楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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39.〝OPEN〟

 今更だが、二手に分かれたのは悪手だったかもしれない。

 イガラム達に何かあればすぐ駆けつけられるよう、見聞色の覇気は、広場の向こう側まで広げてある。そうなれば当然、乱戦の狂気に染まった幾十万の気配たちも、感知しつづける事になる。

 狂気は伝染する。

 私のこの頭の奥もジワリジワリと白に染まる。

 狂うというのは案外、心地よいものだった。面倒なことは何も考えなくていい。邪魔な奴は潰し、従わぬ奴は力で屈服させ、周りを滅ぼし、己までもを滅ぼし尽くすその瞬間まで、ひた走るだけ。

 

 気づけば、右手で男の首元を掴んでいた。私よりも身長の高いチンピラだ。

 こちらがまっすぐ腕を伸ばしても、完全に持ち上げることは叶わない。私の手の大きさも足りないので、首を掴むというよりは触れているといった有様である。

 それでも男が逃げないのは、逃げられないからだ。私の指は男の首にめり込み、男の太い指は、必死でそれを引き剥がそうとしている。剥がせる訳ねぇのにな。

 

 左腕が、カキィン、と妙な音を立てた。その手に掴むのは男2人の襟首。

 引きずり倒されたような格好の2人は、身をひねって私の腕にカトラスを突き立てたらしい。さしずめ、無意識に発動させた武装色硬化が弾いたのだろう。真っ二つに折れたのはカトラスの刃の方。

 カラン、カラン、と刃が転がり、砂国の西日で影を得る。

 

 そう、そうだった。

 砲弾の中に混ぜられた爆弾。それを選別して私に寄越せと命じた矢先、砲弾を運んできたバロックワークスの男達は、言ったのだ。

 〝なぜてめぇの指示に従わなきゃならねぇ?〟と。

 

 質問の意味がわからず、私は首を傾げた。そこへ武器を抜いた2名が飛びかかって来たのである。左手一本で引きずり倒せば、今がチャンスとばかりに一名が逃げ出そうとした。そいつの首を掴んで捕まえ、私はようやく問いに答えた。

 〝私があんたらより強ぇからだ〟と。

 

「……私に協力し、爆弾を、私に寄越すか」

 静かな声は、王宮内部と屋上をむすぶアーチの中で反響する。ゆっくりと振り向けば、バロックワークスの残りの3人と目があった。

「それとも、此処でこのまま死ぬか……。どっちがいいんだ、選んでいいぞ」

 

 腰の引けていた残りの3人は、私の視線から逃れるように木製のカートへ群がりだす。砲弾と爆弾を分ける作業に入ったらしい。パッと手を離せば、私に捕まっていた3人もヨロヨロとそちらへ合流する。

 うん。分かってくれてよかった。

 

 お前ら私より弱えんだから、抵抗するなら命を賭けろ。その度胸がねぇなら黙って従え。それが世の中ってもんだろ?

 

 そんな事を思ってから、ふと、思考が止まる。「……ん……?」なんか今、私、ちょっと、判断基準が狂ってねぇか?

 

 腕っ節の強え奴がエラい? 弱い奴は強い奴に従って当然?

 世の中ってそんな感じだったか?

 

 そうだよそういうものだよよのなかは、つよいいきものがすきかってするんだよ、よわいいきものはしたがうか、しぬまではんこうするかのどっちかだよ。

 

『マジェルカ。そいつは人の考え方じゃねぇ』

 古い記憶の扉が開く。

 その中から聞こえてくるのは、とっくに死んじまった、老齢の元海賊の声。

 

『お前は鬼だ』『人になりてぇなら』『ひとまず』『なんでもかんでも暴力で解決しようとするんじゃねぇ!』『人を動かしてぇなら、言葉を使え』『腹が立ったら、まずは口で文句を言え』『相手の気持ちを考えろ』『難しけりゃ、お前がいいなと思う人間の、真似をしてみりゃあいいんだよ』

 

 野生児だった幼い私に、人の生き方を教えたジイさん。車椅子が似合わぬほどにたくましい腕を組んで笑ったビルは、全く、小うるせえジジイだった。あーしろこーしろと、うざったいったらありゃしねぇ。

 それでも、ビルの皺くちゃの手のひらは、私の頭を撫でたのだ。ビルは私と会話しようとしたのだ。肌の色が珍しいからと忌み嫌われていた私のことを、はじめて、ただの人間扱いしてくれた。

 未だに私の人生には、ビルの言葉が響きつづける。

 

『人ってのはな、心を大事にできる奴のことだぜ。自分の心も……人の心も』

 敵といえども力づくで服従させた、さっきの私のやり方は、人として、正しい行動だったのか?

 

「あー……」

 砂国の風は鋭い。乾燥した大気は音をよく響かせて、地上の怒号をここまで届ける。展開させた見聞色の覇気は、兵士たちの身の内に広がる狂気まで、はっきりと私に意識させる。

 情けねぇ。

 私は今、兵士どもの狂気につられて、狂ってたのか。

 

 ゴツっと額をノックした。グリグリと押し付けた拳。痛みで理性を呼びもどそう。生まれ持った本質ではなくとも、てめぇが人生かけて作り上げてきた思想だ。自分の本性は、理性の方であってほしい。

 

「これで全部だ、全部分けたぞ! もういいだろう!?」

 呼ばれて顔をあげれば、石の床に砲弾の山が2つ。小洒落たドクロマークの入ったものだけ、木箱に積まれている。

「ああ……よくやった。さっきは」 悪かったな、と続ける前に、6人組は逃げ出していった。

 

 その背中に待ったの声をかけたのは、私じゃない。砂場となっている王宮の屋上で戦い続ける、バロックワークスの面々である。

「おい! おい、てめぇらどこ行きやがる! 任務は……」

「うるせぇ! 任務は中止だ!」

「中止っ!?」「おい! 大砲が全部……斬られてる!?」「なんでだよ!? さっきまでちゃんと……!」

 

 クロコダイルの秘密結社に入るような人間達だ。元々カタギじゃないのだろう。悪党にとって最も大切なのは、逃げの判断の早さ。

 風向きが悪いと気づいたらしい。国王軍と戦っていたはずの彼らは、あっという間に踵を返して逃げ出した。「貴様らっ、逃がさんぞ!」それを追って、国王軍兵士もあちこちへ散らばっていく。

 王宮の屋上から、人がいなくなっていく。

 

 いつ無くしたのだろう。頭に巻いていたスカーフが、気づけばどこにもない。いつものショートパンツとTシャツなら覇気で守ってほつれ一つありゃしねぇが、日よけの上掛けはボロボロだ。

 その上掛けを脱ぎ、よじってロープの代わりとする。ギリギリだがどうにか足りるな。爆弾の入った木箱を縛り、背中にくくりつけた。

「うし……」

 

 行こう。広場爆破まで、あと1分15秒。

 利害のためでなく、力関係のためでなく、心のために動く事。それは私が人である事の証明だ。

 

 あの巨大な鳥の姿はどこにも見当たらない。今度こそ遠慮なく空へ〝駆け上がり〟広場の反対側を目指す。

 

 イガラムの気配があるのは、水色の屋根の建物だった。クリーム色の5階建て。何を目的としてるのか、最上階には狭間(さま)が並び、広場上空へむけて大砲が放てるようにしてあるらしい。ああ、もしかして、式典の祝砲とかを撃つための設備か?

 

 いくつもの狭間(さま)の横には、観測手のためだろう、それぞれ窓がついている。特殊なガラスを使っているらしく、日差しを弾いて中が見えない仕様となっていた。

 

 この国の水準から考えると、割と本格的な軍事施設だ。あれもきっとお高いガラスなんだろうな。しかし緊急事態だし、許してくれよ?

 上空から〝駆け下り〟ざま、ガラスを蹴破って中へ降り立つ。

 

「っ……! マジェルカ殿か! 待っていた!」

 侵入者へ身構えたイガラムが、警戒をといた。大男の立つ部屋は、血まみれの惨状だ。石造りの床のあちこちで上がる呻き声。倒れた無数の人間たちは、

「ここに居たバロックワークスは、制圧した!」

「だよな……」

 

 お前がやったのは気配で知ってたけどな。知ってたけどな? いいけどな? いいんだけどさぁ!

 私が自分の暴力性を反省してた、同時刻に! お前、やりてぇ放題やってやがるなぁ!?

 思わず睨みあげたが、イガラムは気付かずに続ける。

 

「しかし、肝心の爆弾が見つかっていないのだ! 砲弾の中に、バロックワークスのマークが入ったものがあった! それが怪しいかと思い、そこに集めてあるのだが」

「よし……! 多分そいつが爆弾だ。おそらく、中に時限装置が入ってる!」

 

 イガラムの示した先を見れば、一つの頭陀袋。口をとじられていない麻布から覗くのは、

「……これだけ?」

 たったの、十発少々?

 

 イガラムの額にはびっしりと汗が浮いている。焦りのためか、口調もどんどん速まっていく。

 

「おかしい、それは分かっているのだ。ここに降ろしてもらった直後、なぜか海兵たちが兵士詰所の付近に陣取っているのを見つけてな。なぜ海軍が我が国の中心地まで入ってきているのか、さっぱり理解できんが、ひとまず、彼らはなぜか、広場の爆破予告を知っていた。阻止のために協力は惜しまないというので、海兵諸君にもご助力願い、今、手分けして爆弾を探している最中なのだ。彼らのおかげで砲弾の中から怪しいものを取り分けられたのだが、マジェルカ殿、貴殿も、これで爆弾が全てだとは思わんだろう? 宮前広場全域の爆破だぞ! こんな小さな爆弾がこれしか用意されていないなんて、ありえない! しかし残りは一体どこにあるのかまだ……!」

 

 広場爆破まで、あと40秒。

 

 室内に大砲を配備するだけあって、この部屋はだだっ広く、床も壁も分厚いらしい。通路を走る気配があれども、その足音は聞こえてこなかった。

 ドア付近に積み上げられた木箱の上では、カッパが横になっている。意識はあるが目を閉じて、浅い呼吸を繰り返す小さな体。その向こう、開け放たれたままのドアから、1人の男が入ってくる。

 

「護衛隊長殿、爆弾と思しき不審物、発見しました!」

 わざわざ気合をいれなくとも、よく響く胴間声。海の人間の話し方だ。

 とっさに隠れたイガラムの後ろから、チラリとのぞけば、白いキャップにMARINの文字。水兵服の胸元には青いスカーフ。服装からして、海軍の一兵卒だろう。

 男は、その手に抱えた砲弾をイガラムへと差し出す。これまでに見つけたどれよりデカイ。直径30センチを超える砲弾には、表面に、タイマーらしきものが埋め込まれているのが見えた。

「おお! あったのだ……な……これ一つだけですか!?」

「引き続き捜索にあたります!」

 

 海兵は踵を返し、イガラムは私を振り返る。「マジェ……ルカ殿、なぜ隠れているのだ」「いいだろなんでも」今回の旅路に限っては、海軍と関わりたくねぇんだよ。

 

 爆弾の表面に埋め込まれたタイマーを見れば、針は一本、文字盤にはメモリだけ。カチカチと針が通過するのは、本来ならば4時のあたりだ。

「この針が真上を向いたら、爆発するのだろうか……」

 イガラムのぼやきを背に、私は背中の木箱を下ろす。中身を頭陀袋の方へ移し替え、ひとまとめにしよう。袋には元々、リュックのような肩紐がつけられていた。背負うにもちょうどいいな。

 

「そっちも貸せ。そしたらお前は、カッパを連れて、この兵士詰所から退避しろ」

「ああ……いや、退避はできん、海兵諸君が爆弾を捜索してくれているのだ! 無論、私も」

「じゃ、中止して海兵も逃がせ。広場爆破まで、あと30秒ちょいだ、もう……間に合わねぇ」

 

 舌打ちがこぼれそうになる。カッパが聞いていなくてよかった。

「他にも爆弾があるとすりゃ……あるだろうが……現時点で発見できなかった分はどうしようもない。被害は出るだろうが、本来のモンよりは減らせたはずだ。それで諦めるしかない。今やるべきはカッパの命を優先する事、お前は」

「あと……30秒……!?」

 

 フラリと、よろけ、イガラムは窓辺に手をついた。私が蹴破った窓には、枠の周囲にガラスが残っている。その切っ先が手に刺さった事にも気づいていないかのように、イガラムは窓の外を見た。

「今の時刻は……本当にもうあと30秒しかないのか……!?」

 その窓には私も用がある。そこから出ていく予定だからな。イガラムを避けて、窓へ……行けねぇ! ガタイのいい体とカーリーヘアーが、窓ふさいでやがる!

 

「おい、どけ」

「……何なのだあれは」

「なぁ、どけ! お前体がでけぇんだよ! 私はそっから出てくんだよ! サッサとどかねぇとここで爆発、」

「見ろ、マジェルカ殿、あそこ」

 

 すっと横にズレたイガラムは、上空を指差した。窓の外は黄土色だ。ジンセンプウで塗りつぶされた大気の中、それでも空を仰ぐなら、いくらか見通しがきく。

 砂国の西日が、チカリと、一つの塔を浮かびあがらせていた。

 

 ひときわ高い塔のてっぺんは、四面体になっているらしい。全ての面にそれぞれ時計がついているようだ。こちらを向いた一面にも、巨大な時計が据え付けられてある。

 そして今、ゆっくりと、本来なら他の面にあるのだろう時計の文字盤が、こちらを向き始めていた。

「……ん?」 あれはどういう事だ?

 

 イガラムが呆然と言う。

「時計台の……広場に面している時計の、文字盤だけが、開いている……。ドアのように……?」

「それが何だよそういう仕掛け……なんじゃねぇのか?」

「そんな仕掛け、私は知らないのだが……」

 

 今の時刻は、午後四時二十九分。万一あれがカラクリ時計だとしても、仕掛けを動かすにしちゃ随分、中途半端な時刻だ。

 怪しいなんてモンじゃねぇ。

 知らずと、隣のイガラムを見上げていた。イガラムもまた、目ん玉かっ開いて私を見た。

 

 残りの爆弾の在り処は。

 

「「時計台……!?」」

 

 広場爆破まで、あと27秒。

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