Fate/Serment de victoire 作:マルシュバレー
夜の住宅街を、静かに歩く音。
月光と街灯が俺たちを照らし、行くべき場所を指し示す。
「やっぱ作中きっての名馬と名高いブリリアドーロとこのかっこいい馬具なだけあるな。乗らせてもらっててここまで体に負担がないとか」
俺が褒める言葉を連発すると、ブリリアドーロはどこかしら嬉しそうな素振りをした。
機嫌良さそうに夜の車道を駆けるが、こちらが止まれと言わなくても赤信号で停まるため相当頭がいいんだろう。
おそらくマンドリカルドと長い間サーヴァントとして活動してきたことも関わっているんだろうけど。
「やっぱはぇえなあ、もう家じゃないか」
気持ちいい風を感じていたかと思うと、すぐに山の上に鎮座する平尾家に到着してしまう。
なんだかこれだけじゃ味気ないなあ、なんて思いもしたけれど・・・・・・基本戦闘の時にしか顕現させられないブリリアドーロをなんとか呼び出すのは疲れるのだろう、俺が馬上から降りた瞬間にその像はほどけていった。
「大丈夫か?無理とかしてないか?」
「無理はしてねえっすよ。でもただ・・・・・・少しくらい、ブラッシングしてやりたかったっすね」
虚空に手を伸ばし、そこにはいないブリリアドーロの頭をマンドリカルドは撫でた。
「英霊として完成したんなら、常に出してはいられないのか?」
「残念ながらあともう少し、ってところっすかね?」
それは彼がまだ完成していないということを示す言葉。
まだ足りないというのはよくわかるけども・・・・・・これで満足してちゃだめなのだろうか。
「じゃあ、なにをすればいい。お前が完璧になれる方法はなんだ」
「克親」
まるで諭されるように、彼の両肩へ彼の手が置かれる。
ゆっくりとマンドリカルドは首を横に振り、そんなことはしなくていいんすよと告げた。
「・・・・・・なぜ?」
「俺は、本当の完璧なんかじゃなくったっていい」
完璧なのはデュランダルだけでいい。持ち手には多少なりとも欠陥がなければバランスがとれないのだ。
そう言わんばかりに彼は俺の目を見て微笑む。
「お前が望むのなら俺は無理強いしないけど・・・・・・いいのか」
「いいんすよ、それで。さ、もう寝るっすよ」
「お、おう」
ブルーシートのかかった家の二階を見る。さすがに一日で直せる訳はないはずだが、なぜか欠損によるへこみのようなものが全くない。支柱でも立ててブルーシートの中に雨水が垂れないようにでもしているのだろうか。
不破に何をやったかまた聞いておこうと思いつつ、玄関のドアを開ける。
「遅かったな」
「・・・・・・いたのか」
一応、必要であればと裏山の資源採集許可と一時的な宿泊の許可は出していたが・・・・・・合い鍵などは渡していなかったはずだ。
来栖さんは家に泊まり用の服などを戻しにいって今日はそのまま寝るだとかなんだとか言っていたので鍵はあいていなかったのだが・・・・・・
「屋根に大穴空いてんだから簡単に進入できるだろ。いくら結界があるとはいえ泥棒に入られた挙げ句盗られたら最悪みたいなもんがあるだろうと思ったから一時的な修復はしておいた。まあカーボンチューブでできた膜張っただけだけどな」
そういえばそうであった。結界を乗り越える力(および俺により与えられたクリアランス)と二階の穴まで到達する力さえあればどうとでもなる。
はしごは倉庫の奥深くに眠っていたから彼は見つけられるはずもない・・・・・・まあ性格的に跳んで入ったのだろう。
「それとカバーストーリー”ニコチン中毒死す”と”唐突なとんぼ返り”、”引火性気体がある中で火をつけた馬鹿”の流布は終わった。最初と最後のやつはSNSと近所の噂を聞くに一応成功、2つ目のやつも一応店長には信用してもらえた」
今日はかなり仕事づくめだったようで、あからさまに疲弊しているのが不破の顔からありありと伝わる。その功績に免じて最後の題名については不問だ。普通だったらどつき回してたが。
いくらここが都会だからってこの街に来たばっかりの奴に信用問題関わることをさせてくれるなとも言いたそうだ。おそらくは唐川に対する苦言であろう・・・・・・相手が死んでいるためにもうその怒りはどこにもやれないが。
「あと”若き天才医師の自殺”についてもセンターの院長に掛け合って流布してもらえるということになっているから安心しろ。関与は疑われようとも犯人に仕立て上げられることはない」
センターの院長といえば、八月朔日の父。おそらくは魔術にも精通しているだろうし、娘のやったことを把握してもいるだろう。
医者というものは派閥や権力を好み、不祥事が露呈することを心底嫌う。証拠を抑えて提示するだけである程度こちらの望むように動いてくれるはずだ。
「今回の聖杯戦争に関わる話はともかくとして、賄賂だの何だのに関する情報を叩きつけたら平身低頭で話をつけてくれた・・・・・・その不祥事の中にはまあ、10年前の医療ミス関連の話もある」
「・・・・・・それ、って」
わざわざ10年前と言ったのには理由があるだろう。
おそらくは、俺に関わる話。となると・・・・・・示す対象は一つしかない。
「申し訳ないな。どうしても冒涜的な行為を働いた奴らが許せなくて、つい情報を吐かせちまった。嫌なら何も言わんでおくが」
死んだ本当の俺と、成り代わった今の俺。
あのときどういった理由があって俺は死んでしまったのか、知りたい気持ちもあるが怖い。それがどうしようもなくつまらない理由であったら、生きていることにまた後悔してしまいそうな気がするから。
「・・・・・・言ってくれ。この先、俺が自分で聞きに行くなんてことできる気がしねえから」
何かを察したマンドリカルドが、静かに姿を消した。
俺はさんざん彼のデリケートな部分に踏み込んで行ったのだ、知ることを回避したいのならそれでいいが、俺への負い目から聞かないでいるってのはやめてほしい。
そんなことを念話で伝えたら、霊体化したままで俺の背後に戻ってきた。
「そんなら、話す」
立ち話で済むような話でもないだろうと、不破はリビングに移りソファの真ん中にどかりと座った。
胸ポケットから一枚の紙を取り出してきて、俺に渡してくる。
「・・・・・・インシデント報告」
そこには本当の俺が死んだ理由について、書かれていた。
脳腫瘍の摘出手術であったのだが、摘出直後に投与する薬剤を取り違えたため脳梗塞を起こした末の死亡であったそうだ。
・・・・・・人は誰しも間違えると言うが、やはり許し難いという思いも捨てきれない。
本当であれば助かったはずの命だというのに、たった一つの間違いで・・・・・・
「普通なら訴訟されようと金だけ払って終わりだったんだがな、患者が舞綱一金持ちな家の息子だったことがこの事例を起こした」
平尾家は、ナディアの家と双璧をなす貴族の血を引く家系。歴史の流れるうちに身分は一般人に分類される者と変わりはなくなったが、土地などに関する強い権限と経済力は健在だった。
八月朔日の家系が有する病院などには我が家の融資による金が沢山注がれていたことは家に残っていた資料からも推測できている。その上魔術にも手を出しているあそこは龍脈を支配しているうちに媚びなければやっていけないと判断していたはずだ。
「うちの融資と魔力を絶たれるってのはそりゃ文字通りの死活問題だからな。それをもみ消そうとするのは当たり前か」
「そうだろうな。立場上平尾家と対立構造を作っているシトコヴェツカヤ家に泣きつくわけにもいかないもんだから、何としてでも平尾家との関係を切りたくなかったんだろう」
だからと言って許されることではない。
すべてを俺の家族に言ってくれたのなら、こんなことにはならなかったのに。
俺のような人間が生まれることも、なかったのに。
「八月朔日喪という男の存在は知っているか?」
「・・・・・・ああ、しのぶの奴に言われたよ。俺の体・・・・・・そいつのなんだろ」
不破は頷くと、机の上に一枚の写真を置いた。
そこには20前後のかわいらしい青年が写っている。当たり前だが、今の俺とは似ても似つかない。
「そいつは八月朔日家の正統後継者になる予定だったんだが、魔術の素養がおもしろいほどなかったそうでな。そんなもんだからどうにかして魔術回路を生殖以外で増やそうだのなんだのしたせいでひでえことになったらしい」
魔術回路というものは代を重ねるごとに増やせるものだ。他人から拒絶反応を振り切って移植でもされない限り、人の持つそれは生まれたときから変わらない。魔術師ならほぼ全員が知っている常識だ。
「クローンの作成およびその魔術回路の強制移植が行われていたことがわかっている。一体の完成品を作るまで生まれ死んだ八月朔日喪は判明しているだけでも100は越える」
かわいそうなことだ。
魔術の才能がなかったばっかりに、魔術回路が少なかったばっかりに人権を無視されそんなことを繰り返されるだなんて。
「そうか。その体が・・・・・・今の俺」
「そういうことだ。体が完成する頃には、もう娘のしのぶが刻印を継承するだけの力を持っていた。つーわけで、厄介払いと言わんばかりに改造に改造を重ねた喪の体は顔を作り変えられ平尾克親に成り代わった」
自分の手を見た。
記憶が無いためか、それが到底俺自身の話だとは思えない。
この体に走る回路はほとんどが移植されたもの。自分どうしなら拒絶反応も少ない故にぽんぽんと剥いではつけをくりかえしてきたのだろう。
「・・・・・・魔術刻印が普通に継げたのはなんでだ?俺は平尾家と全く血縁関係のない人間だったのに」
「そこらへん詳しくはわからん。ただただ相性がよかっただけなのか、改造を繰り返すうちに何でも適応できるような体へと変質したのか、それとも別の要因か・・・・・・」
喉が渇いた、と徐に不破は立ち上がって冷蔵庫を開けに行く。
未開封の乳酸菌飲料(2Lペットボトル)を持ってきたかと思えば、コップもなしにそいつをテーブルに置いた。
「・・・・・・ええ・・・・・・」
そして豪快に一気飲みである。そんなに飲んだら口の中で残る謎のアレがものすごいことになるだろうに・・・・・・