楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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32.〝実行者達〟

「こんな所で会うとはなぁ! そこ行くおめぇは! 元・Mr.8様じゃねっ」

「おおっとここは通せねっ」

「なにぃ!? てめぇ何もっ」

「おれたちを舐めてもらちゃ困っ」

「待った待った降参すっ」

 

 私はクロコダイルと約束を交わしている。〝王位簒奪の邪魔をしないこと〟。

 

 この反乱がクロコダイルの計画の一部であるというのは、私の勝手な推測と調査によるものだ。約束にはふくまれないと〝言い張れる〟。カッパに協力し、反乱を止めても問題はない。

 

 ただし、このタイミングで王宮にいるクロコダイルと敵対するのは、さすがにまずい。

 如実な、約束破り。

 

 私はウソは嫌いだ。吐くのも嫌い。言葉の価値が下がるから。

 約束を破るとは、過去の己の言葉をウソに変えてしまうこと。相手が誰だろうと関係ない。私が、嘘をつくか否か、それだけなのである。

 

 約束は破りたくない。王宮にいる今のクロコダイルの、邪魔をするのは避けたい。

 

「おっしゃア! おれが」

「てめぇを討ち取りゃっ」

「命は諦めっ」

「てめ覚悟しっ」

「ちょ待っ」

 

 なぜ王都にクロコダイルがいるのか。その理由には察しがつく。

 自分で仕組んだ反乱を、自分で鎮圧するつもりなのだろう。

 

 世界政府との密約があったとしても、海賊が……犯罪者が、国王になるのは容易い道ではない。民衆や他国の反発をふせぐために、相応な〝偉業〟が必要となる。

 クロコダイルはおそらく、その〝偉業〟を作るため、このアルバーナへやって来た。

 

 たとえばこう。

 反乱軍が国王を討ち取る。しかし目的を達したあとも止まるに止まれず、暴徒と化す反乱軍。

 そんな彼らを討ち取って、国に平和をもたらす〝英雄クロコダイル〟。そして英雄は……王となる。

 悪くねぇストーリーだ。今回のように、ひでぇマッチポンプじゃなけりゃな。

 

 この予想が当たっていれば、クロコダイルは、コーザが国王を殺すのを邪魔しない。もしくはコーザの国王殺しを手伝う可能性もある。

 

 ただし、これは国家単位での陰謀なのだった。根回しに隠蔽工作、シンプルな筋書きなどなくて当然。

 

 実はすでにクロコダイルが国王を殺しており、これから反乱軍の主要メンバーを殺したあと、国王殺しの罪を、コーザたち反乱軍になすりつける予定……という可能性も考えられる。

 この場合、クロコダイルはコーザを殺そうとするはずだ。

 

 私のやりてぇことは、カッパの願いを叶えること。

 カッパの願いは、反乱軍に真実を伝え、無用な争いを止めること。

 そのために私が為すべきは、誰を誰から守ることだ?

 

 ここから11キロメートルほど先に、コーザの気配はある。

 コーザはまるで、クロコダイルの気配を〝目視〟しているかのように硬直していた。

 2人の気配は、上下に20メートルほど離れている。間になにも遮蔽物がないらしい。やはりそこは、王宮の屋上か。

 

 この距離なら、間に合う。私が本気で走れば、滑り込める。

 コーザが誰かを殺そうと決意した後、クロコダイルが殺意をもって動き出したあとに走り出しても、2人の挙動を止めることはできる。

 

 代償は、私の発言力の低下と、アルバーナの街並み。

 

 私が本気で走ると、衝撃波のようなものが出るらしい。地上を本気で走れば、町が、土台から壊れる。空を走ったところで、高度が足りなければ、眼下にあった建物がのきなみ崩れる。

 アルバーナの三分の一は壊滅するだろう。

 

 観光どころじゃなくなるな。この島には2度と来れねぇかも。

 旅人としては割と深刻な問題だ。しかし発言力の低下は、それ以上に困る。

 

 脅しの言葉一つで、敵から友を守る。それが今可能になっているのは、私は嘘をつかない事がこの海に知れ渡り、ある種の信用を生んでいるからに他ならない。

 

 クロコダイルほどの〝有名人〟と交わした約束を破る。そんな真似をした日には、この信用が崩れ、発言の影響力もひどく低下する事となる。これまで、言葉一つで守れていたものが、守れなくなるということだ。

 

「お前らは運が悪かったのさァ! ここでおれの昇格のために死っ」

「逃げようったってそうはいかっ」

「ちょっと待てなんだこの女っ」

「怖気づいたならおれに代わっ」

「やめっ」

 

 となりを見れば、走るイガラムの胸板。しっかりと回された大男の腕の中には、横抱きにされたカッパがいる。

 砂よけの頭巾の頭。

 大男に抱かれているせいで、余計に小さく見える肩。

 

 私はウソが嫌いだ。それだからカッパには、アルバーナに連れていく、としか約束しなかった。

 守れるかどうか分からない約束は、しない主義なのである。反乱を止める、そんなカッパの願いを叶えると断言するのは、あえて避けた。

 

 ここはアルバーナ。約束はすでに果たした。ここでカッパの意思を見捨てても、約束破りにはならない。

 でもな。

 そういう事じゃねぇんだよ。

 

 意思は、時に、命の重みを凌駕する。

 

 守ると決めたものを守れなかった時。

 成し遂げられなかった過去の決意が、己の心を縛りつづけ、自由を奪いつづけるように。

 

 命を賭けてやると決めたことを、やり遂げられなかったあとには。

 賭けた命が減るのである。

 それはゆるやかな滅び。

 

 この心を動かしてくれやがった奴に、そんな道は歩かせたくねぇだろ。

 

 呼吸をひとつ。

 肚は決まった。

 

 気配は、覇気の余波である。

 覇気は存在力であり、人の覇気は、生命力と意思の力。

 〝殺意〟という意思を抱けば、その人間の気配も変わる。

 

 もしコーザとクロコダイルの気配に、殺意が混じったならば。

 その時が来たならば、もう迷わず、防ぎに行こう。

 

 この手には限りがある。掴むものがあるならば、代わりに、失くすものもある。

 そして今、私がなにより失くしたくねぇ、消したくねぇと思うのは、このガキが抱いた熱意なのだ。

 ……後のことは後でどうにかしよう。

 

「いたぞ! 元・Mr.8っ」

「隣の女は何もっ」

「あんたも年貢の収めどきっ」

「ねぇ今のおれに言った!?」

「逃げっ」

 

 我に帰ったように、コーザの気配は、周囲をうかがった。

 クロコダイルの足元には、ゾオン系・悪魔の実の能力者が1人倒れている。

 そしてコーザの付近には、パラミシア系・悪魔の実の能力者が1人、それ以外が2人。

 

 能力者ではない一人の男は、両腕に杭を打ち込まれているらしい。痛そ。その杭で、王宮の壁へ磔にされているようだ。

 しかし気力は満ち満ちたまま、コーザに何かを叫ぶ。

 

 それに続くようにして、ゾオン系能力者もコーザへ叫んだ。その直後、クロコダイルに蹴飛ばされ、落下。

 

 ゾオン系能力者は、元より深手を負っていたようである。更に、コーザたちの立つ地点まで、20メートルほどを落下した。

 

 それでも流石はゾオン系。異常なタフネスで受け身を取り、生きている。意識もはっきりあるらしく、気配は消えていない。

 

 立て続けに一体なにを言われたのか。ハッとしたコーザは、走り出す。

 しかし向かった先は、なんの気配もない、虚空の方角。

 ……どこ行くんだ……?

 

 それを止めたのは、女だった。

 能力者ではない2人のうちの片方は、走りよった勢いのまま、コーザを押し倒してしまう。馬乗りになってまで、コーザに何かを訴えているが、何を?

 

 おかしい。

 コーザは反乱軍の頭領だ。国王を殺しにきた謀反人達のリーダーだ。

 王宮にいる〝国王側〟の人間たちからすれば、万死以外にありえぬ、絶対的な、敵。

 それがどうして、これほど自然に、王宮にいる人間たちとコーザが会話している?

 

 先ほどクロコダイルに蹴り落とされたゾオン系能力者は、這いつくばってまで進み、ジリジリと、コーザと女へ近づいていく。

 ゾオン系能力者がヨタヨタと立ち上がり、駆け出すと同時に、クロコダイルの気配が消えた。

 

 砂になったのだ。

 誰かを殺る気か。

 

「私が消えても」

「は?」

「王宮を目指せ」

 トン、と一足。もう一足で宙を〝踏みしめ〟る。

 イガラムを置き去りに、建物の屋上へあがった私の視界には、はっきりと、王宮の屋根……金色のドームが見えていた。

 

 全力で、か

 

 ………駆け出そうとした時、クロコダイルの気配が戻った。しかも殺気は一欠片もない。

 

 おいいいい! びっくりさせんじゃねぇえええよ!

 

 踏み込みの予備動作はじめちゃってたじゃねぇかよ! 屋上の一部が割れちゃったじゃねぇかよ!

 ごめんなこのビルのオーナー!

 宙でくるりと一回転。殺された衝撃が、強風となってあたりを駆け巡る。

 その風へ身を委ねるように、道の上へと落下した。

 

 伝えた通り、イガラムは走りつづけていたようだ。その隣に足をつき、すべての衝撃を地面へ逃す。再びイガラムと並走すれば、背後から遅れてとどく奇妙な轟音。

 地面が陥没したのかもな。アルバーナの皆さん、なんかごめん。

 

 多少の風は吹き抜けたものの、大男はびくともせず、その頭のカーリーヘアーだけが派手に揺れる。

 

「むっ? マジェルカ殿、今一瞬、消えていたか……?」

「ああ、ちょっとな」

「……つかぬ事を聞くが、貴殿は人間ってコトでいいのだろうか」

「さぁな。……あんたは自分が人間だっていう証拠、もってんのか?」

「そんな風に屁理屈ばっかり並べる所も、悪魔っぽいのだ」

 ん?

 

 砂から人に戻ったクロコダイルの気配は、コーザのすぐそばに現れたようだ。コーザを押し倒した女の背後をとり、女へ向かってゆっくりと、鉤爪を振り下ろす〝フリ〟をする。

 

 フリだ。本気じゃない。勿体ぶったスピードからも、クロコダイルの気配からもそれが分かる。

 クロコダイルは今。

 一切の殺意を、持っていない。

 ……は?

 

 そこに滑り込んできたのは、あのゾオン系能力者だった。ゾオン系のくせに剣を扱うらしい。抜きはなった刃でクロコダイルの鉤爪を受け、女とコーザをかばうように立つ。

 

 なんだ? クロコダイルの気配が強まっている。この揺れ方……ポジティブな感情……?

 〝おれが女を殺す前に、守るの間に合ってよかったねー〟とでも言いたげじゃねぇか。

 はぁ?

 

 生まれた隙を無駄にせず、コーザは走り去る。クロコダイルはそれを〝見逃した〟。

 その気になれば一瞬で倒せるだろう、ゾオン系能力者からわざわざ距離をとり、挑発するように鉤爪を揺らしてみせる。

 ゾオン系能力者は剣、クロコダイルは鉤爪での打ち合いがはじまるも、砂になれるクロコダイルが相手ではどうにもならない。

 

 気配からしておそらく、決死の覚悟のゾオン系能力者だが、見事に翻弄されている……否。遊ばれている。

 

 なぜ?

 クロコダイルがわざわざコーザを見逃し、格下をからかって遊ぶ、その理由はなんだ?

 

「時間稼ぎ……?」

 

 だとすりゃ、何を待ってる?

 

「時間稼ぎ? はっ! もしや! 先程から襲ってくるバロックワークスの構成員たち! 彼らに我々の目的がバレていて! 反乱が終わるまで、少年をコーザの元へ到着させないために! 我々を攻撃し、彼らは時間稼ぎをしていると……!?」

 イガラムがなんか言ってるよ。

「なんの話だ」

「いやだから、先ほどからバロックワークスの構成員たちが襲ってきているだろう。その目的が、我々の足止めと、時間稼ぎなのではないかと、マジェルカ殿は考えているのだな!?」

 

 バロックワークス?

 ……クロコダイルの部下の組織のことだよな。

「いつ私たちが襲われたんだ?」

 

 身長差がありすぎる。イガラムを見上げても、私の視界には奴のカーリーヘアーしか映らない。

 走るたびに、モハモハ揺れるロマンスグレー。

 

「……ン〜、ンマ〜、貴殿からすると、あれじゃ襲われたうちにも入らない、という事か……結構、銃弾を撃ちこまれてた気がするが……全部、貴殿が素手で防いじゃったからなァ……ン〜、ンマ〜、貴殿は本当に人間てコトでイイんだっけ?」

 

 ゾワリと、うなじに悪寒が走る。じりじりと、脳みそを火であぶられるようだ。

 〝この〟気配達。

 殺意じゃない。決死の覚悟なんてものでもない。

 これはもはや、狂気。

 

「のわっ」

 足を横にだす。イガラムを転ばせ、スーツの首っ玉をひっつかむ。そのまま引きずり背後へ庇えば、間一髪。

 

 砂利道に降り注ぐ、銀。

 眩しいそれは、針?

 

 目視しずらい無数の針は、弾丸よりも速く、天気雨より唐突に、方向をかえてこちらに迫った。

 私は足に覇気を集める。

 〈武装色硬化〉。黒光りさせた両脚で、壁を描くように虚空をなぐ。

 弾き落とすたびに鳴る、チチチチチチィ、と耳障りな音。

 

 背後のイガラムが立ち上がろうとする。はっきりとした闘志をみせる後ろの気配へ、言っておかねばなるまい。

「カッパを庇って、地面に四つ這いになっておけ」

「しかし、」

「あんた覇気は使えねぇだろ、邪魔だ」

 

 意思の力は、覇気の一部。そして生物の覇気は、〝触れた物体にも宿る〟。

 たとえば〝わざと〟石を投げたなら、その石には、投げた者の〝投げよう〟という意思が宿る。

 それは即ち、わずかながらでも、覇気が宿るということ。

 

 私が、死角から放たれた弾丸をキャッチすることができるのも、こうした〝不本意に物に宿ってしまった誰かの覇気〟の気配を感知しているためだった。

 

 覇気は万物に宿るエネルギーだ。それこそ、生まれたての赤ん坊にも、アリの一匹にも宿っている。

 覇気をコントロールできない人間が投げた石ころには、必ず、投げた者の覇気が宿る。〝宿ってしまう〟。

 

 しかし、覇気をコントロールできる、覇気使いが投げたならどうなる?

 

 覇気使いならば、その石に、〝己の覇気をまとわせる〟こともできる。〝己の覇気をまとわせない〟こともできる。

 しかし同時に、とある分野の〝一流〟ならば、覇気をまとわせないだけではない。

 投げた石に〝一切、己の覇気を宿らせない〟ことも可能だった。

 

 己の意思で放ったものに、己の覇気を宿らせない。それは他の覇気使いに、放ったものの気配を感じさせないための工夫。

 〝狙撃を避けさせない〟ための技術。

 

 覇気使いでもある一流の狙撃手は、放った弾丸の〝気配を消す〟ことができる。

 

 そして今、弾幕よりも鋭く迫りくる針たちから、〝気配〟は一切、感知できない。

 これはただの狙撃じゃない。覇気使いによる狙撃だ。

 

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