楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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44.〝王女〟

 ざわめきは素早く広がった。兵士達は戸惑い判断に迷っている。

 しかし今停戦を求めたのは、誰とも知れない女の声だ。争いを止める力などある訳もない。

 

 この静止もどうせ長くは続かず、すぐにまた怒号と狂気の乱戦が幕を上げるのだろう。そうなれば今度こそ、打つ手がなかった。打開策も思いつかない。

 もう。ほんと。どうしよう……。

 

 雨は無情である。背中にボタボタ当たる雨粒が今は異様に痛い。ザアァアァア、と地を穿つ雨音だけが耳にうずまく。

 ……雨音〝だけ〟?

 どうして怒号が聞こえてこない?

 

「……ビビ……!」

 初めに呟いたのはコーザだった。そこから漣打つように「ビビ様」兵士達が次々と口にするその名前。

 あそこだと、叫んだのは誰だったのか。

 ガシャン、カツンと鳴ったのは、下ろした武器が地に当たる音。呆気にとられた兵士達の姿に、こちらこそ呆気にとられ、彼らの視線の先を追う。

 

 天より注ぐ雫に洗われ、砂煙は消えていた。

 日差しを透かすのか、雨雲は白銀に輝いて見える。それより伸びくる雨の一筋一筋もまた、絹糸のように光を宿す。

 仰いだヴェールのその向こう、時計台はあった。

 

 ここからでは時計台があまりに遠い。棒立ちになった兵士達にも、人影すら見えていないだろう。

 それでも誰もが何故かしら、確信をもって見上げてしまう。

 〝あそこに彼女は居る〟。

 

「ビビ様だ」「ビビ……!」「王女は不在のハズでは……」

 混乱の中にもう一度、女の言葉が降ってくる。泣き出しそうな声は、安堵の響きに満ちていた。

『みんな……』

 

 コーザは全ての事情を忘れたように、電伝虫を注視するばかり。私ものぞき込んでみれば、電伝虫お得意の顔マネだ。

 瞳をうるませ、その雫をこらえるように眉をしかめ、唇はふるえ。

 

『今、降っている雨は……昔のように、また降ります。悪夢は全て……終わりましたから……!』

 

 電伝虫の目尻に伝うは、雨粒か、女の涙か。

 静まり返る広場を思わず見回した。民兵も軍人も微動だにせず、ビビの心へ寄り添うかのよう。

 

 おそらく、この声の主こそ〝ONE PIECE〟の登場人物。

 主人公ルフィをこの国へ誘った少女、その人だ。

 

 囁かれる内容からして、このビビが実は王女だったらしい。しかしそれでも言っちゃ悪いが、たかが王女。

 宝物の如く扱われようと、宝石が喋ったところで大した影響力はない。権力を持たないがゆえ、発言には重みが生じないはずだった。

 それだというのに現に今、王女の一言が民衆の心を掴んでいる。

 

 ついていけずにキョロキョロするのは、私と他国の工作員くらいだ。あちらも混乱しているようで、目が合った途端にペコリ、会釈を寄越してきた。お前は私の敵じゃねぇのかと思う余裕もなく、つられて私も頷き返す。

 この国の民と王女の間には、余所者には分からぬ絆があるらしい。

 

「……あ……!」

 つまり、まだ終わってない。

 兵士の身動きを封じたタイミングで、〝影響力ある人物の肉声を届け〟、終戦にもっていく。

 そんな私の〝策〟はまだ失敗しちゃいねぇ!

 

「コーザ、おい、コーザ!」

「うるさ……! 悪いが黙ってくれ! 今ビビが、」

「ここで待ってろよ!?」

 言うが早いか走り出す。まっすぐに向かった先は、広場とつながる道の上。やはりと言うべきか、時計台を仰いで固まるイガラムに叫ぶ。

「おい! ここで待ってろ!」

「は? グオォォオ!?」

 そのすぐ脇を走り抜け、おかしな悲鳴に振り向いた。止まった足元からジュワッと湯気が上がる。煙の向こうでイガラムが宙に浮かんでいるのが見える。雨音に紛れて響く、パパパパパリィン、という破裂音。ガラスが降ってきてようやく気がついた。

 意気込み過ぎたらしい。走る速度のスピード違反だ。

 辺りのガラスを割りまくるのは、私の走りが起こした突風。風は兵士たちをも吹き飛ばしたのだろう。通ってきたルートにぽっかり、無人の道ができていた。

「……ワリぃ!」

 うん。ごめん。

 

 人目をさけて〝駆け上がった〟空中。目玉に雨がビシャビシャ当たり、視界なんざ無いに等しい。「うお!?」王都にひしめく塔のどれかにぶち当たるたび、塔の先が墜落していく。いやほんとごめん。許せ。

 それでも気配を辿っていけば、目的地は見失わない。

 

  スピードをゆるめ、目を眇める。雨でぼやけた視界の先に、うっすら黒い穴がある。あれがビビの居る時計台のてっぺん、文字盤がひらいた後の大穴だろう。

「キャアっ!」

 飛び込んだ時計台の内部に、女の悲鳴が反響した。

「ビビ様っ! 何者だ、貴様あ!」

 

 ぐるりと宙で身をひねり、勢いを無理やり殺して着地する。ボゥワ、と吹き荒れた余波の風。気配によれば、ビビはしゃがんで風圧を躱し、国王軍兵士らしき青年がビビを庇うように立った。

 しかし参った。雨のせいで目玉がすげぇ、ショボショボする。目が開けられねぇ。

「あの〜、お前ら、その電伝虫、よこせ」

 どうにか薄目をひらいたとき、ビビが叫ぶ。

「まさかお前も、バロックワークスの残党……!?」

 

 言葉の意味を知ってか知らずか、青年兵士は私を〝敵〟認定したらしい。抱えた電伝虫をビビに託し、腰の剣を抜いた。

 国王軍の中でも、護衛隊だけは帯剣しているようだ。間合いの少ない武器を使うあたり、精鋭部隊なのだろう。

 気配からして、広場の兵士達とは格が違う。踏み切りは力強く、しなやかに速い。

「オオオアアアア!」

 ちょっと待てよ。こっちはまだ目もあいてねぇんだぞコラ。

 

 覇気使いでもない人間が、故意に動かす武器である。宿ってしまった覇気を頼りに、剣の気配は追える。

 

 迫る切っ先にあわせ、ヌルリと動かした肩。半身になった目の前に、青年のカトラスが振り下ろされる。

 そのカトラスをコツンとノックし刃を折った。空いてる片手で兵士の手元をやさしく引っ張り、円を描くように走らせよう。

 床へ床へと手の高さを下げてゆけば、つんのめった兵士は遂に転んで腹ばいとなり、私の椅子になりましたとさ。

 

 青年兵士の肩甲骨を押さえるように乗せた尻。座り心地は控えめに言って最悪だ。あのなぁ、手加減もラクじゃねぇんだぞコラ。

 力任せに抜け出そうというのだろう、青年は腕立て伏せの要領で起きようとするが無駄である。私とあんたじゃ格が違う。

「う……動かん……! ビビ、様、お逃げ、くだ……!」

 

 やっと目玉の調子が戻った。すぐそばには黒光りする鉄の壁。ぶつからなかったのは奇跡だな。

 ゆるくカーブした鉄壁の中央には、バロックワークスのマークがある。もしかすると壁ではなく、これがクロコダイルの用意していた大砲だろうか。でっけ……。

 

「何が目的!? 王女なら私よ! 私に用があるんでしょう!? 我が国の兵士を解放しなさい!」

 フワリと揺れたのは、一つにくくられた水色の長髪。銀糸の雨を背景に、ビビ王女は立ち上がり、私を睨む。

 驚いた。この王女、かわいいな……。

 ひどい誤解をされたようだが、ここで慌てりゃますます怪しい。ひとまず笑っとこう。

「あっはっはっはっは……! 早とちりなお姫サマだなあ? 私は……」

 

 ビビ王女の足元に、電伝虫はいた。目をクリクリさせて興味津々、この会話を広場全域に発信する気まんまんだ。

 先程までイガラムと共にいた海兵は、今も広場のどこかに居る。今回の旅路は極力、海軍に動向を知られたくない。ここで名乗りをあげるべきではなかった。

 しかしそれじゃ、てめぇの立場をどう説明する?

 

 私のわずかな躊躇いを、ビビ王女はどう取ったのか。

 床にだらりと投げ出されていた、2本の風変わりなチェーン。慎重にたぐり寄せたその先端を、左右の小指にひっかけて構えをとった。

「……彼を解放しないなら、力尽くでどいてもらうわ……!」

 

 驚いた。たかが兵士一人の為に、王女自ら戦う気か。

 

 ビビ王女の口元は引きつっている。迷いなく武器を選んだ手つきからして、戦闘の素人ではないらしい。その分、痛感しているだろう。

 彼女では、私に勝てない。

 おそらく彼女は今、自分が負けると分かっていて尚〝よく知りもしないただの国民一人のため〟に命を賭けて武器をとった。

 

 まだ十代だろうに、とてつもない胆力と覚悟である。そして、非常識なほどの慈愛。なるほどこの気立てなら、民から信奉されるのも頷ける。

 

 しかし今その覚悟は要らねぇんだ。私には本当に敵意がないんだ。

 いくら手加減しようと王女を倒すのはマズい。どうすりゃいい。

 電伝虫を渡して欲しいだけなのに。

 

 救いの手、あるいは救いの声は、青年兵士の腰元から響く。

『こちら指令部! 応答願う! 旅人! 近くにいるのだろう!? ビビ様の身に何があったのだ!』

 

 尻に敷いた兵士のマントをひっぺがし、ゆったりとしたズボンのポケットをまさぐった。指先に当たったものを引っ張り出せば、〈小電伝虫〉!

 人工カバーのボタンを押せば応答できる。手のひらサイズのコイツが再現するのは、チャカの声だ。

「いい所に……! おい、あんたから説明してくれ! ビビ王女が私のこと敵だと勘違いしてんだよ!」

『何故だ!? ビビ様は無事なのか!?』

「無事も無事の無事だ! ビビ王女から〈電伝虫〉を預かりたい! 王女もこの会話を聞いてる!」

「その声、チャカなの……!?」

『ビビ様! この者に〈電伝虫〉をお預けあれ! 彼女は、我が国の和平に助力する人物です!』

 

 戸惑いを浮かべた途端、ビビ王女の凛々しさは鳴りをひそめ、年相応のあどけなさで瞳がゆれる。それで充分だ。

 姿勢を低く走り抜けた。左手には〈小電伝虫〉。右手で床に置かれた〈電伝虫〉をかっさらい、そのまま外へと飛び出す身体。

「え……」

 すれ違いざま目にした王女の顔は、近くで見ても本当に、かわいかった。

 

 雨降りしきる中、近くの屋根をめがけて落ちていく。〈小電伝虫〉に話しかければ、右腕に抱えた〈電伝虫〉も私の声を拾ったらしい。

 下の広場のあちこちから、エコーのかかった自分の声が耳に届く。

「チャカ! あんたは有名人なのか!?」

『どっ……どういう意味だ?』

「あんたは、終戦の号令をかけるに値する人間か!?」

 

 この〈電伝虫〉は人工カバーを外してある。そのため〝人の声がする間だけ〟電波を発信するのだ。聞こえる声が途切れれば、こいつも受信側に回り、マイクの機能を失ってしまう。

 屋根づたいに走るこの時も、声を聞かせつづけねばならない。

「チャカ!」

『……ああ! その小電伝虫を、電伝虫に近づけてくれ!』

「いくぞ! 叫べ!」

 

 もうイガラムの姿は見えている。濡れた屋根を、トッ、と踏み切れば、フッと重力を忘れた直後、みるみる地上へ落ちゆく身体。

 〈電伝虫〉の正面に、〈小電伝虫〉を近づけた。

 チャカの声が轟いたのと、つま先が地についたのはほぼ同時。

 

『 武器を捨てよ! 国王軍! 』

 

 仮にも武人だ、落ちてきた存在にイガラムはいち早く気づき、振り返る。私は〈小電伝虫〉をポッケに突っ込み、〈電伝虫〉を差し出した。あとは分かるな!?

「ンッ!? ン……! おま……」

『ンッ!? ン……! おま……』

 

 あちこちから響く、エコーのかかったおっさんの声。いや、叫べよ!?

 ゴホン、と咳払いを一つして、イガラムは目を閉じ、歌い出す。

「マ……マ〜……! ンマ〜〜……!」

『マ……マ〜……! ンマ〜〜……!』

 何してんだよ!?

 しかし、準備運動は伊達じゃなかった。次の瞬間、耳をつんざくような、

 

「 お 前 達 も だ !  反 乱 軍 ! 」

『  お 前 達 も だ !  反 乱 軍 !  』

 

 きっつ……!

 この大音量、もはや攻撃。

 身の危険を覚えたらしい。本能が足を動かし、気づけば後方に跳んでいた。10メートルほど距離をとったが、まだ耳の奥にはとんでもねぇ不快感。

 くっそ……!

 

 広場の兵士が一斉に振り返り、イガラムを注視する。あれほどの大声だ、当然、気づくよな。こいつには〈電伝虫〉いらなかったかも……。

 嫌がる足をそれでも動かし、イガラムの元へ戻る。その腕に抱かれたカッパには〈電伝虫〉が必要なのだ。

 

「カッパ! てめぇも言いてぇことがあるんだろ!? ナノハナからわざわざここまで来たんだ! 起きろ! 叫べ!」

『カッパ! てめぇも言いてぇことがあるんだろ!? ナノハナから……』

 

 間をつなぐための私の叫びが、電伝虫を通じて広場にこだまする。大男の腕の中では、ますます小柄に見える血まみれのガキ。虚ろな目がふるりと私をみやり、光を取り戻す。

 カッパが自力で起き上がる間、兵士たちの噂話がこちらに届き、電伝虫がそれを広めた。

 

『あれは、ナノハナの……』

『そうだ、国王軍にやられた子だ』

『国王に暴行された少年か!?』

 

 彼らの発言にカッパの目が潤んでいく。違うよ、と動いた唇。しかし雨音にかき消され、聞こえない。

 がんばれと、言うまでもなかった。

 ギッと視線を鋭くして、絞り出された肉声。

「……違うんだ!」 『 違うんだ! 』

 

 みんな聞いて、と告げる言葉は震えている。一度は無視されてしまった訴えだ。それでもコイツは諦めなかった。痛みに耐えて命を削り、真実を告げるためだけに、ここまで来た。

 その声が、今、伝わる。

 

「ナノハナを襲った「国王軍」は……みんなニセモノだったんだ! みんな、騙されたんだよ! あの国王だって……ニセモノさ! ……誰かのワナだったんだよ! だから、だからみんな……もう……殺しあったり、しなくていいんだ……!」

『……そうだ……』

 

 今の相槌はコーザか。声が異様に近い。〈電伝虫〉をイガラムに押し付け、ポケットから〈小電伝虫〉を出してみる。やはりコイツだ。

『……この戦いは……始めから、仕組まれていたんだ……』

 

 〈小電伝虫〉から〈電伝虫〉へ聞かせたコーザの肉声が、雨の広場を駆けぬける。特別、叫んだ訳でもない。しかし反乱軍リーダーの言葉は、不思議と人々の間に沁み渡った。

 

 先ほどまでチャカと通じていたこの〈小電伝虫〉が、なぜ今はコーザにつながっているのか。答えは簡単だ。つながる相手の〈小電伝虫〉を、チャカがコーザへ渡したのである。

 思いがけない真実に呆然とした兵士の間を、一匹の黒犬が駆けてくる。

 ゾオン系悪魔の実の能力者がもつ、変身能力のひとつ、〈獣型〉。気配からして正体はチャカだった。

 

 駆け寄ってくるなり、後ろから飛びかかるように私の肩へ前足をひっかけワフワフ言う、でかい黒犬。いいや、チャカ。

 チャカだよな? なぜ人に戻らねぇ? 理由があるなら話しかけない方がいいのか?

 〝ちょっとツラ貸せ〟とばかりに、尖った鼻をくいくい揺らし、何なんだ一体。

 

 大男なだけあって、イガラムの手はものすごくデカい。〈電伝虫〉を置いてもまだ余る手のひらに〈小電伝虫〉もそっと乗せ、黒犬のあとについていった。

 細い路地へ入ったかと思えば、べたっと座って首を伸ばし、まるきりただの犬じゃねぇか。あんたはチャカでいいんだよな?

「あ?」

 その首をよく見れば、艶やかな黒毛と似たような、一筋の黒いベルベット。登山犬よろしく、小さなポシェットの付いた首輪だ。

 中には、折り畳まれたメモが一枚あった。黒犬はピンと背を正し、緊迫した瞳で見つめてくる。何かあったのか?

 

 急いで広げた紙には殴り書き。〝犬だが私はチャカだ〟。私は犬を見た。犬も私を見た。目と目の間で雨が降った。

「知ってる」

「……ワフっ!?」

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