楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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35.Utopia

 道をおおった白いモヤが馬蹄によってかき消される。大地の震えはいよいよ増して、たどり着いた軍勢の猛々しさを物語った。

 

 反乱軍の増援は、ゆうに3万人を超えている。それが押し寄せる大通りはまるきり、人馬の流れる大河のようだ。

 

 馬上の彼らにしてみれば、この白いモヤの正体など分かるはずもない。ここは戦場だ。バラまかれた毒ガスという可能性もある。正常な判断力があれば、一度は止まって様子を見るはずだった。

 しかし反乱軍は誰一人、怯むことなく、止まることなく、大通りを駆け抜ける。これは勇気などではない。

 

 彼らがまとう気配の意味を、私はよくよく知っている。殺し合いのケンカとは根本的に異なるもの。

 〝戦場の狂気〟。

 彼らは人を殺そうなどとは思っていない。みんなで〝害虫の駆除〟をしにいく気分でいるのである。

 

 己とおなじ人間を、害虫と断じることができてしまう。そのおかしさに気づく心を、失ってしまう。

 知らぬ間に、思考すら失くす。

 

 それが戦争。

 

「多いな……!」

 屋根の上から大通りを眺め、イガラムが苦しげに言った。「何千……何万か……!? これでは国王軍よりも、反乱軍の方が大軍となりかねん……!」

 

 私は目を閉じ、拳の骨でひたいをノックする。見聞色の覇気の〝弊害〟だ。大衆の狂気には当てられやすい。

 

 目で見る事とはまた違った、相手の気配を〝見る〟力。

 

 〈見聞色の覇気〉を使えば、生物の気配が〝光のシルエット〟となって脳内に直接浮かびあがる。生命力の弱いもの、意志の弱いものならその光も弱い。

 感情の変化によって光が強まることはあっても、ただ生きているだけならば、そこまで急激に変化することはまずなかった。

 

 使命感がそうさせるのだろうか。危機感が命を炎と変えてしまうのか。

 狂気にかられた群衆は、本来ならばありえないほどの〝眩しすぎる〟気配を放つ。目玉の奥よりもっと深い所がハレーションを起こすほどだ。

 つられてうっかり、こっちの頭も狂っちまいそう。額を小突く軽い痛みで、気をまぎらわす。

 

「……まだだ。まだ、増えるだろうぜ」

「これ以上に?」

「今の奴らが約3万。たった今、別の場所から2万人がなだれ込んできてる。これで、王都で戦うニンゲンの気配は30万前後。その半分が国王軍だとして、反乱軍はたったの15万……。反乱軍は総勢100万だったな? 残りの85万のうち、半分位はここを目指して来るんじゃねぇのか」

「そうだとすれば……いよいよ事態は悪化する……! さらなる援軍がやって来る前に、止めねば……!」

 

 足元の熱さを忘れているのだろうか。イガラムはしっかりとした足取りで振り返った。

「行こう、マジェルカ殿!」

 

 コツコツコツコツ、デコを小突き過ぎたようだ。ちょっと痛い。そういやさっき、砲弾がぶち当った所じゃねぇかココ。思い出すと余計に痛い。

 指先で撫でながら、気になっていたことを尋ねる。

 

「そういやあんた、さっきチンピラに〝元ミスターエイト〟と呼ばれてたな? ありゃなんだ」

「……あれは……。そうだな、マジェルカ殿には話しておくべきか……」

「時間がねぇんだ、サクッと話せ」

 

 イガラムは拳を口元にかざし、咳払いをふたつ。

 

「……ン〜……ンマ〜………2年前、私はアラバスタ王国護衛隊長として、この国の反乱を止めようとしていた」

「サクっと話せ」

「しかし反乱と干ばつの調査を進めるうちに、国民を裏から操る何者かの存在に……痛ァっ? わかった、わかったから足の小指を踏むなァ!」

「サクっ、と」

「ええい、もうサクッと言うぞ! この反乱は、王下七武海の一角、クロコダイルが国民を裏から操り、起こしたものだ! その証拠を掴むため、私はクロコダイルの秘密結社、バロックワークスへ潜入していた! Mr.8は、その頃のコードネーム!」

「……その頃?」

「スパイだとバレてしまったのでな、裏切り者として殺されたことになっている! 死んだ事になっているのに、なぜ追われているのか、私も不思議だが……」

 

 なぜだろう。嫌な予感がムクムクとふくれあがってきた。

 

「死体の偽造はやったのか」

「……し、死体の偽造……?」

「やってねぇのか」

「……色々あって、そんな暇はなかった」

「だったら死亡した裏切り者じゃねぇ……生死不明、行方不明の裏切り者として、追われてんじゃねぇのか、あんた」

「……アッ……!」

「おい。なぁ。さっきから続いてる、敵襲………カッパが狙われてる訳じゃなく………あんたが狙われてたんじゃねえのか! あぁ!?」

「……なんと! その可能性が、あったとはァ……!」

 

 眠たげな目をかっぴろげ、イガラムが明後日の方を向く。

 そうだな。そんな可能性があったとは、誰も予想できるわけねぇよな、お前以外。

「ほぼほぼ、お前のせいじゃねぇのか、コラあ!」

 

 

「いやいや!」「てめぇ、ンな事情抱えてやがんならハジメに言っとけボケてんじゃねぇぞ、ああ!?」「言えるわけがないだろう、国家の未来がかかった極秘任務だったのだぞ!? 初対面の怪しい女にペラペラ話せるものではない!」「どうせ今ペラペラ喋ってんだろうがもっと早くに言っとけアホかぁ!」「私はマジェルカ殿の人柄を見定めた上で、今だから言ったのだ!」「判断が遅ぇんだよ同行すると決まった時点で言っとけ!」「元はと言えばアンタが喧嘩腰で対応して来たからでしょうがァ!」「てめぇが充分怪しかったからだろうがナメた事抜かしてんじゃねぇぞ頭クルクルさせやがってよぉ!」「髪型関係あるゥ!? これは由緒ある髪型なのだぞ、アンタは口調が下品すぎるのだそういう所も怪しさ満点!」「命のやり取りしてる現場で上品な口なぞきいてられると思ってんのか!」「アンタ始めっからその口調だったでしょうがァ!」

 

 

 お互いに、はぁ、と一息。日差しは相も変わらず殺人的だが、湿気と蒸し暑さで溜まっていたストレスは晴れた。

「よし、その話は置いておこう」

「今は口論している場合ではない、急がねば!」

「そうだ。ここからは二手に分かれる。カッパをよこせ。あんたは一人であっちに走れ」

「あっち……? 王宮と真逆だァ!?」

「てめぇがいると無駄に襲撃くらうだろうが!」

「私が少年を連れていくからこそ、少年の証言に信憑性が生まれるのだろう!?」

「間に合わなかったら意味が……」

 

 あれ?

 

 油断。その一言につきる。

 私は無意識に思い込んでいた。反乱軍のリーダー・コーザを殺すなら、クロコダイルがその手で行うのだろうと。

 しかしコーザがどれほどカリスマ性にあふれていようと、その強さは素人に毛が生えた程度。ただの人間なのだ。

 〝その気になれば誰でもコーザを殺せる〟。

 

「……もういい、あんたも連れていくカッパをしっかり抱えとけ」

「先ほどの運び方はやめてもらいたいのだが! 尻がホントに……」

「コーザが撃たれた」

 

 王都全体にひろげた見聞色の覇気。否応なしに感じ取るのは、30万に近い狂った軍勢の気配のすべて。

 再びとらえたコーザの気配は今なぜか、反乱軍と思しき奴らと〝対峙〟していた。

 そこを背後から撃たれたのである。一発、二発、三発、四発。五発目が撃ち込まれると同時に、コーザの気配は急速に弱まっていく。

 

 コーザを撃ったのはただの一兵卒。クロコダイルの動向にばかり注意して、全くのノーマークだった兵士たちがやらかした。

 そうだよここは戦場なんだ。無名の弱者もアドリブ次第で英雄となれる、唯一の舞台。

 この事態を想定しなかったのは、私のミス。

 

「急ぐぞ」

「ぬォっ!」

 イガラムの足を抱え上げ、右肩に乗せる。王宮に向かってまっすぐつづく大通り。そこに並んだ建物たちの平たい屋根が、第二の道をつくっていた。

 王宮の金ピカドームがはっきり見える。

 

「マジェルカ殿っ、この運び方はっ……! ン〜〜! ンマ〜〜〜! このォ〜〜、運び方はァ〜〜〜! ご容赦ァ〜〜、願いたいィ〜〜! のだがァ〜〜〜!」

 聞こえてるから、歌うな!

 

 カッパとイガラムを抱えているのだ。スピードを出しすぎないよう気を配り、カッパ達の体が〝圧で潰れない〟ギリギリの速さを見極めながら、向かう王宮。

 

 衰えを知らずにギラつく太陽。それでも随分と傾いたこの様子では、午後四時を過ぎているかもしれない。

 王宮の金ピカドームは夏日を反射し、目にうざったい程である。

 その眩しさが、すうっと和らぎ始める。

 何だ?

 

 灰色の何かが、王宮の上空に渦巻いていく。

 雲と呼ぶほど濃密ではない。竜巻に似ているようで、それにしては動きが遅すぎる。

 みるみる増していった灰色は、王宮の金ピカドームをすっぽり包み込み、辺り一帯をも覆い尽くしていった。

 

 バランスを崩したイガラムが、とっさに私の首へ腕を回す。辛うじて私にしがみつき、大男は呆然と口を開いた。

「あれほど巨大な、塵旋風……! なぜこの王都に……!」

 

 ジンセンプウ?

 

 バタバタと、ニンゲンの倒れる気配がする。あのジンセンプウが巻き起こった途端、対峙していた軍と軍が撃ち合いをはじめたらしい。

 しかし妙だった。

 国王軍兵士は誰一人、銃を装備していないはず。〝撃ち合い〟は出来ないはずなのだ。

 

 クロコダイルの〝英雄ぶり〟に、知らずと私も騙されていたようである。

 

 あいつはただの簒奪者じゃない。己の上にあるもの全てが許せねぇからこそ、海へ出た者。

 〈海賊〉クロコダイル。

 どこぞのだれかに許可を得て、支持をもらって王になる……そんな謙虚な夢をみる野郎じゃなかったらしい。

 

 気配でわかる。あのジンセンプウは自然現象じゃない。クロコダイルの能力で、人為的に生み出されたものだ。

 その中で撃ち合いを演じているのは、兵士ではなく、国王軍に紛れ込んだクロコダイルの部下だろう。

 つまりはこの展開自体、クロコダイルの〝計画〟の一部。

 

 クロコダイルはわざわざ反乱軍の増援の到着を待っていた。一度はコーザを殺さずに逃したのも、コーザを利用し、反乱軍を一箇所に集めるためだとしたら?

 あの男の描いた〝シナリオ〟には、どんなフィナーレがお似合いだろう。

 

 クロコダイルは反乱を鎮圧することで、民衆の支持を集め、英雄王になろうとしている訳ではなく。

 力尽くですべての邪魔者を消し去り、秘宝も玉座もこの国家も、丸ごと掌握する………そのために動いているのだとすれば。

 

 反乱軍も国王軍も〝まとめて消し去る〟つもりか。

 

 先の見えない砂塵の中での銃撃戦は、思考を揺さぶり、視界を奪い、兵士たちが逃げださぬようにするための罠。「んふふふふふふ……!」なんて事だよ。

 耳の奥に男の声が蘇る。

 

『貴様も……。人から忌み嫌われ、存在を否定され……人の世間から弾き出されたクチだろう……』

 三年前の秋島。

 初めて相見えたクロコダイルは、己の部下になれと言いに来た。私のチョコレート色の肌をつまらなそうに睥睨し、力強く笑ったのだ。

『おれが、与えてやる。お前が生きることを許される〝理想郷〟を』

 

「あはは………あっはっはっはっは!」

 

 確かに、〝理想郷〟を実現しようと思えば、国を乗っ取るだけでは不十分。根っこを辿れば、私の敵は偏見なのだ。真っ当に無くそうと思えば数十年単位の手間がかかるそれを、今すぐ拭い去るならば、現地のニンゲンを皆殺しにする程度はやってのける必要がある。

 

 口から出まかせ、その場しのぎのペテンの類ならば裏社会で山ほど聞ける。しかしクロコダイルは本気だったのだ。

「んふふふふ! あははは!」

 アイツは私が思うよりずっと傲慢で、なおかつ、律儀な男だったらしい。

 

「ンなっ、なっ、なにをっ、何を笑っているのだ!?」

 そんなに揺らしちゃいねぇはずだが、イガラムはひっくり返った声で問う。走る間の風切り音が邪魔をして、私の声は届かなかった。

「大した事じゃねぇが……あはははは! クロコダイルってのぁ意外と……イイ男なのかもしれねぇなぁと。思っただけさ」

 

 〝理想郷〟。なんて甘美な響きだろう。このセリフで口説かれた時、私はつかの間クロコダイルに心を掴まれ、その次に失笑した。

 豪語する男が失墜する未来を知っていたからではない。私の欲しがる〝理想〟の地は、とっくに消えて無くなっていたから。『あんたに私の〝理想郷〟は作れねぇさ』もう誰にも作れやしねぇ。

 

 叶わなかった夢のことなど考えても仕方がない。それでもふとした瞬間に、古びた感傷は蘇る。搔きむしりたくなるような後悔は、じわりと滲み、近づく雄叫びに混じって消えた。

 

 天が、渦を巻いている。

 王都アルバーナを暗く覆ったジンセンプウは、まだ膨張をやめずに広がってゆく。翳りの中に入ってしまえば、大気は灰色に濁り、5メートル先すら見通せない。

 

 これは砂塵を巻き上げてあるらしい。ザザザザザザ……とぶち当たってくる無数の砂つぶ。

 鼻に砂が入ったのか、イガラムがくしゃみをする。私は極限までまぶたを細め、己の勘を頼りにあちらの屋根へ飛び移る。

 

 ゴオォォオオ……………!

 ワアァアァァアァ………!

 

 ジンセンプウの荒れ狂う轟音。狂ったニンゲンたちの怒号。時折まじる低音は、大砲が放たれているのだろう。

 

 視界はどこまでも汚らしい灰色だ。王宮の位置が分からない。それでも王宮のすぐそばに、30万人がすっぽり入って余りある、巨大な広場があるはずだった。

 気配で分かる。

 この脳髄を焼き切らんとするほど苛烈なソレ。

 

 人が、人が、ニンゲンたちが、ひしめき合って殺しあう。

 この気配。この空気。この狂気。

 人が最も人で無くなる場所。

 ニンゲンが最もニンゲンらしくなる場所。

 

 戦場だ。

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