楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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45.戦意の葬送

 大砲がぶち抜いたのだろう。巨人の手で抉られたように、ビルの一角が崩壊している。

 その瓦礫を飛び越えて、体躯のいい黒犬は走り去ってゆく。

 

 しなやかな獣の背中で上下する小さなリュックサック。あの中には私に取らせた1匹の他、もう1匹の〈小電伝虫〉が入っていた。

 通信をつなげた2匹の片方を、マイク代わりにするらしい。

 コーザの声と同様、〈小電伝虫〉でつないだ国王の声を広場へ響かせようというのだ。

 

 犬の姿をしたチャカはニオイを辿り、国王へ〈小電伝虫〉を配達する。私が頼まれたのは、もう1匹をイガラムが持つ〈電伝虫〉のそばに置くこと。

 

 路地から出れば、イガラムの声が途切れた。ちょうど兵士達への説明を終えた所だ。

 真実はだれにもやさしくない。

 雨の中、ある者は目元を押さえ、ある者は唖然とし、ある者は足掻くように声をあげる。

 

「ダマされてたって言うのか!? この争いがムダだったと!? 何千人が死んだと思ってるんだ!」

「う……ウソだ! 国王軍の策略だ! 国王を庇うために、ウソをついて……!」

「そうだ、そうだろう!? コーザさん!」

 

 濡れた地面に、コーザの気配は力なく座ったまま。しかしその意思は底光りして声を紡ぐ。

 

『おれ達にとっては……受け入れ難い真実だ。それでも……受け入れてくれ……。今日までに倒れたみんなのために、この事実を認めてくれ。おれ達がここで真実から目をそらせば、これ以上に……不要な犠牲をだしてしまう……』

 

 雨はもう土砂降りだ。イガラムのスーツは濡れそぼり、喪服のような色合いになっている。本人の表情とあいまって、亡くした人を弔うみてぇ。

 

 その手に〈小電伝虫〉を置くと、もう片方の腕に抱かれたカッパが口を開こうとした。待て!

 ジェスチャーで通じたらしい。イガラムとうなずき合い、カッパを受け取った瞬間、気合いで動揺をおさえこむ。両腕で抱いたカッパの体。いくらなんでも、冷たすぎる。

 

 恵みの雨も、怪我人にとっては体温を奪う凶器でしかない。

 この辺りで雨をしのげる場所といえば、崩れかけのビルくらいだ。割れて歪んだドアを蹴破り、中に入る。

 相打ちになったのか、流れ弾にやられたのか、死体が三つ転がっていた。カッパには酷な光景だろう。見せねぇよう気を配りつつ、足先で死体のマントをはぎとっていく。カッパの着替えに丁度いい。

 

 片足立ちでモゾモゾ動く私のアゴ先を、カッパの手が掠めて揺蕩う。私の服を掴もうとして、狙いを外したらしい。

 まさか、目が見えなくなってきたのか?

 

「カッパ?」

「おれ……」 はぁ、と吐き出す息が細い。

 曇天の日差しは灰色だ。割れた窓から入るかすかな明かり。

 その中で仄かに見える、カッパのツンと上を向いた鼻。それが誇らしげにひくひく動き、ニッカリと笑った。

「……おれ、賭けに、勝ったよ……ね……」

「……ああ! お前の大勝ちだ! だから」

「マジェ……マジェルカを……信じて……よかった……」

 

 痺れるような大声が外から響いてきた。男の声だ。国王だろうか。

 悲嘆か奮起か、国王の声に応えんと、兵士達は雄叫びをあげる。40万に迫る人々の声である。天地をぬりかえるように、雨の王都をゆさぶっていく。

 その内の一人だって、カッパが今何をしているのか、気にかけてもいないだろう。

 

 この場の誰より勇気を示しただろう少年は、誰にも知られぬ廃墟の中、静かに目を閉じた。

 

 信じてよかった、なんて。

 これまでに一度だって。

 言われた事があったかな。

 

 どんな返事をすればいい。わからない。そうだこんな時ルフィなら。ルフィなら……。

 

「いやいやいやいや! カッパお前なに死のうとしてんだバカ! 帰るまでが遠足だろ! 遠足じゃねぇが死ぬのは80年後くれぇにしろバカ! ひとまず今じゃねぇだろバカ、起きろ!」

 

 広場にコーザの声を響かせるまで、タイムリミットを3分とした事にも訳がある。長引けばカッパの体がもたないと分かっていた。

 脳裏に映るカッパの気配は、今、ゆっくりと光を弱めていく。

 この変化には覚えがあるのだ。衰弱死する病人が、人生を閉じようとする寸前の、

「……くっそ……!」

 一瞬、カッパをフワリと上へ放り、死体からマントを引きちぎる。空中でくるっとカッパを包んだら、やさしく抱きとめ飛び出した外。

 土砂降りの中、イガラムの姿はない。気配を辿れば、あンの野郎、なんであっちの方にいるんだアホが!

 

 兵士たちは未だに立ち尽くしている。その間を走り抜け、ようやく見えてきた大男の後ろ姿。イガラムはなぜか、王女に掴みかかっていた。

「なりませぬ!」

「イガラム……」

「貴女はこの国の王女なのです! 反乱はほぼ終結しました! もうこれ以上、危険な事は、」

「王女だからよ。この国の民が不要に苦しんでるの。今動かなくて何が王女よ。私が、行きます……!」

 

 ビビ王女が身にまとうのは、砂塵にまみれ、あちこちが焼け焦げた質素なローブ。もはや物乞いに近い風貌だ。

 しかしその声には、人を従える者の威風があった。イガラムもハッとして、王女の肩から手を離す。

 

 そのタイミングを見計らい、2人の間に滑り込もう。王女もイガラムも驚きに仰け反るが、構うものか。

「おい! 医者はどこだ! 今すぐ教えろ! カッパがやべぇ!」

「あっ、マジェルカ殿!? どこの悪魔が飛んで来たかと思った……! 少年がどうしたのだ!?」

「医者は、どこだ、聞こえねぇのか、あ?」

 

 だめだ。怒っちゃだめだ。本来の気配が漏れてしまう。そうなれば私がカッパを殺す事になりかねない。

 なけなしの理性で堪えれば、見上げたイガラムはまばたきを三つ。何か思いついたように目をクリっと広げたのち、ぐっと背を屈め、顔を近づけた。

 

「……マジェルカ殿……今はタイミングが悪い。国王だけでなく、国の重役もほとんどが負傷している。すぐに動ける医師は全員、そちらにかかりきりと」

「私は、嘘は、嫌いだ」

「……嘘ではない! 本当に」

「嘘をつくのも嫌いなんだよ……。忘れた訳じゃねぇだろう? ナノハナで私が言ったこと。カッパを死なせるなら、私がこの国、滅ぼすぞ」

 

 できない事なら口にしない。できるか分からぬ事も口には出さない。

 確実にできるから言っている。

 

 本気だと、理解したらしい。イガラムの目つきが変わった。

「……私はあくまで一軍人に過ぎないのだ。王族付きの医師を動かすには、それ相応の理由が要る。そこで」

 ぴ、と指を一本立て、イガラムは神妙に告げる。

「マジェルカ殿に、王女の護衛を頼みたい」

 

 どこからともなく、音楽が聞こえる。近くの兵士に尋ねれば、午後5時を知らせるメロディだという。時計台の一部に巨大なオルゴールが仕掛けられており、一時間ごとに時を知らせるらしい。

 それほど頻繁に鳴っていて、初めて聞いた気がするのは何故か。

 訝しんでからようやく気づいた。私がアルバーナに入ってから、まだ一時間も経っちゃいねぇのか。

 

 山頂にアルバーナを擁する台形の山は、サンディロックという名だそうだ。雨の中、町外れの塀の上に立ち、目を細める。

 世界に黄金がふっていた。

 地平線の向こうまで、砂漠は一面の天気雨。まだ沈まぬ太陽は、それでも傾き光を強める。

 雨も砂も空気さえも、とろけるような金色(こんじき)に煌めいて眩い。

 

「あの……マジェルカさん? 階段ならあっちですけど……」

 背中に負ぶったビビ王女が、控えめに教えてくれる。疲れが出たのかフラついていた為、目的地まで私が運んでいく事にした。

「分かってるぜ。見ろよ。砂漠がキレイだなぁ……」

「ええ、とってもキレイ。だけど見惚れてる時間はないと思うんです。早く砂漠に降りないと、反乱軍が到着しちゃうから……!」

 

 コーザは抜かりなく指示を出していた。

 広場の乱戦を終わらせるだけじゃない。まだ王都にたどり着かない面々にも、投降するよう連絡を入れたらしい。

 

 アルバーナへ押しよせた反乱軍は、全体のほんの一部。

 各地に散らばる彼らは、総勢130万人を超える。大半には〈小電伝虫〉で連絡がついたものの、音信不通の一団もあった。

 すでに拠点を出ており、砂漠を進軍中であろう約10万人だ。

 

 彼らは真実を知らぬまま、怒りと武器を握りしめ、アルバーナへ向かっている。もしも彼らが市街に入り、国王軍兵士を一人でも傷つけたらどうなるか。

 目の前で、仲間が害されようとするのだ。兵士ならば武器をとる。守る為に戦う。そうして相手を害すれば、向こうも向こうで同志達がいきりたつ。

 

 戦火の名の通り、争いは火に似ている。一度()()()()どこまでも燃え広がる。火元が何だったのかと考えるのは、全てが灰になった後。

 終わったはずの内紛が再開すれば、今度こそ、途中では止められない。

 

 そんな悲劇を阻止する為、ビビ王女は砂漠へおりる。反乱軍の残党をアルバーナへ入れぬよう、山の手前で一人立ち、事実を知らぬ10万の軍勢と向かい合う。

 

 この時、万が一にも王女が害されぬように私が彼女を守るのである。国王軍の損害が激しく、人手が足りないらしい。

 王女の護衛の報酬は、カッパを無償で治療すること。国王よりも優先し、国一番の医術を施すというので渋々受けた。

 カッパはとっくに王宮へ運び込まれている。気配の揺れは徐々に収まり、先ほど安定した所だ。よかった。本当によかった。

 これでやっと、観光気分を取り戻せる。

 

「急いでるなら尚更だ。ここから()()()方が早い。あんたは度胸があるから大丈夫さ。しっかり掴まってろよ?」

「え、待って、ウソよね? ちょっと!?」

 

 イヤアアアアアアアアアァァァァ………!

 

 気の早い悲鳴を聞きながら、サンディロックの頂より身を投げる。

 黄金(こがね)にけぶる雨の宙空へ、無防備におちていく私のすべて。き〜もち〜……! パラシュート抜きのスカイダイビング……!

 しかしお姫サマを背負ってるからな。余裕をもって体制を整えとこう。

 螺旋階段でも降りるように空を〝駆け〟たら、スポ、と着地する砂の上。

 

 国王軍兵士があくせく動き回る中、人間より大きな〈電伝虫〉がサンディロックの山肌を見つめていた。あいつは〈映像電伝虫〉。

 目で見たものを送り合い、受信した映像を、目から出す光でもって投影する。〈電伝虫〉がチキュウでいう電話なら、〈映像電伝虫〉はプロジェクタが近ぇのかな。

 今回は、垂直な山肌に王女の姿を映してくれる。

 

「もう本当に、信じられない……! ()()()んじゃないわ、()()()だけじゃない……!」

 首にしがみついた王女からは花の香りがした。気になるものの、振り向いたらキスしそうな近さなので自重しよう。

 

 この国の民からすれば、今日起こったすべてが突発的な事態。その終幕を宣言するステージだって、突貫工事の代物である。

 

 露店の天幕を再利用したらしい。表は布に隠されているが、裏に回れば、不安になるほどすっかすかの木組みがむき出しとなっていた。

 王女を乗せる舞台にしては、お粗末すぎる。

「これ……人が乗った途端に潰れねぇだろうな?」

「下は砂よ。潰れたって平気。私の姿も声も電伝虫が伝えてくれるし……さっきの()()に比べれば、怖いものなんてないわ……」

 そんなに怖かったか?

 

 危なげなくステージへ上がり、ビビ王女はローブを脱いだ。そこから現れたのは王族の正装。

 遠目からでも王女とわかる服装を、と私が注文をつけたせいだ。

 真珠のような純白のドレスは、エンパイアラインと言うんだったか?

 胸元の切り替えから下が、すらりと真下へたおやかに落ちる。

 侍女たちが大急ぎで磨いたという彼女の頬は、生まれてこの方、泥になんか触ったこともありませんと言うような滑らかさ。

 

 ーーーーー 来る。

 

 いいタイミングだ。準備が終わった砂の上、雨音に混ざり、不思議な轟音が届きはじめる。

 金色(こんじき)の地平から、彼らはやってきた。

 地を埋め尽くすような軍勢。雨にぬれた馬の毛並みが、人々の手にした武器が、日差しを弾いて星のようにチカチカまたたく。

 怒りのまま彗星の如く、燃え尽きようというのか。

 それを受け止めんとするビビ王女は、金がくゆる雨の中、神がかった横顔をみせる。

 

 私は走った。広場でした事の再現だ。本来の気配を解き放ち、彼らを恐怖で足止めする。そのタイミングでビビ王女が、己の姿と声を届ける。

 サポート役の国王軍が硬直してはまずい。私は彼らから離れ、反乱軍の軍勢へ肉薄する必要があった。

 先頭を走る馬と、目があう。

 今だな。

 

 突然、剥製にされたかのよう。馬の足が突っ張って砂をすべる。

 馬上の兵士もぴったり同時に硬直したおかげで、落馬したヤツはいないらしい。

 どろりと重みを増した大気。その中に、少女の声がひびく。

 

『……長い……戦いでした……』

 

 動物は人よりずっと敏感だ。私が気配をひっこめても、馬は恐怖を忘れられずに止まったまま。

 そして馬上の兵士たちは、過去を悔やむような、王女の語りに唖然としている。

 

『私はこの国を離れていました。パパの側近と共に、この干ばつの理由、そしてあのダンスパウダーの出所を調査していたの』

 ひめさま、と、誰かが言った。

『……ごめんね、みんな……! ごめんなさい……! 私がもっと早く……事実に辿り着いていたら……! みんな、こんなに……傷つかなくて済んだのに……!』

 

 ごめんなさい、と、少女が言う。

 堪えていた感情が、雨に溶け出したように。

 あの子は国を想っていたんじゃない。

 国を背負っていたのか。

 

『お願い……もう……これ以上……傷つけあわないで……ください……』

 

 一人だ。

 一人が馬から降り、震える手で剣をかざした。振りかぶった切っ先を、砂地へ突き立てる。

 そのまま縋りつくように剣へ凭れ、膝をつき、項垂れたのである。それは不思議と、墓標へ祈る人の姿と重なった。

 

 一人を皮切りに次々と、兵士たちは馬から降り、濡れた砂漠に武器を葬る。

 

 雨が、彼らの背を打った。

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