楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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36.要

 ふっと、ロウソクの火がかき消える。

 そんな感覚を私に与え、コーザの気配は失われた。嘘だろ。……死んだのか?

 

 王都アルバーナを〝扇〟のような形でつらぬく大通り。巨大な扇の〝要〟にあたる部分には、アラバスタの王宮がある。

 広場、と呼ぶのをためらう程に広大なスペースは、王宮の前に位置していた。そこに面した建物はどれも、揃えたように背が高い。

 

 地上は濁った視界の中での乱戦。暴風と狂気渦巻くその中を、兵士たちと一緒になって右往左往する必要もない。

 これまで同様、屋根の上を走っていく。しかしここまでとは少々勝手が違うようだ。

 

「あっ……ぶねっ!」

 小型のドームである。この一帯では、建物の屋根という屋根に小型のドームが乗っかっている。なんつう余計なモン作ってくれやがる。

 カッパとイガラムに遠慮していようが、私が走るのだ。結構なスピードが出ている。

 ジンセンプウで塞がれた視界の中、頼っているのは〈見聞色の覇気〉のみ。ドームのような無生物は感知できない。

 突然現れたような小型ドームを避けきれず、仕方なく、斬り崩して前に進む。

 

 ドォン、と空をゆさぶる、大砲の咆哮。それすらかき消すように吹き乱れる、ジンセンプウ。

 しかし全ては兵士たちの怒号になぎ倒されてゆく。平和だった国の穏やかな民たちが、今は狂ったように凶刃を振るう。その切っ先が狙うのは、同じ国の無実の民だ。

 

「チクショウ……!」

 耳元で声がした。ぶわりと膨れ上がったイガラムの気配。それが意味する感情は、怒りか、後悔か……憎悪か。

 

 元凶であるクロコダイルは、ついにお遊びをやめたらしい。

 王宮の屋上と思しき場所で、クロコダイルと対峙していたゾオン系能力者が倒れる。クロコダイルの気配は、彼にトドメを加えることなく、乱戦の広場を眺めにかかった。

 磔にされた男が叫ぶ。先程コーザに掴みかかった女も、何かを叫ぶ。そして私の耳元では、イガラムが血の滲むような声で呻く。

 クロコダイルは嗤った。戦場では、人を思いやる声などどこにも響かない。

 

 希望はあるのだろうか。死に物狂いでもがいた挙句、手にするものは、絶望と喪失のみなのか。

 物語とするには救いの無さすぎる現実が、残念ながら、この海には五万とある。

「……ここで来るのか……!」

 しかし私は知っていた。この国には今、一人のイレギュラーがいることを。

 

 息を忘れる。天を仰ぐ。灰色に塗りつぶされた空を切り裂き、小さな気配がやってくる。

 翼を広げて滑空するのは、また新たな、ゾオン系悪魔の実の能力者だ。巨大な鳥となったそいつが、背に乗せた一人の男。

 気のせいかと疑うほど、まだ弱い。

 それでも確かに彼は、覇王の素質を秘めていた。

 

 この世にありふれた〝当然の悲劇〟をぶち壊せる、たった一人。

 モンキー・D・ルフィ。

 私の太陽。私の北極星。私の神様。

 そして私にとっては、夢物語の中の人。

 

「マジェルカ殿、なぜ止まる! コーザの元に着いたのか!?」

「……いや……」

 彼を乗せた巨大な鳥は、ジンセンプウのど真ん中へ急降下していった。気配は感じ取れても、その姿を肉眼で追うことはできない。アレが本当にルフィだという確証はなかった。

 それでも鳥肌が立っている。

 きっとアレが。本当にあの人が。ここに、この世に、実在するんだ。ルフィが。

 私は束の間唖然とし、首を振った。

「うらぁっ!」

「何!?」

「何でもねぇ! アレが誰だろうと」 今の私には関係ない!

 

 コーザの気配が消えた地点は、もうすぐそこだ。「降りるぞ!」「降りっオオオオオオ!?」グッとイガラムの太ももを支え、建物から飛び降りる。

 

 ビュオオオオオオ………と耳をゆさぶる風切り音。

 70メートルほど落下していく刹那のうちに、チカリと、視界を突き刺す光が見えた。

 

 足で宙を踏みしめる。目にみえない螺旋階段を駆けおりるようにして、辿り着いた広場の片隅。

「胃が……胃がひっくり返っ……いきなり落ち……って、聞いてな……」「降りろ!」「……うええェい……」

 イガラムを肩から下ろし、トッ、と空中へ舞い上がる。

 

 やっぱり。

 ジンセンプウの灰色の中、再びチカチカと、鋭い光が駆けぬける。その眩さが消えぬうちに、飛来するのは鉛玉。

 あの光は合図だ。ここに標的がいるという信号。メッセージを受け取ったスナイパー達は、標的ではなく、光の真下の〝この場所〟をめがけて銃撃を始める。

 

 舞っては消える火花のように、人の命が消費される。戦場ならではの空気感のおかげか、私のカンも冴え渡ってきた。

 

 意識しようと考える前に、感じ取れる。スナイパーは13人。街一つ分はありそうな広場の中でも、王宮を狙える位置だけに布陣している。

 

 それなりの命中率を誇るからこそのスナイパーだ。本来ならば、何人揃っていようとも、放たれる弾は狙撃一回につき一発だけ。

 しかし13人は同時に引き金を引いた。

 このジンセンプウに目を塞がれ、狙いが定められないのだろう。それでも光の合図のように、視界の悪さへ対応する作戦が〝事前に用意してある〟ということは。

 

 スナイパーは全員、大きく括ればクロコダイル側。少なくとも、この反乱に乗じて利益を得ようとしている陣営に違いない。

 そんな奴らがこの場所を狙ってくるのだ。コーザはまだこの近辺にいる。そしておそらく、まだ生きている。

 

 空中で身をひねり、足を薙ぐ。

 刹那、鉛玉と触れあった部分のみが黒光りし、甲高い金属音を立ててそれらを弾いた。

 最後の2発は指の間にからめとり、スナイパーへと投げかえす。

 

 本人には当たらねぇだろうが構わない。お前の位置はバレてるぞ、という脅迫になれば充分だ。

 

 ストっ、とつま先が地面をとらえる。カカトが着く前に走り出そう。向かう先は、不明瞭な視界の中、よろよろ立ち上がる大男。

「しゃがめえ!」

「うええェい……」

 何なんださっきからそのヤル気のねぇ返事は!

 イガラムを目掛けて振り下ろされる、戦斧。しゃがんだイガラムの上を飛び、幅も厚みもご立派な刃へと、かち合うように拳をぶつけた。

 パァン……!

 

「へ?」

 戦斧は粉々になり、カケラは風に飛ばされていく。取っ手だけとなった武器に、男はマヌケな声をもらす。その胸元に足を押しつけ、下敷きにした反乱軍兵士一匹。

 ひっくりかえった男は私を見て息を呑む。男の目に映り込むのは、黒い肌、金の瞳、やけに際立つ桃色の唇。それは笑みをかたどり、こう告げる。

「反乱は終わりだ」

 

 男の手に手を重ね、戦斧の取っ手をもぎとった。そして後ろへぶん投げる。棒切れは弓矢よりも速く飛翔し、建物の窓をぶち破る。

 破壊音は聞こえない。しかしそこに潜んでいたニンゲン一匹、片手を抑えてうずくまる気配がある。

 これでもう光の合図は出せねぇだろう。

 

「おい! コーザはこの近くに」

「……こだ! あそこに反乱軍の幹部が固まっている! おそらくコーザはあの……!」

 

 ドォン、と大砲の音。ガチンガキンと、武器の鍔迫りあう音色。押された兵士がイガラムにぶつかりかける。間に滑り込んで兵士を突っ転ばし、飛んできた流れ弾をジャンプでつかんで地面に捨てる。

 

 乱戦の中、誰も彼も目の前の〝邪魔者〟しか見えていない。こんな時に大男は便利だ。頭ふたつ飛び抜けた長身で、しっかり私を見つめ返してくる。

 パクパク動くイガラムの口は、先に行く、と言ったらしい。

「そうしろ! 援護する!」

 

 目指す先までは、たったの5メートル。濁った大気の中にぼんやり見える、反乱軍幹部らしき一団。平時ならば1秒とかからぬ道のりが、今は無情に遠い。

 

 乱戦なのが良くなかった。

 邪魔なやつらを蹴り飛ばせば、飛ばした先でどの凶刃に斃れるか分かったモンじゃねぇ。槍と剣を打ち合わせる真上に落ちれば、それだけで串刺しだ。

 カッパの願いは一つじゃねぇからな。

 

 血を流し、後悔を迸らせ、それでも涙は流さずに、こどもは言った。

『おれ、気づいたんだ……!』

 戦う力がまったく足りない。大事な誰かを守るどころか、守ろうとする事さえ出来ない弱者。

『おれは人の役に立ってるって、お前、言ってくれたけど! おれはそれよりもっと……! いろんな人に、助けられてる!』

 助けてもらって愛してもらって、命賭けでも想いを返したいと願うのに、返せるものが何もない。

 だけど。

『だから』

 

 うずくまっているだけじゃ、もっとたくさん、失ってしまうから。

『おれ、できることがしたいんだ……! みんなに、死んでほしくないんだ……!』

 

 立ち上がろうと決めたんだ。どんなに惨めでみっともなくても、抗おうと決意した。

 情けないほどに少ない、自分の全てをつぎ込んで。

 

『おれは死んでも………おれが、死んでも……!』

 叶えたい未来がある。守りたい人がいる。譲りたくないものがある。

 

 ガキの頃の自分を重ねたつもりでいたが、案外私は、今の自分をカッパに重ねているのかもしれない。出来そうにない事だって、やってやりゃあ出来るんだと、ここで証明したいのかもしれない。

「何にせよ……!」

 カッパの願いを叶えてやりたい。この心に変わりはない。

 その為にはここにいる誰一人、私が殺す訳にいかねぇからな。

 

 迫ってくる刃を、チマチマと掴んで逸らしてねじ伏せる。流れ弾やら倒れた兵士を脇にどけ、カッパの身を守る。ついでに庇ってやった大男のイガラムは、脇目もふらずに一点を睨んでいた。

 

 ウォオオオアアアアア…………!

 

 人の怒りと狂気の叫び。いい加減に耳が麻痺してくる。その中でひっそり固まった十数名は、宝物を守るように円となり、背中になにかを隠している。

 彼らの目にもこちらの姿が映ったらしい。

「国王軍、護衛隊長……!」

 薄汚れたシルクハットをかぶる男が、憎々しげにイガラムを見据える。ソイツの一言でこちらに気づき、身構えた反乱軍幹部たち。

 武器の切っ先すべてが私たちを狙った瞬間、不思議とぽっかり、空白がうまれた。

 

 耳を震わす戦闘音に変わりはない。しかし両者が対峙した今、何故かここだけには確かに、奇妙な静寂がある。

 

「コーザは渡さない」

 砂と血にまみれた男達が小さく宣言する。砂漠の日差しよりも厳しく、相手を焼き切らんとする視線。

 私は一歩前に出た。問答している時間が惜しい。

 

「誤解だ。私はただの旅人。あんたらの味方でも敵でもない……。ここには証人を連れてきた。カッパというガキは知ってるな? ナノハナで暴行を受けたガキだよ。そいつが私に頼んできたんだ。〝反乱軍は騙されてる〟。あんたたちに、コーザに、本当の事を伝えてぇから協力してくれと。カッパはここに居る。……コーザに会わせてくれ」

 

 これでダメなら蹴散らす。反乱軍幹部の面々は、思いの外しずかに返答する。

 

「あんたの事は仲間から聞いている。カトレアに滞在した、外海からの旅人だな。あんたの後ろにいる大男がだれか知っているのか。護衛隊長イガラム……国王軍の最高幹部だ。おれ達の国を〝壊した〟国王の側近だ!」

 

 ザワリ、空気が張りつめた。警戒心はどこまでも高まり、殺気へと変貌していく。

 

「そいつが何を企んでいるか知らないが! コーザには近寄らせない……!」

 

 力尽くでねじ伏せるしかねぇらしい。動こうとしたその瞬間、私の前に一本の腕が伸びてくる。

 藍色のスーツをまとった太い腕。私を静止し、イガラムが前に出た。

 

 すれ違いざま押しつけられた、ぐったり眠る小さな体。カッパを抱えなおせば、前に出たはずのイガラムの姿がない。

 驚きにこわばった反乱軍幹部達の顔。その視線を追っていけば、私の足元だ。

 

「頼む!」

 大男が、地に伏している。

「私はここで殺されても構わない! この首一つで信用が得られるならば安いものだ! どうか……どうか! 少年の話を聞いてくれ! この国を、我々のアラバスタを! これ以上……」

 

 

 奪われないでくれ……!

 

 

 ひたいを地面にこすりつけ、自らの命を敵に差し出し、一体何の意味があるというのか。それでも私もあいつらも、イガラムに気圧された。

 これは請願などではない。卑しく慈悲を乞う人間が、これほどの圧を放てるわけがない。

 

 大男は。

 この大国の要を担う、国王軍最高幹部イガラムは。

 言葉ひとつで全員の命をにぎった。

 

 今、この喉元に突きつけられているのは、一体何だ?

 よりにもよって乱戦のド真ん中。戦うことすら放棄して、敵に〝お願い〟をはじめた〝哀れなはず〟のこの男に、何故私は、私たちは。

 動きを封じられている?

 

 ポウ、と、一つの火が灯る。その感覚が私を我に返す。間違えようもない。

 コーザだ。

 この内戦の〝要〟が、意識を取り戻した。

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