楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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5.笑う少年と掛け違い

 異世界・チキュウで、ひろく親しまれていた物語、〝ONE PIECE〟。

 私の生きるこの世界の、この時代をえがいた作品〝ONE PIECE〟の主人公こそ、モンキー・D・ルフィである。

 

 イーストブルー〈東の海〉という地域にうまれた、勢いのいい少年だ。

 なにものにも縛られない〝自由な海賊〟にあこがれたルフィは、兄との約束のもと、17歳で海に出る。

 

 ルフィが船出するその日こそ、〝ONE PIECE〟という物語が動き出す日。

 運命がうごめきだす、スタートラインだった。

 

 ルフィの実在はすでに、確認している。

 本人に会ったわけでも、本人を見たわけでもないが、ルフィの祖父から直接、話をきいたのだから、間違いはないだろう。

 

 ONE PIECEにも登場していた、ルフィの祖父、モンキー・D・ガープは、海兵だ。

 グランドラインに駐在する将官であり、色んな意味での危険人物でもあり、私の知人でもある。

 そのガープ中将から聞いた話がまちがっていなければ、今年、ルフィは17歳になるはずだった。

 

 海兵のくせに傍若無人、人の話を聞きやしない、あんたホントは海賊じゃねぇのかと言いたくなるほど好き勝手に動いては、気ままな言動をぶちかますガープ中将だが、さすがに、孫の話にまちがいはないだろう。

 

 ルフィの誕生日は、5月5日。

 ONE PIECEにも、そう書かれていたと思う。ガープ中将もそう言った。

 ONE PIECEに描かれていたルフィの性格からして、17歳になったその日に船出するのだろうとは予想がつく。

 

 今年の5月5日………海円暦1522年の5月5日こそ、すべてのはじまりの日になる、はずである。

 

 エースの出奔も、サッチの死も、ティーチの失踪も。

 本来ならば、5月5日以降に起こるはずなのだ。

 

 今日は、海円暦1522年の、4月1日。

 サッチの死は3月の15日に起こり、エースの出奔は3月20日。状況が動き出すのが、早すぎる。

 

 このズレの正体は、なんなのか。

 〝ONE PIECE〟の知識を未来予知として頼りにする以上、ズレの理由を確かめておかねば、今後の動きに支障がでる。

 

「おー! やっぱり! お前も気になったか! 海賊、モンキー・D・ルフィ! そうだよおそらくお前の読み通り! 海軍の英雄! モンキー・D・ガープの、実の孫だ!」

 

 たのしげにそう言ったサリーは、グッと体を横に倒して、一枚の手配書をとりだした。今時めずらしい、羊用紙である。紙にコピーされた手配書ではない、その原本だ。

 

 手配書には、世界政府の定めた、指名手配犯が掲載される。手配犯、1人につき一枚。顔写真と、名前、そいつを捕まえ、海軍に引きわたした場合の、懸賞金額がかかれたチラシだ。

 

 大きくひろげられた手が、目に飛び込んできた。その向こうに、いたずらっ子のような少年の笑顔がうつっている。

 その少年がかぶっているのは、〝海賊〟には似つかわしくない、赤いリボンの麦わら帽子。

 

「見ろよこの、満面の笑み! 手配書の写真じゃねぇよな!」

「こいつ、今どこにいる?」

「今? 今は…………こいつはイーストブルーの海賊なんだが、昨日。イーストブルー最西端の島、ローグタウンから出港した。行き先は不明。追いかけてったローグタウンの海兵も、まだ島に帰ってないらしいぜ?」

「今日って、4月1日だよな」

「………それ、わざわざ情報屋に聞かなきゃ、わかんねぇことかぁ?」

「今日は、海円暦1522年の、4月、1日、だよな……!?」

「そうだけど……?」

 

 カウンターテーブルに広げられた手配書には、堂々とかかれていた。

 生死、問わず。懸賞金額、3000万ベリー。

 そして印字された名前は、MONKEY・D・LUFFY。

 

 ルフィがもう、海に出ている。どうして。

 

「………手配書はいつ発行された?」

「あ? 手配書はぁ………3月のはじめ。3月3日に手配申請があり、3月5日に、イーストブルーで配られはじめた。他の海じゃまだ配られてねぇはずだが、なんたって、モンキー・D! 海軍の英雄ガープとおなじファミリーネームだぜ!? おれもそうだが、ちょっと目ざとい奴なら、イーストブルーから手配書を取り寄せてるだろうな………。あれ? お前はどうやって知ったんだ?」

「いやお前はどうして持ってんだ、この手配書」

「ここは馬と希望の島、ホーシズ・ホープスだぜ? 遊びに来た海軍船から拝借したに決まってんだろ」

「あっ………そういうこともするのか情報屋は」

「今更かぁ?」

 

 手配書にプリントされた、鮮やかな写真。手触りをたしかめる。これはルフィが出港した後に、発行されるはずのものだ。

 チキュウのマンガ、ONE PIECEには、日付がほとんどでてこない。それでも前後関係を考えれば、これは今年の5月5日以降に発行されるはずのものである。

 

 致命的なズレが、目の前にある。言いようのない焦りが、じわじわと喉にせり上がってくるようだ。

 どうして。どうして?

 

「なぁ……イーストブルーとグランドラインじゃ、暦の数え方がちがったり……するのか?」

「しないけど? つうかお前むかし、イーストブルーに行ったことあるだろ? 暦はおなじだっただろ?」

 

 そうだ。その通りだ。だからこそ困惑してんだろうが!

 知らずと拳をにぎっていた。

 

「じゃっ………! なんなんだ………! なにか! 年の数え方がちがうとか! 日数の計算方がちがうとか! ねぇのか!?」

「あー……関係ないかもしれねぇがぁ……」

「なんだよ!」

「数え年、ってのはあるよ。イーストブルーの一部地域に」

 

 グラスをあけたサリーは、またトクトクと酒を注ぐ。

「かぞえどし……」

 私のグラスにも注がれたそれを、ただぼんやりと目で追った。

 

 自分の誕生日が来るたびに、歳をひとつ増やす。これがこの世界でも主流となる、年齢の数え方だ。

 

 数え年は、〝一年がはじまる日に、歳をひとつ増やす〟という、年齢の数え方。

 だれでもかれでも、〝その年の一月一日〟に、年齢がひとつふえることになる。

 

「……ちょっと、お前、今日、どうした!? やたらと回りくどい話し方しやがって………今度は、なにを……凹んでるんだよ?」

 

 サリーがパシン、と私の肩に拳をぶつけた。

 ルフィの住んでいた地域では、数え年、が一般的ならば。

 ルフィは一月一日に17歳となり、その日に出港したことになる。

 

「知ってた……」

「なにを!?」

「かぞえどし……」

「あそう、えっそれでどうして落ち込むことになるんだよ?」

 

 数え年は、イーストブルーだけの風習じゃない。こことは異なる世界、チキュウにも、あった。数え年のシステム自体は知っていたのだ。

 それなのに、この可能性に、どうして私は、気づかなかった。

 

「うあぁぁあああああああああああっ!」

 

 気づいていれば。

 ルフィの出港に、物語が動き出した事実に、もっと早く気づけたはずだ。

 

 気づいていれば。

 白ヒゲのおやっさんに連絡して、ティーチを見張ってもらうこともできたはずだ。一年中はりつくことは難しくても、3ヶ月くらいならば、どうにかなったかもしれない。

 

 気づいていれば。

 サッチに、もっと、やってやれる事があったはずだ。

 

「くそったれ……!」

「………大丈夫かぁ? ついに発狂? お前ストレスの多い人生歩んでるもんなぁ」

「うるせぇ……」

「のむ?」

 

 差し出されたマグカップ。いつ淹れたのか、うっすら湯気をたてる緑茶だった。潮風にあたればすぐに変色してしまうため、海の上ではなかなかお目にかかれない。

 

 底に沈んだみどりの茶葉をしばらく眺めて、握りこんだ拳をとく。力を込めすぎた手のひらには、爪の痕がついていた。ほんの僅かに血がにじんでいる。

 ボトムで手をぬぐい、マグカップを受け取った。

 

「ありがとう……」

「おー」

「いきなり怒鳴って悪かった……」

「……気持ちわりぃぜぇ? お前が謝るなんて。まぁ、まぁ、まぁ、いきなり暴れ出したわでもねぇし、それ飲んで、落ち着けよ」

「うん……」

 

 熱い茶をすすって、肩の力をとく。落ち込んでる場合じゃない。運命はもう、動き出しているのだから。

 

 私のもつ財産のほとんどは、サリーに預けてある。サリーから情報を買った場合、預けてある金の中から勝手に差し引いてもらう約束だ。

 それも、サン・ファルドで大きな買い物をしたせいで、残りが心もとない。サリーに聞けば、残金はもう2億ベリーほどしかないと言う。

 

 ふしぎだ。お金って、使うと減るのね。

 

 1000万ベリーを現金でうけとった。これだけあれば、エースを追いかける旅費には充分だろう。

 ただ生きるだけならば、海でも陸でも、自給自足をすればいい。私には、力押しでそれができるだけの地力がある。

 しかし、そんな旅では味気ない。人を探すとなれば、各地で情報を買う必要もでてくるはずだ。

 

「2億ベリーもあるのに心もとないって、カタギが聞いたら血の涙を流すぜ?」

「悪党ってのは、金がかかるもんだろ。お前の財産いくらだよ?」

「おれ? 今は……17億ベリーくらい」

「ほーれみろ、あれっ、逆転された……?」

「ふっ、去年の冬から、お前よりおれの方が、か・ね・も・ち、ですけど?」

「どーせ汚ねぇ金だろ」

「人のこと言えんのか!?」

 

 ポンポンポン、と山積みにされた札束を、ひょいひょいとリュックの中にしまっていく。いかにも汚ねぇ金らしく、使い古された札が輪ゴムで雑に止められた、10個の札束。

 1つで100万ベリーだろう。

 それを9つ、リュックに放り込み、最後の1つは腰元へ。

 ナイフホルダーの裏側には、隠しポケットがある。そこへ金をねじ込んだ。

 

「金が足りなくなったら、また賞金首でもとっ捕まえればいいんじゃねぇのか? シェルディーナ・マジェルカは、まーだ、指名手配されちゃいねぇし? ちゃんと賞金うけとれるだろ」

「……いや、お前、私、好きで賞金首ぶっちめてきたわけじゃねぇから。これ前にも言わなかったか?」

「襲われて、仕方なく、返り討ち?」

「そう」

「中でもとびきりの凶悪犯は、しょうがねぇから監獄おくり?」

「うん。ゴミ掃除も、旅人のたしなみだ」

「ひぃでぇ言い草」

「……賞金首ね…………他人の命を、金のためにやりとりするってのは、どうも……ピンと来ねぇ。金が足りなくなったら、大道芸でもやって稼ぐさ」

 

 立ち上がって振り返れば、サリーもまた立ち上がる。

 

「マジェルカ。お前……」

「……ん?」

「いや……」

 

 珍しくも、サリーが言葉につまる。そうしているとまるっきり、口下手で気弱な青年にしか見えない。

 はじめて会ったときも、その外見に騙されたのである。

 なんとなく、海賊にいじめられている、ただの少年のように見えたのだ。成り行きで助けてみれば、ところがどっこい、売った情報の価格についてモメていただけだった。

 それでも、殺されかけていたのは見た目通りだったらしく、あっけに取られた顔で、まだ少年だったサリーは言った。

『なんでおれなんか、助けたんだ?』

 

 懐かしいな。

 私はあの時、なんて答えたんだっけ?

 

「お前は……強いし、おれはお前を心配したことなんてねぇんだよ」

「ふっ………お褒めにあずかり光栄だ」

 

 茶化してみても、サリーは真剣な瞳をむけてくる。

 

「ただな。今回だけは忠告させろ。白ヒゲ海賊団のイザコザに、首突っ込むつもりなら……気をつけろよ」

「あぁ?」

「わかってる、グランドライン後半で起こってる、白ヒゲの内部抗争に、首を突っ込むつもりはねぇんだろ。だが……グランドライン前半に、白ヒゲのクルーたちが入って来てる。内部抗争の引き金となった、元クルー………マーシャル・D・ティーチ。その元上司、白ヒゲ二番隊隊長の、ポートガス・D・エース」

「……そうか」

 もうこっちに来てるのか。

 そっぽを向いて答えた声を、気にせずにサリーはつづけた。

 

「どっちか追いかけるつもりなら……気をつけろよ。マーシャル・D・ティーチは………見た目通りの男じゃねぇ。…………なぜか知られちゃいねぇ事実だが、四皇の一角、赤髪のシャンクスに消えねぇ傷を負わせたのは……ティーチだ。シャンクスは若い頃から名の知れた実力者だった。そいつの、顔に、深手をおわせて、ティーチは生き続けてきたんだぜ。……あいつは……実力を隠していると、おれは思う」

「……うん」

 

 腰元へ手をのばし、ナイフの柄をなでる。ウロコのような彫りが入った、つめたい感触。サリーがこの世で二番目に信頼する相手なら、このナイフは、この世で一番、私が信頼する相手だった。

 裏切らない相手、という意味じゃない。

 最後の最期の土壇場に、私がどれほど遠慮なく、頼り切れるか、という意味で。

 

 きっと今年の航海では、このナイフの出番が多くなる。

 

「サリー。一年経っても私がここに来ねぇとき、私の財産はぜんぶ、お前のものだ。せいぜい大事に使えよ?」

 

 指の先を突きつければ、サリーは黙った。まだ何かを言いたげだったその口が、不恰好にニヤリと歪む。

 

「マジェルカ。半年経ってもお前が来なけりゃ、おれはお前の財産、ネコババし始めるぜ? それが嫌なら………せいぜい止めに来るんだな」

 

 いつもの別れのあいさつが、今日はやけに照れ臭い。このやり取りが冗談で終わらぬ予感がするからなのか、まじまじと友の顔を見つめてしまった。

 

 片手をあげて、小屋をでる。

 小屋の中から、私を引き止める声がした。私はふりかえらなかった。

 

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