ドォッ………!
一瞬、意識が飛んだらしい。気づけば口の中がジャリッジャリ。忌々しく吐き出す内に、白く潰れていた視界が元に戻る。
砂漠である。
爆発の衝撃で、王都から弾き出されたのだ。綺麗な砂のクレーターが出来ている。ここはクレーターのどん底。
起きればザラザラ砂が落ちた。ついでにズルリと、私の胸から落ちる重み。
鳥男の頭だ。
意識のない男の体は、死体より柔く崩れる。砂に埋もれようとする頭を慌てて引き上げ、血の気のない頬を小突いた。
「おい! 死んだのかてめぇ! 鳥!」
「う……!」
唸り声が出せるんだ、死んではいない。重要な器官がそろっている顔面にも、目に見えるほどの怪我はない。私のおっぱい様様だな。しかし鳥男の呼吸音には不穏なノイズが混じっている。
死んでないだけで、すぐ死にそうではあるぞ、これ。
「何だこりゃア!?」
知らねぇ男の声に頭上を仰げば、クレーターの淵に人影が立った。
逆光でよく見えなくとも、敵ではないと分かる。気配が弱い、敵意も、敵意を隠している様子もない。一般人か? こんな砂漠に?
「ア、人が居るのか! キミ、キミは……人間でいいのかキミは。そんな真っ黒な皮膚をして……」
「あぁ、一応人間だ。この肌は生まれつきっ! 健康丈夫ついでにセクシー、とびっきりの自慢の肌だ!」
「そんな色の皮膚を持つ人類がおるのか……! 知らなんだ! ボクは医者をしとるが、」
「医者っ?」
「すぐそこがボクの診療所で」
「なんで! こんな所に都合よく医者がいるんだ!? あんた本当に医者か!?」
「イカンぞ、そう言われるのは心外だ! ここは行商の移動ルートにかかっとる、あの砂丘が目印! 砂漠越えで体調を崩す者も居る、そういった」
「ホントに医者か!」
鳥男を担ぎ上げ、クレーターをガツガツ登る。近づけば、医者を名乗るおっさんの姿が見えてくる。
三角形の口髭に、頭には白い頭巾。その頭巾には赤十字のマーク。医者っぽい!
おっさんの示した方には、つづく金色の砂漠の中、ポツンと一つ白い建物。その壁にあるのも赤十字だ。このおっさん、医者だ!
「それよりキミ、今物凄い音がしただろう、地も揺れた! ボクは慌てて様子を見に来たんだ、一体何が……」
「うわあああ、ありがとう! こんな変な所で医者やっててくれてありがとう!」
「変な所とは何だねキミィ!」
「こいつ! 死にそうなんだよ! 診てやってくれねぇか!?」
鳥男を半ば押しつけるように渡せば、医者はたたらを踏みつつどうにか抱える。呼吸音に耳をすませた途端、「イカンぞ……!」顔つきを変えた。
「頼むよ、治療費は、あー、国王軍のイガラムってヤツに連絡してくれ、ちゃんと払うはずだ!」
「何言っとる! 医者が怪我人を見捨てる訳なかろう! キミも来なさい! この青年、呼吸器にも火傷を負っとるようだ! 共にいたキミも、自覚がなくとも体に不調が……」
「私は大丈夫、強ぇから」
それに、まだ何も終わっちゃいない。
「本当にありがとう、そいつを頼む!」「だからキミも……」
肩を回す。首を回す。足首を手首を回す。
果てなき砂の端、赤茶にそびえる山影が小さく小さく見えている。あそこだ。王都アルバーナへ戻ろう。
空へ〝駆け上がる〟と、背後で医者の悲鳴があがった。「なっ、何なんだねキミはァアァァアァア……!」
私は結構、足が速い。
弱い所か弱々だった幼少期、あらゆる敵に囲まれ逃げまわった賜物だ。実を言えばケンカよりも、かけっこの方に自信がある。
そんな私が22歳になった今、覇気で体を強化しつつ、全力で空を走るとどうなるか。
ひたすらの砂漠に現れた、赤茶の山並み。
その内の一つだけが妙な形だ。筒のようなソレこそ、頂きに王都アルバーナを擁する一山。
民の落下防止のためだろう、頂きの縁に沿って、隙間なく石塀が伸びている。さして高くないその石塀の上、そうっと降り立ち、振り返った。
天がヒビ割れている。ゾゾゾ、と蠢くのは、出来立ての積乱雲か。砂国らしい無色の空に伸びた、不穏な灰色。
地がヒビ割れている。砂漠がべっこり凹んだ様は、神話の世界の巨大なヘビでも通ったかのよう。
そして瞬きすれば、ポキポキ言うのが私のマツゲ。鳴いて落ちるのは小さな
夏島の日に照らされ、立ち止まった途端に溶けていくそれら。蒸気がジュワリとあがって消えた。
そう。
私が全力で走ると、こうなる。
走る間に真空ができるらしい。衝撃波も出るようだ。天地は割れるし、私は凍る。
私が凍るのはいい、覇気による身体強化で支障は起きない。天が割れるのもいい、さしたる実害はない。
しかし地が割れるのは困る。観光地をうっかり潰してしまう。
昔、山を消し去ってしまい、大変反省した。それ以来、地上では全力を出していない。
空を走るのにも気を使う。
かつて海の上空を全力ダッシュした時、通りがかりのガレオン船を潰してしまったのだ。この足で直に踏まなくても、発生する衝撃波が悪さをする。
全力で走ると、目の前は真っ暗。周りに何があるのか目では分からない。
気配を感知したって無駄。
全力ダッシュの最中は、まっすぐ前にしか行けず、すぐには止まれないのだ。相手に気づいてもどうせ避けられない。
ガレオン船の一件以来、私は決めた。空を走るにしても、全力をだすなら相当な高さを確保してから、と。
その点、今日はラッキーだ。落下した地点からアルバーナまで地上に何も無かった。さらに地面は砂漠。衝撃を吸収してくれたのだろう。割と低空を走ってきたが、どこにも地割れや陥没が起こっていない。
「よし」
ポニーテールを手で弄る。髪は凍ると溶けにくいんだ。グニグニ曲げて柔らかくしたら、乱戦の広場へ戻ろう。
全力で走れたおかげで、すぐに着いたぜ、アルバーナ。
ワアァアァアァ……!
ゴオォオオォオ……!
ト、と足をついたのは建物の屋根。こんな時だが全力ダッシュは気持ち良かった。下手に空を走るとまた全力出したくなるぜ。自重するため、屋根から屋根へとジャンプしつつ王宮前広場を目指す。
あれほどの高度まで打ち上げても、例の爆弾は王都へ爪痕を残した。
不自然に〝割れた〟建物たち。折れて落下したのだろう、乱立していた塔の数もごっそり減ってる。チラと見下ろせば、ガラスというガラスが砕け散っていた。
どれ程の威力だったのか。直径5キロを吹き飛ばす、なんて話は絶対ウソだ。カタログスペックはその倍くれぇあったんじゃねぇのか……?
しかしその破壊力も、広場の兵士までは及ばなかったらしい。
気配を探ればクラリと頭の奥がしびれる。怒号は変わらず町を震わせ、渦巻く狂気も健在だ。
兵士どもが無事で良かった。良かったが、やっぱこの規模の狂気はキツイな……。
一度王都の狂騒から離れたおかげで、思考が整理されたらしい。走りながら思い浮かぶのは、てめぇの行動の不適切さ。
〝ONE PIECE〟のシーンには介入すべきじゃねぇ、結果を変えるにしろ極力シーンは改変しねぇ。そう決めたよな。私が手出しするのは問答無用でよろしくねぇと、分かってたよな。
それでいて、つい。
ルフィの仲間のこと助けようと、手出ししちゃったよな。
バカか、私は。
ひろげた見聞色の覇気は、兵士の無事を確かめるためじゃない。ルフィの仲間たちの気配を探すため。
私のバカで軽率な行動のせいで未来が変わり、ここで全員死にました、なんて事になったら……!
唇を強く噛む。
今はまだ考えるな、心の弱りは覇気を弱める。無心になって探していけば、
「居たあぁぁぁああ……!」
全員いる! 生きてる! 無事だ!
「よぉかったぁああぁあ……!」
ほんっとごめーーーーん!
多くの塔が崩れた中でも、流石に、時計台はそのまま在る。示す時刻は、午後四時三十一分五十秒。ジンセンプウの濁りの中では分かりにくいが、もう夕方だ。
安心したらハラ減ってきた。気づけばノドもカラカラ。予想外に体力も使ったしな。
反乱も、早いとこ終わりにしようぜ。
たどり着いた乱戦の広場で、一人を護衛するように固まる一団がいる。ど真ん中には、見通しの悪い中でもよく目立つ、真紅のコート。
そいつ目掛けて、屋根から飛んだ。
反乱軍の首魁は肩を支えられ、ようやく立っている。オレンジ色したサングラスの奥、見開かれた目と目があう。
「コーザあああああ!」
「旅人……!?」
男の面前に降り立てば、遅れてブワリと風が起こった。靡いたのはコーザの青いストール。丁度いい。
ぐっと掴んで引っ張れば、コーザの瞳も近くなる。
「おいやめろ! コーザは今……!」
「誰だてめぇ! どっから来やがった!?」
「コーザさん!」
コーザが震える片手を上げれば、私に向けられた武器は降ろされた。
「反乱軍、止まったか?」
「……幹部には停戦を命じた……。反乱軍メンバーを、幹部のみんなが、止めて回ってる。ただ……人数が人数だ。まだ時間がかかる。撤退の笛も吹いたが、来たのは馬だけ……。撤退の合図の旗も出している。それでも、この塵旋風でみんな、気づいてない」
息も絶え絶えなコーザの瞳は、しかし、活力を失ってはいない。
後悔と罪悪感にまみれても、進むべき道を間違えない男の目。カリスマ性と人情、そして判断力をも兼ね備えた、稀有な人物。
それでもこいつには足りないものがあるのだ。
「待たせたな、あんたの出番だ」
「……何……?」
「私があんたの声を届けてやる。この広場にいる全員に」
「どういう、意味だ……」
つう、と背伸びしてみれば、鼻と鼻が触れ合いそう。サングラスの奥で戸惑う瞳。
私の知る限り一番すげぇと思えた〝反乱の士〟にはあって、コーザには無いもの。つい先程、やっと言葉にまとまった。
こいつに足りねぇのは、自負だ。
おれがやらなきゃ、じゃねぇ。おれならやり遂げられる、という確信。
妄想でも構わない。人は虚像にすがる生き物だ。ハリボテの希望でもいい。揺るがぬ自信を示してやれば、人は従う。逆に言えば、それを示せねぇ奴は、狂気に染まった人間を止められない。
「コーザ。あんたに問いたい。てめぇの言葉で何人動く? てめぇの声には、どれだけの価値がある?」
こいつの一言で数十万人が動く。それを私が分かっていたって仕方ねぇんだ、きっとな。
てめぇで自覚しろ。そして思いのままに使え。
自分が持ってる武器の威力も知らねぇままじゃ、勝つための戦いはできない。
コーザは、口を開いて、閉じた。目を俯かせ、眉間にシワを寄せ、そしてまた口を開く。
「……今更、みんながどれだけ、従ってくれるか……」
「分からねぇなら、あんたは要らん。一発勝負だ、失敗できねぇ。自信がねぇなら邪魔なだけだ」
ゴリリ、歯を食いしばる音が聞こえた。ストールを離そうとした私の手を、コーザの手がグシャリと握る。
「離せ。他の奴に頼むからいいよ」
軽く揺さぶっても、圧が強まるだけ。先ほどは呆然としていた男の顔だ。それが今度は、私を食い千切らんとばかりに、歯をむき出して近づいてくる。
「だがっ……おれは! おれが! 反乱軍のリーダーだ!」
その目に宿ったのは、使命感なんかじゃない。
「おれの言葉で! 必ず止める! この反乱を! 数十万人、全員を! おれが止めてやる!」
「あんたにできるか?」
「やってやる! ………おれなら! おれなら、できる!」
コーザの瞳でようやくギラついたもの、それは。
意地と見栄と願いが、小汚く混じり合った。
ーーー信念。
サングラスに反射する私の顔が、ニンマリ口角を上げる。その一言が欲しかったんだよ。
「じゃ、3分後。広場のど真ん中で会おう」
握られた手で、ドン、とコーザの胸を叩けば、男はよろめいた。力の抜けた手をスルっとかわし、振り返らずに走り出す。
向かう先は決まっている。小道へ入り〝駆け上がる〟空。建物をいくつか飛び越えれば、お目当ての人物が居たんだが近づけねぇ。
イガラムてめぇ! なんでまだ海兵とつるんでんだよ! 私は今は、海軍とは関わりたくねぇとお前に、言っ……言っ……言ってねぇや。
慌てて足を止め、落下した地上。受け身がわりに宙返りで勢いを殺し、ささっと物陰に隠れる。
背を押し当てた建物の壁は、日陰のレンガだ。冷たくて気持ちい。しかし、どうする? ひとまず叫んでみるか。
「イガラムうううああ!」
「なっ、何奴!?」
何奴じゃねぇよ気づけそしてこっちに来い!
「あ〜、私だ! 私! 何でもいいから黙ってこっちに来い!」
「こっち!? どっち!? 〝私〟とは誰なのだ一体! ン〜マ〜、まさか、チャカかァ!?」
誰だよチャカは……! もういい。
「今から3分後! 3分後だ! 広場のど真ん中に、カッパ連れてこい! この反乱、終わらせるぞ!」
「まさか、貴殿はっ!」
「名前は呼ぶなあああああ! 遅れるなよ!? じゃあな!」
また空へと〝駆け上がれ〟ば、この近さである。王宮の金ピカドームもしっかり見える。次に目指した先は王宮。再びあの砂場のバルコニーへ降り立った。……ちょっとスピード出しすぎたか? 下にいた奴ら潰れてねぇよな?
柵代わりの砲台から身を乗り出して、チラッと下を覗く。ジンセンプウでよく見えねぇや。
「ん!?」
「クロ、コ、ダ……!」
私が立ち止まったその一瞬。奇跡的なコンマ数秒で、足首を掴まれギョッとした。
よく見りゃ今踏んでるこれ、床じゃねぇ、人だ。緑色のローブを羽織った大男。
しかし今までなんの気配もなかったぞ、瞬間移動? パラミシア系の能力者? いいや、こいつの気配、ゾオン系能力者だ。
「あ、気絶してたのか! 今起きたんだな? 悪いな踏んじまって、今降りる」
「い、行かせぬ……! 行かせぬぞ!」
何故?
「クロコダイルゥウウウウウアアア!」
起き上がった大男は、まだ寝ぼけているらしい。私の足首を掴んだままスイングし、私を砲台の石壁に打ち付けようとする。
面倒くせぇから気絶させるか。覇気を出そうとした時、ふと思い出した。
約20分前、この王宮のバルコニーにはコーザがいた。こいつはあの時、コーザを庇ってクロコダイルと戦ったゾオン系能力者じゃねぇか?
クロコダイルが黒幕だとも知っている、コーザ側の人間だとすれば。
こいつ使えるかも?
ドォン………!
打ち付けられた石壁へ、咄嗟についた両手。ゾオン系の馬鹿力め、指が壁にめり込んじまったじゃねぇか。
パキンパキンと澄んだ高音で、石に亀裂が走る。さすがは王宮、いい石材を使ってるらしい。しかし私が素直にぶつかれば、粉々になるのも時間の問題。
ここが割れると王宮の外観が損なわれる。それは避けたかった。まだ王都観光しちゃいねぇんだよ。
私をバットのように振り切ろうとする大男の膂力を、背筋、腹筋、大脚筋、ヒラメ筋までフルに使って相殺する。
「なぁ! あんた、コーザの仲間か!?」
「コーザ……? 違う! 私は! 国王軍護衛隊隊長代理! ジャッカルのチャカ!」
チャカ?
「……イガラムの知り合い……?」
「イガラム、さんを……知っているのか!? おっ、お前! クロコダイルでは、ない……!?」
気づくの遅え。