Fate/Serment de victoire 作:マルシュバレー
102話 九日目:信じていいの
「あーたたたほんとあなたって暴力的な女性ですよね。一晩中意識吹き飛んじゃいましたし」
「セラヴィを性的な意味で襲ってた阿婆擦れ野郎にゃ言われたかねえな」
頭頂部を撫で回しつつ、八月朔日が部屋に入ってきたのはいい。
俺の注目点はただ一つに絞られている・・・・・・そう、それはもちろん”セラヴィを性的な意味で襲ってきた”という箇所だ。
「・・・・・・おい、海・・・・・・それマジか?」
「マジだよ。セラヴィの服引っ剥がして腹を舐め回してたぞこいつ・・・・・・流石にキモすぎたから見た瞬間体が勝手にこいつぶっ飛ばしたわ」
許せん。
彼のなんだかんだ言って繊細な心に多大なダメージを与えた八月朔日のことが許せん。
手のひらから血がにじみそうなほど強く拳を握りこみ、怒りをためこんでやる。一発こいつの鳩尾をぶち抜いてやりたい気分で一杯だ。
「あんな陰気くさいのにちょっと苛めただけでよく啼いてくれるし反抗的にもなってくれる子、なかなかいないんだもん。しばらくあなたのことほっぽって調教したいくらいだったわ・・・・・・奴隷にしたらとってもかわいいだろうから」
「ざけんな・・・・・・俺の友達にそんなことしてみろ、真っ先にお前をぶっ殺すぞ」
こいつはこれからなにがあろうと許しはしない。
マンドリカルドに手を出したことを後悔させることもなくぶち殺す、首をぶった斬って殺す。
「友達・・・・・・ねえ?人権もない過去の英雄の写し身程度が友達?あはははははははは!なにそれ、意味わかんない!」
「・・・・・・そろそろやめとけよ」
海がそう告げたのにも関わらず、八月朔日はその口から言葉を飛ばし続ける。
怒りで理性を失いそうだ。人権がないかもしれない、過去の英雄の写し身程度かもしれない。けれど俺にとってマンドリカルドは、大切な友だ。その関係を、思いを・・・・・・八月朔日なんぞに否定されてなるものか。
「あんなもんを友達って言い張るなんて・・・・・・やっぱあなたは人未満の兵器でしかないのよ。兵器同士馴れ合って・・・・・・惨めにもほどがあるわねー。ほんと、三文もあげられないわ」
「・・・・・・俺とセラヴィのことをこれ以上言うんじゃねえ、その頸椎折られたいのか」
あのほっそい首をへし折ってやりたい。
憎さが積もり積もって有り余る殺意へと変貌する。俺なんかよりずっとこいつは、人類の敵だ。
「兵器にこれを言うのはなんだか変だけど敢えて言ってあげる・・・・・・”C'est la vie”」
もう我慢できん、腕の一本や二本を犠牲にしてでもこいつは一発殴らなきゃ気が済まない。
俺はついに強く握りすぎたせいで出血した拳を振り上げる。
「あら、所有者に刃向かわないで。兵器風情が」
振り下ろそうとした手は、途中で力を失い落ちてゆく。
それだけじゃない、体中の力が抜けて俺は床へと転がった。
まるで筋肉全てがストライキを始めたみたいだ。
「・・・・・・お、あえ」
口も自由に動かない。この怒りをぶつけたいのに、伝わらないんじゃあ意味がない。
「さ、そろそろ連れて行くわ。それを背負って」
「・・・・・・あいよ」
俺の体を海が雑に持ち上げて背負う。
抵抗したいのに体は全く言うことを聞いてくれず、ただただされるがまま。
マンドリカルドに一度会いたいのだが、そんな余裕は全くなさそうだ。
「・・・・・・辛いのはわかってるが・・・・・・今は耐えてくれ。いつか、お前のことを助けるから」
八月朔日に聞こえないくらいの声で、海は確かにそう言った。
助けてくれるというのなら、俺はこの体が保つまで耐え続けてみせる。だが、まだ海のことは信じきれない。自分のためなら嘘も平気でつけるような性格だ、俺を助けるというのが出任せであれば・・・・・・ああ、想像もしたくない。
「なに立ち止まってるの?」
「こいつ70はあるから重てーんだよ。俺だってゴリラじゃねえんだ、ちったあ我慢しろ」
確かに俺は70kgちょうど。体を魔術で強化していないと重たくてまともに運べないってのは当然だ。
・・・・・・だがこいつ、俺をここへ運んできた時はまあまあさっさと歩いていたはずだが・・・・・・まあ、俺に何か告げたことをごまかしにいったのだろう。
「ゴリラ・・・・・・どっちかというとカバじゃないの?」
「あ?63kgの体当たり見せてやろうか?なんなら70kgの武器もついてさらに殺意マックスの出血大サービスだ」
しれっと俺を棍棒のように扱わないでほしい。俺は剣を生成できてもこの体自身にはそこまで攻撃力ないんだし。
強化でブーストかけただけで人の域はあんま出られないし。
「大事な実験体を乱暴に扱わないでくれますかねー」
「俺ここ10年はこいつをことあるごとに殴りまくってたけどな」
そういやそうだ。
俺の覚えてるうちは高校生のころ教科書忘れたから見せろと言ってきてちょっと出し渋ったらすぐ張り手をくらわされ、週刊の漫画誌を貸せと言ってどつかれ、大人になってからも煙草を止めろとかそんなことでしばかれた。普通だったらいじめ案件なのだが、いつの間にかクラスの中では俺と海がカップルみたいな噂のせいで先生も心配しつつ暖かい目で見てきたし。流石に平尾家の長男と司馬田家の社長令嬢とかいう大物×2とかで第一の中では結構な話だったそうな。
正直言って俺が海と付き合うなんて無理。今までのような拗れた友人くらいがちょうどいい。
それにしても日常茶飯事なので忘れていたが、今までやられたことは立派な暴行罪だし警察に突き出してもいいくらいだ。
・・・・・・まあ、海は威力の調節がうまいらしく一回もケガというケガはやってない(ちょっと殴られるのを避けようとして転んだ挙げ句の打撲とかはあったが)からもう豚箱送りにしようとも思わんが。
今考えると例の副社長、勅使河原の教育(?)でその力加減を会得していたんだろうなと思う。
「あーらなんと野蛮なことか」
「どうとでも言えクソアマ」
堂々と中指を立てて挑発する海だが、八月朔日はそのあたりを気にするような素振りすら見せない。
海外で長いこと勉強してたのに寛容・・・・・・と言っていいのかこれは。
「あなたほんっっと気に入らないわ。あとで洗脳でもして会社の資金全部寄付してもらおうかしら」
「んなことしていいのか?血液分析のペレット、眼科のルビーメス、デンタルブロックのジルコニア、プランジャー各種その他諸々全部取引打ち切りにするぞ。あと俺を洗脳した程度でぶっ壊れるほど馬鹿な会社じゃねえよ」
役員が各自しっかりとした権限を持ち、平等に話し合える場が存在する。
ロクに出勤もせず舞綱でぐうたらしているような社長の海が機能しなくなったところで、役員自ら対処ができると海は信じているようだ。
人格は破綻しているが一応そのあたりだけはまともってわけ・・・・・・とか口に出したら床に叩きつけられそうだ。
「まあそんなことはどうでもいいの、早く運びなさい」
ドアの前に立ち、八月朔日が手をかざす。
指紋などの情報を読み取り認証したのか、ロックを解除しますという電子音声と共に扉が開いた。
「・・・・・・こいつをホルマリン漬けにでもする気か?」
まず目に入ったのは大きな瓶状の物体。
2mと少しくらいの高さがあり、人がすっぽりと収まりそうなサイズだ。
「まだ生かしておきたい生物を劇物漬けにするとかただの馬鹿じゃないの。別に下手なことしなきゃ死にゃしないわ。ほら、それを中に入れて」
けっ、と心底嫌そうな顔をして海は俺の体を降ろし、瓶の中に放り込んだ。
若干適当にやられたので体の節々が痛い・・・・・・こういうときくらい優しくしてくれたっていいじゃないか。
「服着たまんまでいいのかよ」
「どうせあとで剥ぐし問題ないわ」
力がまだ入らないので俺は瓶の中でぐったりすることしかできない。
蓋が閉められ、ばらばらとめちゃくちゃな数のコードが降ってくる。
「・・・・・・さーて、生まれ変わりましょっか?」
嫌だという声さえ、俺の喉は絞り出せない。
海の言ったことを信じて・・・・・・俺はもう、耐え忍ぶだけだ。