─二度目の人生─
1984年12月16日
人として
時の流れは早いものだ。
生まれたての頃は確固たる意識がある訳ではなかった。と思う。多分。
そこらへんの記憶が、さっぱり思い出せない程度には曖昧なのだ。
つまり、逆説的にその頃は自我が希薄だったのだろう。
仮に魂という存在があるとして、肉体という器に馴染むための準備期間とでもいうのか。
ノンレム睡眠の最中に、無理矢理に叩き起こされたような酷い倦怠感、そして再度の休眠。
どれほどそのサイクルを繰り返したのだろうか。
気付けばいつの間にか五感の機能が正常に稼働しており、自我が完全に定着していた。
それが生後半年を迎えた頃の話である。
この時だ。俺は
────転生。
そんな荒唐無稽な事実に、戸惑い以外の感情を覚えなかった。
まず真っ先に、お世辞にも幸福だったとは言えない
……断言できる。その手の奇跡を授かるような、敬虔な人間ではなかった、と我が
生まれ育ったお国柄のこともあってか、宗教やら神と言ったものにはてんで無頓着に育った。
挙句、クリスマスと称して飲み食いして騒ぎ、その一週間後には初詣という混同っぷりである。
そんな自分が、
毒にも薬にもならなさそうな事ばかり考えていた。
なにせ、時間だけは膨大にあるのが赤ん坊という不自由な存在だ。
起床している間は、考え事、調べ事、
思考の一環として、死に際の事を改めて回想しようと試みる事は何度かあった。
しかし凡そのシチュエーションは思い出せるのだが、ディテールが全く浮かんでこない。
何度掘り返そうとも、その殆どが不明瞭のまま今日に至る。
深い靄がかかったように、霞んで細部まで見通せない。
ただ、乗り物に跨り、酷く急いでいたような気はする。恐らくオートバイの類だろうか。車種はこれっぽっちも思い出せない。
ソロだったような気がするし、タンデムだったような気もする。
走っている道路も理由は解らないが凄まじく混雑していたような覚えがあるようなないような。
そんな状況に大型の何かが突っ込んできて、巻き込まれて────そこから先はもう何も思い出せない。
大型トレーラーか何かだったのだろうか?……事実なら、間違いなく俺の死の翌日の朝刊で一面を飾っただろう。
まとめてみると、高熱が出た時に見る夢のような……とにかく只管に現実感がないのだ。
何度目かの記憶への潜航で、相も変わらず出ない成果に辟易してそれ以降はもう
なにはともあれ、事故で死んだのは間違いなさそうだし、俺はもう
何時までも過ぎた事に構っていられない。
戦わなくてはいけないからだ。
現実と。
そう、腹が減っては戦は出来ぬのだ。
俺は赤ん坊。故に。
食事は────当然、母乳であった。
「えいじちゃーん?はぁ~い、おっぱいでちゅよ~?」
なんて言われて、もう本気で泣きたくなった。
乳離れしたタイミングで目覚めろよ、My自我。
そうキレ散らかしたかった。
ちなみに、
どういう漢字が宛がわれているのかはまだ調べちゃいない。
苗字は「ふわ」のようだった。こちらもまだ確認した訳じゃないが、恐らく漢字表記は「不破」だろうか?
「ふわ えいじ」────それが今の俺の名前のようだ。
苗字のほうはかなり珍しいと思うが、無いわけではないし、いい名前だと思う。響きが格好いい。好みだ。
しかし、俺は性癖は極めてノーマルだと自覚している。
母乳プレイとかマニアックにもほどがあるので簡便してほしかった。
そんな経験、自我がある時にしとうない。
勿論、始めは拒絶しようとしたのだ。嫌だから。
だが母親らしき人物が物凄い悲しそうな顔をして────。
「う、うぐ……あなた……エイジちゃんが急におっぱい飲んでくれなくなって……まだ乳離れの時期じゃないのに……」
なんて父親らしき人物に向かって涙ぐむのだ。反則である。
二人とも困った顔をしていた。そんな反応を見て尚、拒絶出来る身勝手さを俺は持ち合わせていなかった。
一度目の人生では父親が早々に他界し、母も後を追うように亡くなり、ほとんど父方の祖父母に育てて貰ったようなもの。
その祖父母も俺が成人したあたりでまるで遣り残すことはないというかのようにあっさり死んでしまった。
だから円満で暖かい家庭と言うものには常々憧れていたものだ。
せっかくの二度目の人生。こんなところで両親との遺恨を残したくは無い。
俺は覚悟を決めた。ちょっと羞恥心を押さえつけるだけだ、と。
確か1才前後で離乳食にシフトしていくはずなのだ。
それまでの辛抱だ、耐えるのだ、と。
頑張れ、俺、超頑張れ、と喝を入れ、母乳を摂取した。
マズいとまではいかなかったが、味が薄かったという事が印象に残っている。
辛すぎる食事を乗り越える決心がついた後、念入りに時間を掛けて行ったのが身体機能の確認だった。
はっきり言って期待はしていなかった。
当時、未だ生後半年を過ぎた段階。まだ碌に動けるものではないだろうと、半ば諦めていたからだ。
すると驚いたことに、立って歩くことに成功した。
壁に寄り掛かってではなく、二本の足で、である。
しかも、喋ることも出来た。
どうやら赤ちゃんという存在を見くびっていたようだ。
世間一般から見れば生後半年でこれは余りにも早熟だろうが。
神経系の成長が早いらしい。
前世の知識と経験があるとはいえ、体が付いてこないだろうと思っていたのでこれは僥倖だ。
両親は「うちの子はもうしっかり喋るし歩くし天才だな!」などと喜んでいた。
勿論、多少の罪悪感はあるが、演技している。わざわざ自分から実は転生したんですよーなんて広めて頭のおかしい子扱いされるのは嫌だ。
いや頭おかしいどころか、普通に考えたら悪魔憑きか何かだと見做されてもおかしくはない。お祓いに連れていかれるのは御免だった。
あくまで「一般常識の範疇において早熟で賢い子」だと認識される程度の行動に収まるよう、周囲に気を使う羽目になった。
……いや、例外としてトイレだけはそういったことを考えずに自重せず、自分で行くようにした。オマルだが。
生後半年で自主的に行くというのは一般的に異例も異例なのだが、お漏らしだけは避けたかったのだ。
……精神年齢的に、お漏らしは辛すぎた。
オムツをしているからお漏らししてもいいなんてことは決してない。
単純に不快なのだ。重ねて言うが、俺の性癖は普通だった。
────そして、時は今。
避け得ない多種多様な面倒事があった訳だがそれら難関を全て突破し、俺は今日、無事に1歳を迎えることが出来た。
先ほどまでテーブルを囲んで誕生日を祝ってもらっていたばかりだ。
今は寝たふりをしながら脳内会議をしている。
今日を一つの転機としよう。
いい機会だ。意識的には丁度半年、体の起源からすれば丁度一年。
定めるべきだろう。
今後の身の振り方の方針を。
半年前の覚醒の日から、俺は行動を開始していた。
調べ事────この世界の情報収集である。
動き回れるならば行動しない訳にはいかない。
俺はどんな世界の、どんな星の、どんな国に生まれたのか?
両親の会話、テレビに映される世界、目に付いた様々な文字の羅列、etc,etc。
身の回りで手の届く、視線の届く全ての範囲から情報を読み取った。
……まぁ、自分の名前や両親の喋る言語であらかた予想は付いていたが、ここは地球の日本のようだ。
入ってくる情報の全てが日本語だったから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
肝心の時間だが……俺の意識が覚醒した時点での西暦は既に1984年だった。
そして俺の誕生日である今日は、1984年12月16日で間違いないようだ。
生まれ変わりの際に過去へと遡ってしまったのかと思い込んだ。
輪廻転生とやらは時間を超えて過去へと逆行することも出来るのか、と。
だがそういった疑問も、すぐに消えていく。
安堵したのだ。言葉が、そして何より自分の常識が通じる、と。
そう思った。
……が、更に情報を収集していくことによってそれは勘違いだと気づかされることになる。
所々で両親の会話に入り込む、俺の知る1984年の日本の情報と、この世界の日本の情報との齟齬。
────戦争中?……どこと、どこの陣営が?湾岸戦争にはまだ早い。冷戦こそ続いていたが、1984年現在に日本から見て戦争と呼ばれる規模の争いが起きているのはおかしい。
────日本帝国?……第二次世界大戦は何十年も前に終わったはずだ。時代錯誤が過ぎるんじゃないのか?
────戦術機?……戦闘機の聞き間違いだ。そうに違いない。まだ子供なのに耳が遠くなったか?俺。
──────── B E T A ?
……腹を括るしかない。最早、疑う余地もない。
全ての情報を整合するに……誠に信じがたいが、現実として受け入れるしかないのだろう。
ここは間違いなく、マブラヴの────BETAと戦争している方の世界だ。
もし仮に俺を転生させた神とかいうのがいるとしよう。
チェーンソーでバラバラにしてやりたい。
創作フィクションの物語世界に転生。
なるほど、そういうものもあるのか。
悪くない。むしろ、いい。望むところだ。夢のようだ。歓迎しよう、盛大に。
その物語の世界観が絶望的じゃなければ、だが。
何故、何故に幾千幾万もある物語の中から、よりにもよってマブラヴなのか────ッ!?
確かにマブラヴは好きだ。戦術機、良い、尊い、大好きだ。
アクションフィギュアや模型に手を出してしまうぐらい最高だ。
メカ本だって迷わず購入したさ。アレはイイものだった。
だが、それとこれとは話が別だろう。転生先としては泣いて謝ってお断りしたい世界だろう。
これじゃ俺は人生を謳歌するどころか、この命を桜花のように散らせてしまう可能性のほうが遥かに高い。
我ながら上手く言えてないなこれ。全く笑えない。
この世界に生きている限り、死ぬ可能性からは逃れられない。
生前の平和と言える世界でさえ、俺は事故で死んだのだ。
ましてやこの世界は戦争中だ。この先生き残れる確率の方が低いのでは?
俺は既に一度死んでいる。そして、死ぬ時の感覚も、僅かだが覚えている。
一瞬の衝撃と、一瞬の激痛の後に訪れた、無。
あの言葉では形容し難い感覚。
アレをもう一度味わう?────BETAに食われゆく中で?冗談じゃない。
死にたくない、そう易々と二度も死んで堪るか。
無い知恵絞って、考えてみよう。具体的に死なないようにするにはどうするか。
傍観でもするか?いや、却下だ。
傍観は死を受け入れるのとほぼ同義だ。何故か? それは十中八九、この世界が荒廃するからだ。
オルタネイティヴⅤによってBETAの魔の手から逃れることが出来るのは選ばれた約10万人のみ。
その約10万人に選ばれることが出来れば、生き残れるだろう。だが、その他大勢の人間を荒廃が確定している地球に残して、だ。
なら、逃げるか?
あらゆる手段を用いて選ばれし10万人になり、逃げるか?この星から。
それが、元一般人の俺に出来る最良の選択ではないか?
だが選ばれる根拠なんてどこにもない。
それに今からそれを進んで選択するのは、正しいことか?間違いじゃないのか?
逃亡を選ぶのは、本当にどうしようもなくなった時でいいのではないか?
この考えも希望的観測から来る楽観なのだろうか?
だが、理性でも本能でも、逃亡という行為に対して中々納得がいかない。
……いや、違う。忘れてはいけないことを、忘れていた。
この世界は幾つもの偶然が重なり、一人の少女の強い想いによって
逃亡と傍観は一切の意味を為さない。
なら───もう、立ち向かうしかないじゃないか。
だが、この余りにも過酷で無慈悲な御伽噺に、介入するのか?……出来るのか?一般人だった俺に。
覚悟なんて今はまだあろうはずもない。本格的に体を鍛えたこともない、喧嘩すら碌にした事もない、こんな俺に。
……極めて困難だろう。徴兵されるまでにまだまだ時間的猶予があるとはいえ、到底出来るとは思えない。
確かに前の人生ではそこそこ不幸で厳しい経験をしてきたとは思う。
だが、この世界でこれから経験していく『闘い』と比較するには、俺の前世なんぞ対象としては温過ぎるはずだ。
───戦争。それは想像も付かないほど、俺の持つ常識から懸け離れた事象。
そんなところに自分から飛び込むというのだ。
もし、もし仮に適正が合り、試験で合格して衛士になれたとしよう。
そして更に『白銀 武』が出来たように俺にも上手く戦術機を扱えたとしよう。
それでも俺がBETAとの戦闘で生き残ることが出来るビジョンが欠片も見えてこない。
まだまだ問題は山積みだ。
介入する、と。口でいうだけなら簡単だ。
だが、不確定要素が余りにも多すぎる。
下手な介入をして未来への希望の種を潰してしまいました、ではお話にならないのだ。
だから、慎重にならざるを得ない。
故に余計なことをせずに全てが始まる日、2001年の10月22日まで何もしないで待つという選択肢すら候補に上がってきてしまう。
この世界はアンリミテッドなのか、それともオルタネイティヴなのか。
それすら未だに解っていないのだから。
一体この世界は、どちらなのか?
それは、1998年に日本をBETAに蹂躙された挙句、
1999年の明星作戦においてG弾が投下され、
2001年10月22日に現れた『白銀 武』がどういった存在か見極めた時に漸く解ること。
───つまり、完全に後手。それでは遅い、遅すぎる。
そんな所から介入したって、大局に影響はない。結局、全てが『白銀 武』任せ。
『二度目』の武が現れたと仮定しても、それまでに余計なことをしていれば桜花作戦が失敗してしまうリスクだってある。
ただでさえ甚大な犠牲を出しながら綱渡りの末に成功しているのだ。
妙な刺激を与えれば、綱ごと全てが堕ちるとしても不思議じゃない。
だったら、やはり介入などせずに傍観したほうがいいのではないか?
全てを運に任せ、武が世界を救ってくれることを祈り続けるべきじゃないのか?
───駄目だ。それは断じて選んではいけない選択だ。
俺が余計なことさえしなければ……2001.10.22に『白銀 武』は確実に現れるだろう。
───だが、それが『一度目』の白銀 武ならどうなる?
そう……そのまま俺が何もアプローチを掛けなければ、オルタネイティヴ計画は5段階目に移行する。
そしてその果てにあるのは、G弾の集中運用で生じた重力偏差による───ユーラシア大陸の完全海没と後に残る塩の大地。
────
決して見過ごすわけにはいかない結末を迎えることとなる。
───だから、介入しない訳にはいかない。
日本を、世界を、人類を有利にするために。
『一度目』の白銀武をオルタネイティヴⅣの完遂へと導くために。
───だが、下手な介入もしてはいけない。
日本を、世界を、人類を不利にしないために。
限りなく0に近いが『二度目』の武が現れた時、オルタネイティヴⅣの完遂の妨げにならないために。
……俺はこの両方をこなしながら、2001.10.22の運命の日、白銀武に接触出来る立場に収まらなければならない。
余りにも厳し過ぎる現実に板ばさみされたこの状況。
どう打破すべきなのか?
まだ十年以上先のことなのに焦ってしまう。
考えが纏まらない。方針が定まらない。
どんな行動を起こせばいい?まず何をするべきだ?
最高の、最良の、最低限の未来を確立する為に……俺は一体どうすればいい?
……いや、待て。何かが引っかかる。見落としていたことでもあるか?
────あぁ……そうだ。
……そうだよクソッ!
そもそも、俺に地球の未来がどうのこうのと大局のことを考えている余裕なんてなかったんじゃないか。
何を神の視点で語っている。
己の視点で語れ。
このまま此処にいては、BETAの大軍に飲み込まれて死んでしまう。
俺も。まだ実質半年の付き合いだけど、俺に二度目の生を与え、愛を込めて育ててくれている
死んでしまう。皆、皆、死んでしまう。
ここは、決して遠くはない未来、地獄になる場所。
俺は────自分が九州は熊本に生まれ落ちたのだということを、完璧に失念していた。