楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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41.今日は死ぬのに向いていない日

 三年前、白ヒゲの船に乗り込んだ時もそうだった。〝関係者〟と言葉を交わすたび、カチリカチリ、頭の奥にかかった鍵が開けられていく感触がある。

 そうして開かれる記憶の扉。その奥には古ぼけた知識が横たわり、深い眠りについているのだ。

 

 鳥男の目、鳥男の声、こいつの言葉の選び方。

 全てが逐一脳髄の奥を刺激し、眠っていた知識は揺り起こされる。

 

 意識に浮上したのは白黒のイラスト。今度こそ私の求めたものだ。異世界の絵物語〝ONE PIECE〟の一場面。

 言い換えれば、数分先の〝未来の光景〟。

 

 巨大な鉄球をつかんで飛び立つ、珍妙な巨鳥。砂の上、傾いてヒビ割れる鳥の石像。引き留めようと伸ばされて、届かぬ手。

 〝守護神〟というフレーズ。

 そして鉄球は上空で爆発し、王都の窓ガラスがことごとく割れる。

 真っ白な炎と衝撃波は、広場を襲い、民兵たちは次々と吹き飛ばされ……。

 

 あれ?

「……ダメじゃねぇか」

 思い出したイラストの中では、兵士達がきっちり吹き飛ばされている。

 私が手出ししなければやって来る〝ONE PIECE(正しい未来)〟のワンシーン。このまま放っておけばやっぱり、広場の奴ら助からねぇのか……?

 

 小道の向こうの時計台から、楽しげな声が響いた。バロックワークスの2人組だ。男女の声が重なって「「砲撃カウントダ〜〜〜〜〜〜ウンっ!」」

「オホホホ! 広場っ!」「ゲロゲロ! 砲撃っ!」

 

「「13〜〜〜秒〜〜〜前〜〜〜っ!」」

 

 私の革サンダルの足の下、屋上の床はビリビリと震える。乱戦の怒号のせいだ。渦巻く狂気は王都中を痺れさせる。

 その床で這いつくばる鳥男には、もう自力で立ち上がる力も無いのだろう。悪足掻きのように私の足を握りこむ手も、小刻みに震えている。

 そんなザマで何が出来るというのか。戦って死にてぇなんざ、ずいぶんと贅沢な願いを吐くもんだ。

 

 しゃがんで視線を合わせた。嘲りの視線を向けても、男は目を逸らさない。

 ゆるがぬ瞳は澄みきったムラサキ。宝石のように煌めくそれが、なぜか今は、炎に見える。

 こいつの心根は、濁りのないひたむきな火。

 ピュアだ。ピュアで熱い男だこいつは。私の苦手なタイプだなぁ……。しかし今は好き嫌いしてる場合じゃねぇからなぁ……。

「鳥男」

「……おれの名は、」

「あんたもう一回、飛べるか?」

 

 時計台の真下の地上では、4つの気配が妙な動きをみせる。ルフィの仲間達だ。

 あの位置から階段を上がったのでは、もう砲撃阻止には間に合わない。それを知っているのだろう。どうも、相当な荒技で時計台のてっぺんを目指す事にしたらしい。

 

 不恰好なトーテムポールのように、長鼻男とトナカイ、そしてその背にまたがる女が縦に積み上がる。そこへ、もう一人の女が棒切れを投げつけた。

 棒切れが長鼻男に当たった瞬間、ボゥン、と揺れた大気。

 爆発に巻き込まれたように、長鼻男が宙に舞う。その背中に乗ったトナカイと女も、空へと打ち上げられる。

 そう。

 攻撃でも何でもぶち当てて、仲間を上へと吹き飛ばす。そうして送り届けたあの女を、外から直接、時計台のてっぺんに乗り込ませる寸法だ。

 

 踏み台となった奴らに戻る手段はない。相当な高所から落下し、そのまま地面にぶち当たる事となる。しかし気合いで死ぬなという、素晴らしく()()()計画のようだ。

 流石主人公の一味、イかれてやがる。

 

 カチ、カチ、と私の指に伝わる振動。発見した中で唯一、タイマーが表面に露出しているこれだけは小脇に抱えている。

 数字代わりのメモリの中に、一つだけ、赤いマークがあった。この赤マークに針が届く時、すべての爆弾が劫火を吹くのだろう。

 

「これまでの針の動きからして、このタイマー、広場砲撃とはわずかに時間がズレてる。爆発するのは広場砲撃予定時刻から、約40秒後。そしておそらく」

「時計台にある砲弾も、時限式の爆弾なんだな……!?」

 

 私の右肩の上、鳥男が怒りに震える声を出した。今日は肩に男乗せてばっかりだ……。

「ならばおれは砲弾を抱え、上空へ飛ぶ。広場に被害は出させない……!」

「「10!」」

「それじゃダメなんだよ、最後まで話聞け。私があんたより先に、上空へ駆け上がっておく! あんたは私の元まで、砲弾を持ってくる! 砲弾は私が処理する!」

「は……?」

「「9!」」

 

 〝ONE PIECE〟の通りなら、鳥男が時計台から砲弾を持ち出す。最後の結果は私が弄るとしても、途中にある〝ONE PIECE〟のシーンを極力変えずに事を進めれば、未来への影響を最小限におさえる事ができるはずだ。多分できる。きっとできる。

 こんな時ルフィなら、そう信じて突っ走る、はず!

 

「いいか? あんたの仕事は、時計台の砲弾を、私の元まで持ってくる事! その後はすぐ地上へ降りろ! あんたは邪魔だからさっさと退け、いいな!?」

「……それは、それはダメだ、それでは君が爆発に巻き込ま……!」

「「ん?」」

 

「気づかれたっ!?」

「ちょっと待てよっ……!」

「マズイわあいつら〝狙撃手ペア〟……」

 

 時計台が俄かに騒がしくなる。麦わらの一味はすでに、例の女を相当な高さまで〝打ち上げ〟ていた。宙に浮き上がったシルエット。トナカイとその背に跨がる女が、ここからも目視できる。

 水色が揺れていた。女の髪だ。

 豊かなウェーブを描いてなびくのは、一本にまとめられた、水色の長い髪。

 

「あれはっ、ビッ………! ビさ………!」

 よっぽど何かに驚いたのか、鳥男が咳き込みはじめた。口元を押さえた指からでろりと垂れるのは、血。

 ……今すぐ死にそうだなこいつ……。

「……頼むぞ?」

 〝ONE PIECE〟の通りなら、こいつはまだ飛べるはずだ。飛べるんだよな? 信じていいんだよな!?

 

 次に水色の乙女を受け止めたのは、時計台から飛び出した三刀流の剣士。刀の峰にトナカイを立たせ、剣を振り切る力で、一匹と一人を打ち上げる。

 そうして無防備になった剣士の心臓を、時計台のてっぺんに立つ、砲撃手2人のハンドガンが狙った。

「〝レディ〟!」「〝スマッシュ〟!」

 

 放たれた弾丸は2発。

 剣士は元より血みどろだ、腹か胸を負傷しているのだろう。そこに2発も撃ち込まれれば、命の危険もあるかもしれん。

 どうしよう。あの剣士、ルフィの仲間だしなぁ。

 〝ONE PIECE〟の知識によればあの剣士も死なねぇはず。私も関与すべきじゃない。分かっちゃいるが、目の前で死にかけてるとなんか、不安になってくるなぁ……。

 

 そんな事を思ううち、左手が勝手に動いていた。

 抱えた砲弾を落とし、足の甲でキャッチする。ナイフを抜く。控えめな斬撃を横一線。〝バレねぇ〟よう弾丸を切り飛ばしちまえ。

「ゲロゲロ! ねー聞いてあたし達の銃弾は」

「衝突し破裂するスンポー! オホホホホ!」

 いやそれ先に言えよ!?

 

 2つの弾丸はみるみる近づき、弾道は1つに重なる。それがカチリとぶつかるのと、私の斬撃が届いたのは同時。

 パァン……! 「あ」

 飛び散った破片はきっちり剣士へ刺さった。ま、半分位は防いでやれたと思うが、半分は刺さったな。

 なんかごめーん。

 

 曇天にうっすらと太陽が透けている。おぼろげな光の中へ舞い上がった影は、剣士の膂力で飛び上がったトナカイと、その背にまたがる1人の女。

 影が、ぐにょり、歪む。

 ゾオン系能力者がもつ変化の力だ。トナカイは歪な大男の姿となり、水色の髪の乙女を力一杯、天へ投じる。

 

「そろそろ行くぜ」「ああ」

 

「ゲロゲロ逃げても!」「ムダオホホ!」 リロードしたピストルを手に、息ぴったりの狙撃手ペアがトナカイの能力者へ狙いを定めた。「「〝スマッシュ〟!」」

 ゾオン系能力者だ。撃たれたって死にはしねぇさ。そう思いつつ見上げていれば、大男の姿からまたシュルリと変化し、トナカイはこどものような体躯をとる。「へぇ?」うまくやったな。弾丸は狙いを失い、トナカイをすり抜けてから破裂する。

 そのまま落ちて行く、小さな影。

 あの女はどうなった。

 はるか高みの天空から、舞い降りる影が1つ。彼女はマントを風にたなびかせ、時計台のてっぺんへ。

 

 頃合いだ。

「行くぞ!」

 蹴り上げた砲弾を再び左腕に抱える。鳥男なら右の肩に乗っかってる。さあ、空へ〝駆け上がろう〟。

 

「あああああああ!」 うるせぇこいつはさっきのトナカイ。空中ですれ違いざま、斜め下へと蹴り飛ばした。

 先ほどチラリと見えたあそこには、露店のテントが放置されてる。天幕がクッションとなり少しは怪我も減るはずだ。

 

 広場〝砲撃〟1秒前。

 時計台のてっぺんから落ちてくる2人組。ゲロゲロとオホホは〝見事〟倒されたらしい。

 彼らを尻目に、上へ、上へ。

 時計台の頂上すら追い越し、雲とも砂煙ともつかない、濁った天の中までも。

 〝砲撃〟予定時刻が、今、過ぎた。

 そろそろいいだろう。鳥男へ呼びかける。

「落とすぞ!」

「その必要はない!」

 バサリ。

 一瞬、視界がふさがれる。幻のように現れたのは巨大な翼。上半身のみを鳥の姿に変えた男は、転げるように私の肩から落ちた。

 男の翼は風をつかみ、時計台めざして滑り降りてゆく。

 遠ざかるその気配から〝ありがとう〟と聞こえた気がしたのは何故だ。

 

 先ほどの飛びっぷりからすると、鳥男には相当な飛翔力がある。更にはあの気合いの入りよう。

 あいつはちゃんと追いついてくる。それまでに私はできるだけ高度を稼いでおくべきだ。

 

 上へ、上へ、更に上へ。

 重力が私の反逆を阻止しようと立ち塞がる。見えない壁をぶち破るたび、息が苦しくなっていく。背中に担いだ頭陀袋が、ブルブルブルブル震えだす。

 麻袋の中に詰まった、比較的小さな砲弾型爆弾たち。それが気圧の変化に耐えかねたらしい。

 バスッ、と、背中に衝撃が走った。

 割れたのか爆発したのか、天へ〝駆け上がる〟風圧の中ではよく分からん。

 

 限界は連鎖する。私の背中に次々と走る衝撃。右手でおさえた麻袋から、ついに砲弾がこぼれ始める。

 くそ。

 見下ろせば灰色だ。あれだけ目立つ王宮の屋根すらもう見えない。それでもここで爆弾を落とせば、どこに被害が出るかは明白。

 空中でくるりと回り、落ちゆく砲弾達を思い切り蹴っ飛ばす。

 

 ドォッ………ンッ……!

 ドォッドドドドドド………!

 

 玉突きのようにぶつかりあった砲弾は、はじき飛びながら火を吹いた。蹴ったおかげで落ちる破片は斜め下、広場から離れた方へ消えてゆく。

 爆発しちまったな。本番はもっと慎重に行こう。

 

 王都アルバーナが位置するのは、砂漠にそびえる切り立った山の上。

 更にこの高度から〝私が〟蹴りとばせば、砲弾を山の外まではじき出せるはずだ。

 時計台から鳥男がもってくる、砲弾型の爆弾。そのタイムリミットが来る前に、破滅を呼ぶ鉄球は私が砂漠へ蹴り落とす。

 

 意外にも、鳥というのは鼻が効くらしい。私の姿が見えなくとも、空気中の微かな匂いを辿れば追いつける。鳥男はそう言った。

 そう言ったんだよ。

「おい……」

 私が感知できる範囲まで、鳥男の気配が飛翔してきた。やっぱり速え。〝ONE PIECE〟通りのデカさの鉄球抱えてあの速度ならすげぇ。

 だが向かう先が真逆だ!?

「おい!」

 そっちは広場の真上じゃねぇかコラ!

 

 チラッと見下ろす左腕。抱える爆弾のタイマーは、赤いマークまであとメモリ一つ分。カウントダウンは止まらない。

 

 鳥男を追いかけ空を駆ける、駆ける。濁った視界の向こう側、鉄球のようなシルエットが見えてくる。

 広場爆破の〝主役〟となるはずだった1発は、でかいなんてもんじゃねぇ。直径10メートルはありそうだ。

 見失わずに済むからいいや、なんて思えたのは一瞬。鳥男が速すぎる。追いつかねぇ!

 

 ようやく、鉄球のような爆弾のヒヤリと固い表面に指が届いた。しかしタイマーの針ももうすぐ赤いマークへ届いてしまう。

 手遅れか?

 今更コレを蹴り飛ばしたところで、時限装置がはたらき、砂漠へ落ちる前に爆発する。そうならねぇよう素早く蹴りとばせば今度は、私の蹴りの衝撃で即座に爆発する。

 広場の真上で。

 

 吹き飛ばされる兵士達のイラストが脳裏をよぎる。その時カッパはどんな顔をするのか、見た事なくても想像できた。

 守りてぇ奴を守れなかった日。私はそんな日を迎えるたび、自分の一部が死んでくような思いがしたよ。

 あんな思い、知らねぇで済むならその方がいい。ここに主人公はいねぇが、私だって弱くはないんだ。

 

 計画は変更だ。右へ踏み切る。ほんの少し離れた距離が、鳥男の姿を私の目に映す。

 鳥男めがけて放ったのは、ありったけの殺気。

 

 軍人なら気づけ!

 

「……っ?」

 鳥男の翼がこわばったのは一刹那。しかし充分な隙である。

 本気で一歩。距離を踏みにじり、肉薄する。

 巨大な鳥の頭をつかんだら、覇気をジワリと流し込め。

 意識をかっくんさせるぅー? タッチ!

 

 巨鳥の気配がかき消える。男の意識と共に能力の効果も消失し、鳥の身体が消えてゆく。人に戻った男を抱きよせ、左腕の爆弾を真上へ投げた。

 

 頭上に浮くのは、小さな黒。すぐそばの眼下にあるのは、巨大な黒。

 

 己を持ち上げる〝かぎ爪〟が消えた事に、未だ気づいていないのだ。唖然としたように空中で一拍、静止するそれ。

 鉄球のごとき砲弾型の時限爆弾には、私の頭よりでけぇタイマーがある。そのタイマーの真下、いい位置に取っ手があるじゃねぇか!

 くるりと回り、足の先をひっかけた。

「……ぐっ……!」

 重い。斜め下へ蹴りおろすならまだしも、真上に打ち上げるとなりゃ、かかる重圧がまるで別物。そんでもな、女には、やらなきゃならねぇ時がある!

 

「う………おおおおおおおおおおおらああああっ!」

 

 ブゥウウウウウオンッ………!

 

 身体ごと回すように蹴り上げれば、鉄球は更なる高みへ浮き上がった。まだだ。まだ足りない。

 足からジワリと覇気を滲ませ、周囲の空気へまとわせる。

 

 私は一流スナイパーじゃねぇんでな。あの鉄球には今、ぶん投げた本人である私の意思が、私の覇気が〝不本意に〟宿ってしまっている。

 それも私とは完全に切り離された、私のコントロール下にない覇気だ。

 これならば。手放したばかりのこのタイミングに限れば。

 あの鉄球は生物のように、私の覇気とも反発しあう。

 

 てめぇの覇気をまとわせた空気を、ありったけの勢いで頭上へ蹴り上げた。生物をポンポンさせるぅー? キック、特大っ!

 

 グゥウオオオオ…………っ!

 

 大気が戦慄く。空の灰色が渦をまく。ゾア、と、背筋を舐め上げるような轟音がした。

 鉄球が。

 天より上へ。

 打ち上がる。

 

 抱きしめたのは鳥男の頭。ターバンに包まれた顔を私の胸に埋もれさせ、両足をからめて男の胴も出来るだけ庇う。

 戦って死にてぇだなんて、あんたには贅沢すぎる願いなんだ。私がルフィの知り合いを死なせる訳がねぇだろう?

 

 ……来る。

 

 はじめに目がつぶれた。まばゆすぎる閃光は、この世を平坦な白に変える。

 耳がつぶれた。人生を忘れさせるような静寂に呑まれ、ここがどこだか分からなくなる。

 あまりに強烈な爆発。人はそれを認識する事さえできないらしい。

 

 ああ。たぶん。この感じ。

 爆弾、爆発したんじゃねぇのかなぁ……。


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