Fate/Serment de victoire 作:マルシュバレー
篠塚に言われたとおり俺は早めにベッドへ潜り込んで目を閉じた。
不思議とすぐ眠気はやってきて、意識は底の方へと沈んでいく。
「・・・・・・来てくれたんすか」
ちゃぷ、と足が冷たい水に浸った。
小さい小屋のような建物の縁側に、マンドリカルドは座っている・・・・・・めちゃくちゃ和風な建造物だが、これは彼の心象風景ではないのだろうか。
「この建物は?」
「休憩所みたいなもんすよ。その人が一番安らげる場所の形で現れる・・・・・・そうっすけど、俺にはよくわかんぬぇーっす」
ちょうど踝まで浸かるような水をぱしゃぱしゃと弾きながら、彼はなんだか不安そうな目をして此方を見た。
いろいろわからないことが多いから、今のうちに聞いておきたい。俺はそう思って、彼の隣に座る。
「・・・・・・ここは?」
「・・・・・・俺の、深層意識一歩手前って感じのところっす。すぐそこに水が噴き出してる穴があるっしょ、あそこから無意識のなんたらに入れるとかなんとか」
大きな石で作られた円筒形のものから、確かに水が定期的に溢れている。
それはさながら地下水がめちゃくちゃ出るようになって氾濫し始めた井戸のような・・・・・・
「この水は、俺の欲望・・・・・・らしいっすよ。なにかを願うたびに、あそこから溢れ出すっつう・・・・・・」
「・・・・・・これが、か」
俺は唐突に立ち上がって、地面にたまったそれへと飛び込んだ。
前述したとおり踝ほどまでしか水深がないので盛大に背中を打ったが、不思議とそこまで痛くは感じない。
「・・・・・・なにやってるんすか」
「お前の欲を体で感じてみたかった・・・・・・ってぇとなんか変な言い回しだよなぁ」
冷たい水が俺の耳に入っては出たりを繰り返す。
彼は無理やり自制しているから、こんなに冷たいのだろうか。
ふつふつ煮えたぎって沸騰しそうなほどの欲でも、別にいいんじゃないかと思うんだが・・・・・・
「変な誘い文句にしか聞こえないっすよね、それ」
マンドリカルドも俺の隣に寝転がり、水を掬ってはそれをじゃばじゃばと元に戻していく。
澄み切った綺麗な水だから、どれだけ浸かっていても不快感はない。
「・・・・・・でさ、俺はここでどうすりゃいいんだ?まさかずっとこのままだらだらしてりゃいいって訳でもないだろうに」
「まあ、あっこ入れってことでしょうね」
マンドリカルドの指差した先には例の井戸。
あの中に入って、彼の無意識に触れてこいということだろうか。
「そういうことか。なら、ちょっとお邪魔させてもらいますかねえ」
縁まで水がひたひたになっている底へ顔をつける。
現実世界の水とは違って中でも呼吸はできるらしいので、俺はそのまま入ることにした。
「・・・・・・お前は?」
「俺はそこには入れないっすよ、無意識の領域に同じ人間の意識が入り込むのは無理っぽいっす」
ここで待ってるんで、また帰ってきてくれっす。と笑顔でマンドリカルドは俺を送り出してくれる。
彼の深層意識を知れば、俺の中にあるデュランダルに足りないかけらを見つけられるかもしれない。
そう信じて、俺は井戸の中へと飛び込んだ。
真っ暗な井戸の中を、壁伝いでどんどん進んでいく。
全身が欲望の水(仮称)に触れていると、少しだけ自分の体との境目がわからなくなっていく。
深くへ進むにつれ、水の温度がじわじわと上がっているのだろう。俺の体温と同じくらいのあったかさになったせいで、温度による境界の区別がつきにくい。
油断しているとマンドリカルドの中で溶かされて消える気がしてしまったから、取りあえず自己はしっかりと保てるように自分はなんなのかという自覚をもつ。
「・・・・・・光が」
ほんのり黄色い魔術回路のような線が、井戸の中に走った。
俺との契約でワンランク上昇したとはいえ、魔力Bの回路とはここまでのものか。生前魔力を使ってどうのこうのという逸話は聞いたことがないってのになかなかの出力・・・・・・さすが、サーヴァントといったところだ。
力の流れに呼応して、俺の体も活性化する。
メインの回路全てが励起し、自動的にマンドリカルドの持つ回路とさらなる接続を始めた・・・・・・これにより、どれだけ離れていても無視できるほど少ないロスで供給が可能になるだろう・・・・・・が、流石にこれ以上やると俺と彼の区別がつかなくなるので完全な結合になる寸前で止めてやった。
「体の枷から出たら、こんな感じだったんだな」
俺の思考に仮想の体がすぐ反応してくれるおかげで、かなり自由に動ける。
もうすぐ細い井戸から出られるだろう・・・・・・その先に何があるか、この目でしっかりと見なければ。
「・・・・・・ここは」
大きなドーム状の空間だった。壁と床にはマンドリカルドの魔術回路が結構な数敷き詰められており、その中心部には大きな玉座が一つぽつんと置かれている。
かつて一国の王であったという自覚なのだろう・・・・・・だが、その玉座には誰もいない。
かわりに、粉々になってしまった王冠のようなものがばらまかれていただけだった。
「自分を、認めてないってのか」
すぐそばにある剣の台座にも、デュランダルは刺さっておらずなにもない。
玉座の裏に置かれた彼にとってのヘクトールを模した像だけは煌めいているけれど、彼自身に関係するものの殆どはどこかくすんでいる。
「・・・・・・なんだろうな」
俺の言葉は、ここまで届きはしなかったみたいだ。
深層意識まで浸食した強い自己嫌悪はいつまでもこの場所で、俺のことを嘲笑うように鎮座している。
そりゃそうだ。死んでから何度も何度もこんな戦いに呼ばれて、向かって、戦って・・・・・・そのたびにこの念を強くしていたのならここまでこびりついていても仕方がない。
すぐ俺はマンドリカルドと自分を同じ規格の存在として見てしまうが、実際は違うのだ。
彼は英雄の移し身、俺は人の形をしたばけもの。
なにもかもが違っていてもおかしくはない話だろう。
『かつちか』
急に彼の声で名前を呼ばれ、俺は顔を上げた。
どこかに無意識を司る彼自身がいるのだろうか。
「・・・・・・マンドリカルド?」
『おれといて、たのしい?』
無邪気な子供の声みたいに、そう問われた。
愚問でしかないだろう、こんな質問は。
「楽しいに決まってるよ。ずっと一緒にいたいくらいだからな」
『・・・・・・そっか。じゃあ・・・・・・おれのこと、なんだと思ってる?』
これは相当な質問責めに遭いそうな予感だが、こういうのは我慢してなんぼだろう。
途中で投げ出したら、それこそ彼の自信をなくしてしまう。
「お前のことは、友達であって家族でもある特別な存在だと思ってるよ」
『・・・・・・おれのこと、みとめてくれる?』
「・・・・・・ああ、認める」
俺に話しかけるマンドリカルドの声が、止まる。
その瞬間、世界は一変した。
めちゃくちゃな水の奔流が、玉座のすぐ下から現れたのだ・・・・・・それを食らった瞬間、俺は本能的にわかってしまった。
彼の隠していた秘密は孤独以外にも存在した。
それは、”承認欲求”。誰にも認められなかった(と認識している)彼自身は、無意識に求めていたのだ。
自分のことを、本当に認めてくれる人に。
『愛して、俺が何も考えられなくなるくらい』
やっと、本当のことを言ってくれた。なんの躊躇もない、彼自身の本音が・・・・・・やっと聞こえた。
「ああ、そうする。だからもう欲望を全部ぶちまけろ。俺にできることならできるだけ叶えてやるから」
『・・・・・・克親』
俺の手に、壊れた王冠のかけらが集まっていく。
それは一度光となって溶けると、元の形に再構成されて再び現れた。
『俺を、もう一度・・・・・・”王にしてくれ”』
「それが、お前の望みなら」
渡された王冠を手に、俺は浮上を始める。
これこそが、俺と彼にとっての・・・・・・最後のかけらにつながるはずだ。