Fate/Serment de victoire 作:マルシュバレー
眼前に緋色が広がる。
鼻をつくのは鉄のにおい、足を伝うのは生暖かい液体、手には剣。
「・・・・・・なんだ、これ」
ふらふらと体が勝手に動く。足がぬちゃりとあたたかい何かを踏み抜いて、土踏まずに硬く鋭利なものが刺さる。
痛いはずなのに、なぜかこの体は止まらない。
俺の記憶ではないこの映像、そしてサーヴァントは夢を見ないはずだから・・・・・・これが何かという答えはすぐわかってしまう。
「マスターの、記憶」
先ほどの魔力供給で大きく広げられたパスが元に戻っていないせいか、こちら側にマスターの過去が流れ込んできているのだろう。昨日はなにもなかったからつい失念していたが、互いのために共有領域の意識カットをしておくべきだった。
だがそんな考えは今更になって繰り広げても無駄、ここから出る為には記憶の再生が終了するかマスターのほうが目覚めなければならない。そして夜はまだ始まったばかり・・・・・・恐らく、しばらくは脱出不可能だろう。
それにしてもなんでこんな事態になっているのだ。体の感じからして年齢は15歳前後、この時期にあった大きな事件は鉄道事故くらいじゃないか。
部屋に散らばったものを見るに、ここまでの大規模な殺人となれば聖杯から教えられる知識の中に残っていてもおかしくはない・・・・・・もしかしたらもみ消されたのか?
「克親!」
部屋の扉が乱暴に開け放たれ、その勢いで吹き飛んだ何かが俺の腕にまとわりつく。よく見ればそれは誰かの臓物で、血まみれの戦いに慣れている俺でもその感触と見た目と臭いは気持ち悪く感じた。
仕方なしに手を払ってそれを振り落とし、マスターの名を呼んだ男に視線を向ける。
・・・・・・その目は脅えているようにも見えて、期待しているようにも見えた。
例えるならば、怪物の生誕を前にして畏れ多くも感激している狂信者か。
「・・・・・・これは、お前がやったのか?」
分かり切ったことを聞くのも確認の為なのだろう。
俺は真相を全くもって知らないが、ここでは頷く他にない。
持っていたその剣は鈍色の刀身を真っ赤に染め、今もなお誰かを屠らんと胎動している気がした。
「まさか、まさかここまでやるとは思わなかったぞ克親。その力をもってすれば、行方知れずのままになっている不毀の絶世剣すらも!」
・・・・・・不毀の、絶世剣?
俺に馴染み深い言葉が唐突に湧いて出たせいで、俺の気分はいきなり後頭部をギリギリ撲殺にならない程度の威力で殴られたかってくらいだ。
なぜこんなところでそれが出てくるのだ。俺の求めてやまなかったあの剣が、手に入れても結局一瞬で失ってしまったあの剣が。更に事態がややこしくなっていく。
「ふはははははは!悠は死んだが、これほどの成果を出せたのならば問題ない!よかったな悠よ、お前が命を賭して守った子は・・・・・・今度こそ起源を覚醒させるぞ!」
駄目だと考えるより先に本能が言った。起源を覚醒させてはいけない、それは聖杯からもきっちりと教えられている。
記憶の中なので意味はないとわかりつつも俺は後ずさりし逃げようとした・・・・・・だが、体の主導権を奪われたかのように自由が利かない。
ここから先は黙って見ていろということか。
「い、ヤ・・・・・・もう・・・・・・嫌だ・・・・・・!」
のどの奥から勝手に絞り出される呻き。
握りしめていた物を男に投げつけるが弾かれ、からんとその見た目の雄々しさに反した音を鳴らして床に落ちた。
「もう遅いぞ克親。もう準備は整ったのだ・・・・・・お前の起源は、ぐっ・・・・・・!?」
男の首を絞めた。俺の中で何かが蠢動する・・・・・・背中を食い破って出てきそうな苦痛が全身を焼くかのようだ。
これが魔術刻印が作用するときの苦痛なのだろうか。術の補助を受けて首へかけた手にこもる力は増幅し、今すぐ頸椎を折ってもおかしくないくらいまで高まってきた。
「母さんを殺しやがって・・・・・・俺が、俺が・・・・・・お前を阿鼻地獄にぶち落とす!」
鈍い音が響き、両手に反動とも言える衝撃が伝わった。
扼殺なんて甘ったるいもんじゃない殺し方・・・・・・体全体に焼き付いてしまった感覚が離れない。
なぜ、生前こんなにも抵抗のなかった人殺しが怖いんだ。マスターの感情が此方にまで浸食しているわけでもないのに、どうして?
動かなくなった男の体を踏みつけながら部屋の外に出た。外の景色は現実で見たのものと同じ、舞綱市山名地区。
家も現在の間取りと同じらしい・・・・・・廊下を歩くと俺の部屋と今のマスターの部屋につながるドアも見えた。
どこへこの体は向かうのかと何も言わず任せていると、たどり着いたのは風呂場。
バスマットで足の裏の血を拭い、浴室へと入る。中で服を脱ぎ捨て、シャワーの冷水をこれでもかと浴びせていく。
さっき人を殺めたというのに、一切の動揺はない。
『・・・・・・こんなのが、慣れっこだってことか』
おかしいだろと、声も出せない中だが呟いた。
「・・・・・・ん」
唐突に目が覚める。普通なら一度眠ってしまえば朝まで目を覚まさないのだが、今回に限ってこれとは。
何らかの力が・・・・・・生前の俺がいた軍に隙あらば不和の種をバラまいたあの悪魔みたいな奴が働いているのかもしれない。
無理やり瞼を下ろしても全く意識が落ちる気配はないので、俺は上体を起こし辺りを見回す。
問題は何もなく、傍らのマスターはあの記憶など持ち合わせていないのかといわんばかりに優しい表情をして眠っている。
・・・・・・家の中なら離れても大丈夫なのだろうし、少しくらい家の中を探らせてもらっても構わないだろう。
普段の俺なら絶対しないようなことだが、今だけは例外だ。胸の奥でくすぶるわだかまりのような何かが気になってこれじゃあ昼も眠れやしないのだから。
寝室を出て、左に曲がる。あの記憶共有で見た部屋の扉はすぐに見つかり、鍵がかかっていないことも把握した。
マスターすまんと心の中で謝罪し、そのドアノブへ手をかけ開く。
「っ!?」
満ち溢れる瘴気、霊視をしてもなにもかもが乱されわからなくなるほどの闇が部屋に充満していた。
これはやばいと思った瞬間に体は行動していて、蜻蛉返りのように後ろへ跳んでドアを閉める。
あんなもの長時間浴びていれば霊基すら汚染されるのではないかという恐怖・・・・・・鳥肌が立った。
「どうなってんだこの家・・・・・・恐ろしいにも程があるんじゃねえか」
最初は何の変哲もない魔術師の家だと思ったのに、ふたというかドアを開けてみればこの有り様だ。
俺を心配させないように隠していたのかもしれないが、やっぱりマスターには疑念を抱かざるを得ない。
夢の中で殺した男が言っていた『不毀の絶世剣』も気になるし・・・・・・俺は何をすればいいのかわからなくなってくる。
しばらくはマスターに従っておくべきだろうか。彼自身は普通に接してくれるし、俺使ってなにか実験しようとかも考えていなさそうだし、ちゃんと戦いのことも考えてくれてるし・・・・・・信頼と猜疑心の狭間に放り込まれ、俺は唸るほかなかった。
今回は記憶共有の話でしたが克親サンの過去の真相とあの瘴気部屋の正体やいかに・・・(考えが固まってない)