Fate/Serment de victoire 作:マルシュバレー
「・・・・・・海のおかげで、なんとか完全消滅は免れたらしいが・・・・・・実際のところどうだったんだ」
書斎のベッドにマンドリカルドを寝かして、俺は傍らの椅子に座りこう問った。
「少しでも気が緩んだら駄目になるってくらいっした。頑張って、いつか克親にまた会えるって信じて・・・・・・ずっと、俺は俺を保ってたっす」
ベリサルダによって裂かれた胸の傷は既になくなっているが、マンドリカルドは伏し目がちにそこを指先で撫でる。
食らった痛みを思い出してしまったのか、弱く彼は唇を噛んだ。
「・・・・・・よく頑張った。お前がそこで挫けてたら俺もおしまいだったんだ、本当にありがとうとしか言えない」
弱っちい俺のメンタルだ、マンドリカルドが消えてしまったら、その事実が受け入れられずに粉微塵になってしまうのは目に見えていた。
あの時見た幻のおかげでなんとか復讐のチャンスを探ろうと思っていた矢先のこれなので、まだ何ともいえない思いは残るが彼さえいてくれればそれでいい。
少し崩れたマンドリカルドの髪を更に乱すような動きでわしゃわしゃと撫でてやる。確か形状記憶型ヘアーだったはずだが、今は元に戻す気力も無いらしくめちゃくちゃなことになってしまった。
「やめてくださいっすよ、この髪型結構整えるの大変なんすからー」
右目を隠すように垂らされた前髪を耳にかけ、にへらと邪気のない笑顔を浮かべるマンドリカルド。
やめてとか言っている割には満更でもなさそうだな、と俺は指摘し更に髪型を乱してやった。
「・・・・・・あのさ、新しいパーカー・・・・・・どうしよっか」
八月朔日に燃やされてしまったあの服のことを思い出す。
もう着れなくなってしまったと涙をこぼしたあの表情が脳裏に焼き付いて離れないのだ。
たかが3000円程度のものであったのに、あれほど大事に思っていてくれたのかと考えると・・・・・・俺はどうやって慰めるべきなのかわからない。
同じものをもう一度買おうか、それとも違うものを買って新しい思い出を上書きするべきか。
マンドリカルドの望んだようにしてあげたいと思い、露骨な問いを投げかけたのだ。
「・・・・・・おねだり、してもいいんすか?」
「ああいいさ。こんなんでも一応金はあるし、好きなものを買っていい。明日のうちに買いに行こう」
窓の外へ視線を移したマンドリカルド。
どんなものが欲しいと言うべきか悩んでいるらしい・・・・・・ここで無為な横槍を入れるわけにも行かないので俺はなんとなく本を取り出して読もうとした。
「克親の着てた服が、欲しいっす」
「・・・・・・そうか・・・・・・って、え?」
俺のお下がりなんかでいいのだろうか。
せっかく新しい服を手に入れられるチャンスだってのに、別段かっこよくもなんともない無難で陰気な俺の学生時代の服なんて・・・・・・
「そんなんでいいのか?」
「俺はそれでいいんすよ・・・・・・ダメならまた考えるっすけど?」
徐に彼は起き上がり、机の上に放置されていたイリアスを手に取り開いた。
まだまだ読めている部分が半分もいってないあたり、俺たちのせわしなさというものが目に見えてしまう。頁の厚みをできるだけ削った(辞書レベルの薄さに仕上げたお陰でちょうどいい文庫本サイズになっている)ものの、イリアスはかなり分厚い本なのでなかなか読了までに時間がかかってしまうというのは仕方がないものだ。出来れば最後まで読ませてやれる時間があればいいのだが、そういうわけにもいかないのがこの戦いである。
「いや、お前が言うなら俺はそうする。持ってくるから待ってろ」
ちょっとだけひとりでゆっくりさせてあげたいなとも思ったので、俺は自分の寝室に移りクローゼットを漁りだした。
マンドリカルドと俺の体格はほぼ一緒なのでまあサイズによる問題は無いのだが、似合うデザインのものがあるのかどうか。
黒地にワンポイントで白い狼のマークが入ったいかにも友達いなさそうなやつが着るやつとか、そういう類しかない。
まああるだけかき集めて向こうに選んでもらおう。社会人になってからそうそう着ないもんだしどれをもってかれようが困ることはないし。
「どうした服なんか漁って。買い物にでも行くのかよ」
「寝室に入るときはノックぐらいしろ変態」
俺がもし人様に見せられないような行為でもしていたらどうするつもりだったのだ。
・・・・・・まあ、奴のことだからきしょいとか言いつつ無慈悲な攻撃を飛ばしてくること請け合いなのだが。
「こんな真っ昼間からサカるような猿じゃねえってわかってたし良いだろ」
「いいわけあるか。もし俺がここ数日たまりにたまったもん解放しようとしてたらどうする、お前襲うかもしれねえぞ」
「できる訳ないくせしてよく言うわ」
小指の先で鼻を雑にほじくり返す海。女としてのデリカシーやらなんやらは舞綱の海に不法投棄してきたと豪語するだけあってどうしようもなく酷いし治療不可能という救えなさっぷり。
こんなんだから誰もまともにつきあってくれねえんだよとか言おうと思ったが、いらんこと言ったらぶち殺すぞという殺意凛々な視線を食らったので黙らざるを得なかった。
「で?なにしてんだよそんな服漁って。もしかしてアレか?くるちゃんの前でちょっとでもかっこよく見せようと思ってんのか?」
「それだったらもっと前から服装にゃ気を使ってるだろうが。違うわ、セラヴィの新しい服探してんだよ・・・・・・新しいの買おうと思ってたんだが、向こうから俺のおさがりが欲しいって言われたからな」
いくらか見つかりはしたが、マンドリカルドの気に入りそうなデザインというのがわからないので絞ろうにも絞れんままである。
あからさまにこんなの着ないだろうというゲテモノ柄だけは外したが、残ったのはほぼ似通ったものばかり。
まあ、彼がおさがり欲しいって言ってきたんだしこちらがこれ以上気を使うのも悪いだろう。
洗濯物用の籠をひっくり返してパーカーたちを投げ込み、マンドリカルドのいる書斎へ戻ろうと俺は足を動かそうとしたのだが、海に止められる。
「・・・・・・この指輪って」
開けた引き出しの奥にあったであろうものを引っ張り出して、海はそれを見つめた。
綺麗な黄金色をした透き通る丸い石が一つ、台座についているだけの至極シンプルな造りで可愛らしい。
「あーそれか。昔誰かに貰ったと思うんだが・・・・・・誰だったっけか。凄い嬉しかった気はするんだけども多分それ中学の時の奴でさ、今の俺には記憶がないっつーか」
新しく平尾克親として成り代わったこの肉体には、高校以前の記憶がほとんどない。
少しは元の俺からコピーアンドペーストされているのか、ぼんやりとしたものだけは残っているがそれはどれも明確な像を結んでくれない。
それが思い出せれば、少しは以前の俺に近づけるんだろうなとか考え出して・・・・・・勝手にひとりで胸を痛くしている。
「これ、琥珀だろ・・・・・・プレゼントしたやつはお前の誕生日知ってたんだろうな、多分」
「・・・・・・そっか」
俺の誕生日は11月7日。
中学時代ともなると、普通にクラス内で誕生日が祝われることもある。
プレゼントしてくれた奴が知っていたっておかしくはないのだが、一つだけある疑問点。
中学生がわざわざこんなものを買って持ってきてくれるものだろうか。琥珀はまあダイヤやらそういう類に比べりゃあかなり安い部類だが、それでもこのサイズだと5000円はしてもおかしくない。
普通の家庭なら親に諫められるもんだと思うんだが・・・・・・よほど金持ちだったか、真面目に恋を応援していたか、それとも・・・・・・
「・・・・・・あぁ」
海の表情でなんとなく察しがついてしまったが、ここで何かを言っても幸せにはなれないと直感で思った俺は・・・・・・口を噤んだまま、静かに寝室を出て行った。