楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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7.砂の島と白き民

 サンディ島を訪れるのは、これが二度目だ。

 他の海にも行ったことはあるものの、私のホームグラウンドは、グランドライン前半の海。ここで実在が確認されている島は一通り訪れている。

 サンディ島もその一つ。来たのは四年前だったかな。

 

 サンディ島の中央には〝ゴーダの死地〟と呼ばれる灼熱地帯があり、それに分断される形で、サンディ島に住む人間たちのエリアは、北と南に分かれている。

 

 北にひろがる荒野のエリアが、遊牧民・トグルの民がくらす、トグル自治区。前回私が訪れたのは、このトグル自治区だ。

 そして〝ゴーダの死地〟をはさみ、南にひろがる砂漠のエリアこそ、アラバスタ王国。

 

 歴史をさかのぼれば、アラバスタ王国の人々も、元はトグルの民であったらしい。古来より、遊牧を生業としてきたトグルの民は、その一部が新天地をもとめ、ゴーダの死地の向こう側へと旅立った。

 その生き残りとなる子孫たちが、サンディ島の南側へと定住し、アラバスタ王国を拓いたのだという。

 

 自然環境の厳しさゆえに、千年ちかく、アラバスタ王国とトグルの民の交流は途絶えていた。

 それが、ここ10年余りで急激に交流が盛んになったのである。その理由は、ゴーダの死地を通ることなく、海路での行き来ができるようになったためだ。

 

 この海では、あらゆるものを疑う必要がある。

 

 方位磁針は使えない。天体もあてにならない。

 飴玉がふってくるような異常な大気があるせいで、光の歪みがひんぱんに起こる。グランドラインの沖合では、星の位置、月や太陽の方角すらもが幻想だ。

 荒れ狂う海原で、すすむべき方角を指し示すものはたったひとつ。

 

 ログポース〈記録指針〉。

 グランドラインの島々を、直接、指し示す、特殊な方位磁針である。

 

 グランドラインの島々は、それぞれ固有の磁力〈ログ〉をもっている。

 その磁力〈ログ〉は、なぜだか島同士をつなぎ合わせるようにひきよせあっていた。

 

 磁力〈ログ〉でできた見えない線路は、決して横にはつながらない。来た道をひきかえすようなことにもならない。

 必ず、グランドラインの奥へ奥へと進むルートとなる。

 

 ログポースは、各島の〈ログ〉を〝記録〟することで、それと引き合う磁力〈ログ〉の方向を示すもの。

 

 この特性をくみあわせると、ログポースは必ず、グランドラインの島のどれかを指し示すこととなる。

 

 ログポースを使っても、海の厳しさは変わらない。

 波に食われ、風に砕かれ、巨大生物の餌食となり、毎日、何十隻という船が、道半ばにして沈んでゆく。ログポースがあればどこへでも行けるというわけではない。

 

 それにしたって、あるとないとじゃ大違いだ。

 ログポースは何もない暗闇に照る、月のようなもの。ログポースがなければ、船乗りはただただ闇に呑まれてしまうこととなる。

 

 『親兄弟を疑おうとも、ログポースだけは疑うな』。

 こんな格言がうまれるほどに、グランドラインを航海する上で、ログポースは欠かせない存在だ。

 

 そんな魔法の道具のようなログポースにも、欠点はあった。

 〝向かう島をえらべない〟こと。

 

 ログポースに、島のログを記録させることを、〝ログを溜める〟という。

 溜め方はカンタンだ。〝一定期間、同じ島にいつづける〟ことで、勝手にログは溜まる。

 これこそが最大の利点であり、欠点でもある。

 

 一度ログが溜まってしまえば、針が指ししめすのは、別の島。

 船乗りは〝ログがたまる〟からこそ、ログポースに従って、次の島へ移動することができる。

 ただし、〝ログがたまる〟からこそ、一度出港したら、元の島にもどることができない。

 

 船をつかって、おなじ島の反対側へ行こうとしたとき、ログポースは全くこれっぽっちも役に立たないのであった。

 

 そこで活躍するのが、エターナルポース〈永久指針〉。

 これもまた、グランドラインの島々を直接さししめす、特殊な方位磁針である。

 

 ただしこちらはログポース〈記録指針〉と異なり、〝ログがたまらない〟〝指し示す島が切り替わらない〟。

 その代わり、〝ログを失わず〟〝ログを奪われず〟永遠に一つの島だけを示しつづける。

 

 大昔からあるにはあったらしいのだが、王侯貴族のみが知る、特殊な一品だったらしい。

 これが、大海賊時代がやってきたおかげで、あるいは、そのせいで、庶民の手にとどくようにもなってきた。

 国をつぶした海賊どもが、王族から奪いとったエターナルポースを、じゃんじゃん、売り払ったのである。

 

 多く流通しはじめれば、パチモンを作る奴らも現れる。

 パチモンを作りつづければ、製作技術も向上する。

 そうして今では〝一般的な〟裏商店をのぞいただけでも、安いものなら一個50万ベリー前後で手に入る。

 

 ホーシズホープスを出た私が、まっすぐサンディ島へ来れたのも、サン・ファルドで仕入れておいたエターナルポースのおかげである。

 

 すこし目端のきく新人海賊団ならば、一つ二つはもっているものだ。それを目撃した一般庶民は、〝エターナルポースという物がこの世にはあるんだなぁ〟と知ることになり、知ればだれかに話もする。

 うわさがあまりに広まれば、王侯貴族はエターナルポースの存在を隠し通せなくなっていく。

 

 ここ三、四年では、エターナルポースを利用した国家事業、なんていうのも、よく目にするようになってきた。

 他のやつらが知っているかどうかは知らないが、多くの島を行き来している私からすると〝またここでもやってんのかぁ〟という感想がでてくる程には盛んである。

 

 サンディ島・アラバスタ王国にある、ヴァメルも、その流れの一環でできた港町だった。

 

 海にドンッ!と現れた、黄金にきらめく砂漠の島。ポケットに入れておいたエターナルポース〈永久指針〉は、震えんばかりの強さでもって、あれがサンディ島だと指し示している。

 

 さきほど、〈海獣〉海猫が、私の舟に注いでくれやがったタップタプの海水を、洗面用のタライでせっせと外にかきだした。まだ3センチ程度、水が残っているが、この暑さだ。すぐに乾くにちがいない。

 

 三角帆はもうたたんである。メインマストの横帆だけでのんびり進んだモクちゃん号は、ジリリと強烈な夏日のなか、まばゆい港へ近づいていた。

 

 白い。

 砂漠の中で、ぽっかり白い町がある。

 

 砂漠の国・アラバスタ王国も、数年前から、エターナルポースを利用した国家事業を推進している。民間にサンディ島のエターナルポースを貸し出して、おなじ島の港どうしの交易を推奨しているのだ。

 

 その皮切りとして、島の反対側に住む遊牧民、トグルの民を、船をつかってアラバスタ王国へ招待した。

 四年前、私が世話になったトグルの民のおっさん、ドジョーは、おれは船にのってアラバスタ王国へ行ったことがあるのだと、毎日毎日、自慢していたものだ。毎日毎日、食事のたびに。あれはしつこかった。

 

 トグルの民の一部はそのままアラバスタ王国に残り、トグルとアラバスタの文化を融合させた、あたらしい町の開拓に着手したのである。

 その町こそ、あの白き港町、ヴァメル。

 

 かつてドジョーから聞いた通りの、清廉とした町だ。

 なんでも、トグルの民が信仰する、〝最高神〟を示す色が白であるらしい。〝最高神〟は夜明けを象徴し、友愛と親愛と………あとなんか色々なものを司っていたはずだ、たぶん。

 アラバスタ王国とトグルの民の友好をしめすため、ヴァメルの港は白で統一された町となっている。

 

 ドジョーは別れ際、そのうちヴァメルに移住しようと思っていると言っていた。

 得体の知れない旅人である私なんかを、よく世話してくれたような男である。好奇心は強く、行動力がある。移住すると言ったらするだろう。

 あの白亜の建物のどれかに、ドジョーがいるにちがいない。イカツイ顔をしているくせにユーモラスなあのおっさんは、元気にしているだろうか。

 

 海岸の一部は、きれいに整備され、波止場のようになっている。

 その奥にたちならぶ、白亜の建物と、敷きつめられた白い砂。トグル自治区で見覚えのある、独特な衣装の人々が行き交っていた。

 真っ白い、忍者装束である。……いや、ほんとに、それっぽい。

 

 白い頭巾と、白い上下。ゆったりとした上着やズボンは、裾口だけがきゅっと絞られている。砂漠の砂がはいらぬための工夫だ。

 

 そんな忍者っぽい服装に反し、トグルの民は皆が皆、ムチ使いである。

 草を刈るのもムチ。動物を刈るのも、ムチ。料理のためになにかを切るのも、ムチ。

 彼らの住む荒野、〈パーグゥの地〉では鉄がとれない。そのため刃物をつかう習慣がなく、代わりにムチが愛用されている。

 

 当たり前だが、ふつうは、ムチで肉を切ることはできない。私がみたところ、トグルの民の大人たちは、ほとんどが覇気使いだった。

 

 覇気という、万物に宿るエネルギー。それを引き出し、コントロールし、ムチを強化して、トグルの民は日々の暮らしに役立てている。

 本人たちはそれを、〝コツ〟と呼んでいた。この言葉の意味は、〝ちょっとしたコツ〟。

 

 〝覇気使い〟とは、このグランドラインでも数が少ない、〝超常的なエネルギーコントロールを行える術者〟だ。

 地方によって呼び名が異なるものの、覇気を使えるならば、海軍でも一気に将官へ昇進できる。覇気使いは、どの地域でも〝武人の最高峰〟として扱われる。

 

 その〝超常的な術〟を、トグルの民は〝ちょっとした生活のコツ〟と呼び、本当に〝ちょっとした生活のコツ〟として、みんながみんな日常的に行使しているのである。

 

 トグルの民に自覚はない。彼らが覇気をあやつる事どころか、トグルの民の存在自体、グランドラインではあまり知られていない。

 あらゆる意味で、トグルの民は、知られざる強者集団なのであった。

 

 白い頭巾を頭に巻きつけ、白い忍者装束のようなものを着た男が、タッタッタ、と波止場に向かって駆けてくる。その腰元にはやはり、ムチの柄のようなものがさしてあった。ヴァメルの港に住む、トグルの民なのだろう。

 

 強者ゆえの余裕なのか、トグルの民はみながみな、人がいい。そしてとても、のんびりしている。

 見ず知らずの者もあっさりと受け入れるが、のんびりしているが故に、熱烈な動作をすることもなかった。

 感情の表現が、とてもゆるやかなのだ。なれるまでは全員が全員、いつも不機嫌なのかと勘違いしてしまうほどだった。

 

 そのトグルの民が、波止場のギリギリまで駆けてきて、こちらに腕をふっている。

 おーいおーいと呼ぶように、両腕をかかげて派手に動かしている。

 なんだ?

 

 とりあえず、手を振りかえした。

 ちがうちがう、と言うように、港の人影は腕でバツマークを形取った。

 グッと頭巾の口元をひきずりおろし、何事か叫んでいるようだ。

 

 追い風はゆるやかである。メインの帆はそのままに、オールを一本だして、立ったままのんびり舟をこいだ。

 小舟が港にちかづくと、男の声がきこえてくる。

「あんたぁああああ! ここはダメだぁああああ!」

「ん?」

 

 島の近海、気候海域に入ってしまえば、風もゆるやかなもの。こうなると、私の操舵のウデが如実にあらわれてくる。

 

 モクちゃん号はなぜだか絶妙に曲がってゆき、トグルの民の男の元へ、まっすぐ向かおうとしない。うーん?

 痺れを切らしたように、男の方が、モクちゃん号に合わせて歩きだした。

 

「ここは、ヴァメルの港だー!」

 やっぱり、ここがヴァメルか。狙い通りにたどり着けた。幸先がいい。

 男は口元に手を当てて言う。

「他の港へ行けー!」

 拒絶されてしまった。幸先が悪いな……。

 

「私は入っちゃいけねぇのかぁ!?」

「あっ、あんた外から来た人かー! ここの港は今ー! 封鎖中だー!」

「うっそ?」

 

 モクちゃん号の帆をたたみ、オールだけでプカプカ進む。小波にあそばれるまま、岸に沿ってゆらゆら進む私の小舟の速度にあわせ、トグルの民の男性は、歩きながら教えてくれた。

 

「なぁ、目の錯覚かと思ったが……あんた、肌が……真っ黒だ……!? なにがあった、火傷か? その舟も、小さすぎる。それでは外海を渡れない。近くで船火事でもあって、逃げてきたのか?」

「ちがうちがう。私はマジェルカ、シェルディーナ・マジェルカ、旅人だ! ものっすごく強いんでね、この小舟で海を行き来してる」

「……さすがに分かるぞ。冗談だろう?」

「この肌の色は、うまれつき! 健康丈夫、自慢の肌だ! 火傷でもない、病でもない、残念ながら魚人でもない。チョコレートみたいで、セクシーだろ?」

「……うまれつき……?」

「あれっ? もしかして、この島じゃあ、珍しいのか?」

「他の島では、それがふつうなのか……? おれは聞いたこともないよ」

「へーえ、この街にはいないのか、私みたいな肌の奴。だからそんなに驚いてるんだな?」

「このサンディ島にはいないと思うぞ……? しかし、そういう民族もいるのか、世の中には……! 知らなかった、失礼した」

「いいさ、いいさ! 気にするな! 心配してくれてありがとう!」

 

 この肌、この島にはいない、というか、世界に私しかいませんけどね。

 

 この海では情報の行き来がすくない。〝外の島じゃふつうなんだな〟と一度、思い込んでくれたなら、そのカンチガイが訂正されることはないだろう。

 相手からすれば、私は、ただでさえ、得体の知れない異邦人。

 余計な疑念を減らすにこしたことはない。

 

 アラバスタ王国は今、三年にもおよぶ大干ばつにみまわれている。それにともない、反乱軍が結成され、王の真意を明らかにするという大義の元、各地で武装蜂起が行われているそうだ。

 

 干ばつと反乱の件は、新聞で読んだ。トグル自治区にはどちらの被害も及んでいないようだったため、あまりに気にしていなかったが、事態は深刻化しているらしい。

 

「〝王の真意〟ってなんのことだ?」

「さぁ……おれはアラバスタの民じゃない、トグルの民だ。ああ……トグルの民というのは、」

「知ってる知ってる、昔この島に来たとき、トグルの民のドジョーっておっさんに、世話になったことがある」

「そうなのか。前にも来たのか。その小さな舟で……!?」

「反乱軍は、干ばつを、王のせいにしてるってことか?」

「いいや。おれも聞きかじっただけだが………」

 

 干ばつにみまわれているのは、アラバスタ王国のとある一ヶ所をのぞいた全地域。

 その、渇きをまぬがれた一ヶ所というのが、王のおわす、王都アルバーナであるという。

 

 二年前、アラバスタ王国の主要な港町、ナノハナで、積み荷がばらまかれる事故があった。

 町中にとびちったのは、銀の粉。

 運んでいた人員は、こう叫んで、どこぞへ姿を消したという。

 『王宮に運ぶはずの、ダンスパウダーが、飛び散ってしまった』と。

 

「ダンスパウダー……!」

「あぁ、あんたは知ってるのか。おれはこの事件ではじめて聞いた。学がなくてはずかしい……。トグルの民は砂漠の民だ。砂漠を生きぬく知恵ならば負けないが、それ以外には、少しうとい……」

 

 モクちゃん号の舳先が、一歩間違えれば、島の沿岸にふれそうなほどの近さである。相手が陸にいるとはいえ、気まずげな男性の表情まではっきり見える。

 しかし、知らぬことを恥じる理由はないだろう。なぜならダンスパウダーは、文明から存在を否定された発明品だ。

 

「ダンスパウダーを使うと、他の場所から雨をうばうことができると聞いている。それで……アラバスタの王が、他の町から雨を奪っているという、疑いがもちあがった。アラバスタ全土でつづく大干ばつは、国王がダンスパウダーを使っているせいだと………。反乱軍は、そのために結成されたんだ。王の罪をあばくため、もしくは、王の潔白を証明するために」

 

 チャプチャプと、波は舟とぶつかりあう。チキュウの知識を呼び起こそうと、海の彼方に視線をとばす。

 

 チキュウのマンガ、〝ONE PIECE〟の中では、主人公ルフィの率いる〈麦わらの一味〉が、アラバスタ王国を訪れていた。

 目的は、〝王下七武海を倒す〟こと。

 

 キーマンとなるのは、アラバスタ王国出身の少女・ビビ。

 ルフィ率いる海賊団、通称・麦わらの一味は、グランドラインを航海する中、とある島で、ビビと出会う。

 ビビが故郷をはなれ、海に出たのは、〝自分の故郷に入りこみ、支配しようとしている、王下七武海を倒すため〟というものだった………はずだ。

 

 その夢を後押しするため、麦わらの一味はビビの故郷・アラバスタ王国を訪れ、そこに跋扈する海賊、王下七武海の1人を倒す…………というストーリーだった、はずだ、たぶん。

 

 〝ONE PIECE〟の知識を思い出したのは、2歳の頃。それから約20年、人生いろいろあったので、細かいところは忘れてしまっている。

 主人公ルフィが描かれたイラストの構図ならばわりと鮮明に覚えているが、記憶があいまいになった部分も多い。

 

 ダンスパウダーなんて代物、〝ONE PIECE〟に出てきていただろうか。

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