サン・ファルドを出た私は、おなじくグランドライン前半の島、ホーシズホープスへ向かった。
チキュウのマンガ、〝ONE PIECE〟に登場する島ではない。エースが立ち寄るか否かもわからない。
それでもこの先、動き出す前に、会っておかねばならない人物がいる。
手のひらの上で、カサカサと動く紙。
どこかへ帰りたがるように、ひとりでに蠢くこの紙は、ビブルカード〈命の紙〉と呼ばれるものだ。
特殊な技法でもって、生物の爪や髪がねりこまれたこの紙。基本的には、その爪や髪の毛の持ち主がいる方角を、指し示す特性をもっていた。
お互いがいつどこにいるのか定まらない、船乗りや海賊たちの間では、よくよく重宝される。
私の手にあるビブルカードも、とある男の居場所を示し、モゾモゾと動きを止めない。
夜が立ち去り、朝が来る。
あちらもこちらも薄紫の、ぼんやりとした夜明けである。もうじき視界はよくなるだろう。しかし今はまだ、朝モヤが海面をおおっている。
ベッドがわりのハンモックは、船首とメインマストの間に垂らすのがいつものやり方だった。
モクちゃん号には、壁も何もない。
おかげでまるきり、波の上でハンモックに揺られているような心地である。
腕をのばせば、朝モヤが肌にヒヤリとする。うすい毛布を引き上げながら、ビブルカードを乗せた手を、あちらへこちらへ向けてみる。
〈命の紙〉がより強く反応を示したのは、舟の右の方だった。
ハンモックから、甲板におりたつ。ビブルカードがすり寄ろうとする方角、モヤのかかった海原へと目を凝らせば、ぼんやりと島影が見えてくる。
判然としないシルエットだけでもわかる。やたらとのっぺりした、凹凸の少ない島。私の目的地である、ホーシズホープスだ。
グランドラインには、いつくか人工の島がある。ホーシズホープスもその1つだ。
元はただの、どでかい鉄板。
作る前からわかりそうなものだが、人工島の中でもとびきりの、失敗作として知られている。
辛うじて海に沈まないだけの、つるりとした鉄板では、海風をさえぎるものもなく、真水を貯める窪地もない。
木を植えようにも下は掘れない。鉄板に穴が開けば、海水が溢れてくるからだ。
土を運びこもうとしたって、運んできたそばから、つるっと風におされて落っこちて、なにも残らない。
なんの使い道もなく、百年以上の間、名前さえつけられぬまま、風と波にさらされながら放置されていたらしい。
変化したのは、20年前。今風にいえば、大海賊時代の到来が、ホーシズホープスの追い風となる。
グランドラインの荒波にさらされ、ただの鉄板の島にたどりついた海賊たちが、そこに街をひらいたのだ。
現在の、島の名前の由来でもある。
〝ホーシズ・ホープス〟〈馬と希望の島〉……賭け競馬の街を。
大海賊時代の到来からこちら、滅んだ国は数知れない。押し寄せてきた海賊どものせいで、荒廃した島の数など、かぞえるのも馬鹿らしくなるほど膨大だ。
ただしいつでも反対はある。
大海賊時代だからこそ栄えはじめた島や国も、たしかにチラホラ存在している。
ホーシズ・ホープスは、その最たるものだった。海賊どものひらいた街が、今では〝市国〟という扱いで、世界政府の承認さえうけているのだから、法律の善悪というのはあてにならないものである。
10年ほどまえからちょくちょく訪れているものの、新しい街だからだろう、ホーシズ・ホープスは来るたびおおきく姿を変えている。それにしたって今回の変化は、でかすぎた。
太陽の号令を待っていたかのように、サァッと引いていく朝モヤ。そうして目に入った、島の姿は、パステルカラーであった。
「あれっ?」
思わずビブルカードをふたたび確かめてしまう。まちがいない、あの島影は、私の親友がいる島、ホーシズ・ホープスだ。
ホーシズ・ホープス………だよな?
私が知っているホーシズ・ホープスは、いかにも馬糞の臭いがしそうな、小汚い島だけだ。
キレイなのは中心部だけ。
一歩道を外れてみれば、小汚いバラックが並び、負けが込んでどこにも行けなくなったような薄汚い海賊たちがたむろする、蝿や虻と相性の良さそうな街。それが私の知るホーシズ・ホープス。
馬の名誉のために言っておくが、馬はキレイ好きである。
汚くするのは人間であり、その汚い人間たちの、吹き溜まりの島であるはずだった。
前に来たのは、昨年の年末だ。
まだ4ヶ月ほどしか経っていないというのに、海の向こうにみえてきた島影は、私の記憶にあるものとはかけ離れている。
ボオンと飛び出た、半円状のシルエット。巨大なドームは島の中心にあるランドマーク、屋内競馬場〝ホーシー・ファンタズム〟である。
あれは数年前からずっとある。しかし問題はそれ以外の区画だった。
パステルカラーだ。どこもかしこも。
小汚いバラックなどどこにも見えない。それどころか、家屋らしき影すらない。
ポコポコポコポコ、浮き出たあぶくを固めような、ドーム状の建物ばかりがずらっと並んでいる。
「全然、ちげぇじゃねぇか……」
舟の床板をパカリと開けたその下に、ハンモックと毛布をしまう。モクちゃん号の後方に据えつけられた、浄水器を稼働させ、コップ一杯の水を飲んだ。
顔を洗い、スキンオイルでお肌をととのえ、髪をとかし、いつものように高い位置でポニーテールにし。
腹の方へ回していたナイフホルダーを、腰の後ろにもどす。
身支度を終え、あらためてホーシズ・ホープスを見つめても、やっぱり、パステルカラーである。
朝日のまぶしい海原で、精一杯に目をこらす。鉄板の地面がむき出しになっていたはずの、島の海岸線すらも、パステルカラーにそめあげられて、ファンシーに整備されていた。
廃材をつなぎあわせて無理やりのばしたような、いつもの船着場まで、なくなっているじゃないか。
「ええ……?」
どうしよう。どこもかしこもキレイだ。
きちんと整備されてしまえば、元が鉄板であるために、人目につかない岩場だのがない。ファンシーな色彩も、元の姿とのギャップを感じてしまうせいか、やけに気味が悪かった。
「んー……!」
港の朝は早い。これほど近海に陣取っていては、人目についてしまう。いつまでもボヤボヤしているわけにもいかない。
しかし、どうするか。
普段から、ホーシズ・ホープスに入るときは、こそこそ上陸することにしている。それというのも、私はいわば、ホーシズ・ホープスの〝仇〟だからだ。
海賊たちの起こした島、ホーシズ・ホープスは、現在に至るまで元海賊たちが運営している。
きっかり6年前までは、現地の海賊たちだけでなく、ガルーダというマフィアと共同で運営が行われていた。
ホーシズ・ホープスの目玉である、競馬でつかう馬の仕入れを、ガルーダが担っていたらしい。そのガルーダというマフィアが跡形もなく滅んだことで、この街の元締めたちは、さぞ困ったことだろう。
6年前、ガルーダを壊滅させたのが、他でもない、私である。
ケンカの結果をいちいち宣伝してまわる趣味はない。しかし、ちょっとした事情があり、ガルーダを皆殺しにしたことだけは、隠すどころか、私の方から喧伝している。グランドラインの裏社会では、知らない奴の方が少ないはずだ。
ホーシズ・ホープスの元締めたちが、私のことを、恨んでいないハズがない。
ただの敵なら遠慮はしない。向かって来るなら倒すまでである。
しかしここは、私の親友が暮らす島だった。あいつに迷惑がかかるようなトラブルは避けたい。
だからこそ、ホーシズ・ホープスを訪れる際にはいつも、コソコソしてきたのである。
やたらと可愛らしく装飾された、〝港はここ!ウェルカム!〟のアーチは見えている。あそこが港なのだろう。
係員の詰め所もあるようだ。なんとまぁ、関所のような建物までできているではないか。
よしんば、ガルーダの件で、街の元締めたちから恨まれていなかったとして、それでも私は通過できない可能性がある。
世界政府の国民ではないからだ。
世界政府に加盟する国の国民ではない場合、非国民として嫌われるだけでは済まない。
人権を保証されない。生存権すら無視される。犬猫以下どころか、害虫同然、〝物〟以下として扱われるのである。
関所の通過など、もってのほかだった。
どうする。こっそり入ることはできても、他の島とはちがって、舟を隠して置ける場所がないのである。ど、どうしよう。
寝ている間はしまっておいた、ヨットのような三角帆を、張るべきか否か。ロープを手にして悩んでいると、例の関所の中から人が出てきた。
最悪、全員気絶させるか。
彼らが眠っている間に用事を済ませて、島を出港すれば……。
「ん?」
私の姿が見えたのだろう。関所から出てきたのは、三名。そのうちの二人は、プラカードを持っている。こちらへ向けて掲げられた白い板には、こう書かれていた。
『悪鬼』『ウェルカム!』
プラカードにくっついた、モジャモジャした飾りが、日の光にきらめいている。
「あっ……そうですか……?」
三角帆をすばやく張り、メインマストの横帆をひろげ、風をつかむ。港へ近づくと、プラカードを掲げる二人が、プルプル震えていることに気がついた。
ホーシズ・ホープスは、何島でもない。一定の気候をもつグランドラインの島々と異なり、人工島は、その島固有の気候をもっていなかった。
それ故に、グランドラインの沖合と同様、年間を通じて南国のようなあたたかい風が吹く。
震えるほど寒いわけがないのだが。
一歩、舟から足を伸ばせば、島の土台に届くだろう。その距離をたもった小舟の上、役人らしき3人へ問いかける。
「その、悪鬼っていうの、私のこと?」
3人は勢いこんで、ぶんぶんぶん、とうなずいた。
「ウェルカム、っていうのは、その関所を通してくれるってこと?」
ぶんぶんぶん、とふたたび頷かれる。
「それって、あんたたちだけの意思なのか? それとも、島の元締めの意向?」
彼らはしゃべらなかった。代わりに、プラカードを裏返す。真ん中の一人も、隠しもっていたプラカードを掲げた。
3つのプラカードをつなげれば、
『この島は』『悪鬼様と』『敵対しません!』
となる。
「…………なるほど」
他になにが言えるだろうか。
〝悪鬼〟と呼ばれているのは知っている。そのあだ名は気に入っていない。しかし言えるだろうか。
この3人、寒がっているわけではないのだ。殺人犯である私に怯えて、ふるえているのである。
この雰囲気だ。様ってなんだよ、という一言ですら、言うべきではないだろう。
3人は終始しゃべらず、震えながらもジェスチャーで、舟の停泊場所や関所のドアを案内してくれた。関所の通行料も、求められなかった。払うべきかと迷ったが、ひどく怯えた三人の様子からすると、余計な茶々をいれるべきではないはずだ。
「ありがとう」と言い残し、街へはいる。
なんか疲れた。
まだ朝焼けがはじまったばかり。起きている人間も少ないらしい。陸の早朝特有の、止まった冷たい空気がある。
道を行けば、ほのかにサビが浮いていた鉄板の地面さえもが、パステルカラーに染められていた。
イヤにファンシーな街並みの中、だれも表には出ていない。空を走っても、目撃される心配はないだろう。
ここまではビブルカードに頼ってきたが、一度島に入ってしまえば、見聞色の覇気で気配をたどったほうが早い。
そっと意識を集中させ、己の覇気をうっすらと広げていく。人探しをするならば、一方向にばらまくだけでは足りない。自分の体から、上下左右、四方八方へ飛び散るように、覇気を伸ばしていく。
そうして返ってきた、微弱な反発を感じとり、相手の居場所を掴むのだ。
………いた。
早朝の空へかけあがる。きぃんと冷えた大気の中、見下ろす街並みは、なんだか気持ちが悪い。
山も丘もない平坦な島だからこそ、上から見られた時のことを考えていないのだろう。
陸地にはまだ、ほんのり朝モヤが残っている。ぼやけた紫色の中、はるか眼下に広がるのは、パステルカラーのぶつぶつが寄り集まった町並み。
趣味の悪い光景に眉をしかめつつ、降り立ったのは、小さな空き地である。妙なことに、この空き地、地上を歩いてたどり着くための道がつながっていない。
周囲をぐるりと、ドーム状の建物の壁に、塞がれてしまっている。レイアウトを間違えて、たまたまできてしまったデットスペースのように見えた。
空き地の真ん中には、今にもくずれそうな木造の小屋。その小屋をおおうように、バカでかいシートが被せられていた。パステルカラーの巨大な布である。なんだよこれ。
布のはしを持ち上げて、その内部へ滑り込む。すき間からもかろうじて見えていた、小屋のドアをノックした。
廃材をテキトーにくっつけました、と言わんばかりの木板のドアだ。
3回。3回。6回。それをもう一度。
ガチャガチャガチャン、という金属音は、内部の鍵をあけたのだろう。
すこし傾いたドアを開けると、奴はいた。
「よーう、マジェルカ、今日はネツレツな歓迎を受けたみてぇだなぁ? 港でプラカード! ザッザッザッザ! おれも生で見たかったね!」
狭い小屋の奥にある、しなびたバーカウンターの向こう。
このうさんくさい建物には似合わない、人好きのする笑顔を浮かべた男がいる。
一歩、小屋に踏み入れば、ブワリと迫りくるペンキの匂い。
フタの半開きになったペンキの缶を足でおしのけ、ボロボロのカウンターにポツンと寄り添う、老朽化のきわまるスツールへと腰をおろした。
「くっせぇなー、いつ来ても。プラカードのオモテナシにはビビったよマジで。……や、サリー。生きてたか?」
乾燥しすぎてヒビ割れた、カウンターの天板の上へ片手をさしだす。カウンターの向こうに立っている、わし鼻の男はそれを握った。
「おれも今、知ったばかりだぜ。生きてたらしいなぁ? お互いに」
「ふっふ!」
こいつ流のジョークだった。他の誰でもない、この男が、今はじめて知った、なんてことあるはずがない。
どの街にも一人はいる、ちょっと気弱でお人好しな青年。
そんな風貌をしたこの男こそ、グランドラインきっての情報屋、早耳のミザリー。
ネットもない、人工衛星もない、郵便さえまともに届かぬこの世界で、レッドラインの向こうのことまで、リアルタイムに知り尽くす。
ミザリーは、この海で一二を争う、腕利きの情報屋である。
悪魔の実の能力者ですらもない、非力なこの男が、どんな情報網をもっているのか。
手に入れた数多の情報を、人から尋ねられれば、求められた部分だけを即座にスラスラ諳んじてみせる。こいつの頭の容量は一体どうなっているのか。
お互いがガキンチョの頃から、もうかれこれ10年来の付き合いだが、未だに底が知れない。
「それで、お前が聞きにきたのは、あれか? 白ヒゲの内部抗争」
「あ?」
グッと互いの拳を引き寄せあって、手を離せば、サリーは思わぬ単語をはなった。こいつの通り名はミザリーだが、私はサリーと呼んでいる。
眉をよせれば、サリーはもったいぶって腕を組み、片眉をあげてみせた。
「荒れてるらしいぜ。今から16日前、白ヒゲ海賊団、四番隊隊長、サッチが死んだ件について……………〝なぜオヤジは動かねェ〟ってさ」
くるりを背中をみせたサリーは、小汚い棚からバーボンのボトルを取る。カウンターの下に収納庫でもあるのだろう、そこから取り出した2つのグラスは、この小屋には似合わないほど、うつくしく磨かれていた。
トクトクトク、と注がれて、差し出される琥珀。
「もったいねぇ、せっかくの酒の香りがペンキの匂いでわからねぇよ」
「店に来たお前が悪い、どうせなら隠れ家のほうに遊びにこいって。情報を買いに来たんだとしても、お前なら隠れ家の方でいいって言ってるだろ」
「お前が店にいるからこっちに来ちゃったんだろ、私はいつも、お前の気配をたどってくるんだって言ってんだろ」
「朝から夕方は店にいるって知ってるだろ? 夜にこいよ」
「そう都合よく〝波〟は動いちゃくれねぇんだよ」
「それを乗りこなしてこそ旅人じゃねぇのか?」
「……ぐっ……!」
カチン、とグラスをぶつけ合った。
この海の常識だ。白ヒゲは、仲間の死を許さない。
調子のいい、口先だけのスローガンなどではなかった。たった一人の仲間のために、白ヒゲはどんな死地にも突っ込んで、勝利をもぎとってくる。
〈白ヒゲ〉の名がこの海にとどろき続ける30年あまり、白ヒゲのおやっさんはずっとそうして生きてきた。
そんな男を慕ってあつまる、白ヒゲ海賊団の面々も、おやっさん同様、仲間の死を許さない。
数千のクルーたちは、一人の仲間のためなら全員が命を投げ出す覚悟を持つ。〈白ヒゲ〉の号令ひとつで、地獄の果てまで向かうだろう。
それであるからこそ、白ヒゲは、〝鬼より怖い〟と謳われる。
白ヒゲのシンボルマーク、ヒゲをたくわえて笑うドクロの持ち主に、手を出すようなバカはいない。
白ヒゲ海賊団のクルーたちだけではない。白ヒゲの名を知るものは、全員が思うはずだ。
仲間を殺した犯人のことを、白ヒゲが見逃すなんて、ありえない。
「内部抗争ってのは、どういうことだ?」
ズズズ、と椅子を引きずってきて、サリーはカウンターの向こうで腰を下ろす。
「まんまだよ。白ヒゲ海賊団には、本船のほかに、副船が四隻あるのは知ってるだろ? その、副船をあずかる、副船長も4人いる。その中の一人、ポルクが武装蜂起だ」
「はぁ?」
「本船クルーのサッチが死んだ。それが他殺だったのかなんなのか、白ヒゲから一切説明がねぇらしい。だが、状況的には、白ヒゲ海賊団の1人、マーシャル・D・ティーチがサッチを殺したってことで間違いないと、白ヒゲ内部では言われてる。……おどろかねぇってことは、やっぱりお前も知ってたか」
「それで?」
「白ヒゲは、仲間の死を許さねぇ。だが今回、白ヒゲは動こうとしねぇどころか、クルーたちに、動くな、と命令を出してるくらいだ。事情もわからず動くなと言われたクルーたちの間には、不満と不信がつのってる。本船のクルーたちがだれも異議を唱えないことも、他のクルーたちの不満をあおってるみてぇだな。ポルクは白ヒゲに、事情の説明をもとめたが、一蹴された。そこで、ポルクは不満をもったクルーをあつめ、白ヒゲ本船に攻め込んでる」
「……攻め込んでる?」
「やり方が海賊らしいよなぁ。相手を口で説得できねぇなら、腕っ節で説得しようってことだろ? サッチを殺した犯人を追いかけよう、っていうポルクたちの主張を、白ヒゲに呑ませるための武装蜂起だよ」
「いつ?」
「今」
「いま……? 今日!?」
「ちがう。今!」
目をぐりりと開いて断言するサリーは、この10年、ホーシズ・ホープスから一歩も出たことがない。他の島どころか、他の海である、グランドライン後半で起こっている抗争の真実など、知る由もない………というわけじゃないことが、この男の怖さだった。
この世界には、人為的な電波通信のノウハウがない。レッドラインとカームベルトにへだてられたこの惑星は、チキュウ以上に、人の行き来が困難だった。情報の流れもかすかなものだ。
そんなこの世界であるのに、情報屋を名乗る奴らは、あっさりと他の海の情報まで手に入れることができるのだ。
中でも〝腕利き〟とされるサリーにおいては、神の所業ではないのかと疑いたくなるほどの情報収集能力をもっている。
経験上知っていた。サリーが言うなら、そうなのだろう。ことばを商品にする情報屋は、確信した事実しか口にしない。
「お前は、白ヒゲの飲み友だちだろ? あっちの安否が気になって、おれの所まで、情報を仕入れにきた……ってわけでもないのかその顔は」
「……当たり前だろ。白ヒゲのおやっさんは、私の友だちである前に、海賊だ。てめぇの船も命もてめぇで守る。守れねぇなら船も命もそこまでだ。……そんな生き方、てめぇで望んでやってるんだ……。私の出しゃばる幕はない」
「ふーん………ふだんから、おれの安否を気にしまくる女のセリフとは思えねぇけど」
「お前は海賊じゃねぇもん」
「そういうもんか?」
「それにしたって………おやっさんを倒すのは、骨が折れるだろうぜぇ……! 正直、白ヒゲ海賊団全員でかかっても、倒せるのかどうか……」
「ザッザッザッザ! 白ヒゲと殴り合ったお前がいうと、説得力がちげぇな!」
「いや……私の時は、本気でケンカしたわけじゃねぇし、かーなり手加減されてたと思う」
「島の地形がかわるほど、殴り合ったってのに?」
「あの時、おやっさんが本気だったら、島なんてなくなってるよ、跡形もなく」
「言い過ぎだろ、それはさすがに」
「………と、思うよなぁ、ふつうはなぁ……」
世界で指折りの強者ともなれば、島を1つ消し去ることもできる。政府の犬、とさげすまれる、世界政府に恭順し、政府の公認をえた海賊、〈王下七武海〉に名を連ねる奴らでさえ、それができるのだ。
わざわざ政府に認めてもらわなくとも、政府と真っ向から対立しつづけることができている海賊たち、〈四皇〉ともなれば、どれほどか。
おやっさんのあの怖さは、実際に殴り合ってみなくちゃ、想像すらできねぇよなぁ……。
「かわいそうになぁ、その、ポーク……」
「ポルクだ」
「うん、ポーク」
「豚肉じゃねぇよ!」
海の上からいくらか遅れて、この島にも朝が来たらしい。
木板の壁のあちこちに空いた隙間から、ぼんやり日光が入り込んできた。ワントーン明るくなった視界の中で、サリーの、とび色の瞳がよく見える。
「お前がここに遊びにくるのは、いつも決まって、夏の盛りと、年の終わり。それ以外で来るときは、デカい事件を起こした後か………デカい事件を起こす前に、情報収集がしてぇとき………………で、今日はなにを聞きにきた?」
「んー……」
本題だった。これを聞かねば、私は動けない。
半分になったグラスをかたむけ、琥珀の色味を、無意味にながめる。
「サリー……。モンキー・D・ルフィって、知ってるか」