ズポ、ズポ、とキースの指が砂を穿ち、四つの丸のうちの一つだけ、深いものになっていく。
「アラバスタ王国、ネフェルタリ王家ぁ、世界政府を立ち上げた20の王の末裔……。世界貴族になる権利をもちながら、世界貴族になることぁ拒んだ、唯一の王家……。そらぁ、面白くぁねぇさぁ、世界政府からすりゃあ……。政府を立ち上げた人間が、政府の支配システムを〝否定〟してるようなもんだからなぁ?」
ンナッヒッヒ、とキースが笑う。あ、その笑い方は素なのか。
「そいで、政府ぁクロコダイルと密約を交わしてんだぁ……。ネフェルタリ王家を排することができりゃあ、クロコダイルの国盗りを、容認する………。国王クロコダイルの即位を認めるとな」
まばたきをふたつ。砂漠はチリリと目に痛い。眉間にシワがよる。
「クロコダイルが、ネフェルタリ王家を、排する? 王族を追い出すだけか? 滅ぼすではなく……」
「そりゃそうだぁ。クロコダイルが世界政府加盟国の国王を殺したとなりゃあ、流石に政府も、クロコダイルを国王と認めるわけにいかねぇさぁ」
「だが、追い出したからと、野放しにする訳にもいかねぇだろう、ネフェリタリ王家を」
「まぁなぁーイ、歴史ある家ってのぁそれだけで、人の心を掴んで動かす。敵にまわりゃあ厄介だからなぁ」
「……世界政府が直々に、ネフェリタリ王家を〝始末〟するつもりかもな。政府側の暗殺者が、アルバーナに入ってる、もしくは入ろうとしてる……反乱のどさくさに紛れて、王族を暗殺するために」
パチン、とフィンガースナップを一発。考えを声に出したのは、相手の反応を伺うためだ。
〝世界政府はこの反乱に便乗し、この国の王族を排除したがっている〟。その話が事実なら、政府側の人間もカッパの敵になるだろう。カッパはこの反乱を止めようというのだから。
ネフェルタリ王家を暗殺するための人員……それは誰なのか。もしそれが目の間にいるこの男、殺し屋キースであったなら、やはりここで潰しておくべきだ。
探りを入れるつもりだったが、あからさま過ぎたらしい。
キースはつまらなそうに、肩をすくめた。
「ざーんねんだがオーイラじゃねぇんだよなーイ」
あっそ。
「で、傭兵国家ジェルマ王国のクローン兵を、この国に呼んだのは? どこの組織だ」
「あぁん? 気づいてねぇのか」
「は、や、く、言、え」
「五つの国家が共同で、ジェルマへ依頼したってぇ話だ」
「……ん?」
「ジェルマをアラバスタに入れたのぁ、アーラバスタを仮想敵国にしている国家たち……。そいつらとジェルマを仲介したのぁ、世界政府の末端組織だって言う話だけどなぁーイ……。おめぇも知ってんだろうが政府は一枚岩じゃぁねぇ、クロコダイルと密約結んだのぁ政府の上層部、ジェルマを呼ぶのに協力したのは政府の末端組織の一部……。同じ組織の上と下、だぁが、互いに互いのやってる事なんざぁ知らねぇんだろうなーイ」
「………その、他国の連盟も、この反乱にかこつけて、アラバスタの国力を削りにきてるっつうことか?」
「ヤーツらのほーんとの狙いは知ーらねぇよーイ。ただ……」
もったいぶるキースの瞳は、色が一段暗くなる。
「おれぁ言ったぜ……? この四つの組織ぁ、反乱に便乗したわけじゃあねぇ。反乱を〝起こした〟奴らだ」
アラバスタ王国で、反乱軍が発足したのは2年前。しかし今年に入ってからの4ヶ月ほどで、反乱軍の数は5倍以上にふくれあがった。
今や総勢100万人をゆうに超える、この国の最大勢力だ。
干ばつへの怒りもさることながら、反乱軍のリーダー、コーザのカリスマ性に惹かれて集まった人間も多いだろう。しかしカリスマ性だけで腹は膨れない。
見た所、反乱軍の兵士となった奴らはみな、町から離れ、まとまって暮らしているようだった。自給自足できるような土地ではない以上、水や食料は、外から仕入れる必要が出てくる。
どうやって100万人分もの食料を調達しているのか。
金があっても水がないこの国で、一体どこから仕入れている?
反乱軍は、自力で確保した飲用水を、一般市民へ優先して流してしまっていた。そのような真似をしながら、100万を超える軍の全員を食わせつづけることができた、その理由は。
クロコダイルもそうなのだろう。
しかし、クロコダイルだけではない。
他国や、世界政府までもが、秘密裏に反乱軍へ物資を流していたとすれば……反乱軍の中に、自分たちのスパイを紛れ込ませていたとすれば………。
反乱軍の、異常な人数の増え方も。この過酷な地で、軍事的な素人たちが、肥大化した軍を保ちつづける事ができていた謎にも。
すべてに辻褄があう。
腰元のナイフの柄を撫でる。ウロコのような彫りが、指先に冷たく、心地よい凹凸を伝える。
キースの話をまとめれば、私がやるべき事はひとつ。
〝カッパの前に立ちはだかる奴は、だれであろうと、全員、潰す〟。
これだな。
敵は、クロコダイルだけではないようだ。
この反乱に、国家ぐるみの陰謀がいくつも絡まり合っているのなら、この国のどの町にも各組織のスパイがいると思うべきだろう。
カッパが重要な証言者であること、反乱を止めようとしている事実を、皆が皆、知っている可能性もある。
キースはとっくに走り去っていった。私もようやく立ち上がれば、イガラムが寄ってくる。
「反乱についての情報とは、何だったのだ? 私も微力ながら、貴殿とともに、少年を護衛する。敵の情報は知っておかねばならない」
「……まとめると……」
「まとめると」
「反乱軍だろうがバロックワークスだろうが、そうじゃねぇ一般人だろうが……近づいてくる奴は全員、敵かも知れねぇ……」
絶句のままの数秒。ついでにこのイガラムも、私の敵かも知れねぇときた。あーあーなんだよこの状況は。
気合い入れ直そう。決意して拳を握ると、イガラムが言う。
「じ……実はだな、マジェルカ殿……。こ……国王軍にも……バロックワークスの構成員が、紛れ込んでいる可能性が……」
「は? 国王軍も敵か」
「いやっ! いやいやっ! バロックワークスは、国王軍兵士のほんの一部、ほんの一部だけで、」
「んなもん見分けてるヒマねぇだろ、私らはこれから、戦場に突っ込むんだぞ?」
「むう……!」
そうなると、私がアルバーナでやるべき事も変わってくる。カッパの前に立ちふさがった奴、だけじゃない。
〝周りのヤツは、とにかく、全員、潰す〟。
これしかねぇ。
心身ともにほどよく休めたらしい。エフワニはすっかり調子を取り戻し、再び砂の海を駆けた。
2時間ほど走っただろうか。
もはや何が砂漠か分からなくなるほど、砂漠ばかりの中を進んだ先、妙な山がみえてくる。
砂の金色がひろがる景色に、ボコボコと出現した、岩、岩、岩。
その向こうに、ドン、とそびえた山は2つ。
2つの山はどちらも、筒のような形をしていた。山の傾斜は絶壁となっており、頂上は平べったい。
妙なのは、手前の山の外見である。
砂漠よりもワントーン暗いベージュの山肌に、太めのストライプ模様でもつけたかのような、白いタテ線が何本も入っている。断層にしては方向がおかしい。
近づきながら目をこらせば、白いタテ線は、模様ではない。とてつもなく巨大な、白い階段だ。
標高300メートルはあるだろう山の下から上までを、一直線に登れるようだ。
見聞色の覇気をより一層広げれば、戦う数多の人間たちの気配を感知した。
あの山の上に、王都アルバーナはある。
「ウソだろ……」
あの階段、登るのか? チマチマと? 何千段あるんだよ……!
岩かと思った砂漠の影は、廃墟の残骸だったらしい。傾き、崩れかけた石壁がいくつも反り立っている。
エフワニは、その一帯をよけて走った。
ひときわ大きな石壁がわずかな日影をつくっている。つかの間の涼やかさを走りぬけた途端、肌が感じる、ピリリとした殺気。
くる。
山のてっぺんまで続く、巨大な白い階段。その最終地点には、階段の左右に、白い巨壁がそびえている。
櫓になっているのだろう。
遠すぎて目視できないその場所で、兵士のような人間たちがうごめく気配は感じとれた。
轟音は、砂漠の風にかき消されたようだ。
真昼の空に、ポンっと、白く丸い煙があがる。あれは大砲の砲煙。狙った先は聞かずともわかる。私の前を走る、エフワニだった。
このエフワニは、国王軍に飼われ、国王軍の交通手段として使われているはず。あの大砲を撃ったのが国王軍兵士だとすれば、味方を攻撃したことになる。
キースの話を聞いておいてよかったな。なぜ攻撃されたのかと、戸惑わずに済む。
しかし、これほど離れているのだ。弾が届くか怪しいもんだと思いきや、砲弾は、異様に飛距離をのばした。後ろの岩山との間で揉まれた風が、うまい具合に味方したらしい。
一歩。
加速し、エフワニを追い越す。
一歩。
宙を〝踏みしめ〟跳び上がり、砲弾をそっとこの手にからめとる。
一回り。
砲弾に引きずられるがまま、くるりと回った。その途中で体をよじり、背中のしなりをつかって、砲弾を投げ返す。
こちらからは向かい風だ。届くだろうか。いいや、届かせる。
投げた砲弾は、到達したらしい。
音も届かぬとおい場所で、白き巨壁の上部が崩れる。追加の砲撃はやって来ない。うし!
「ン〜! ンマァ〜!? なにをやっているのだァ!? マジェルカ殿ォォォ!?」
イガラムの声だった。座席のドームを少し押し上げ、這いつくばりながらこちらへ叫んでいるようだ。
なんだよ。
ひょいっと宙を〝踏みしめ〟、エフワニの横へもどる。再び並走した私にむけて、イガラムは怒鳴る。
「なぜ反撃を!? 彼らはおそらく、国王軍! 我らを反乱軍とまちがえて、撃ってきたに過ぎない!」
「このエフワニは国王軍が飼ってんだろう!?」
「国王軍がエフワニを独占してる訳ではないのだ! エフワニを飼っている民間人もいる!」
あ、そうなんだ……。
「だがまぁ、てめぇが言った事だろう! 国王軍の中にも敵がまざってる! こっちが誰だか分かった上で、攻撃したかも知れねぇ!」
「そっ………! そうだがしかし! 王都の櫓門を破壊することはないだろう!?」
まぁな。軍事施設だとしても、できれば文化財は壊したくねぇよな、旅人のマナーとして。
できればな。
今から敵だらけの戦場に少数で突っ込む、とかいう状況じゃねぇならな。
「私らはあそこに何をしにいく!?」
「なんなのだ唐突に、」
「これから王都を守りに行くのか!? ちがう! 反乱を止めに行くんだ! 私らの目的のために、あの櫓門は必要ねぇ! 壊しても、問題ない!」
「……そっ、そういう問題じゃないでしょうがァ! 王都を壊すこと自体、問題大アリでしょうがァ!」
「攻撃してこねぇなら破壊もしねぇが!? お前あそこからの砲撃、やめさせることができたのか!? この距離で!? 今すぐ!?」
「ンンン……! ンマァ〜〜……!」
ザザザザザ、と砂をかいていたエフワニの爪の音が、カツカツと硬質なものに変わる。
もう山は面前に迫っていた。ここまでくると、砂の層がうすくなり、地盤が露出している。
ブルルルン、と鼻息をひときわ荒くしたエフワニは、減速することなく、階段へと向かう。
あ、やっぱり、階段をチマチマのぼるんですかね……。櫓門はすべて破壊した訳じゃない。エフワニを背負って空を駆け上がれば、大砲の的になってしまうだろう。やっぱり、登るしかないんですかねチマチマと……。
ガツンと足を乗せた、石造りの白い階段。一段一段、40センチほどの高さがある。エフワニは器用にカツカツ足を動かし、思っていた以上にすばやく登る。
私はその前におどりでて、三段飛ばしに駆け上がりつつ、障害物を蹴り飛ばしていった。
ここでも、反乱軍との戦闘があったのだろう。
階段のあちらこちらに投げ捨てられた、血濡れのカトラス、銃身の歪んだマスケット銃、手榴弾の破片に大砲の弾、銃弾の薬莢。
引きちぎられたようなポーチ。血に染まった布の切れ端。なぞの肉片や、人の指などもある。
スンスン、とエフワニが鼻を鳴らすので、蹴り飛ばさずに置いておけば、エフワニがパクリと食ってしまった。
よし、おやつは食ったな? もうひと頑張り頼むぞ。
「止まれェェェェ!」
階段の終わりが近いのだろう。頭上から降ってきた胴間声。
血を流し、うめきながら動けずにいた見知らぬ男を、片手で階段の端に寄せ、頭上をあおぐ。
夏島の日にキラリとまぶしい、白金の鎖帷子が並んでいた。国王軍兵士たちだ。
階段をふさぐようにして、揃いの武器をかまえている。あれはなんつう名前の武器だ? 長い槍の穂先には、半月型の刃。
その切っ先をこちらへ突きつけ、一人が叫ぶ。
「これより先は、王都アルバーナ! 現在は、一般人の立ち入りを禁じている! 立ち去れ! さもなくば、問答無用で切り捨てる!」
「だろうな」
問答無用で撃ってきたくれぇだ。ここでのんびり職務質問でも始まった方がビックリだよ。
手を握ってひらいて、感触をたしかめた。腹の底から声を出す。
「問答無用かぁ! ならばこちらも、問答無用! 押し通ぉおおおおおる!」
つま先の力を抜く。カカトの力だけで前に進めば、体はさらに加速した。
トッ、と、一息に駆け上がった20段。
宙へ舞い上がり、身をよじる。放つのは、横薙ぎの蹴り。
ズオ………!
生まれたての暴風が、山頂へかけあがり、兵士を襲う。
ボ、と、爆発音のようなものがして、人が飛んだ。兵士たちは列を保ったまま、後方へ吹き飛ばされる。
蹴り上げた空気には、私の覇気をまとわせてある。生物どうしの覇気の反発により、兵士たちは不自然な速度でもって視界から消えた。
「ン〜、ンマ〜〜、マジェルカ殿ォ〜! お、お手柔らかに! 国王軍兵士には! お手柔らかに! どうかひとつ!」
そのまま虚空をふみ台に、階段の壁へ。垂直な壁をスタタと走り、エフワニよりも数百段早く終点へおりたつ。
ザリリと足を迎えた地面は固く、うっすらと白砂が敷き詰めてあった。
ここが、王都アルバーナ。