Fate/Serment de victoire   作:マルシュバレー

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170話 十三日目:その名の意味を

「・・・・・・久し振りのフル勤務はきつかったな」

 

結局19時までかかってしまった。

もう空は暗く、完全な夜。

これから遊ぶと明日が辛いこと請け合いだろう。俺はさっさと帰ることにした。

 

「・・・・・・変わらないな」

 

世界は滞りなく回り続ける。

そりゃそうだ、人が一人二人死んだところでそう簡単に変わりなどしないだろう。

・・・・・・けれど、その小さな喪失が後に大きな変容になるということもある。ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こす・・・・・・という話もあるのだから。

少しだけ酒に頼りたくなって、俺は酒屋で一つ高い日本酒を買う。

剣の墓に供える・・・・・・ってのはどうなのかと思うが、どうせなら彼にも飲ませてやりたい。

・・・・・・ああ、また腎臓と肝臓が泣くんだろうか。優しくしてやらなければならないのに。

 

「まいどあり。また高いの買ってってくれよ」

 

「俺は浪費家じゃねえから期待しないでいただきたい」

 

丁寧に梱包された酒を入れてある細長い紙袋を揺らし、俺は店を出る。

この商店街に来るのも、初めてマンドリカルドへ服を買ってあげたとき以来だ。

ああ、福屋の店員に好き放題されて目が死んでたあのときの顔が懐かしい。途中でいなくなったと思えば古書店にたどり着いてイリアスを読んでたから買ったり・・・・・・楽しかった。

 

「やあ、そこの兄さんや」

 

「・・・・・・何ですか」

 

不意に話しかけられたので、俺はその声の方向を見る。路地裏の方から聞こえたなとそこを覗けば、顔をヴェールで隠したひとりの女性・・・・・・と思わしき占い師のような人が紫のクロスをかけたテーブルを前に座っていた。

こういうやつと関われば大概ロクな話にはならんのが常だけど、今日の俺は付き合ってやる気分だったのでそっちへと歩を進めた。

 

「俺に、何か用でも?残念ながらお金は払いませんよ」

 

「いいや、ただ興味深いものが見えたから教えてやりたかっただけさ。金はとらんよ」

 

そう言って占い師は俺の顔を指差した・・・・・・と思ったが、その方向は少し違う。俺の背後に何かいるということを示しているらしい。

 

「随分と柄の悪そうな顔した子に憑かれてるね、兄さんよ。霊力が弱いから本体じゃなくただの残滓なんだろうけど・・・・・・随分と強い思念であんたの背中にくっついてる。守護霊か何かだね、そりゃ」

 

後ろを見ても、そこにあるのは商店街の喧騒だけだ。

だが俺には、占い師が適当なことを言っているようには思えなかった。

 

「そいつ、どんな見た目してる?」

 

誰がいるかなんて簡単に察しがつくけれど、確認のため聞いてみる。

 

「随分と綺麗な剣を持った男の子だよ。ここにZみたいな白い模様が入ってる」

 

そうやって指さすのは左のこめかみ。

やっぱりそうだ。俺には見えないけれど、彼は確かにいてくれてるんだろう。

 

「・・・・・・おそらく、俺の友達です。彼は」

 

「そうかい。亡くなっちまったのは悲しいが、そいつはちゃんとあんたの後ろにいてくれてるよ・・・・・・ああ、何か言いたげだな」

 

「・・・・・・何か、とは?」

 

もしかして、伝えられないままだったことがまだあるのだろうか。

それならば占い師の力を借りてでも聞きたい。それが未練になっていたらたまらないし。

 

「本の中、だとよ。それが何を表してるか知らんが、見てやったらいいんじゃないか?」

 

「・・・・・・ああ、そうさせてもらう」

 

俺は無造作に財布から一万円札を出し、机に叩きつけた。

 

「金ならとらんと言ったはずだが?」

 

「なに、チップだ。もってけ」

 

「そうかいそうかい、じゃ、ありがたくいただくこととするかね」

 

くつくつとヴェールを揺らして笑う占い師は、豪奢な装飾のついた箱にそれをしまい込み・・・・・・次の瞬間、机や椅子ごと姿を消した。おそらくは魔術使いのひとりなのだろう。俺のことを知っていてわざわざ情報をよこしたのか。

随分と人がいいのだか、なんなのか。

それはそうと、奴の言っていることが本当であったのなら帰って見てみなければ。もしも彼の残したものがあるのなら、放っておく訳にはいくまい。

 

 

急いで家まで帰ってくる。荷物を置くことすら忘れて、書斎の扉を開いた。

 

「・・・・・・本の、中か」

 

彼と関係の深い本といえば、あのとき買ったイリアスしかない。

机の上に置いてあるそれを取ってみると、明らかにスピン以外の何かが挟まっている感触がした。

取り出して見てみるとそれは一通の手紙。彼なら到底選ばなさそうな封筒を見るに、おそらく来栖さんからレターセットをもらったのだろう。

『マスターへ』と真ん中に小さく、それでも力のこもった字が書いてある。

俺はそれを開いて、中に入っていた便箋を見た。

 

『我がマスター、平尾克親様へ。

 おそらく、アンタがこれを読む頃には聖杯戦争も終わって俺は消えているころだろう。

 俺のことだから、最期は言いたいことも言い切れずに情けなく別れるんじゃないかって心配だ。

 だからこうして保険も兼ね手紙に記そうと思う。

 まず短い間だったが、俺と一緒にいてくれて嬉しかった。

 こんな英霊のなり損ないみたいなサーヴァントのことを信じてくれたアンタには、どれだけ礼を言っても足りないだろう。

 こんな俺の全てを認めてくれて、友達として歩み寄ってくれて・・・・・・

 果ては重要なものが欠落していた俺の存在そのものも、埋め合わせて完全な状態にしてくれた。

 本来あってはならないことだけども、俺のためにその命を捨てようともしていただろう。

 記録はマンドリカルドという英霊の座に残るだろうが、アンタに返しきれないほど沢山の愛をもらった記憶は俺のものだ。他の誰でもない、俺だけのものだと考えると・・・・・・どこか優越感に浸れる気がする。

 召喚されるたび同一人物だけど別人、となる性質だから、今まで消えていったどこかの俺もそんな宝物を持っているはずだ。

 約束通り、またいつか会えたとしても。

 俺はアンタのことを覚えていないだろう。

 それでもいいから、また会えた時には言ってくれ。

 Син миңа бик ошыйсыңと。

 

 まだアンタの人生は長い。どれだけ辛くても、苦しくても、生前の俺みたいに大切なものは捨てないほうがいい。

 何があっても、アンタは乗り越えてくれる。

 俺にくれた名の意味は、C'est la vie, âme sœur(それが人生さ、魂の友よ).ってのは、そういうことだろうと信じている。

 もうこれ以上続けるのも冗長だろうし、そろそろ終わり時だ。文面になると饒舌になるのって、まさしく陰キャの特徴でものっそい恥ずかしい気がするけど、もう陰だの陽だの言うのもどうでもよくなってきたと思う。

 それじゃあ、また未来のアンタに会う準備をしてくる。

 そのときまで、長い別れだ。

 克親、───────、────────────。

 

 追伸

 地下室の隅っこ』

 

一カ所だけめちゃくちゃに塗りつぶされた跡があるが、ものすごい筆圧で消されているため溝から判読したりだのできなさそうだし解読は不可能だろう。まあ、だいたいどんなことを書いていたかなんて想像できるものだけど。

追伸に書かれていた場所に何かがあるんだろうなと俺は手紙を片手に階段を降りていく。

 

「・・・・・・あれ、か」

 

俺にくれたあのプレゼントと同じ位の大きさな木製の箱が、本当に部屋の隅っこへ隠されるように置いてあった。

リボンも手紙もなく、ただそこに置いてあったものは、端から見ればプレゼントとは到底思えないだろう。

そんな箱を取り、蓋を開ける。

 

「・・・・・・やっぱりか」

 

俺の像を見た瞬間、変な感覚を覚えた。

その視線の先に誰かがいるような、誰かを抱き止めようとするような。俺にはそう見えたのだ。

彼のことだ、作っておいて恥ずかしくなり最後に分割してしまったのだろう。

何かに・・・・・・その先でまつ俺に向かって飛びつこうとするマンドリカルドの姿が、そこにはあった。

 

「・・・・・・ばかやろ」

 

その像を手に、寝室へ。

俺の像のすぐ横に置けば、元からそうであったと言わんばかりに二人の体勢が噛み合う雫のような形の台座も、組み合わせることでハートの形になった。

 

心優しい友を持てて幸せだったと、俺は天井をなんとなく見つめる。

ああ言われたのだ、彼にまた会うその時まで・・・・・・俺は折れやしないさ。




もうあと一話でおしまい、でしょうなあ・・・・・・
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