楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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二章 陰謀のアラバスタ
6.ギニャアアアアアオ!


 モクちゃん号の操舵は、ほとんどヨットのような感覚だ。

 なにせ小舟である。

 その上、素材にはすごく軽い木、クウイゴスという木材が使われているらしく、カンタンに飛ぶ。

 

 とくに、三角形をした帆、〝縦帆〟を張っている間は気が抜けない。ひとつ風をつかみ損ねれば、波に持ち上げられてしまい、舟ごとポオンと投げとばされてしまうのだ。

 その代わり、たとえ嵐で水没してしまったとしても、またふたたび浮いてくる。

 

 モクちゃん号を作ってくれた船大工は、私の人生にとびきり似合いの舟だと笑っていた。

 転んで飛ばされ沈むけど、絶対にまた、うきあがる。

 私はふつうに浮きっぱなしの人生でよかったのだが、彼からすると浮き沈みの激しさこそ、私という人間そのものだと思えたそうだ。

 

 ロープの張り具合で、帆のテンションを調整する。ピンと張れば風をつかみ、ゆるめれば風を受け流す。三角帆にいたっては、さらに左右からの引っ張り具合を変えることで、風向きにあわせた微調整が必要だった。

 たった3畳ほどの舟の上、いつも1人で大忙しだ。

 

「うっわー!」

 ボダボダボダボダッ!とあたりの海面が凹みはじめ、何が起きたかと思えば。

 快晴の空からふってくるのは、雹!

「イッテ、イッテェ!」

 5センチほどの氷の塊が、ふって………きたかと思ったら、これ、氷じゃねぇな?

 

 モクちゃん号は強い舟だが、強いのは舟だけじゃない。2つの帆とロープもまた、世界屈指の強度をほこる〝八つ足神〟の糸で作られた、〝無尽布〟と〝不断線〟。

 覇気をまとった刃物でもって、本気で斬りつけなければ傷もつかない。

 放っておいていい。

 

 問題は、舟の後方。

 床がタイル張りになった、シャワースペースがわりの一角である。

 あのタイルだけはふつうに壊れちまう!

 

「待て待て待て待て!」

 だれにともなくそう言って、身をひるがえす。あまり勢いよく移動すると、その反動で舟がひっくりかえってしまう。静かにすばやく、帆の下をくぐって後方へ。

 

 ナイフを抜き、落ちくる雹の、ひとつひとつをていねいに切り砕く。

 これもまた、勢いよくナイフを振るうと、その風圧でモクちゃん号がひっくり返るためである。帆がはってあるときは、どう頑張ってもムリ、ダメ、絶対!

 

 ピンク色をした雹が、パラパラ砕けて、タイル張りの上におちる。日差しを透かしてキラキラする様は、宝石のかけらが舞い飛んでいるようにも見える。見惚れる余裕はないけどな!

 

 前方の甲板には容赦なく、ガゴンガゴンとふりそそいでいるが、問題ない。船体にオージュ・アダムという木材がミックスされたモクちゃん号は、とても強いのだ。

 

「あばっ?」

 帆にぶつかって、はね飛ばされたのだろう。頭をめがけ、雹が一個とんでくる。なんだよこのやろう。

 くるりと手首をひらめかせ、キャッチすればやっぱり、冷たくない。

「んーん?」

 踊るように足を上げ、床のタイルを打ち壊そうとする、ピンクの雹をやさしく蹴り飛ばしていく。氷じゃねぇみてぇだが、なんだろうこれ。キャッチした一粒を、ためしにぺろりと舐めてみた。

「あま!」

 飴玉の雹だ!

 

 ようやく雹をやりすごし、その一個をくちに含んで、舌でころがす。ほっぺがボコンとふくれてしまう、大きな飴玉はイチゴ味だった。

 んーん、んまい!

 

 イチゴ味の飴玉が、空から降ってきた。なにも、ファフロッキーズなどの、特殊な現象ではない。ただのグランドラインの天気のひとつ。

 甲板にコロコロ転がる飴玉をひとつひとつ集めていると、むこうの空では黄色い霧が発生していた。ありゃやべぇ、カレー霧じゃねぇか……!

 

 スパイスをブレンドしたような、いい匂いをさせる霧。匂いをさせるだけなので、特別な害はない。ただしあれに捕まると、なにもかもが黄色に染まる。さらにはカレーの匂いが数日、こびりついて臭うのである。

 

「あれはヤダ」

 棒立ちになって、舌をだす。ぬれた舌先にぶつかる風を、かんじとって読み解くためである。

 グランドラインの風は、世界一、気まぐれだ。決まった方向にながれることはなく、常にあっちへこっちへ入り乱れる。

 おかげで少し待つだけで、行きたい方に導いてくれる風も吹く。

 ただし、吹きつづけることもないため、たった一瞬を逃してはいけない。

 

 クー、クー、と渡り鳥がとんでゆく。その一匹をめがけて、ザバアと海面を割り砕き、奇怪な姿の巨大魚が大口をあけてとびあがる。

 間一髪。

 翼をはばたかせ、器用に急停止した鳥のクチバシすれすれを、海王類の体がうねりながら通り過ぎた。

 バシャンバシャンと波がおしよせ、モクちゃん号はグラグラゆれる。

 よし。あっちだ!

 

 本日の天候は、サイクロンのち晴れのち飴玉。

 すべてを嚙みくだく暴風の天柱、サイクロンに出会ったおかげで、舟はおおきく前進した。

 

 サイクロンは、この海の暴君だ。

 大型船さえ巻きあげて、船の乗組員〈クルー〉が気づかぬうちに、船ごと粉砕してしまう。飛び散らされるミンチなんて、細かすぎてだれがどれだかわからない有様となること間違いなし。

 

 ただしそのサイクロンにも、攻略法はある。

 あまりに莫大なエネルギーが、あまりに狭すぎるスペースに封じられているがゆえ、サイクロンは不安定な存在なのだった。持続時間は、長くても30分。

 

 そのおかげで、サイクロンと出会ってしまった100隻のうち、1隻くらいは難をのがれることができる。とってもものすごーく運が良ければ、ミンチにならずに済むのである。

 

 たった一度の邂逅ならば、運だのみもいいだろう。しかしサイクロンはこの海のどこにでも現れ、いつでも発生する。

 グランドラインを航海する上で、対抗策がなにもないのは不安が募る。

 

 私は、このサイクロンの不安定さを逆手にとる、サイクロンの攻略法を見つけた。

 その名も、〝サイクロンを踏み台にするキック〟。

 

 まずはモクちゃん号ともども、己のすべてを、覇気というエネルギーによって強化する。わざとサイクロンに巻き込まれた上で、浮かびあがり、粉砕されるその直前。

 サイクロンを蹴るのだ。足で。至近距離から、思い切り。

 

 サイクロンは、竜巻のような上昇気流と、ダウンバーストのような下降気流の、二重構造になっている。

 ありえない組み合わせだからこそ、安定性にとぼしく、一歩まちがえれば、崩れ去る。

 そこまで分かれば、あとは斬撃をともなう強い〝キック〟で、その〝一歩の間違い〟を作ってやればいい。

 

 不慮の一撃によってバランスを崩したサイクロンは、爆発のような暴風を周囲にまき散らして、霧散する。

 その〝暴風〟をうまくつかめば、ただでさえ飛びやすいモクちゃん号は、勢いづいて飛んでいくのだ。

 ポーンじゃない、バビュンでもない、キーン!と、まるでホームランボールのように。

 

 きーもちんだよなぁー、あれ!

 

 時には、海中にいる海王類さえ、空高くへとまきあげて、骨も残さずすりつぶすほどのエネルギーを持つのがサイクロン。その動力を〝踏み台に〟するのである。

 舟は、短時間で、とてつもない距離を進む。

 

 あと五日はかかるだろうと思われた目的の島も、もう、すぐそこだ。

「お」

 肌にふれる空気が変わる。島の〈気候海域〉に入ったらしい。

 

 人工ではないグランドラインの島々は、その近海にまで、島固有の気候が定着する。そのエリアを〈気候海域〉と呼ぶのだが、この夏島の気候海域は強烈だった。

 

 たった今、入ったばかりだというのに、いきなり暑い。温暖なグランドラインの沖合と比べても、はっきりと気づくほど、急に暑い。

 

 太陽ごと空が入れ替わったかのようだ。

 甲板に転がっていた飴玉のカケラたちが、とつぜんべチャリと溶けはじめる。

「あっ! あーあーあー!」

 やめろ! 舟に張りつくじゃねぇか!

 

 慌てて掃除をしている内に、舟は、島へ相当近づいていた。

 ゾン、と海面がもちあがる。

 花のつぼみが豪快にひらくがごとく、ザッパアアア……ン!と、はじき飛んだ海水の中から現れたのは、巨大な猫。

 

「ギニャアアアアアオ!」

 

 波を震えあがらせるような雄叫びだった。

 

 猫である。デカすぎるものの、どう見ても猫である。

 海面からのびあがるのは、白い毛並みの、巨大なわき腹。そして肝心の腹部には、エメラルドグリーンの鱗がびっしり煌めいてる。

 

 立ち上がって見上げても、顔など見えない。どうにか見えた猫らしきヒゲも、一本一本が、私の腕より太そうだ。モクちゃん号を一口で丸呑みにできそうな下顎は、しかし猫らしく、もにゅんもにゅんしている。

 

 上半身は、哺乳類。下半身は、魚。

 このグランドラインにのみ生息する巨大生物、〈海獣〉の一種だった。

 たしか、そう、こいつの名は〈海猫〉。

 

 勢いよく出てきてくれやがったものだから、海面がうねりにうねる。小舟は、前後左右にグラグラゆれる。

 おまけに海猫の体毛からは、まるきり滝のように、海水のしずくがドッシャアアア!と垂れ落ちてくる。

 

「グルルルルルゥ?」とのどを鳴らして、海猫がグウッ、と下を見た。びしょ濡れになった額をグッと拭った、私の視線と視線がかちあう。

 

 海獣は、強い。

 パワーも体格も、小型の海王類では相手にならないほどである。

 さすがに、海上での戦いならば私も負けはしない。ただし。水中に引きずりこまれてしまったら、どうなるか断言できなかった。

 

 こいつら、哺乳類の上半身をもっているというのに、水中での呼吸が可能なのだ。なおかつ、陸上での呼吸もできる。

 肺呼吸なのかエラ呼吸なのか、そもそも呼吸をしているのか、すべてが謎に包まれた存在だった。そのミステリアス具合から、場所によっては〝神〟とあがめられることすらある。

 

 海猫は、私の行く手を妨げるように、島を背にして静止する。こいつ立ち泳ぎうまいな。

 日光をキラリと弾く、濡れた毛並み。この腕をめいいっぱい広げても、まだ余るだろう、巨大な猫目がほそめられ、

「ギニャアアアアアアオ!」ともう一鳴き。

 

 先手必勝である。

 私は動いた。

 ぐ、と腹に力を入れ

 

「私はマジェルカ! シェルディーナ・マジェルカ! 旅人だぁ! サンディ島には、友人に会いにきたぁ! しばらくの間ぁ! 邪魔するぜっ! どーぞ、よろしくっ!」

 

 ぺこりと一つ、会釈する。

 

 島の気候海域をナワバリとする海獣は、その島の守り神。

 そう言われるには訳がある。

 なぜかしら、海獣は自分のナワバリへ入ってきた人間の船を、様子見にくるのだった。

 

 襲うつもりならばはじめから、船を壊すことなど造作ない。海中から噛みついてもいい、すれちがいざま体をこすり当てるだけでもいい。魚の機動力と、海王類にならぶ異常なウェイトとパワーをもつ海獣ならば、一瞬でカタがつく。

 

 しかしなぜだか海獣たちは、みながみな、わざわざ、〝うっかり人の船を壊してしまわないように〟そうっと海上に顔をだし、相手の出方を観察するのである。

 先ほどの〝ザッパアアア……ン!〟も、海獣からすれば〝そうっと〟の内に入る。

 

 彼らはきっと、人より賢く、人より心がデカイのだ。

 ナワバリとは、自分の家。断りもなく自分の家に入りこんできた生き物のことを、邪険にせず、攻撃せず、まずは互いを知ろうとする。

 

 巨大な猫の上半身は、私のおじぎに一拍おくれて、ぺこりと会釈を返してきた。まだ残っていた海水が、毛の先からボッタボッタと落ちてくる。

 水を受けとめたモクちゃん号は、もう、タップタプだ。沈んでるんだか浮いてるんだかわからないほどだが、なぁ、私の舟を沈めにきたワケじゃねぇんだよな?

 

 私の名乗りに、納得してくれたらしい。海猫は、「ギニャアアアアアアアアおおぉぉぉおおぶぶぶ」と声をのこし、ゆっくり海中へと沈んでいく。

 

 最後、これまた巨大な耳にある、ピアスのような部分がキラリと日差しにきらめいて、海獣の姿はみえなくなった。

 

 ざぶんざぶんと乱れた波。

 見通しのよくなった視界には、海猫の腹の代わりに、島の姿が目に入る。

 

 黄金色の島だ。目をほそめれば、日差しにきらめく金塊のよう。

 どこまでも広がる金の大地は、ひたすらの砂漠である。

 

 夏島の中でもことさら強烈な暑さをほこる、砂漠の島、〈サンディ島〉。

 カラカラに乾いた大気のなせる技なのか、その上空には色がない。

 

 サンディ島は、グランドライン前半の中でも一二を争う広大さを誇る。海から眺める今でさえ、異国の空気がどこまでも続いていた。そして、そこに混じる、不穏な気配。

 おかしな世界に足を踏み入れようとしているかのような、いい知れぬ不快感と、興奮が、肌をジリリと焦がす。

 

「いや、アッツ!」

 肌を焦がすのは紫外線かもしれねぇが。

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