世界経済新聞海円暦1522年4月1日号掲載コラム〈当たるかも♡ドクターマルニエの酵母占い〜生まれ月別運勢カレンダー4月編☆週毎ラッキーアドバイスつき〜〉より
ポーンと、それは飛んできた。掴めばクニャリと柔らかい。この凹凸とヌメる感触、人の耳の切れ端だ。
走りぬける戦場の中、一人の民兵がこちらを向く。呆気に取られた顔をして、亡霊にでも出会ったみてぇ。それとも私に一目惚れしたか?
目を丸くした男の視線は、ほんの僅かにズレてゆき、私の肩の上へ。肩に乗る人物が誰だか分かってしまったらしい。男の目はみるみる間につり上がり、憤怒の表情へ変容していく。
地平線を塗りつぶし、その先まで広がる乱戦だ。誰もが目の前の敵に無我夢中。様子の変わった民兵を引き止める者はいない。
男は血濡れのカトラスを振りかざし、まっすぐこちらへ駆けてくる。もう私の事しか見えねぇみてぇ。困るな、やっぱりナンパかな?
ジンセンプウは刻一刻と勢いを無くしていた。クロコダイルが能力を弱めているのだろう。確かにもう、足止めの必要はなさそうだ。
40万に迫る軍勢は芯まで狂気に浸っている。今更目隠しを外されたって、周りを見ることもできやしまい。
未だ視界の濁りはひどいものの、50メートル先位までなら見通せるようになっていた。キチガイじみた顔のまま、正面から突っ込んでくる男の顔もよく見える。よっぽど私と遊びてぇんだろう、目が血走ってるよ。
生憎今はそーいう気分じゃねぇんだよなぁ。お詫びに、私からのプレゼントだ。手の中のものを投げてやる。
ベチャリ。
まだ柔らかい人の耳の切れ端は、男の顔にぶつかり血を撒き散らし、相手の目をつぶした。ひるんで止まった民兵の真横を、私は走り抜ける。
「マジェルカ殿、降ろしてくれ! もう本当に尻が無理……! じゃなくて! 私と貴殿で、二手に分かれるのではないのか!?」
「この広場の向こうまで、お前の足なら何分かかる!? 爆破まであと5分強だぞ、間に合わねぇだろうが! 私が向こうまで送ってく! その後ぁ任せる!」
右肩に座ったイガラムが、何か言いたげに尻をモゾモゾさせる。その腕に抱かれるカッパには意識があった。しかしカッパの気配はまるで死にかけの蛍。私に担がれたままだったとしても、空駆けに耐えるだけの体力は無いだろう。
カッパを一人置いていく方が危険な以上、こいつの体の負担にならねぇよう、地上を走っていくしかない。
今度、空をポーンと飛んできたのは、斬りとばされた人の手首から先。こういうナマモノは、相手を傷つけず足止めするのにちょうどいい。流れ弾を避けながら、血の滴るそれをしっかりキャッチして持っておく。
「塵旋風が弱まったのか……!? 時計台が見える! 今の時刻は、午後四時二十五分ジャスト! クロコダイルの言った通り、あの時点でのタイムリミットが5分少々ならば、おそらく! 広場の爆破予定時刻は……」
午後四時三十分……!
「分かったこっから飛ばすぞ! 舌噛まねぇよう、」
「黙っていよう!」
「お前じゃねぇ、カッパの口に布つっこんどけ!」
「無茶言うなァ!? 私は貴殿にしがみつくだけで精一杯なんだが!?」
「あぁ!?」
「やりますやります、はいはい」
広場爆破まで、あと5分。
迂回する時間がもったいない。乱戦の広場を突っ切ろう。
目の焦点をぼかす。厳重にしまいこんだ本能を解き放ち、身を委ねる。
無秩序に入り乱れたニンゲンたちの殺意の中を、魚人のように泳ぐのだ。何にも囚われず、何人にも触れさせず、誰より速く、思うがままに。
「そこっ! そこだ! マジェルカ殿! 兵士詰所はあの建物だ!」
イガラムの怒鳴り声で我に返った。いつからそうしていたのか、私の頭を抱え込んでしがみつく藍色のスーツの腕。
「前が見えねぇ!」
「今更っ!? と言うかここで大丈夫だ! 降ろしてくれ!」
中腰になって降ろしてやれば、「武運を祈る!」振り向かずに一言叫び、イガラムは駆け出してゆく。
「おう」踵を返した私は、戦乱の上空へ〝駆け上がる〟。
広場爆破まで、あと4分。
巨大な鳥が旋回している。あの気配、先程ルフィらしき人物を乗せて飛んでいた、ゾオン系悪魔の実の能力者だ。関わらねぇ方が良いだろう。鳥とぶつからないよう、ジンセンプウの大気の濁りに隠れる高さで宙を駆ける。
走り抜けた先、唐突に現れたのは、そびえる白。王宮の外壁だ。
「でっけ……」
目の醒めるようなクリムゾンレッドと純白。巨壁を彩る二色のコントラストは冴え冴えと美しい。下から見てもデカかったが、正面からだとなおさらデケぇな。
さて、王宮の砲列ってのはどこにある?
気配を探るまでもなかった。速度を落として近づくと、人の叫び声が聞こえてくる。上だ。さらに高度を上げ、ジンセンプウを抜ける。
「これだけの乱戦だぞ! 砲撃などしてみろ! 国王軍兵士に当たらぬ道理がない!」
「うるせぇなぁ、さっさと退いてくださいよ班長殿に先輩方ぁ!」
「もういいタイミングだ、バラしても構わねぇだろ!」
……あ?
王宮の屋上は、フチがそのまま砲台となっていた。私の身長よりも大きな凹凸が等間隔に並び、その隙間に大砲が設置されている。
イガラムの推理じゃ、クロコダイル側はこの大砲を利用して爆弾を広場へ撃ち込むだろう、っつう話だったな。
ひとまず手近な大砲を殴り壊……したら破片が飛んで危ねぇか。腰のナイフを抜く。ヒヤリと手に吸い付く柄。手首のひねりで斬撃を放てば、鉄製の砲身がずるりと割れ、静かに崩れていった。よし次!
「貴様ら、まさか……!」
「へっ! これまで信じてくれてありがとよ、班長殿! だが」
「おれ達は元から国王軍の兵士なんかじゃなかったのさ……!」
「邪魔する兵士どもは殺っちまえ!」
おおおおお、と男達の汚ねぇ声が虚空に轟く。王宮の屋上は一見、国王軍が仲間割れしたような騒ぎとなった。
広場へ砲撃しようとする側と、それを止めようとする側の殺し合い。まぁ、軍に潜入していたバロックワークスと、本物の国王軍兵士が戦ってるってことなんだろ。
理由はどうあれ、こっちとしちゃ都合がいい。戦闘を横目にひっそりと、ここに備わった大砲すべて、二十数台を破壊する。
一点だけ気になるっちゃ気になるけどな。なんで王宮の屋上が、全面、砂場なんだ。この国の王族、砂がそんなに好きなのか?
広場爆破まで、あと3分15秒。
王宮の大砲はすべて潰した。だが肝心の「爆弾は……!」
どこにある?
砲台とその付近には、それらしいものが一切ない。視線をあげれば、武器を打ち付け合う兵士たち。
床の砂は深いのだろう。勢いづいた怒声とは裏腹に、誰もが砂に足を取られ、満足に動けていなかった。
軍服の白いマントだけが、軽やかに風になびく。
ゆるやかな兵士の動きと、幾重にも広がる白布。それらすべてを包むのは、傾きはじめた砂国の日差し。
きれいだ。
誰にも望まれない美しさが、どうしてこんなに鮮烈なのか。場違いな調和はまるで絵画。思わず目を奪われた。
その向こう側、王宮内部へ繋がるらしい巨大なアーチをくぐり抜け、木製のカートを押してくる男達の一団がいる。
あれだな?
短い吐息を一つ。戦闘の上空へと駆け上がり、二歩、三歩。宙返りでスピードを落としたのち、木製のカートの前へと着地する。
「あんたら、バロックワークスだろ?」「……なっ!?」
ここまで私の動きが見えなかったのだろう。カートを取り囲む六人は、呆気にとられて一瞬固まった。
そう固くなるな。私は出会えてうれしいぜ?
彼らの緊張がほぐれるよう、おしゃべりしながらカートの中身へ手を伸ばそう。
「大丈夫大丈夫、計画の大詰めだってのは分かってるよ。こんな大役任されるなんてさ、あんたら、バロックワークスの中でも随分えらい奴なんじゃねぇの?」
木製のカートにはぎっしりと木箱が積み込まれていた。一つ一つに錠がかかっているようだ。考えずに選んだのは、一番上の箱。
突っ込んだ指先は、バキリと木板を貫いた。そのまま握り込めば、木板はキュウキュウ音をたて、元は木板だった塊になる。
生まれた穴に指をひっかけ木板をひっぺがすと、見えてきたのは鈍色の砲弾。
「えっ? おれ達はビリオンズだけどな? こっからさらに昇進するんだよ」
「この任務が成功すればの話だぜ? まあ、ここまで来ればもう、偉くなってるようなもんだけど!」
「おい待て、てめぇ何やってんだ? そもそも、てめぇ……誰?」
手に取った砲弾は、直径20センチって所か。指先に違和感をおぼえ、球体をひっくり返す。かざした砲弾の表面には、無骨なフォルムにゃ似合わない、瀟洒なイラストが描きこまれていた。
広がる紫色の翼と、交差するレイピア。中央のドクロは王冠でも戴くかのように、〝baroque〟の文字を頭上に掲げている。
バロックワークスのシンボルマークか、カッコイイじゃん。しかしこれじゃ見るからに海賊のジョリーロジャーだろうが。ナゾの秘密結社じゃねぇのかよ。
「見ての通りだ。王宮の屋上が乱戦になっちまってるんでな。ここの大砲はもう使いものにならない」
「いやだから、てめぇは誰だっつってンだよ!」
「大砲が使えないって、それじゃどうするんだ!? 広場に撃ちこむのに、大砲がなけりゃ……!」
「このバカが、黙れ! この女は何者なんだよ! デマかもしれねぇだろうが!」
「バカはてめぇだ! 敵がおれ達に事情を教える訳ねぇだろう! おい、あんたが噂のオフィサーエージェントなんだろ!? 上の指示でおれ達を手助けしに来たんだ、そうだよな!? おれ達はどうすりゃいいんだ!」
バキバキバキバキ、木箱を力任せに開けていく。パッと見た限りでも、マークのついた砲弾と、そうでない弾が入り混じっているようだ。この違いはなんなんだ? つか爆弾はどこだよ?
「砲撃するはずだった爆弾を、私に渡せ。こっちで対処する」
「爆弾……?」
「それだとおれ達の昇進はどうなる! 任務失敗って事になったら、」
「だぁいじょうぶ、って、はじめに言っただろう?」
ことさら優しい声で告げれば、男たちは雰囲気に呑まれて納得したようだ。心配性な奴らだなぁ。大丈夫だよ。お前らが任務失敗しようが私には関係ねぇから、私は、大丈夫。
「でも、爆弾って、なんの話だ?」
「ん?」
「おれ達は時間になったら広場に向けて、この弾全部、砲撃しろっていう指令を受けてるだけだぜ? 爆弾っていうのは聞いてねぇけどぉ……?」
キュッと、頭の奥が冷えていった。思い出されるのはクロコダイルとの会話。
『……へぇ? 広場が吹き飛ぶ……。地雷じゃねぇな? 爆弾か』『クハハハハ!』 私の推測にクロコダイルは笑って、そして。『この〝尊い命ども〟を死なせたくねェなら、王都の中から探し出してみろ……!』
加虐的な笑みで去っていったアイツは、そうだ、広場が吹き飛ぶと言っただけだ。
爆弾を使うとは言っていない。
それでも、
「この砲撃だけじゃ広場を吹っ飛ばすなんてできねぇだろ……」
直径5キロの広場である。40万近い人間を収容して余りある、その大部分を〝吹き飛ばそう〟というのだ。ここにある砲弾と大砲では、数も足りない、飛距離も足りない。
地球と違ってこちらの世界じゃ、弾の種類が極端に少ない。砲弾の大きさから、だいだいの威力は推察できる。
イガラムが対処する兵士詰所の分と合わせたとしても、到底足りるとは思えねぇ。
〝吹き飛ばす〟という表現自体、嘘だったのか?
いいや。
ここまでの動向をみた限り、クロコダイルはこの場で、国の戦力を壊滅させる算段をつけているはず。それにはどうしたって、広場の大部分を、一息に蹂躙する手段が必要となる。
一番てっとり早いのは人力だ。私もそうだが、クロコダイルも体調が万全ならば、二、三秒で広場の全員を殲滅できる。もしも人力なら、私にはどうしようもねぇな。先ほど目立った気配を感知できなかった以上、阻止するなんて不可能だ。
ただ、クロコダイルの性格と現状からして、自分と同格の誰かを頼るだろうか?
裏社会じゃ、自分と戦闘力のさして変わらぬ相手とは手を組まないのが定石だ。
裏切られた時、即座に制圧できないリスクがある。また、自分と同程度の戦力しか持たない相手では、相手の庇護下にも入れないので、メリットも小さい。
本来より弱体化していて、その自覚もあるクロコダイルが、本来の自分と同程度の強者を身内にいれる? 考えにくいな。
人力以外となると、レーザー砲か、爆弾か、その他私の知らない兵器か。
知らない兵器については、見つけ方がわからねぇんだから考えても無駄。
レーザー砲はほぼありえない。現在それを実用化させているのは傭兵国家ジェルマのみ。ジェルマは今回、クロコダイル側についていないと分かっている。
私が対処できるのは爆弾だけだ。そしてクロコダイルが使う可能性が最も高いのも、爆弾。
それでも爆弾がここには無い?
ピクピク痙攣させた右の小指は、秒数を測っている。
広場爆破まで、あと2分41秒40、41秒20。
カウントが狂っていなければ、広場爆破まで、あと2分40秒。
「あのぉ〜……ところでその、あんたが右手に持ってるソレって、人の手首? それは何?」
「ああ……」
そうだった。戦場でキャッチしたあと、捨てるの忘れてた。「あげる」「えっ、えっ!?」
考えても答えは出そうにない。ひとまずカートの中の砲弾はすべて私がもらって行こうと、両手にそれぞれ砲弾を持つ。そこで初めてハッとした。
違う。
重さがちがう。
重い方の砲弾には、小洒落たイラスト、バロックワークスのマークがある。そして比較的軽い方には、なんの印もされていない。
マークの入った砲弾へ、ペッタリと耳を押しつけてみる。地上からの怒号、すぐそばの屋上で響く戦闘音。それらを遮断した耳殻をかすかに震わせて、砲弾の内部から、音が聞こえた。
カチ……。
カチ……。
秒針がなにかを数える音だ。〝時限爆弾〟。脳裏に浮かんだその答えは、体にストンと染みていく。
そうだよな。
爆弾を大砲で撃ち出すなら、特殊な仕掛けで包んでおかないと暴発しただけで終わっちまう。飛距離の事を考えれば、砲弾の中に仕込んでおくのが最も理にかなっている。
さらにこれなら、砲撃手に爆弾の存在を知らせる必要がない。真実無差別にばら撒かれることにもなり、被害の予測が立てられない以上、阻止も困難となるだろう。
なるほど。
ここまで手回ししてあるからこそ、クロコダイルは堂々と爆破予告していったのか。
木製のカートには何百発の弾が入っていることか。仕掛けに気づいても、全部見分けてより分けるとなりゃ、どれだけの時間がかかる?
一人じゃ無理だ、間に合わねぇ。本当にこいつらと出会えてラッキーだったぜ。
カートを囲むバロックワークスの男達へ、爆弾をかざして見せる。
「……このマークがついた砲弾だ。全部、私に渡してくれ。あんたらは聞いてねぇだろうが、時限爆弾になってるみてぇだぜ」
「は?」
「このマークがついた砲弾だよ! てめぇら全員でさっさと見分けて私に寄越せ!」
広場爆破まで、あと2分30秒。