Fate/Serment de victoire 作:マルシュバレー
今更ながらなげえなこの話()
屋根にブルーシートだけかけて、俺は中に戻った。
幸い電気系は無事らしく、一階の部屋の電灯はつく。
「来栖さんは大丈夫だったか」
「ああ、最後はお前さんらに助けられたがなんとか守りきった」
オジサンには重労働でしたわ、と笑うセイバー。
ソファのうえでへなへなになっているあたり、相当な戦闘が行われたのだろう。家具への損害が抑えられているあたり防戦のプロというわけだが。
「・・・・・・そういや、篠塚と海の体は」
篠塚は消滅したのかもしれないが、海の体が消えることなんてあり得るのか。
「・・・・・・篠塚さんは、司馬田さんの遺体を抱えて出て行っちゃいました。家で静かに眠らせてあげたいって」
なんて勝手な奴だ。
俺にさようならくらい言わせてくれ、それじゃああいつに示しがつかない。
俺は少しだけ考え・・・・・・玄関へ足を向けた。
「行くんすか?」
「・・・・・・ああ」
このまま永い別れだなんて、そんなのは俺の心が許さない。
俺だけじゃない、本当の平尾克親だって許さんだろう。
靴を履く前に、一つの部屋へ立ち寄った。それはあの日以来中に入らなかった・・・・・・入れなかった部屋。
記憶処理の魔術が解けたことにより、もう頭が叩き割られるような痛みはない。
「・・・・・・子供部屋?」
「ここ、俺の部屋だったんだ」
正しくは、中学生までの俺の部屋。
綺麗ではあるが所々落書きやシールの貼ってある勉強机と備え付けのクローゼット以外撤去され、何もないけれど・・・・・・確かにここは俺のいた場所。
「あいつに、渡せなかったもんを渡しとこうと思って」
引き出しに入っていた小さな箱を取り出す。
ずっとそこにあったせいで、10年もこのままだったのに包装は綺麗なままだ。
「・・・・・・さっさと行くか。篠塚が消える前に」
「そうっすね、話さなきゃならんことが俺にもあるんで」
どんな話なのかはあえて触れないでおくが、マンドリカルドもあちらへ行くことを望んでいる。
幸い雨は霧雨のように変わっている。体が濡れはするが、さっきまでの大雨よりかは何千倍もマシだ。
傘を2つ持って、外に出る。
まだ心の中に残っていた迷いを振り切って、俺は一歩踏み出した。
マンドリカルドもそのすぐ後ろをついてきてくれる。
肌に触れる雨が冷たい。
・・・・・・それにしても、雨だと花粉症の言い訳がつかなくなるから嫌なんだ。
「・・・・・・篠塚、いるか?」
海の家に着いて、彼の名を読んだ。真名は知っているが、俺なんかに呼ばれたって嬉しくはないだろう。
しばらくして、静かに扉が開かれる・・・・・・篠塚の顔は見えないが、入っていいということらしく二人してあがらせてもらった。
「・・・・・・海は」
「寝室にいらっしゃいます」
その声には、悲しみ、悔しさ、喪失感、怒り・・・・・・たくさんの感情がこもっていた。
俺は何を言うでもなく、その部屋のドアを開ける。
寝息が聞こえてきそうなほど自然な状態で、海はそこにいた。
大声を出したら飛び起きて俺を殴ってきそうなほど、自然に。
「・・・・・・ごめん、な」
謝罪なんていらねえよとあいつから言われそうだが、言わなければ気が済まない。
海の気持ちをないがしろにして、ちゃんと向き合えなかった。
今考えればあのときの言葉は助けを求めていたのかもとか、そんな想像ばっかり浮かび上がる・・・・・・
「海。俺・・・・・・」
言ったら怒られるだろうか。
俺はお前が好きだったという言葉を。
「・・・・・・旦那」
マンドリカルドと出会うまで、海は一緒にいるのが楽しいと思える唯一の存在だった。
しょーもないことで馬鹿みたいに笑っていた日が恋しい。
もう二度と訪れないことなのに、失ってから初めて悲しいと思った。
俺は海のことが好きだったんだ。だけど・・・・・・偽物の平尾克親に言われたらあいつはどう思うのだろう。と考えて、この気持ちに気づいてからも言い出せなかった。
「マスターの願い、何だったか知ってますか」
「・・・・・・それ、は」
聞いたことがない。
何度もはぐらかされたり無言でしばかれたりしたせいで、情報は何もつかんでいない。
・・・・・・わざわざこの場で言うことなら、それはもう・・・・・・限定される。
「手紙を預かってるんです。マスターが亡くなってしまったあと、あなたに渡すように」
篠塚が差し出した一つの封筒。中にはけっこうな量入っているらしく、厚みがよく見えた。
「遺言ではないのでご安心を。全てお読みになった後は、どのようにしてもらっても構いません」
つまりこれは、俺に対するただただ普通の手紙。
封を解いて、俺は中にあるものへと目を通す。
「・・・・・・っ」
こんなのに耐えきれる訳もなく、俺はその場でくずおれた。
「俺の、馬鹿・・・・・・馬鹿だ、どうしようもない馬鹿だ、俺は」
何もしてやれなかった。ただこの戦いでは頼ってばかりで・・・・・・あいつの本当の声なんて全然聞こうとしなかった自分が憎い。
あいつはずっと、俺のことも好きでいてくれたのだ。それが本当の俺にとってどういう意味になるのかを知っていて、ただひたすらに隠していた・・・・・・
気づけていれば、海はもっと幸せになれたのだろうか。そんな可能性の話なんて実証しようがないけれど、ただ知りたかった。
『私はただ、克親が幸せでいてくれたのなら・・・・・・それでいいと思ってた』
『あなたの幸せに、私は必要ないと分かっていたから』
『こんな(インクが滲んでいて読めない)と一緒にいてくれてありがとう』
『(インクが滲んでいて読めない)』
『(インクが滲んでいて読めない)』
ああ、ああ。
もうだめだ。
涙で前が何も見えない。
喉は嗚咽しか漏らせない。
マンドリカルドが何も言わずに背中をさすってくれたので、少しだけましにはなったが。
「・・・・・・っ、そうだ・・・・・・これっ」
ポケットからあのプレゼントを取り出し、箱を開けた。
「・・・・・・時計っすか?」
その中にあったのは、小さな女性用の腕時計。
針は止まったまま、10時を指し示していた。
「そうか、やっぱり・・・・・・そうだったんだな」
男性から女性へ時計を送るときは『同じ時を過ごしたい』という、ほとんどプロポーズと言っていいような意味が与えられる。
今の俺が成り代わる前の平尾克親は、やっぱり海のことが好きだったんだろう。
こんなことにならなければ、手術が普通に終わっていれば・・・・・・二人は幸せでいられたはずなのに。
「・・・・・・ごめんな、ほんと・・・・・・ごめん」
その時計を、海のそばに置く。
会社に連絡をしなければならないが、こんな時間じゃ誰もいないに決まってる。ただでさえあそこは残業大嫌い体制だし。
「じゃあ、俺らは一旦家に帰るよ。篠塚は?」
「・・・・・・もう少しだけ、ここにいます。あなたたちの戦いに、水を差しはしませんよ」
彼は柔らかい笑みを浮かべ、俺たちを見送ってくれた。
雨足は強くなっていて、傘にぱらぱらと雨粒が当たる。
「セラヴィ、ちょっとだけいいか」
「いいっすよ、克親の好きなだけ」
俺たち以外誰もいない道路の真ん中で、傘を下ろして俺は泣いた。
子供がだだをこねるような声を出して、目が痛くなるのも無視して泣き続ける。
味覚がおかしくなりそうなほどに塩辛いはずの涙は、口に入る雨のせいかあまり味がしなかった。