「こんな所で会うとはなぁ! そこ行くおめぇは! 元・Mr.8様じゃねっ」
「おおっとここは通せねっ」
「なにぃ!? てめぇ何もっ」
「おれたちを舐めてもらちゃ困っ」
「待った待った降参すっ」
私はクロコダイルと約束を交わしている。〝王位簒奪の邪魔をしないこと〟。
この反乱がクロコダイルの計画の一部であるというのは、私の勝手な推測と調査によるものだ。約束にはふくまれないと〝言い張れる〟。カッパに協力し、反乱を止めても問題はない。
ただし、このタイミングで王宮にいるクロコダイルと敵対するのは、さすがにまずい。
如実な、約束破り。
私はウソは嫌いだ。吐くのも嫌い。言葉の価値が下がるから。
約束を破るとは、過去の己の言葉をウソに変えてしまうこと。相手が誰だろうと関係ない。私が、嘘をつくか否か、それだけなのである。
約束は破りたくない。王宮にいる今のクロコダイルの、邪魔をするのは避けたい。
「おっしゃア! おれが」
「てめぇを討ち取りゃっ」
「命は諦めっ」
「てめ覚悟しっ」
「ちょ待っ」
なぜ王都にクロコダイルがいるのか。その理由には察しがつく。
自分で仕組んだ反乱を、自分で鎮圧するつもりなのだろう。
世界政府との密約があったとしても、海賊が……犯罪者が、国王になるのは容易い道ではない。民衆や他国の反発をふせぐために、相応な〝偉業〟が必要となる。
クロコダイルはおそらく、その〝偉業〟を作るため、このアルバーナへやって来た。
たとえばこう。
反乱軍が国王を討ち取る。しかし目的を達したあとも止まるに止まれず、暴徒と化す反乱軍。
そんな彼らを討ち取って、国に平和をもたらす〝英雄クロコダイル〟。そして英雄は……王となる。
悪くねぇストーリーだ。今回のように、ひでぇマッチポンプじゃなけりゃな。
この予想が当たっていれば、クロコダイルは、コーザが国王を殺すのを邪魔しない。もしくはコーザの国王殺しを手伝う可能性もある。
ただし、これは国家単位での陰謀なのだった。根回しに隠蔽工作、シンプルな筋書きなどなくて当然。
実はすでにクロコダイルが国王を殺しており、これから反乱軍の主要メンバーを殺したあと、国王殺しの罪を、コーザたち反乱軍になすりつける予定……という可能性も考えられる。
この場合、クロコダイルはコーザを殺そうとするはずだ。
私のやりてぇことは、カッパの願いを叶えること。
カッパの願いは、反乱軍に真実を伝え、無用な争いを止めること。
そのために私が為すべきは、誰を誰から守ることだ?
ここから11キロメートルほど先に、コーザの気配はある。
コーザはまるで、クロコダイルの気配を〝目視〟しているかのように硬直していた。
2人の気配は、上下に20メートルほど離れている。間になにも遮蔽物がないらしい。やはりそこは、王宮の屋上か。
この距離なら、間に合う。私が本気で走れば、滑り込める。
コーザが誰かを殺そうと決意した後、クロコダイルが殺意をもって動き出したあとに走り出しても、2人の挙動を止めることはできる。
代償は、私の発言力の低下と、アルバーナの街並み。
私が本気で走ると、衝撃波のようなものが出るらしい。地上を本気で走れば、町が、土台から壊れる。空を走ったところで、高度が足りなければ、眼下にあった建物がのきなみ崩れる。
アルバーナの三分の一は壊滅するだろう。
観光どころじゃなくなるな。この島には2度と来れねぇかも。
旅人としては割と深刻な問題だ。しかし発言力の低下は、それ以上に困る。
脅しの言葉一つで、敵から友を守る。それが今可能になっているのは、私は嘘をつかない事がこの海に知れ渡り、ある種の信用を生んでいるからに他ならない。
クロコダイルほどの〝有名人〟と交わした約束を破る。そんな真似をした日には、この信用が崩れ、発言の影響力もひどく低下する事となる。これまで、言葉一つで守れていたものが、守れなくなるということだ。
「お前らは運が悪かったのさァ! ここでおれの昇格のために死っ」
「逃げようったってそうはいかっ」
「ちょっと待てなんだこの女っ」
「怖気づいたならおれに代わっ」
「やめっ」
となりを見れば、走るイガラムの胸板。しっかりと回された大男の腕の中には、横抱きにされたカッパがいる。
砂よけの頭巾の頭。
大男に抱かれているせいで、余計に小さく見える肩。
私はウソが嫌いだ。それだからカッパには、アルバーナに連れていく、としか約束しなかった。
守れるかどうか分からない約束は、しない主義なのである。反乱を止める、そんなカッパの願いを叶えると断言するのは、あえて避けた。
ここはアルバーナ。約束はすでに果たした。ここでカッパの意思を見捨てても、約束破りにはならない。
でもな。
そういう事じゃねぇんだよ。
意思は、時に、命の重みを凌駕する。
守ると決めたものを守れなかった時。
成し遂げられなかった過去の決意が、己の心を縛りつづけ、自由を奪いつづけるように。
命を賭けてやると決めたことを、やり遂げられなかったあとには。
賭けた命が減るのである。
それはゆるやかな滅び。
この心を動かしてくれやがった奴に、そんな道は歩かせたくねぇだろ。
呼吸をひとつ。
肚は決まった。
気配は、覇気の余波である。
覇気は存在力であり、人の覇気は、生命力と意思の力。
〝殺意〟という意思を抱けば、その人間の気配も変わる。
もしコーザとクロコダイルの気配に、殺意が混じったならば。
その時が来たならば、もう迷わず、防ぎに行こう。
この手には限りがある。掴むものがあるならば、代わりに、失くすものもある。
そして今、私がなにより失くしたくねぇ、消したくねぇと思うのは、このガキが抱いた熱意なのだ。
……後のことは後でどうにかしよう。
「いたぞ! 元・Mr.8っ」
「隣の女は何もっ」
「あんたも年貢の収めどきっ」
「ねぇ今のおれに言った!?」
「逃げっ」
我に帰ったように、コーザの気配は、周囲をうかがった。
クロコダイルの足元には、ゾオン系・悪魔の実の能力者が1人倒れている。
そしてコーザの付近には、パラミシア系・悪魔の実の能力者が1人、それ以外が2人。
能力者ではない一人の男は、両腕に杭を打ち込まれているらしい。痛そ。その杭で、王宮の壁へ磔にされているようだ。
しかし気力は満ち満ちたまま、コーザに何かを叫ぶ。
それに続くようにして、ゾオン系能力者もコーザへ叫んだ。その直後、クロコダイルに蹴飛ばされ、落下。
ゾオン系能力者は、元より深手を負っていたようである。更に、コーザたちの立つ地点まで、20メートルほどを落下した。
それでも流石はゾオン系。異常なタフネスで受け身を取り、生きている。意識もはっきりあるらしく、気配は消えていない。
立て続けに一体なにを言われたのか。ハッとしたコーザは、走り出す。
しかし向かった先は、なんの気配もない、虚空の方角。
……どこ行くんだ……?
それを止めたのは、女だった。
能力者ではない2人のうちの片方は、走りよった勢いのまま、コーザを押し倒してしまう。馬乗りになってまで、コーザに何かを訴えているが、何を?
おかしい。
コーザは反乱軍の頭領だ。国王を殺しにきた謀反人達のリーダーだ。
王宮にいる〝国王側〟の人間たちからすれば、万死以外にありえぬ、絶対的な、敵。
それがどうして、これほど自然に、王宮にいる人間たちとコーザが会話している?
先ほどクロコダイルに蹴り落とされたゾオン系能力者は、這いつくばってまで進み、ジリジリと、コーザと女へ近づいていく。
ゾオン系能力者がヨタヨタと立ち上がり、駆け出すと同時に、クロコダイルの気配が消えた。
砂になったのだ。
誰かを殺る気か。
「私が消えても」
「は?」
「王宮を目指せ」
トン、と一足。もう一足で宙を〝踏みしめ〟る。
イガラムを置き去りに、建物の屋上へあがった私の視界には、はっきりと、王宮の屋根……金色のドームが見えていた。
全力で、か
………駆け出そうとした時、クロコダイルの気配が戻った。しかも殺気は一欠片もない。
おいいいい! びっくりさせんじゃねぇえええよ!
踏み込みの予備動作はじめちゃってたじゃねぇかよ! 屋上の一部が割れちゃったじゃねぇかよ!
ごめんなこのビルのオーナー!
宙でくるりと一回転。殺された衝撃が、強風となってあたりを駆け巡る。
その風へ身を委ねるように、道の上へと落下した。
伝えた通り、イガラムは走りつづけていたようだ。その隣に足をつき、すべての衝撃を地面へ逃す。再びイガラムと並走すれば、背後から遅れてとどく奇妙な轟音。
地面が陥没したのかもな。アルバーナの皆さん、なんかごめん。
多少の風は吹き抜けたものの、大男はびくともせず、その頭のカーリーヘアーだけが派手に揺れる。
「むっ? マジェルカ殿、今一瞬、消えていたか……?」
「ああ、ちょっとな」
「……つかぬ事を聞くが、貴殿は人間ってコトでいいのだろうか」
「さぁな。……あんたは自分が人間だっていう証拠、もってんのか?」
「そんな風に屁理屈ばっかり並べる所も、悪魔っぽいのだ」
ん?
砂から人に戻ったクロコダイルの気配は、コーザのすぐそばに現れたようだ。コーザを押し倒した女の背後をとり、女へ向かってゆっくりと、鉤爪を振り下ろす〝フリ〟をする。
フリだ。本気じゃない。勿体ぶったスピードからも、クロコダイルの気配からもそれが分かる。
クロコダイルは今。
一切の殺意を、持っていない。
……は?
そこに滑り込んできたのは、あのゾオン系能力者だった。ゾオン系のくせに剣を扱うらしい。抜きはなった刃でクロコダイルの鉤爪を受け、女とコーザをかばうように立つ。
なんだ? クロコダイルの気配が強まっている。この揺れ方……ポジティブな感情……?
〝おれが女を殺す前に、守るの間に合ってよかったねー〟とでも言いたげじゃねぇか。
はぁ?
生まれた隙を無駄にせず、コーザは走り去る。クロコダイルはそれを〝見逃した〟。
その気になれば一瞬で倒せるだろう、ゾオン系能力者からわざわざ距離をとり、挑発するように鉤爪を揺らしてみせる。
ゾオン系能力者は剣、クロコダイルは鉤爪での打ち合いがはじまるも、砂になれるクロコダイルが相手ではどうにもならない。
気配からしておそらく、決死の覚悟のゾオン系能力者だが、見事に翻弄されている……否。遊ばれている。
なぜ?
クロコダイルがわざわざコーザを見逃し、格下をからかって遊ぶ、その理由はなんだ?
「時間稼ぎ……?」
だとすりゃ、何を待ってる?
「時間稼ぎ? はっ! もしや! 先程から襲ってくるバロックワークスの構成員たち! 彼らに我々の目的がバレていて! 反乱が終わるまで、少年をコーザの元へ到着させないために! 我々を攻撃し、彼らは時間稼ぎをしていると……!?」
イガラムがなんか言ってるよ。
「なんの話だ」
「いやだから、先ほどからバロックワークスの構成員たちが襲ってきているだろう。その目的が、我々の足止めと、時間稼ぎなのではないかと、マジェルカ殿は考えているのだな!?」
バロックワークス?
……クロコダイルの部下の組織のことだよな。
「いつ私たちが襲われたんだ?」
身長差がありすぎる。イガラムを見上げても、私の視界には奴のカーリーヘアーしか映らない。
走るたびに、モハモハ揺れるロマンスグレー。
「……ン〜、ンマ〜、貴殿からすると、あれじゃ襲われたうちにも入らない、という事か……結構、銃弾を撃ちこまれてた気がするが……全部、貴殿が素手で防いじゃったからなァ……ン〜、ンマ〜、貴殿は本当に人間てコトでイイんだっけ?」
ゾワリと、うなじに悪寒が走る。じりじりと、脳みそを火であぶられるようだ。
〝この〟気配達。
殺意じゃない。決死の覚悟なんてものでもない。
これはもはや、狂気。
「のわっ」
足を横にだす。イガラムを転ばせ、スーツの首っ玉をひっつかむ。そのまま引きずり背後へ庇えば、間一髪。
砂利道に降り注ぐ、銀。
眩しいそれは、針?
目視しずらい無数の針は、弾丸よりも速く、天気雨より唐突に、方向をかえてこちらに迫った。
私は足に覇気を集める。
〈武装色硬化〉。黒光りさせた両脚で、壁を描くように虚空をなぐ。
弾き落とすたびに鳴る、チチチチチチィ、と耳障りな音。
背後のイガラムが立ち上がろうとする。はっきりとした闘志をみせる後ろの気配へ、言っておかねばなるまい。
「カッパを庇って、地面に四つ這いになっておけ」
「しかし、」
「あんた覇気は使えねぇだろ、邪魔だ」
意思の力は、覇気の一部。そして生物の覇気は、〝触れた物体にも宿る〟。
たとえば〝わざと〟石を投げたなら、その石には、投げた者の〝投げよう〟という意思が宿る。
それは即ち、わずかながらでも、覇気が宿るということ。
私が、死角から放たれた弾丸をキャッチすることができるのも、こうした〝不本意に物に宿ってしまった誰かの覇気〟の気配を感知しているためだった。
覇気は万物に宿るエネルギーだ。それこそ、生まれたての赤ん坊にも、アリの一匹にも宿っている。
覇気をコントロールできない人間が投げた石ころには、必ず、投げた者の覇気が宿る。〝宿ってしまう〟。
しかし、覇気をコントロールできる、覇気使いが投げたならどうなる?
覇気使いならば、その石に、〝己の覇気をまとわせる〟こともできる。〝己の覇気をまとわせない〟こともできる。
しかし同時に、とある分野の〝一流〟ならば、覇気をまとわせないだけではない。
投げた石に〝一切、己の覇気を宿らせない〟ことも可能だった。
己の意思で放ったものに、己の覇気を宿らせない。それは他の覇気使いに、放ったものの気配を感じさせないための工夫。
〝狙撃を避けさせない〟ための技術。
覇気使いでもある一流の狙撃手は、放った弾丸の〝気配を消す〟ことができる。
そして今、弾幕よりも鋭く迫りくる針たちから、〝気配〟は一切、感知できない。
これはただの狙撃じゃない。覇気使いによる狙撃だ。