 

 恐怖する本能はねじ伏せる。この海ではそれができねば死ぬだけだ。この体は知っている。

 生きる為には、勝つしかない。

 まっすぐに、突っ込む。

 

「おるぁあああああああ!」

 

 〈武装色硬化〉。いつものケチくさい使い方じゃない。大盤振る舞いで、右腕を丸ごと黒光りさせる。

 眼前に迫るのは、ただの山だ。宝石でできた崖のよう。巨大すぎるトカゲの体に、拳を入れた。

 

 ゴ、と、入った、右腕。

 ボゴン、と爆音をたてて、巨大トカゲの一部が波打つ。パァン、と軽快な音で飛び散ったのは、割れた鱗たち。

 これだけじゃ足りない事など、分かっている。

 

 思い切り〝宙を踏みしめ〟駆け上がり、膝を抱えてくるりと回った。

 ほんの一刹那、イメージするのは、鎧をまとった巨人の足。それがみるみる圧縮され、私の足のサイズになる様である。

 私の足は変質していく。鋼よりもさらに暗い、漆黒をまとったこの左足で、お見舞いしよう。

 

 ……こいつの意思を……世界の意思を、砕くほどの、一撃を。

 

 名付けて………〝大型海王類をチクっとやるキック〟っ……!

 

 カームベルトを渡る際、大型海王類を追い払うために編み出した技だった。私が繰り出せる攻撃の中で、もっとも威力をもった技。これがダメなら後はもう、私がわざと食われてこいつの腹の中から内臓を切り裂く位しか思いつかない。

 

 岩山を思わせるトカゲの鱗に、膝から先がめり込んだ。ゴゴゴゴゴゴゴ、と、生物を蹴りつけたとは思えない音がする。

 そして、ベコリ。

 一拍おいて、周囲の鱗まで陥没していき、できあがったクレーター。鱗の角度が変わったことで、異常なギラツキが目を焼いた。

 

 地鳴りのような声を発し、サンドラキングトカゲは身をよじる。

 矮小なニンゲンの視界からすると、岩山がヌルリとズレていくようにしか見えない。

 

 巻き込まれぬよう飛び退った私は、転げるようにして、砂地へ降り立った。エフワニはなぜかすぐそばで立ち竦んでいる。

 何してんだ逃げろ、と言う前に、思い出した。

 そうだ私、自分の気配を全部解放してんだった。あいつそれにビビって動けねぇのか。

 

 ゾゾゾゾゾゾゾン、とうごめいた山の如きトカゲは一瞬、うなだれた。殺気を感じて身構える。

 あれでもまだダメだったか。いいよ。だったらトコトンまでやってやろうじゃねぇか……!

 腰のホルダーから、ナイフを抜く。

 

 しかしその時、飛んできたのは、尻尾でも、牙でもない。

 砂だ。

 ゾアアアアアア…………!

 不穏な音をたてて、大量の砂が撒き散らされる。視界は一瞬でふさがれた。吹きすさぶ砂つぶは、どれも小さな弾丸のように全身を撃つ。

 

 一体、どこから発生しているのか。自然現象とは思えぬ以上、あの巨大トカゲの仕業なのだろう。

 

 目を閉じて気配をさぐれば、サンドラキングトカゲは………身をひねり、砂漠の地中へ潜って行く所だ。

 帰る、のか?

 

「撃退………撃退したのか!? サンドラキングトカゲを………!?」

 

 〝砂の島の王者〟がどこぞへ帰って行き、砂嵐が晴れた頃。私が自分の気配を〝収納〟した途端、背後からイガラムの声が届く。

 

 エフワニから飛び降り、こちらへ駆け寄ってくる藍色のスーツ。砂漠に似あわぬその服装に、ハッとして、私はナイフをしまった。

 

「あの巨大生物を、撃退できる者がいるとは………! 貴殿は……!」

「つうかよぉ……! あんなやべぇ生物がいるなら、はじめに教えて欲しかったんだが!?」

 

 隣に立った男を睨めあげれば、イガラムは呆然と砂漠を眺める。

 

「……いや……サンドラキングトカゲを、これほど間近で見たのは、私もはじめてだ……」

 

 サンドラキングトカゲは、本来、この島の中央部〈ゴーダの死地〉の付近に生息しているらしい。

 〈ゴーダの死地〉は、灼熱の岩盤がむき出しになった一帯である。その気候を好むサンドラキングトカゲは、通常、アラバスタ王国の内部では目撃すらされない生物であるという。

 

「ここまで南下してくることなどなかったのだが………干ばつの影響で、砂漠の気温が上昇したためだろうか………!」

「他にあいつみてぇな、やべぇ生物に心当たりは?」

 イガラムはギョッとして仰け反った。

 

「居てたまるかァ!? あんなトンデモ生物がウジャウジャいたら、我が国は立ち行かぬだろう!?」

「まぁな……」

 なるほど。他にはいねぇのか。すっかり静まった砂漠を見渡し、ようやく肩の力が抜ける。

「はぁー……! よかった……!」 あんなのと連戦してたら身が持たねぇ。

 

 チラリと見やったエフワニは、砂の上にダラリと座り込んでいる。それでいて背中の座席は水平を保ったままなのだから、見上げた根性だ。

「ちょっと休憩するか」

 イガラムに提案した所で、砂が舞った。ちゃっかり避難してやがった殺し屋キースが、戻ってきやがった。

 

 おお、いいぜ、ケンカのお誘いだったな、やろうじゃねぇか。スタミナに不安があるんで、遊ぶってのはナシだ。さっさとケリつける。

 左右の腕を〈武装色硬化〉で変質させ、遠くのエフワニを庇うように立つ。

「やるか」

 

 腰のすぐ上、拳を握れば、キースは片手で額を抑えた。もう片方の手をヒラヒラと振る。

 

「ンナーヒッヒッヒ………やーイ、なぁーんつうかよーイ…………オイラ聞いたことあーるんだよなーイ。楽園の悪鬼は………カームベルトの大型海王類に、素手で勝てるっていう………ウワサ………アレ、本当だったのか………? ンナッヒッヒッヒ」

 

 事情を知らぬながらも、さすがは軍人。キースに対し、イガラムは隙なく身構えた。

 その眼前に手のひらを出し、ひらりと降る。「あんたは下がって、退避しとけ」助太刀のつもりかも知れねぇが、足手まといにしかならねぇよ。

 

「じゃ、行くぞ」

「待て待て待て、まぁー、待てってここはちょっと待てよーイ!」

「……急いでるんだよ、さっさと終わらす」

「急いでるみてぇだなーイ、だが、こっちはアルバーナの方向だぜーイ? ……反乱軍の一斉蜂起。そいつに一枚噛むつもりかよーイ?」

 

 パッと両手を広げ、キースは砂地に腰を下ろした。そういうオモチャであるかのように、体制を全くくずさぬままストンと地に座り、綺麗にあぐらをかいた足。

 

「やぁーっぱり気が変わったーイ、今日は……〝準備不足〟だってのが分かったんでなーイ……。おめぇを今日殺すのはやーめとくぜーイ……」

「……あ?」

「いやーイ……ジェルマのクローン兵は〝恐怖心〟を抱かねぇからよーイ、〝実入り〟が思ったより少なくてなーイ……。呼び止めちまって、わーるかったなーイ! もう行っていいぜーイ! ……っつってもおめぇは行かねぇだろうからなーイ……」

 

 よく分からんが、とりあえず潰しとくか。そう決意した私の心を読んだわけじゃねぇだろうが、キースはニヤリと笑った。

 

「アルバーナに介入するなら、知っといて損はねぇ。今回の反乱の裏にある〝四つの組織〟について、教えてやるぜーイ? それでチャラってので、どーうだ?」

 

 カッパがうとうと、目覚める気配がした。ナノハナの医者に言われた通り、薬を飲ませてやらねばならない。そう思い、カッパを乗せたエフワニへ近づけば、ズズズズ、とエフワニが後ずさる。どうした?

 足を止め、ゆっくり一歩踏み出せば、またズズズズ。

「ん?」まだ私に怯えてんのか?

 

 仕方ない。

 日よけの上掛けの中は、いつものTシャツだ。その襟ぐりをガバリと引っ張る。見えたのは黒いスポブラ。

「おォおお!? 貴殿は、なっ、なにをして」

「あぁ?」

「いえすみませんなんでもない、ワタシナニモミテナイ」

 ガンをつければ、上から覗こうとしたイガラムがそっぽを向く。見られるのはいいが覗かれるのはムカつくんだよ。

 

 スポブラもぐいっと引っ張ると、その下には普通のブラ。バストの下着は二重につけている。こうすると揺れにくい上に、苦しくもないのでちょうどいい。

 あらわになった胸の谷間へ、指を突っ込んだ。取り出したのは細長い瓶。

 割れやすいガラス管でも、ここにしまっておけば安全だ。クッションになってくれるからな。なにが、とは言わねぇが。

 

 医者から預かった薬はピンクの液。試験管のような形の小瓶を、イガラムに押し付ける。

「これ、カッパに飲ませて来てくれ」

「……構わんが……私を信用しないのではなかったか?」

 半目になったイガラムに苦笑がもれる。

「この近さだ。あんたが何かする前に、殺せる。あんたもそりゃ分かってんだろ? ここじゃあんたも妙なことはしねぇさ」

 ナイフの柄に手をかけて微笑めば、中年の大男は生唾をのんだ。

 

 夏島の日に焼かれた砂漠は、しゃがんだだけで尻が熱くなる。その砂にどっかり座った殺し屋キースが、骨ばった指先で、四つの丸を砂地に描いた。

 

「オーイラの悪魔の実の能力は、ちぃっと、特殊でよーイ。前準備をすーればするほど強くなるんだーイ。だーからよーイ、今日はちぃーっと………準備が」

「うるっせぇよ、情報吐くならさっさとしろ」

「つーれねぇなーイ!」

 

 灼熱の砂にズプリ、と指を挿し入れ、キースは言う。

「アラバスタの反乱、妙だとは思わなかったかーイ……?」

 ああ。

 何をもったいぶってんのかと思えば、会話で私を油断させて、スキをつこうとしてんのか?

 付き合ってられねぇ。

 時間が惜しいので、答え合わせを勝手に始める。

 

「反乱を操ろうとしてる組織、四つのうち、一つはクロコダイル、一つはジェルマをここに呼び込んだ組織、一つはてめぇを雇った組織、で、あと一つは何だ」

「……どーうしてオーイラを雇ったのが」

「なぁ、普通にしゃべれねぇのか?」

「イラついてんなぁ? いいぜぇ。簡潔に行くがぁ、おれの喋り方をジジくせぇとでも言いやがったら」

「言わねぇ」

「……おれを雇った組織についちゃあ詮索無用だ守秘義務があらぁ」

「で?」

「ジェルマを雇ったのぁ世界政府だ」

 

 砂漠の風が、頬をぶった。キースの橙の瞳が、こちらをみる。

 

「ここは、世界政府加盟国だぞ。ジェルマっつったら……」

「訪れた国ぁどこでも、更地に変える軍隊……」

「世界政府が……アラバスタを滅ぼしたがってるっつうことか? この反乱にかこつけて?」

 

 キースは唇を引き上げる。しかしその目は笑うどころか凍てついている。

 

「おもしれぇ話だろう? アラバスタは元より世界政府の〝鼻つまみモン〟なんだぁ。正確にゃあ、ネフェルタリ王家がなぁ……」

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