Fate/Serment de victoire 作:マルシュバレー
間違いない、これは親父のかけた術式だ。人間の記憶を一時的あるいは永続的に封印するタイプのもので、解除さえすれば元の記憶が蘇る。
消さなかっただけまだ温情があるとは言えるが、そこまでして隠したかったものとは一体なんなのだろうか。
「これ、は・・・・・・?」
赤黒い何かが、小さな箱に貼り付いている。それはまるで、時間経過で黒ずんだ血液のような・・・・・・
ああだめだ、なんで俺は血が苦手だってのにこういうことを想像するんだ。
「兎にも角にも、開けてみなきゃだな」
どろどろとしたそれに恐る恐る触れる・・・・・・生暖かく、少し粘性のあるそれは紛れもなく少し乾燥した血液。
それを知覚した途端に鼻腔をどこか金属っぽい臭いがつつく。
正直卒倒しそうになったがここではそんなこともなく、頭痛のさなかではあるが意識を保っていられた。
付着物をおおかた取り払い、小箱の蓋をゆっくりと開いていく・・・・・・自分の本能が『これを見てはいけない』と叫んでいるが、もう戻れはしない。
「んだよこれ・・・・・・?」
視界が一瞬白い閃光に塗りつぶされ、俺は思わず目を渋った。まぶたを突き抜けるようなそれが収まったというところで目を開くと、風景が一変している。外の風景から察するに、ここは昔の平尾家で間違いない。
部屋中を埋め尽くす血の色、教科書で見たような臓物、そして不気味に光を反射するやや黄色いなにか。
一目見ただけで理解できる。これは生命体であったものであると。
背中に電流が走るような感覚。思わず四肢が震える、もれなく脳の奥がきゅうと締まるような気さえした。
いつの間にか手には血みどろの剣・・・・・・血で色こそわからないが、俺はこいつが何かを知っている。
・・・・・・俺がたびたび実体化させてしまう、あの模造デュランダルだ。
自分はこれで人を殺めたのか。それならば、教会の奴らに目をつけられてもおかしくはない。
だが不可思議なことがひとつ・・・・・・なぜ、俺はその場で殺されなかったのか?
魔術師の家で起きた殺人事件、それにこの時点で異端と判断されそうな『不毀の絶世剣』の模倣は行っている。
「っ今度はなんだ・・・・・・?」
世界がガウスぼかしをかけられたかのように曖昧さを増し、結ばれる像の姿は一瞬にして変容する。肉体の感覚も薄れ、まるでスペクテイターのように傍観するような形となった。
誰かの工房らしい部屋のど真ん中、手術台のようなベッドに拘束されているのはまだ中学生くらいの俺だ。綺麗に心臓の真上あたりを切開され、そこに何かを埋め込まれているらしい。そして術者は俺の親父。キャップもマスクも防護服も手袋もなしという、医者が見たら怒り狂うこと間違いなしな格好で電気メスを握っていた。
『・・・・・・あなた、本当によかったの?克親に、こんなことをして』
『悠・・・・・・これも、必要なことなんだ。平尾家が未来永劫残るために、デュランダルの持つ力を人体へと移植・・・・・・これにより、克親は死を超越するかもしれないんだ・・・・・・』
『でもそれは、死徒と同等かそれ以上のものを生み出してしまうのかもしれないでしょう?それに、いくら平尾家の存続を固める為とはいえ克親を不死の苦しみになんて────!!』
泣き崩れた彼女は、俺の母親だ。
いつ死んだのかも覚えていないような状態だが、確かに俺を守ってくれていた。
「・・・・・・母さん」
『克親・・・・・・』
手術台の上で眠ったままの俺に向かって、まるで問いかけるように呟く母さん。
その声に憐憫の思いはなく、ただただ悲しみだけを孕んでいるように思えた。
自分の中に聖剣・・・・・・それも、マンドリカルドが生涯をもって求めたものがあるだなんて信じられない。だが、あの体内にこもるような剣のイメージ・・・・・・それを具現化させたものは彼に『これは間違いなくデュランダルだ』と言われた。
あのイメージは体に埋め込まれた聖剣によって生み出されたとすれば辻褄が合う。
「そういうことか・・・・・・」
ショックではあったが、元がちゃんとした人間であったという点が救いだった。
不破に言われたような『人もどき』などではなかったのだから。
父の犯した罪を俺が払うというのはやはり納得いかないので、素直に殺されるつもりは毛頭ないのだが。
「・・・・・・でも、俺は俺で罪を犯した」
先ほど見た、人殺しの光景。
俺自身には覚えがなかったけども、あれは間違いなく自分。
あのときはおそらく15歳~17歳、やったことからして無期懲役もしくは死刑間違いなし・・・・・・時効は15年ほどだから、今行けば素直に捕まえてくれるかもしれない。
だがそれで贖罪になるのかはわからない・・・・・・何をもってすれば、俺は許されるのか。
「・・・・・・いや」
許されたいと願うのすらおこがましい。
どれだけ贖っても俺の殺した人が受けた苦しみは消えようがない。
ならば、ならば・・・・・・
同じ苦しみを受けることくらいしか、出来ることはないのか。
英霊でもない死者を現世に呼び戻すなど不可能・・・・・・というか、魔法の領域。
謝るとしても俺が死に、直接伝えに行くしかない。
感じたことのない自責の嵐。
本能はやはり、許されたいと願ってしまう。
聖杯にかける願いですら生き返らせるのは無理なはず。
『あなた。やっぱり克親の中の─────』
『もう同化は始まっている、取ろうとすれば・・・・・・逆に克親を苦しめるぞ。最悪の場合、死ぬ』
『・・・・・・そんなこと、言われたら・・・・・・もう、どうすればいいのよ!!』
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、母さんは叫んだ。