楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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40.戦神への賛歌

 砂を巻き上げる暴風が、空を灰色に染めていた。しかし砂国の太陽は曇天すら貫き、一箇所を指す。

 時計台。

 巨大な時計の大きな針に、日差しが宿ってチカリと光る。その光はまるでここを目指せと無言で叫ぶ、嵐の中の灯台のよう。

 

 広場爆破まであと27秒。

 ここまでに発見できなかった残りの爆弾は、おそらく、あの時計台にある。

 

「お前らは退避しておけ広場とは逆方向に!」

 ひときわ大きな砲弾型の爆弾を、イガラムの手から奪い取る。他の爆弾はすでに背負った頭陀袋の中。爆発物を引っさげてお邪魔しに行こうじゃねぇか。

 窓枠にのこったガラス片を踏み潰し、一瞬だけ、振り返った。イガラムは未だに顔を青くしながらも、覚悟を決めた目をしている。

「カッパを頼むぜ」

「……承知した!」

 

 5階の窓から飛び出す体。ジワリと滲んだ私の覇気が、ただの虚空を足場に変える。それを踏みしめ、駆け上がった空中。

 

 地上付近は特に、ジンセンプウの暴虐がひどい。高度をあげてその一帯を抜ければ、急に見晴らしがよくなった。

 広場爆破まであと26秒。

 

 王都には、屋上に塔のついた建物が山ほどある。中でも最も空に近い一つが、時計台。

 広場爆破まであと25秒。

 

 私の意思に応じて、見聞色の覇気は範囲を絞っていく。感知するのは時計台のてっぺんだ。

 広場爆破まであと24秒。

 

 脳裏に捉えた命の光は2つ。男と女である。こいつらもクロコダイルの部下、バロックワークスの一員なのだろう。クスクス笑って楽しげだなぁ。

 悪いが、邪魔するぞ………!

 

「……っ!」

 咄嗟に足を踏み切り、右に大きく一歩ズレた。下からやってきた気配をよける。鮮烈な風が、ブワリと私のポニーテールを揺らす。

 空中ですれ違い、猛スピードで上昇していくあの影は、鳥だ。

 でっけぇ鳥。

 数十分前、ルフィらしき気配を王都へ連れてきた、ゾオン系悪魔の実の能力者だった。

 

 空を〝駆ける〟私のことを、大きな影がすっぽり包む。上である。巨大な鳥の姿をしたゾオン系能力者は、私の頭上、私の少し先を飛ぶ。

 まさか、あいつも時計台に向かってる?

 

 この世界、この時代の予言書として機能する、異世界チキュウの絵物語、〝ONE PIECE〟。

 そこに記された出来事を変えるとは、未来を変えることに他ならない。

 

 バタフライエフェクトのたとえは極端すぎるが、出来事はすべて繋がりあって生まれるものだ。一つを変えたその先で、芋ずる式にどれだけの未来が変化してしまうか分からなかった。

 

 私がねじ曲げたい未来は一つだけ。そしてそれは、今じゃない。現時点で私は、〝ONE PIECE〟に描かれるシーンへ介入すべきではない。

 

 あの鳥、いいや、あの鳥男は十中八九、ルフィの関係者である。

 そして主人公ルフィと大海賊クロコダイルが雌雄を決するという、重要なエピソードの地へ、主人公を連れて来た人物だ。

 さっぱり思い出せねぇが、きっとあの鳥男も〝ONE PIECE〟の登場人物の一人に違いない。

 

 同じ町に居合わせるくらいなら、未来への影響はないだろう。しかし私が〝ONE PIECE〟のワンシーンに乱入するとなると話が違う。

 私は、シェルディーナ・マジェルカは、あの物語に登場しない。

 その私がこのタイミングであの鳥男に接近すれば、意図せず、〝ONE PIECE〟のシーンを崩してしまう可能性……望まぬ形で未来を変えてしまう可能性が高かった。

 

 広場爆破まであと22秒。時計台はもうすぐそこだ。文字盤がドアのように開ききり、ぽっかり空いた大穴の淵、変わったコスチュームの二人組が見える。

 バロックワークスと思しき男女は、向こうの広場の乱戦を眺めている。こちらには気づいていない。

 この距離だ。加速すれば今すぐあそこへ滑り込める。飛び込むなら今がチャンス。行くか、引くか。

 

 おそらく〝ONE PIECE〟の登場人物である鳥男が今、このタイミングで時計台に向かっている。時計台の爆弾を鳥男が処理する……そんなシーンが〝ONE PIECE〟にあったのかもしれない、さっぱり思い出せねぇがな! 長ぇんだよ〝ONE PIECE〟は! 全部のシーンは覚えてねぇよ!

 

 爆弾が処理されるシーンが〝ONE PIECE〟にあるならいい。私が引っ込めばいいだけの事だ。

 それでも今、足を止めようと思えないのは、他の可能性が捨てきれないから。

 先ほどまで広げていた気配感知に、ルフィの気配がひっかからなかった。おそらくルフィは今、王宮前の広場にいない。時計台の付近にもいない。

 つまり。

 万一、このまま広場が爆破されても、〝ONE PIECE〟の主人公は傷つかない。

 

 こうなると、広場爆破を阻止するのに失敗した、というシーンが〝ONE PIECE〟に描かれている可能性も出て来ちまう……んだよな畜生!

 

 どっちだ!?

 〝ONE PIECE〟には、鳥男が時計台の爆弾を処理するっつうシーンがあるのか!? 無いのか!?

 そのシーンがあるなら、私が行っちまったらダメだ、未来がぐちゃぐちゃになる!

 無ぇんだったら、私が行かなきゃ、カッパの願いは叶わない。

 どっち………!?

 

「あれ……?」

 鳥男の登場で、俄然、不吉な可能性が増えてしまった。もし万が一、広場爆破が〝ONE PIECE〟に描かれていた場合。

 私がそれを阻止した時点で、未来が変わっちまう……未来がめちゃくちゃになるんじゃねぇのか。

 そうなれば私は今後、〝ONE PIECE〟の知識を活かせなくなる。変えたい未来も変えられなくなる。最悪の場合、ルフィの身の安全すら確保されなくなる。

 

 広場爆破まであと21秒。使いすぎた頭の奥がキシキシ痛む。渇いた喉が無理やりに、生唾を呑み込んでいた。

 考える時間が足りない、手持ちの情報も足りない、それでも〝終わり〟はすぐそこに迫っている。今すぐ選ばなきゃならない。

 未来を捨てて今を掴むか、今を捨てて未来を掴むか。

 そして私は海の旅人、海の女だ。選ぶ方なら決まってる。

 

 残酷で平等な海の上、明日の命など幻想にすぎない。今日を掴めない奴に未来は来ない。

 手を伸ばすべき先は、目の前の現在だ。腹括ろう。そう決意しかけた時、ふと、視界が明るくなった。

 

 巨大な影が、突然消えた。見上げれば、少し先を飛んでいたはずの巨鳥がいない、気配もない。代わりに現れた一人の男が、空から落ちてゆく所だ。

 

 空中で気絶したらしい。悪魔の実の能力も解除され、人の形に戻った鳥男。チラリと見えたその腹から、白い装束を真っ赤に染めるほどの血が流れていた。

 元々、手負いだったのか。

 落ちてくる男を、なんとなく、避ける。そのまま時計台に向かおうとし、「いやっ」思い直して引き返した。やっぱり助けよう!

 

 足を止めれば高度が落ちる。落下する男の服を掴んでぶら下げたなら、再び〝駆け上がる〟空。

 真っ平らな屋根を探して降り立てば、ちょうど、時計台の前の小道が見下ろせる場所だった。

 

 そっと降ろした鳥男は、出血がひどい。服を掴んだだけの私の手まで、血がべっとり。いくらタフネスが売りのゾオン系能力者であろうと、この怪我で上空から落下すれば、命が危ない所だったな。

 考えてみりゃ、こいつはルフィの友達かもしれないのだ。死んだらルフィが悲しむかも。やっぱり助けといてよかった!

 

 時計台のてっぺんから、バロックワークスの女が身を乗り出して叫ぶ。

「砲撃20〜〜〜秒〜〜〜前〜〜〜っ! ゲーロゲロゲロ!」

 ……あっ、そういうノリで行くの?

 

 気を取り直し、時計台目指してふたたび〝駆け上がろう〟とした時、足首をガシリと掴まれる。

 鳥男だ。意識が戻ったらしい。

「おれは……! 時計台に、行かねば……!」

「離せ。離さねぇなら蹴るぞ」

「おれは! この国をっ、守らねばならない!」

 

 床を這いずり伏せられていた男の顔が、震えながら私を見上げる。その顔を見て、蹴り上げようとした足から力が抜ける。

 男の血走った目の周りには、黒いフェイスペイントが施されていた。

 両の目元をぐるりと囲い、涙の跡の様に、頬まで伸びるその漆黒。見覚えがある。

 

 この島の対極、アラバスタ王国よりはるか北の地、トグル自治区。かつてこのサンディ島を訪れた時、私が旅して回ったパグーの荒野で目にした、トグルの民の風習だ。

 黒き涙は、どれほどの力を手に入れようと、人の情けを忘れぬという誓い。

 祭りの日、トグルの民の中でも心骨共に優れた人間だけが施すことを許される、戦神を讃える化粧。

 

 この鳥男はトグルの民なのか? トグルの民が「なんでルフィと」一緒にいるんだ?

 思わず漏れた単語に、鳥男は劇的な反応を見せる。

 

「ルフィと言ったか? 君もルフィ君の仲間か! ならば尚更頼む!」

「……はっ? ちが」

「君は空を走れるんだろう! おれを時計台に連れていってくれ! おれはアラバスタ王国国王軍護衛隊副官! この国を守るべき軍人なんだ!」

 失血のショックが鳥男の体を震わせているらしい。男はそれでも手を伸ばし、両の拳で私の足首をにぎりこむ。

 

「君たちには本当に感謝している! こうしてクロコダイルに抗えるのは、君たちのおかげだ! しかし! しかしっ、国を守ることの全てを、海賊の君たちに、任せきりではっ……! 護衛隊は……おれは、何のためにここに居るのか! こんな事ではイガラムさんに……! 国の為に散ったイガラムさんに! 申し訳が立たない!」

「……イガラム?」

 

 イガラムが国の為に死んだとは、どういう事だ。

 慌てて見聞色の覇気を広げてみれば、イガラムの気配はちゃんと見つかる。生きてるじゃねぇか。

 それを告げようとした時、時計台からまた叫び声が響いてきた。

 

「おいナミ! ゴチャゴチャやってねェで! 何かやるならさっさとやれ! 時間がねェ!」

「うるっせェ腹巻き剣士! ナミさんの邪魔すんな! 筋肉マリモは黙ってナミさんの指示を待っとけコラ!」

「アァ!? ンな悠長なこと言ってる場合か!?」

 

 ……ん?

 

 先ほど降り立ったこの屋根は、時計台よりも随分低い。振り向けばちょうど、時計台の中腹に並んだ窓がいくつか見える。そしてこちらと同じ高さに、簡易なバルコニーが広がっていた。

 そのバルコニーから身を乗り出す男がいる。さっき叫んだのはこいつだ。血まみれのTシャツを着た、緑色の短髪。そこそこ〝できる〟剣士のようで、気配を探れば、腰にさした三本の刀にまで男の気配がしっかり宿っている。

 

 刀三本、緑の短髪、男。うん。なんかこいつの事、すげぇ、知ってる気がする。

 

「君も聞いているとは、思うが……! あと数十秒で、宮前広場が、砲撃される! そのための巨大な大砲が、あの時計台のてっぺんにあるんだ! 砲撃を止めるにはっ……」

 ごぽり、鳥男の口から溢れたのは、粘りの強い赤色だ。

「砲撃を、止めるには……! 地上から階段で上がっていたのでは、間に合わない!」

 

 急いでいたので気配感知も雑だった。改めて時計台の周囲を探れば、地上付近に4つの反応がある。

 女が2人、男が1人、ゾオン系能力者が1人。今はシカの姿をして……いいや、あのツノの形、トナカイか。

 気になるのは男の顔だ。私のカンチガイじゃねぇならこの男、鼻が高いというより、前に長い。ソーセージでもくっつけたみてぇ。

 

 三刀流の剣士に、トナカイの能力者に、長鼻男。うん。なんかすげぇ、知ってる気がする。

「砲撃15秒前〜〜〜〜〜〜っ! オホホホ!」

 バロックワークスの奴らは楽しそうだなぁ……。

 

「鳥男」

「……あ、おれの名は」

「今のあんたの話だと、麦わらのルフィの仲間たちは、広場爆破について、すでに知ってる。そして爆破阻止のために、時計台で動いてる、って事でいいんだな?」

 問いかければ、鳥男は呆けた顔をする。

「爆破ではなく、広場への砲撃だ。阻止のために動いている、それは、そのはずだが……君も、ルフィ君の仲間では……?」

「はぁ〜……」

 

 ため息つくのも許してほしい。さっきまでの緊迫感がやばかったからな。

 私の知る限り、〝ONE PIECE〟の中でルフィの仲間は一人も死なない。その彼らがここにいる以上、私抜きでも、時計台の爆弾はきちんと処理され………るってこと………なのか………?

 

「えっ? 砲撃? 広場への砲撃って言ったか!?」

「ああ、砲撃だ。爆破ではなく、砲撃」

「それ誰が言った」

「クロコダイルが」

「砲撃って断言したのか!?」

「おれはそう聞いてる。先ほど見たが、時計台の中に、巨大な大砲があったんだ」

「だったら……!」

 

 時計台はふっとばず、ルフィの仲間もふっとばず、広場の兵士たちだけが、ふっとぶ。そんな可能性がまだ消えていない?

 

「……分かった私が行ってくる」

「時計台にか、それならおれを連れて行ってくれ!」

「あんた動けねぇだろここで待っ」

「おれは軍人だ! 国のために死にたい!」

 

 ギリリと、私の足首に爪が食い込む。興奮のせいだろう、鳥男の手首から先だけが、巨大な鳥のかぎ爪に変化している。

 男は殺気すら滲ませて、私を睨みあげた。

 

「この国の危機に、戦えないなら! 今日まで生きてきた意味がない!」

 

 

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