それは、銀の暴雨。
絶え間なく飛来する針たちは、大きさもバラバラだ。小さなものはまるきり縫い針。しかし、私の親指より太いものも少なくない。
針らしいのは形状だけ。サイズ感は杭の領域である。手に持てばきっと、確かな重みもあるだろう。
それが銃弾より速く打ち込まれてくるのだった。殺傷力は申し分ない。
バチヂチヂチチチチチヂチィ………!
払いのければ、神経に障る音がなる。〈武装色硬化〉によって鋼の硬度を超えた両腕。それだけでは間に合わず、くるりと体を回しながら、黒光りさせた脚も薙ぐ。
「マジェルカ殿! 何が起きている!?」
「狙撃されてる、守るから動くな」
「相手は何者だ! バロックワークスか!?」
「知るかよ!」
相手の気配はずっと捉えていた。しかし敵だとは気づかなかった。
ここから見て、2時の方角、約400メートル先。アイスブルーの外壁を持つ建物の4階。
〝針の狙撃〟を仕掛けてきた男は、つい先ほどまで、ぐったりと床に倒れていた。
負傷した兵士が建物に逃げ込み、そこで力尽きている……と見せかけていたのだろう。まんまと騙された理由の一つに、〝気配が弱すぎた〟というのもある。
どうやら私以上に、気配のコントロールが上手いらしい。
今はしっかりと両足で立ち、こちらへ手のひらを向けているその男。攻撃が始まってからようやくマトモに感じ取れた、この、背筋がざわつく不穏な気配。
狙撃手は、パラミシア系・悪魔の実の能力者だ。
ギラギラと、夏島の日差しを弾く針たち。針自体に一切の気配が宿っていない以上、この目で見切る他にない。
「ムリだな……!」
速すぎる。多すぎる。手足をくるくるぶん回し、〝面〟で防ぐしか手立てがない。
狙撃手の男は、建物の壁に両手を押しつけているらしい。そしてこの針たちは、建物の外壁、男が触れているあたりから出現しているように見える。
男の放った針達が、壁を貫通して飛来するのだ。しかし男の気配に、針を投げる素ぶりは一切ない。
この針自体、悪魔の実の能力でつくられたものなのか?
壁ごしに攻撃してくるのは、敵に姿を見せぬため。気配が異様に弱いのは、己の覇気をコントロールしているから。
そして、〝相手からは見えない場所でも、相手を欺くための行動をしていた〟という点。
コイツは明らかに、気配を読み合う、覇気使い同士の戦闘に慣れている。
この国には〝不自然〟なほどの、手練れ。
「マジェルカ殿! 我々がここにいては戦えぬだろう! 少年とともに、細道に退避する!」
「ダメだ動くな! あっちも覇気使い、気配をよまれて狙撃のマトになるぞ」
「ハイ使いとは!?」
「覇気使い! ついでに能力者だからな、少し様子を見る」
「悪魔の実の能力者か……! なぜ分かる!? 知り合いか!」
「気配でわかる」
「……けはいィ?」
あちらの狙いは正確だ。しかし、針達が〝弾幕〟のように広がって飛んでくるせいで、誰を狙っているのか分からない。
もし狙いが私なら、このまま突っ込んで行ってぶっ潰せばいいんだがな。十中八九、狙いはカッパだろう。そうなると、迂闊にここを離れる訳にもいかない。
ケンカじゃ敵を倒すより、だれかを守ることの方が難しい。
せめて、相手の能力の内容が分かれば……。
ナイフを抜く。ドドドドドドドドド、と銃撃音が喧騒に混じる。小さな小さな斬撃を出し、横からの弾丸を切り落とした。
止まない針の豪雨がうるさい。そこに割って入ってくるダミ声。
「元・Mr.8ぉぉお! 生きててくれてありがとうよぉ! てめぇを討ち取りゃ、おれは昇進だぁ!」
てめぇは誰だよ。
チラッと見えたダミ声の主は、小汚い風情の大男だった。腰だめに構えているのはガトリングガンだ。
ダミ声に続くようにして、脇道からゾロゾロ現れる一団。薄汚れたチンピラ達は、ギャーギャー何か言っている。繰り返し耳に入ってくる単語は、
「元、ミスター・エイト?」
「あっ……」
イガラムには心当たりがあるようだ。
「あいつら、あんたの知り合いか?」
「知り合いといえば……知り合いかも……だが、この国の敵だ! 吹き飛ばしてくれちゃって構わん!」
針は来る。止まらず回し続ける体。慣れた技を出すにしろ、これほど激しく動きながらでは、中々骨が折れる。
「うおぉおおお………らあっ!」
一瞬、胴体を深く沈め、地に手をつく。そのまま蹴り上げたカカトは、暴虐の風を生む。
生物をポンポンさせる! キーック!
ボッ……!
大気が揺らいだ。
ガトリングガンが弾を撃ち出す前に、持ち主が宙に舞う。とっさに手を握ったのだろう。トリガーにかかった指が、ドドドドド、と虚空を撃つ。
たった一発で、数十名いたチンピラは全員吹き飛んだ。国王軍よりあっけない。
これでいい。これでいいんだが、あっさりヤられすぎだろてめぇら。何のために出てきたんだ?
しかし、チンピラ共の功績が一つ。
今の一幕によって、私に〝隙ができた〟と思ってくれたらしい。
狙撃手の気配に、わずかな変化が生じる。
体勢を戻すまでの刹那。頭の後ろであばれる私のポニーテール。すぐそばの地面に敷かれた、白っぽい砂利。
砂漠のからっ風が私の耳をかすめて、砂利を手荒に巻き上げる。
そのすべての動向が、やたらとスローに感じられた。
〝ゾーン〟に入った思考と知覚。それは時を揺るがし、引き延ばす。
見聞色の覇気は、知らずと範囲をせばめ、スナイパーの気配だけをミリ単位で補足する。
狙撃手の男は、身長191センチ。オールバックに固めた頭髪。背中に斜めがけしたライフル。しかし銃を扱う素ぶりはなく、男は、両手を前に突き出したまま。
その手のひらに、プツプツプツプツ、穴があく。大小まちまちの穴達は、何かに似ていた。飛来する針の直径だ。
針達はきっと、男の手のひらに開いた穴から〝飛び出て〟くるのだろう。
しかし、芸は針だけじゃねぇらしい。
一度は開いた穴ボコが、グニュリグニュリと閉じていく。そうして改めて開いた穴は、真円じゃない。
平べったい穴だ。
歪んだダイヤ型のわずかな穴は、厚みを広げ、幅を広げ………。
その形。
男の手から、次に飛び出てくるのは。
……ナイフ?
時の流れが戻ってくる。揺れるポニーテールは風を切る。自分の口角が上がってゆくのがわかる。
「なるほど?」
相手の能力の内容、察しがついてきたぞ。反撃の時が来たらしい。
男が隠れる建物から、アイスブルーの外壁を貫き、銀の何かが飛来する。目にまぶしいあれらは針。しかし本命はその後ろ。
針よりもずっとデカイ何か。
ナイフの〝群れ〟だ。
「マジェルカ殿っ」
「黙ってろ……!」 こっからが楽しいんだよ。
この距離である。充分な力で飛ばしたならば、重いものの方が速く飛ぶ。後から放たれたナイフは、針の雨を追い越して迫る。
じっと待っていれば、ほら。
右の目玉に、飛び込んで来る刃。
指先でつまみ、投げ返そう。持ち主へ返してやるのだ。
逆走する一つの切っ先と、すれ違いながら向かって来る、ナイフの群れと針の煌めき。
すぐそばのナイフ達は、ひろげた指の間に絡めとる。舞うような動きと連なるように、私は横を向いた。
手加減なしだ。
空へ向けて思い切り、片足を蹴りあげる。
風圧が砂を巻き上げる。イガラムが体を更にちぢめて地に伏せる。蹴りで真空が生まれたのか、建物のガラスが次々割れる。
ただの蹴りがうみだす風圧は、飛来するナイフと針を、下から突き上げた。
サイクロンに出会ってしまった海鳥のよう。残りのナイフすべてが直角に起動を曲げ、上空へすっ飛んでゆく。その後を追って、キラキラ浮かび上がる無数の針。
蹴りの余力を逃がすため、くるりとひとつ、宙返り。逆さになった体勢のまま、手にキープしておいたナイフ4本を投げ飛ばす。
目標は当然、スナイパーの元。
見聞色の覇気は便利だ。敵の様子を伺うために、立ち止まる必要がない。
ト、と地面についたつま先。そのまま一歩、二歩とカッパ達から遠ざかり、上空へ駆け上がる。
かわいた空気で鼻が痛い。砂漠の日差しが近くなる。空中でギラギラ光るのは、さっき蹴りの風圧で舞いあげた、ナイフと針。
ざっと1000は超えているだろう。見間違いかと思えるような、小さく細い縫い針たち。拷問具かのような物騒なデカさの針に、これまた形もデカさもバラバラのナイフ達。
どれもこれも、焼けつく日差しの空中には〝不自然〟な煌めきだ。
この国には似合わないこれらも、この国で〝不自然〟な手練れにはお似合いである。一丁まとめて、返してやろう。
空中で、腹をひねる。腰をひねる。背中をひねる。腕をしならせ、反動をつける。
今度は全力でいこう。
ただの蹴りっ!
キュイィイイイイイ…………………!
音だけは派手だな。
振り切った足。一瞬遅れに、大気が戦慄く。世界が我に帰ったように、動き出す風。
風圧が、針とナイフへ号令をかけた。
ギラつくそれらが一斉に向かう先は、あの、アイスブルーの建物の4階。
〝叡智を超えたトンデモ人間〟。
それが悪魔の実の能力者である。
しかしなんでもありな訳ではない。
その身にやどせる能力は、一種類。そして1人の能力者がつかえる能力には、必ず、〝共通点〟がある。
私の経験則によれば、この〝共通点〟は、物理的なものではない。〝抽象的な概念〟だ。
たとえば炎人間。繰り出す技には、〝暖色の火〟という概念の共通点がある。
これが化学的な〝燃焼〟ならば、炎を出さずに物を燃やし、炭に変えることもできるはず。しかし炎人間にそれはできない。
これが本当の〝火〟ならば、温度や燃やすものによって、紫や青、緑色にも変わるはず。しかし、炎人間があつかう〝火〟は、銅を燃やしていたって〝赤い火〟のままだった。
炎人間の技には必ず〝暖色の火〟が伴い、〝火〟という概念から外れる技は、出すことができないのだ。
おなじように、氷人間なら〝物を凍らせ氷にする〟ことができでも、〝氷を生まずに、冷却によって物質の原子運動を止める〟ことはできない。その技には必ず氷が伴う。
なんでもありのトンデモパワーにみえる悪魔の実の能力にも、〝能力の境目〟がある。使える能力の〝縛り〟がある。
この特徴を考えれば、スナイパーが〝針〟と〝ナイフ〟を放ってきたことに違和感がある。
針とナイフの共通点といえば、原料が金属という点くらい。しかしこれは〝物理的な〟共通点だ。
この2つに、概念的な共通点は少ない。
スナイパーの持つ能力の内容、予想がつくのは2パターン。
1つは、〝刺すための道具〟を生み出せる能力という可能性。しかしこちらはきっとハズレ。
針は縫うためのものであり、ナイフは切るためのものだ。〝刺す〟という共通点では説得力が弱い。
やはり、もう1つの予想が当たったらしい。
はじめに投げ返した、一本のナイフ。壁を突きやぶり、狙撃手の顔面へ迫ったその切っ先に、狙撃手の気配は片腕をあげた。
避けるでもない、止めるでもない、ガードをとった男の腕。
そこに突き刺さったナイフは、深く深く、めり込んでゆき…………。
ちがう。
ナイフは、男の腕に〝呑み込まれて〟いったのだ。
その次に放った、4本のナイフ。わずかに時間差をつけたそれらは、狙撃手がかまえた〝手のひら〟へと突き刺さる。
こちらも〝ニュルニュル〟と男の体内に〝呑み込まれて〟いったが、重要なのはそこではない。
手のひらからナイフを〝呑み込む〟間、男は、カッパたちへの攻撃を止めていた。
やっぱりな!
ゴオオオオ…………!
先ほど蹴っ飛ばした風が、街並みをゆらす。風鳴りが止まないうちに、建物の外壁へと突き刺さるナイフ、ナイフ、ナイフ。
さすがに、本職のスナイパーのようにはいかねぇや。針のほとんどは、壁にはじかれ落ちてゆく。
しかしナイフの数十本は、外壁を突き破り、〝ご主人様〟の元へ戻れたらしい。
手のひらの片方を私へ、もう片方をカッパたちへ向けていた狙撃手は、攻撃にうつる前によろめいた。その首に、足に、肩に、目玉に、容赦なく突き刺さるナイフの群れ。
狙撃手の気配は、グニョリと歪む。刺さって止まったはずのナイフが、〝ニュルニュル〟と男の体内に沈み込んでゆく。
さて、検証のラストステージだ。確証をくれよ?
私は狙撃手に向かって、空中を〝駆けだした〟。
相手もまちがいなく、覇気使い。壁をはさんで見えないはずの私の姿も、きっちり気配で捉えてくれている。
案の定、狙撃手は、両手をどちらも私へ向けた。しかしその手のひらからは、何も出てこない。
注意深く気配をさぐれば、奴は今、足に刺さったナイフを一本〝呑み込んで〟いる最中だ。
おっし!
「わーかったぁ!」
お前の能力!