Re:ゼロ RTA エミリア陣営・なんでもありチャート 《完》 作:青煉瓦
徽章が盗まれて行方不明になったとき、エミリアは非常に焦った。
エミリアは、かつて世界を恐怖に陥れた『嫉妬の魔女』と同じく、銀髪のハーフエルフである。そのため彼女に快く力を貸してくれる者は少ない。衛兵などに頼めば顔をしかめながらも手伝ってくれるかもしれないが、徽章を盗まれたという事実が公になれば資質が疑われ、王になることなど夢のまた夢になってしまうだろう。
この広い王都で探し物をするのに人海戦術が使えないのはあまりにも辛い。大精霊のパックという心強い味方はいるものの、彼が役に立つのは主に戦闘方面である。
それでも、それでも彼女は諦めなかった。この程度の苦しさなんて想定済み、ここで諦める理由にはならない。
だから、王都を駆け回って駆け回って――――ようやく情報をつかんだとき、思わず声を出して喜んでしまったのは無理もないことだろう。
そして、盗品蔵に駆け付けたときに待っていた結末を見て、ぽかんと口を大きくあけて阿呆面をさらしてしまったことも。
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私がすごーく必死に探しまわって、ようやく在処をつかんだというのに。だというのに、目の前の黒髪の少年は数刻前にあっさりと突き止め、さらには徽章の取引に関わった殺人鬼『腸狩り』を討ち取ったという。
今回の件はラインハルトの功績9割だなんて言ってたけど、ラインハルトが「自分は何もしてないです」と真顔で言ってたから、少年なりの冗談なのだろう。
あまりにも呆気なく、あまりにも私に都合が良すぎる。私を驚かせるためにロズワールが仕組んだ壮大な悪戯と言われた方がまだ納得できるぐらい。でも私から徽章を盗った子、フェルトから話を聞いたところ、ロズワールのことなんて知らないらしい。
そして、私を追い越して事態を収束させた彼がどんなに凄い人なのかと思えば――
「兄ちゃんスゲー! キメー! アタシは絶対マネしたくないけど、あのヒュンッ! スパッ! ってやつヤバかったぜ」
「はっはっはー! あれが俺の必殺技、邪剣『夜』だぜ! 凄いだろ! あ、でもキモイってのはマジ傷つくので勘弁してください」
「うーむ、たしかに凄かったが……仮にマネ出来てもやりたくないというのに儂も同意じゃな。初動が気持ち悪すぎたぞ」
「勘弁してって言ったのに追撃!? このドS! 鬼!」
「ドエスって何じゃ!? それに儂は鬼じゃなくて巨人族じゃ!」
年相応にふざける普通の少年にしか見えない。思わず夢かと思って頬をつねってみたぐらいだ。
しかし痛む頬と、それから少年のボロボロになった身体が、夢ではないことをこれでもかと突き付けてくる。
どうやって解決したのだろうか……いや、重要なのはそこじゃない。どうして私なんかのためにここまで頑張ってくれたのか。
見ても考えてもわからない。ならば尋ねるしかない。
「ねえあなた、ちょっといいかな。どうして知り合いでもない私のためにここまで頑張ってくれたの? 手際が良かったみたいだけど、それでも苦労しただろうし……すごーくボロボロになってるじゃない。そこまであなたを駆り立てる理由って?」
「それはもちろん君が可愛いから―――と言いたいところだけど本当は俺のためだな。あることがきっかけで変わったというか変わらざるをえなかったというか。とにかくさ、大勢に誇れなくて良いから、誰かに、そして自分に誇れるような人生を送りたいって思ったんだよ。今日君を助けたのは俺の人生計画の第一段階!」
「あなた自身のために私を? もしかしたら知らないかもしれないけど、私ってば皆にすごーく嫌われてるのよ。助けて良いことなんてない……どころかあなたまで嫌われちゃうかも」
「かもな! でも今の好感度なんて誤差だよ誤差! 嫌われたっていつか挽回できるって」
「誤差って……私はこんなに悩んでるのに」
あまりにも無神経な発言。それでも心から嫌だと思えないのは、私を見つめる眼差しに軽蔑や嫌悪の欠片がなく、真っすぐだからなのか。
「まだ納得はできないけど、理解はしたわ。それから、あなたは自身のために行動したって言ったけど……これだけのことをしてもらった以上、私はあなたにお礼をしなければならない。ううん、お礼をしたいの。もちろん私にできることなら、って条件付きになっちゃうけど」
「ほうほう、お礼とな。そんじゃあ俺を君の所で雇ってくれない? あんな高そうな徽章を持ってたってことは、かなりの金持ちだろ? 俺ってば帰る家も生きていくための金もなくてさ!」
「えっ、私のところに!? もちろん嫌じゃないけど……というか資産がないって誇らしげに言うことじゃないわよ。あなたって少しあんぽんたんな所があるかも」
『腸狩り』討伐が本当なら私なんかのところに来なくても引く手数多だろうに。なんならこちらから協力を要請してもおかしくないほどだ。この少年は自身のために行動していると言いながら明らかに損な選択をしている。
私の陣営に送り込む工作員という可能性は……ないだろう。こんな表情の分かりやすい子を工作員として差し向ける組織があったら余程のうっかりさんだ。
しかし、予想外の発言に混乱して思わず酷い言い方をしてしまった。後で謝らなきゃと一人悩んでいるのに、
「あんぽんたんって今日日聞かねえな! でも美少女に言われるのはご褒美だぜ! ありがとうございます! あと嫌じゃないってことはOKってこと? やったぜ」
目の前の少年はそんな気持ちも知らずに、悩みなんてないかのように喜ぶ。これでは先ほどからずっと悩んでいる私が馬鹿みたいではないか。
「一応、私の後見役を務めてるロズワールにも話を通す必要があるけどね。詳しい条件は後日詰めましょう。それから、助けてもらった私がお願いをするというのも烏滸がましいけど、一つお願いがあるの」
「おっ何々?」
そう、私は彼にいろいろ尋ねてきたけれど。ここに来て、まだ重要なことを聞きそびれていた。それを聞かなければならない。
「改めまして、私の名前はエミリア。ただのエミリアよ。私に――あなたの名前を教えてほしいの」
私がそう言うと、彼は瞳を少し見開いた。そしてしばしの無言が周囲を支配する。
どうしよう、もしかして私ってば変なこと言っちゃったのかしら。でもここで尋ねるのっておかしくないよね? と目をぐるぐるさせていると、
「ぷっ、ははは」
と彼が吹き出す。やっぱり変なこと言っちゃったのかな!?
「あーごめんごめん、全然変なことは言ってないよ。どんなお願いされるのかと思ってたからさ。コホン、よくぞ聞いてくれました!」
彼はそう言って指を天に向けて、
「俺の名前はナツキ・スバル! 無知蒙昧にして天下不滅の無一文! これから君ン所で世話になるんでヨロシクゥ!」
私の悩みなんか吹き飛ばしちゃいそうなほどの満面の笑みを咲かせるのだった。