あけましておめでとうございます。昨年は温かいお言葉や評価など、ありがとうございました。大変嬉しく励みになりました。
本年もお付き合い頂ければと思います。よろしくお願い致します。
★お詫び
昨年12月31日に投稿した43話は、作者のミスにより、ボツ原稿をアップロードしてしまっておりました。
いち早く読んでくださった方、ありがとうございます。そして申し訳ありませんでした。
こちらが、正規の完成版・43話となります。
内容の流れはほぼ変わりません。ただしこちらの完成版の方が、分かりやすい説明になっているかと思います。
(内容の違いとしては一点だけ、マジェルカの抱くチャカへの印象・イガラムの安否を知らせるか否かが変わっています)
以下本文です
【楽園の悪鬼 43話 たまには小粋にフライング】
今この王都に集うのは、ただの暴徒ではない。
何年もの間、干ばつという理不尽を耐え忍んだ末に、信じ続けた国王からも裏切られた者たちだ。
天から見放され、人から傷つけられ、身も心も置き場のなくなった人間たちである。
干ばつによって多くが餓え死にし、町は枯れ消え、救いの手は数が少なく巡ってこない。
この状況の中、今日までどれほどの怒りを胸に押し込めてきただろう。今朝の国王乱心の一件が、激情をとどめる為の堤防を壊してしまった。
圧縮された怒りは今、戦場という舞台装置に後押しされ、荒れ狂うままに発露している。
それはもはや、怒れる本人すら焼き尽くす、煉獄の火。
長くこの海を旅していれば、国家規模の戦争に立ちあう事も何度かあった。さらに順を追って考えれば、カッパがアルバーナに行きたいと言った時点ですでに、こうなることは予測できていた。
兵士達はきっと、今自分が何をしているかも把握しちゃいない。己から湧き出る濁流のような激怒に翻弄されるがまま、剣を振るっているにすぎない。
そんな輩に人の言葉が届くだろうか?
内容の又聞きではダメだ。争いを止めるには、兵士達が信奉するリーダーたちの〝肉声そのもの〟を聞かせる他にない。
しかしこの乱戦の狂騒。人一人の声などかき消されて終わる。
声を届かせるには争いを止めるしかなく、争いを止めるには声を届かせねばならない。
これぞ堂々巡りの八方ふさがり。
ーーー それでも
全てわかった上で、私は、あのガキの願いを叶えてやると決めたのだ。
策がない訳がない。
チャカと名乗った大男の手から、するりと足を抜いて跳ね上がる。向かい合って立つと、男はひどく負傷していると分かった。
頭から、肩から流れる血。萌葱のローブも血染めとなっている。いかにも満身創痍な有様は、あと一撃受けたら死にそうだ。
むしろ、クロコダイルは何故トドメを刺さなかったのか。
イガラムを肩書きではなく名前で呼ぶ以上、コイツも国王軍の高官なのだろう。クロコダイルとしては生かしておく理由がないはず。
実はコイツが、クロコダイル側の内通者でした、ってオチはねぇよな?
「……私はマジェルカ、海の旅人。イガラム同様、反乱を止める為、」
「イガラムさんが生きているのか!? どこにいらっしゃる!」
ギラリと強めた眼光で、チャカは身を乗り出した。食いつきすぎじゃねぇのかこれ……。
万が一、コイツがクロコダイル側の内通者なら、イガラムを殺しにかかる可能性が高い。
とりあえず、誤魔化しておくか?
「……まぁ……イガラムの話は……今すべき話じゃねぇだろ」
「……それではやはり……イガラムさんは……!」
死んでるとは言ってねぇけどそう思っておいてくれ。
厄介なヤツに話しかけちまった。ここであっさり、それじゃあサヨナラ、とできる雰囲気でもない。こいつが本当にイガラム側の味方であれば、助力が欲しいのも事実。
「あんたに、頼みてぇ事があるんだが」
ニンジン嫌いなガキは、どんなに少量でも必ずニンジンの味に気がつく。同じように、ウソが嫌いな私なら、相手の目を見りゃウソがあるかどうかは分かる。
見上げる大男の黒い瞳を、よくよく伺った。
「頼みとは……この戦いを、終わらせる為のものか」
「そうだ。あんたは広場の兵士ども、これ以上、死なせたいか?」
「そんな訳がないだろう!」
煮えたぎるような怒声と、嘆きが渦巻く眼。ウソの気配は見当たらない。
チャカはつかの間、考え込み、顔をあげた。
「私はつい数刻前、国王の無実を疑った。クロコダイルの裏切りを知ったばかりであり……何を信ずるべきか見失ったのだ」
静かなその声は、不思議とはっきり耳に届く。
「その私の気の迷いが、広場の乱戦を引き起こしてしまった……。だからこそ今、痛感している。信じるべきを信じる、勇気。それは……何があろうと手放してはならないと……」
なるほど。その話、長くなるなら省略してくれねぇかな。
「……で?」
チャカはまっすぐ私を見返し、頷いた。
「私には、君が敵だと思えぬのだ。この直感と、君を信じよう。……協力する!」
アラバスタ王国は、世界政府加盟国。海をまたいだ外交を必須とするこの国の王宮には、〝ヤツら〟が必ず居ると踏んでいた。
私の予想通り、先ほども今も〝ヤツら〟の気配はしっかり感じられる。
いつでも寝ぼけた〝ヤツら〟だが、好奇心の強さは類をみない。この血生臭い大騒ぎを聞きつけて、とっくに目覚めていた。
怒号に耳を澄ませては、仲間内でアイコンタクトを飛ばし、首をすくめたりと忙しない。緊張感のなさといったら、舞台劇の観客のよう。
手品のショーでは、客を舞台にあげるサービスも珍しくない。高みの見物してる〝ヤツら〟の事は、私がステージに引きずり込んでやろうじゃねぇか。
チャカの協力を得て、国王軍護衛隊の兵士達にも指示を通す。私の〝策〟に必要なピースは、これで揃った。
再び立つ、王宮バルコニーの縁。追いかけてきたチャカを振り仰げば、逆光を背負う大男は拳を差し出す。
言葉はなかった。それでも男の佇む姿から、祈りのようなものは感じる。気にくわねぇな。
デカい拳に拳をぶつけ、祈りを鼻で笑い飛ばそう。お祈りってのは万策尽きてからやるもんだ。
「足掻くぜ」 今はまだ、祈りの時じゃない。
返事を待たず、踏み出した虚空。引力に呼ばれるまま、ガクンと、落下がはじまる。従順なフリでくるりと回ったら、〝駆けて〟行こう。
ジンセンプウに染められ、見える限りが汚ねぇ泥色だ。それでも、彼方此方ではためく赤は分かる。
建物の窓から飛び出た赤い旗こそ、反乱軍撤退の合図だろう。強風に広げられ、遺憾なく目立ってる。
いくらなんでも、アレに誰も気づかねぇってのは、妙だよな。
兵士どもの頭上にて、ゆるやかに高度をさげていく。両手がふさがっている今、飛んでくる流れ弾は放置だ。
ただの覇気で強化した体に、鉛玉がぶつかっては落ちる。多少の痛みはあれど、アザにもならねぇ程度だろう。
しかし流石に、刃の破片は身をひねって避けた。
高飛び選手みてぇに、空中を仰け反る身体。不意に、兵士の何人かと目と目が合う。
ああ、やっぱり。
人は頭上への注意がうすい。それも乱戦の最中では、更に注意力が落ちる。その頭上を走る私にいち早く気づくような奴らが、広場をかこむ赤旗に気づかねぇ訳がねぇ。
気配を探り、様子をみる。私に注目している奴らは、戦いながらも不可解な動きを織り交ぜているようだった。
まるで〝本物の反乱軍兵士たち〟から、撤退の合図の旗を隠すかのように。
裏から手を回し、この国の反乱を助長させた『四つの組織』。
争いでアラバスタを弱らせ、漁夫の利を得ようとするのはクロコダイルだけじゃない。残りの3つの組織から放たれたスパイ達も、今この広場に紛れ込んでいるらしい。
「ん〜ん」
海賊が率いるだけあって、バロックワークスは誰も彼もが、楽天的で陽気な人間だった。しかし今、私を鋭く注視する彼らは、毛色がちがう。
抜かりない動き。隙のない洞察力。目立たず立ち回る狡猾さ。
おそらくはまた別の組織からやってきた、工作員達。
アラバスタの民になりすました彼らは、この争いを終わらせる気が無いらしい。終戦の号令がかかったなら、すぐに邪魔してくるだろう。
分かって〝た〟。
だからまぁ、つまり、私の出番だよ。
フワリと、つま先から広場へ降り立つ。この鼻を犯すのは、血と硝煙の残り香、死の興奮によって強まった男たちの体臭。
ニオイにつられ、危うくこっちまで頭に血が上りそう。静かに息を整えた時、ポタリと、つむじに刺さるものがあった。
何だ?
天を仰げば、空の様子がどこか違う。眉根を寄せた頬に、また、ポタリ。その雫が、つう、と流れてようやく気づいた。
「……雨……?」
慌てて見聞色の覇気を広げた。ない。どこにもない。この国を覆っていたクロコダイルの能力の気配……真実、雨を奪っていた〝渇き〟の気配が、消えている。
このタイミングでクロコダイルが能力を解除する訳がない。たった今クロコダイルが意識を失い、能力を維持できなくなったのだとすれば、これは。
勝ち鬨の雨。
ルフィが。
「勝ったんだ……」
ケンカの結末なら分かってた。しかし私には、ONE PIECEに描かれていない、この世の常識が身に染みている。
それでもルフィは、常識さえひっくり返し、己の望む結果を勝ちとった。
これで滾らねぇルフィ信者なんていねぇよな!
「私も……やってやろうじゃねぇの……!」
約束の時間にはまだ早い。しかしコーザとイガラム、カッパの気配は、そこまで遠くない場所にある。これほど近けりゃ問題ねぇさ。
目を閉じた私の耳が、髪が、服が、肌が、強まった雨に濡らされていく。
純朴なアラバスタの民が、殺しあってでも取り戻さんと渇望した、雨。
それが己に降り注ぐのだ。
兵士たちの気配から狂気が揺れて弱まっていく。そうして天を仰いだ者どもが、ついに、武器を下ろそうとした時。
「みんな騙されるな! アルバーナにはずっと雨があったんだぞ!?」
「おれ達が干ばつに苦しんでる間も! 王都にだけはこんな風に、雨がふってたんだ!」
「この雨を! おれ達の町に! 取り戻せええええ!」
声をあげたのは、反乱軍に混じる他国の工作員達だ。しかしその言葉には残念ながら、嘘がない。
単純な事実ほど、人の心に深く刺さる。
兵士たちの戸惑いはまたたく間にかき消え、更なる怒りに上書きされた。
ワァアァアァァァァアァァアァァ………!
怒号は、悲劇は、争いは、止まない。
そうして幾多の武器が動くのは、なぜなのか。人の腕が動かすからだ。
それじゃあ、腕はどうして動くのか。
ただ健康な体があるだけじゃ、体は動かない。所詮、肉体とは、心を表現するための道具。
意思があってはじめて、人の体は動く。
人の身動きを奪いたいなら、ソイツの意思を奪えばいい。この攻防に最も適した兵器は一つだ。
〝恐怖〟。
ゆっくりと、目を開ける。
気ままな旅人としては邪魔になるだけの、私が本来持つ気配。それを表に出すためのトリガーは軽いものである。
ただ事実を認めればいい。ここにひしめく40万人弱、私なら5分かからず殺し尽くせる。
見渡す限りの命たちは、敵じゃない。ただのエサ。
どろ 雨も大気も、不可解な粘りを帯び
どろり 私を中心に、喧騒が消え
どろうり 震え出すのは兵士の切っ先
武器をおろせず動けもせずに、彼らは只々、目を見開く
生物としての格の違い。それを嗅ぎとった本能が、彼らの意思を凍らせていく。彼らの動きを奪っていく。
残ったのは、恐ろしいほどの静寂と雨音。
そして私への、
抗えぬ恐怖、
だけ。
よし。〝策〟その1、〝全員止めちまうぜ☆〟作戦成功!
続けて〝策〟その2、〝全員に聞かせてやるぜ☆〟作戦、始動だ!
思いっきり息を吸いこみ、左手に持つ〝例のモノ〟へ口付けた。
ピィイイイイィイイイイイイイイイイイイイイ……!
チャカに渡された合図の笛は、雨すら切り裂き鳴り響く。気配を探れば広場のあちこちで、〝ヤツら〟を抱えた兵士たちが拳を天に掲げていた。
準備が整ったらしい。
あとは私だけ。
右腕に抱えたものは、王宮にいた〝ヤツら〟のうちの1匹……どっしり大きな〈電伝虫〉。
案の定、私本来の気配を受けても平気な顔だ。こいつらの甲羅はこの世で最も硬い。本能的に自分は安全だとタカを括っているのだろう。
騒ぎの中心、ステージに上がるサービスはお気に召したようで、何すりゃいいの、とワクワクしながら待っている。こいつらこそ私の作戦の主役。
「頼むぞ?」
私はしっかり口をつぐみ、甲羅についた人工カバーを外してやった。
広場のあちこちでスタンバイするのは、王宮と国王軍に飼われる154匹の電伝虫。その全匹から人工カバーが外された今、一体何が起こるのか。
人の声を電波で飛ばす、という電伝虫のお家芸は、人が仕込んだものじゃない。こいつらが生まれ持つ悪趣味……習性だ。
コントロールする人工カバーを外された現状、こいつらは、野生の電伝虫と同じように好き勝手な通信をはじめる。
好奇心の強いこいつらの趣味……ではなく習性の本質は、盗み聞きとその伝言ゲーム。
だれに頼まれなくとも、人のお喋りを耳にしたなら、電波にのせて無差別にばらまく。その電波を感じたならば、問答無用で受信、再現する。
野生の電伝虫がそばにいれば、どんな密談もあたり一面に喧伝されてしまう。しかしそれを逆手に取れば、これほど楽な〝拡声器〟もない。
ここからは早い者勝ちだ。
無言がつづく広場の中で、真っ先に声をあげた一名。そいつの肉声は、残る153匹の電伝虫によって〝拡散〟される。
コーザが今叫べば、その言葉は必ず、全ての兵士に届く。
総員が静止した中を、私と雨粒だけが駆け抜ける。コーザは支えを失ったのか、地面に座り込んでいた。しかしその顔に怯えはない。
たまにいるんだよ。本能的な恐怖すら、心意気だけでねじ伏せちまう奴。あんたはそっち側だと思ってたぜ?
さあ! 思う存分、叫べ!
濡れた地面にすべり込んだ。電伝虫を差し出せば、互いの顔が隠れて見えない。それでも意図は通じたのだろう。
コーザが口を開く気配が、
『どういう事だ……!?』
どういう事だ?
『なんでそんな所に……!』
なんでそんな、コーザ以外の声がするんだ?
私が差し出した、コーザの声を発信するはずの電伝虫。そいつはなぜか、知らねぇ青年の声を受信して再現しはじめた。
へぇ?
耳を澄ませば広場の至る所から、この青年の声が響いてくる。全匹、コーザではなく、こいつのぼやきを拡散しちまってるのか。
いやいやいや。
へぇ?
電伝虫で〝交互に〟会話ができるのも、人の都合で通信を切れるのも、人工カバーによる調節の賜物だ。
そのカバーがない今、この青年がしゃべり続ける限りはずっと、青年の声だけが拡散されつづける。
『嘘だろ……でも……見間違えるはず、ない……!』
息切れの様子からして、電伝虫を抱えたまま青年は走っているらしい。それはいい、良くねぇがまあいいとして、こいつの独り言、終わらねぇ……!
へぇ?
思わず、電々虫を地面に降ろした。
呼ばれて顔を上げれば、コーザもサングラスの奥で困惑している。
「これは……おれが頼りないから、別の人間に、終戦の号令を頼んだ……訳じゃないんだよな?」
コクコク、頷く以外に何ができる。
「……アク……シデント……」
動物には、恐怖によるショック死がある。私本来の気配となると、軍人ならまだしも、民兵には刺激が強い。長く続けりゃ死人がでる。
その逆に、二度目以降はある程度の〝慣れ〟を得て、硬直しねぇ奴も出てくるだろう。
一切の声を奪わねばならないのだ。僅かでも硬直しない人間が出ては意味がない。
チャンスは一度きり。そしてそのチャンスが今、終わった。
へぇ?
「ひどい顔だな旅人……これは失敗なのか? 構わない、切り替えろ! 次の策があるんだろう!?」
ないっす。失敗するなんて全然、思ってなかったっす。次の策、ないっす……。
唖然としながら私本来の気配をしまう。大気が砂国の軽さを取り戻し、ザァァアァ、と雨音が新鮮に辺りを包む。
身動きを失っていた兵士達が正気に返り、再び殺し合おうとする寸前。
『ビビ様っ! やっぱり、ビビ様ですよね!?』
『……もう……以上………!』
力強く響いた青年の声。それに続いた女の声が、雨音の中で爆発した。
『もうこれ以上! 戦わないで下さい!』