楽園の悪鬼   作:我輩=メイじゃもん

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8.破滅の粉と無色の瞳

 私がサンディ島へやって来たのは、マンガ〝ONE PIECE〟の内容をアテにしてのことだ。

 ONE PIECEには、アラバスタ王国へたどり着いたルフィが、エースと対面するというシーンがある。

 エースとは、あのエース。

 白ヒゲ海賊団二番隊隊長、ポートガス・D・エース。

 

 マンガ〝ONE PIECE〟の内容の多くは、未来の予言となっている。すでに起こったできごとを〝ONE PIECE〟の時系列とかさねれば、ルフィとエースの対面シーンは、これから起こる〝未来の出来事〟。

 アラバスタ王国で待っていれば、遠からず、エースがやってくる。

 

 実際に、2人が出会う地点は忘れてしまった。しかし私は、見聞色の覇気がつかえる。加えて、アラバスタ王国の情報屋をたよれば、エースの所在はつかめるだろう。

 

 エースは、白ヒゲ海賊団の最高幹部である。めったにいない凶悪犯であり、なおかつ、海の皇帝〈四皇〉のうちのひとり、白ヒゲの側近の1人。注目をあつめないわけがない。

 少なくとも現地の情報屋が、この男を無視するわけもなかった。

 

 ルフィに会ったことはないが、エースには会ったことがある。居る町さえわかれば、見聞色の覇気をつかい、本人をさがすことは造作ないはずだ。

 

 人の体質が年齢とともに変わるように、その人物がもつ気配も、おおきく変わることがある。エースに会ったのはもう、三年も前のこと。あの頃とおなじ気配かどうかはわからなかった。

 しかし、悪魔の実の能力が放つ気配は、一生変わらない。

 

 エースは、〝自然現象に変化できる能力〟をもつ、ロギア系・悪魔の実の能力者である。

 

 悪魔の実は、希少な果実。

 その中でも、ロギア系・悪魔の実は、ことさらに数が少ない。

 ロギア系の気配をたどれば、エースをとらえることも、そう難しくはないはずだ。

 

 ONE PIECEの主人公である、ルフィもまた、悪魔の実の能力者である。こちらはパラミシア系。

 動物に変化できるゾオン系でもない、自然現象に変化できるロギア系でもない、系統だっていない能力が〝パラミシア系〟とくくられる。

 

 通常、見聞色の覇気で感じとれるのは、生物の気配のみだと聞いている。

 しかし私の場合、なぜかは知らないが、悪魔の実の能力だけを感じとり、そのおおまかな種別を見分けることができる。

 

 この島でロギア系とパラミシア系の悪魔の実の能力者が、親しげに話している気配があったら。

 それは高確率で、エースとルフィだ。

 

 うろ覚えの〝ONE PIECE〟知識では、サンディ島での、エースの細かな動向はわからない。しかし私の見聞色の覇気をつかえば、問題なくエースと会えるだろう。

 

 冒険物語の主人公であるルフィは、いつでもどこでも事件を起こす。彼の気配を覚え、ルフィのそばへ近寄らぬように気をつけてさえいれば、トラブルにも巻き込まれないはずだ、と、アタリをつけていたのだが。

 

 ダンスパウダー。ここでその名を聞くとは思わなかった。

「……ダンスパウダーなんつう代物が話題になってるのか……」

 厄介ごとのニオイしかしねぇ。それも、国中をまきこむ、厄介ごとの。

 

「やはり、良くない粉なのか、ダンスパウダーは」

 陸地の方へと視線をもどせば、白装束の男性が、かすかに眉をしかめていた。表情の変化がすくないトグルの民の基準でいえば、ものすごく苦渋に満ちた表情だといえる。

 

「雨をうばう粉なのだろう? 今はまだ、トグル自治区に影響はないが……もし本当に、アラバスタの国王が、ダンスパウダーをつかっているとして………それが続けば、おれたちの荒野……トグル自治区も、干ばつに見舞われるように、なるんだろうか」

 

 知らず知らず、手が腰元のナイフに伸びていた。ナイフの柄を、そうっと撫でる。

 考える時のクセだった。

 真実を、言っていいものだろうか。言わなければ言わないで、不安を暴走させてもよろしくない、のか?

 ウロコのような凹凸をもつ、私のナイフの冷たい柄。迷うくらいなら言っちゃえよ、と私のナイフが言っている、ような気がする。

 

「あー………のよ。ダンスパウダーが、雨を奪う粉だっていう話は……デマだ」

「………デマ? うそなのか」

「ああ。ダンスパウダーの使い方、知ってるかい?」

「知っている。ダンスパウダーは、燃やして、煙にして、空にあげると、雨雲をつくる。ダンスパウダーは、雨を降らせる粉だ。ただし、その雨は、他の場所でふるはずだったもの。………ダンスパウダーを使うと、他の場所から、雨を奪う形になる。………あっているか?」

 

 あっている、と言えばあっている。

 世界政府が公表しているダンスパウダーの説明は、この男の言う通り。

 しかし、その〝公表された事実〟そのものがデマなので、正確な情報ではなかった。

 

「あー……。信じるか信じねぇかは、あんたに任せよう。世間でひろく信じられている、ダンスパウダーの実態は、あんたが今言った通り。ただ……私の知る限りでは、ダンスパウダーでは、雨を降らせることはできない。雨を奪うこともできない」

 

 トグルの民の男性は、澄んだ眼差しで私を見た。ふだん見ているものが瞳に宿るのか。その静謐さは、砂漠の空の無色さに似ている。

「おれの聞いた話とちがう。説明を」

 

 どこから話したものか、どこまで話すべきか。頭の中をまさぐって、言葉を放った。

 

「有り体にいえば、ダンスパウダーは失敗作だ。雨雲ができるほどの上空どころか、その煙は、上にのぼっていかない」

 男性はまばたきをする。私は続けた。

「上に行かず、地面にとぐろをまいた煙が、雨を呼ぶと思うか?」

「……上に昇らない煙、というのが……想像できない」

「まぁ、そうだよな」

 

 男性はつかのま、足を止めた。モクちゃん号がプカプカと、わずかに先行する。

 

 世界政府は、この世の覇者だ。彼らが公表した内容こそ、真実とされる。たとえ事実と違っていようと、政府の発表が正義なのだった。

 アラバスタ王国は、世界政府の加盟国。そのアラバスタの民であれば、私の話を信じないだろう。

 

 トグルの民の立ち位置は、特殊なものだった。トグル自治区は、アラバスタ王国の一部として、世界政府からの承認をうけている。

 加盟ではなく、承認だ。加盟国ではないが、非加盟国でもない。

 ある種、世界政府の影響がもっともうすい地域である。

 

 トグルの民からすれば、私の話も、世界政府の公式発表も、どちらもおなじように〝余所者の言うこと〟。受けとる個人の感覚として、ことばの重みに大した違いはないだろう。

 

 彼の心の中の天秤が、落ち着いたらしい。特別急ぐこともなく、男はふたたび歩き出す。

 

「………あんたのいうことが本当なら、アラバスタの反乱軍は、大変なあやまちを犯しているということだ」

「そうとも言えない」

「なぜ」

「ダンスパウダーで雨を生むことはできない。ただし、ダンスパウダーを煙にして、焚きあげると……別のものが生まれる」

「なにができる」

「………死の霧。すべての生きとし生けるものに、破滅と苦痛をあたえる、霧………」

 

 心地よい潮風と、痛いような夏の日差し。説明をもとめる男の視線には気づいていたが、私はこれ以上、話すつもりはなかった。

 口に出したくもない。

 

 ダンスパウダーの名の由来は、雨を降らせることに成功した人々が、よろこびのあまり、踊り狂ったから………という説もあるが、あれはとても優しい嘘だ。

 

 裏社会には、様々なものが出回る。世界政府が発行を禁じた、書籍のたぐいや、世間から抹消された記録書などもその1つ。

 

 どうして私の肌は黒いのか、かつて、己の肌の由来について知ろうとし、本を読み漁ったことがある。それらしい専門書をあらかた読んでも一切記述がなかったため、闇マーケットに流通する禁書のたぐいに手を出した。

 

 闇マーケットに出回る禁書は、試し読みができない。内容に目を通せるのは、購入したあとだけだ。あらすじなどもわからずに、タイトルだけで内容を推測せねばならない。

 そのせいで、関係のない本まで買うはめになった。

 ダンスパウダーに関する実験記録も、そうして偶然、手に入れたもの。

 私の読んだその冊子は、ダンスパウダーの開発チームに所属していた、ある科学者の手記である。

 

 世界政府の肝いりで、人為的に、天候を左右するためのプロジェクトが立ち上がる。

 その第一弾が、雨を呼ぶ粉の開発。

 理論上は完璧な出来栄えだったらしい。

 実験地として選ばれたのは、干ばつに苦しむ、ウェストブルーのとある王国だった。

 

 実際に炊き上げられたとき、特殊な加工をほどこされた銀が、大気中で、どんな化学反応を起こしたのか。開発者の1人である手記の主は、あらゆる仮説を立てていた。ただしどれも、推測の域をでないことに、本人も文中で歯噛みしていた。

 

 ダンスパウダーを炊き上げた、その直後である。風下にいた人間たちが、突然おどりだしたらしい。

 まだ雨は一滴もふっていない。何事かと、彼らに近づいた研究員のひとりは、おなじく突然おどりだした。

 そして踊りながら、服が、皮膚が、目玉が耳が、溶けていったのだという。

 

 ダンスパウダーは、目にも見えないほど細かな、特殊な強酸の霧となって、ふれるすべてを溶かしていった。

 彼らは踊っていたのではない。

 強烈な痛みをもたらす、目に見えないなにがしかを、必死で振り払おうとしていたのだ。

 

 偶然にもその時、風上にいた手記の主は、すぐさまその場を離れた。そう、ダンスパウダーを燃やしつづける炎を消すこともなく。

 

 あまりの惨劇に気が動転して、ということならまだ許す余地もある。手記を読んだ限りでは、〝実験データをとるために〟あえて放置したようだった。さすが世界政府の研究員、反吐がでる。

 

 そんな奴らだからこそ、臆面もなく、ダンスパウダーなどという名前をつけられたのだろう。

 

 実験地となった、ウェストブルーの一国は滅んだ。ダンスパウダーは雨をふらすどころか、上空に舞い上がることさえなく、見えない破滅の霧となり、地上をなぶり続けたらしい。

 被害はその国だけにとどまらず、周辺諸国にも死人が山ほどでたという。

 

 現在ダンスパウダーは、世界政府によって、製造、所持、使用のすべてを禁止されている。製造法に関して〝知ろうとする〟ことさえご法度だ。

 禁止されているその理由は、〝雨を奪い合うことで戦争が起こったから〟。

 

 唯一ダンスパウダーを使用した国がその直後に滅んだこと、その周辺諸国にも死人がでたことを、世界政府は、ダンスパウダーによる雨の奪い合いで、戦争が起こったためだと結論づけている。

 

 ダンスパウダーは表向き、雨を降らせることはできるが、戦争の原因となるから禁止、とされている一品なのだ。つけ加えれば、ダンスパウダーの開発に世界政府は一切関わっていないことにもなっている。

 私の読んだ手記の内容と、まったく異なるではないか。

 それでなくとも、世界政府の主張には違和感を覚えざるをえない。

 

 周辺の国どうしで雨を奪いあう戦争がおこった、と言う割に、ダンスパウダーを使用したのははじめの一国だけ。

 本当に雨をうばいあうため、戦争をしたならば、雨をうばい返すためにダンスパウダーが乱用されるはずである。

 はじめの一国をのぞき、ダンスパウダーを使用した記録はなかった。また、国境付近で死人がでた記録はあれど、ダンスパウダーを奪い合おうとした形跡もない。

 

 一見すると無関係な、とある医師の論文のなかにヒントがあった。皮膚病に関する一冊だ。

 〝隣国でおこった干ばつの直後に、国境付近で、ナゾの皮膚病が蔓延した〟という内容である。

 

 そこに記されたナゾの皮膚病の症状は、ダンスパウダーの開発にたずさわった研究員の手記にある、〝ダンスパウダーによって溶かされた人々〟の様子と一致する。

 

 この医師の論文は、ウェストブルーで発表され、数ヶ月後に発禁となった。

 禁書に指定されたその理由は、〝無用な混乱を招くから〟。

 あたらな病気の発見が、〝無用〟なわけがないだろうに。

 

 チキュウとは大きく異なり、この世界のほとんどの地域では、〝国が承認した書物〟しか出版できないようになっている。もしもこの医師の論文が事実無根の内容であれば、そもそも、国の承認を得られず、本になることはなかったはずなのだ。

 禁書にされたことといい、その理由といい、どうにもきな臭い話だった。

 

 私の知見を総合すると、世界政府の公式発表よりも、名もなきクズ研究員の手記にある内容の方が、信ぴょう性が高いと言わざるを得ない。

 

「……アラバスタの王都で、もし、本当に、ダンスパウダーが使われたら。その日のうちにアラバスタの王都は滅ぶよ。まだあるんだろう? 王都は」

「それほどか? 雨の代わりに、一体なにが現れる?」

 

 知らねば知らぬ方がいい。質問には答えずに、語調を強める。

 

「だからこそ。反乱軍は、別段、まちがっちゃいない。本当に、国王がダンスパウダーを持っているなら、それを破棄させることが……国を守ることにもなる」

「………どちらにせよ、反乱は、止めようがないか………」

 

 ヴァメルの港が封鎖されたのは、アラバスタ王国で起こっている、反乱の影響だという。

 なんと先日、アラバスタ王国の軍人、約30万人が、反乱軍に寝返ってしまったのだとか。

 

「30万人!? 30人じゃなく?」

「30人なら騒ぎにならない」

「そりゃそうだ! 大丈夫なのかよ、それ……」

「……それで、港の警備兵が、足りなくなっている。このご時世だ、海賊がくることもある。主要な港を手薄にするわけにはいかない。……ヴァメルの港は、文化交流の場、という側面が強い。………他の港を封鎖するより、ヴァメルを閉じた方が、道理にかなう」

「でも、人が結構いるぜ?」

「女子供は、全員、もう避難した。トグル自治区に戻ってる。男たちも……近いうちに、避難する予定だ。沢山の港が封鎖され、人の往来もなくなっているからな………」

「あー……そうなのかぁ……なんかさみしいし……大変だなぁ」

 

 でもさ、そうすると、どこに舟を停めりゃあいいの?

 

「あんたは、この先にある、ナノハナの港に行くべきだ。あそこは海軍船も来るような、アラバスタ王国の玄関口。………今、アラバスタ王国に入るのは……良い判断ではないと思うが……ログポースを使って、ここまで来たのだろう。ログポースは、ログを貯めなければ、次の島にいけない。だから滞在しないといけない。そうだな?」

「あぁ、その通りだよ」

 

 ここまではエターナルポースでやって来たが、島をでるときはログポースを使う予定だ。

 肯定すると、男は真剣な顔でうなずいた。

 わかるぞ、わかる。一見すると深刻そうな、トグルの民のこの表情は、得意げになっている時の顔だ。

 はいはい、あんたが物知りだってことはわかったよ。

 

「サンディ島のログは、5日でたまる。ナノハナは、ヴァメルよりも大きい、栄えた街だ。警備兵もたくさんいる。5日くらいなら大丈夫だ、きっとな」

「そうかぁー……」

「この島の沿岸沿いに、このままこの向きでまっすぐ、東にすすむとナノハナだ。……あぁ……途中には、海のようにおおきな、川がある……その川の向こう側に、ナノハナはある」

 

 男がまっすぐ指差した先に、港町などちっとも見えない。あるのは水平線と、砂で描かれた地平線だけ。相当遠いらしい。

 

 行くのはかまわない。しかしだな。そんなに立派な港なら、関所があるんじゃねぇのかな。

 

 アラバスタ王国は、世界政府の加盟国だ。

 その関所が、世界政府の国民ではない私のことを、受け入れてくれる気がしねぇ。

 

 今回だけは、適当な岩場に舟を停めようとも思えない。一体いつ、島のどこに、エースが来るのかわからないのだ。モクちゃん号をながく放置することになるかもしれない。

 できれば、きちんとした港に預けたい。

 

 だからこそわざわざ、(良くも悪くも人が良すぎるために、ガードがゆるいであろう)トグルの民がいる、ヴァメルの港を目指してきたんだが……。

 

「そっか、でもそこまで大きな港ならさぁ、なんか、港の利用に、なにか、必要だったりするのか?」

 

 しらばっくれて聞いてみる。世界政府加盟国の港をつかうには、世界政府加盟国発行の、許可証が必要なんだろ、知ってるけどさ。

 

「港の利用には、世界政府加盟国が発行した、渡航許可証があれば………持ってないのか」

「……んーん……!」

「あんたは持ってなさそうだ」

「んーん!? んー……!」

「海賊ではないんだろう?」

「海賊じゃあねぇ!」

 

 海賊ではない。悪党じゃないという意味ではないが。

 

「なら……」

 トグルの民の民族衣装、白い忍者装束の胸元に手をさしこんで、男性は一枚の帳面をとりだした。

 そこに何かをさらりと書き、ぷちりと破る。

 

 なんだこいつ忍者かよ。腕をのばしたら、袖口からペンが飛び出してきたぞ今。あっまた、するっとペンが隠れていった、は? 忍者かよ?

 

「これを、港の役人にみせるといい。渡航許可証はヴァメルの港で確認済み、という証明書になる。これがあれば、ナノハナで渡航許可証を見せなくても、呼び止められることはない」

「……いいのか?」

 

 海上に、ひらひらと差し出された紙切れ。じっと見つめて問いかければ、男性は小さくうなずいた。

 

「ダンスパウダーの話を教えてもらった、授業料だ。……おれたち港の役人は、悪い奴を島に入れないために、ここにいる。あんたはアラバスタ王国を憂いて、色々と教えてくれた。他人の国を心配する人間が、悪い奴であるはずがない」

 

 また、あの瞳だ。どこまでも無色な、凪いだ瞳。

 

「……ありがとう。もらってく」

 

 本当に悪い奴は、平気で、人を心配することだってできるんだぜ。罪悪感がうすいから、いくら悪いことをしてきても、カンタンに善人ズラができるんだ。

 私はあんたらのその、人の良さを利用するためにこの港に来たんだよ。

 

 そんな本音を言わされそうになる、あまりに凪いだ視線。グッと想いを飲み込んで、紙切れをうけとった。

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