成人した友モテ組がクリスマス会を開きます。
ゆうちゃんの出した答えは『トクサツガガガ』のものを参考にしています。
「あっ、もこっち! こっちこっち」
スマホを片手にきょろきょろと周りを見渡すその姿に声をかける。あちらもそれに気付いたようで、小さく微笑みながら駆け寄ってくる。
「ごめんね、待った?」
こちらへ来るまでに急いだのだろうか。もこっちは若干息を弾ませながら暑そうに狐の襟巻きを取った。
「ううん、私もこみちゃんも来たばっかりだから大丈夫だよ」
ならよかった、と一息つきながら、もこっちは被っていた帽子で襟元を扇ぐ。
「仕事忙しかったのか? よくわかんないけど年末とかお盆って締め切り早まるんだろ?」
黒いレザーのコートに手を入れたまま、こみちゃんは寒そうに背中を丸めて言った。
もこっちは全然、と言いたげな表情で頭を横に振ってこみちゃんの言葉を否定した。
「二時間前くらいに来て、ブックオブで立ち読みしてたらギリギリになっちゃって」
「何やってんだよクリスマスの夜に…」
「いや、クリスマスだってのに予定もなく立ち読みしてる人間性に問題ありそうな奴らを眺めて楽しもうかなって」
懐かしいやり取りに思わず笑みが溢れる。
こういう冗談がすぐに言えるところは昔から変わらないな。二人の飾らない態度が高校の頃は羨ましかったっけ。
しかし楽しい思い出を懐かしむと同時に、一点の寂しさがじわりと胸を侵した。
―あの頃がずいぶんと昔になっちゃったな。
友人二人に背を向けて、左手にはめたリングをイルミネーションに照らす。
「じゃあ揃ったし行こっか! 予約してるお店もそろそろ時間だよ」
自分を元気付けるように笑顔を作ってから振り向き、二人の間に割って入って手を握る。今日は皆で会える数少ない機会。そんな今日だけは、寂しさや懐かしさよりも楽しさだけを感じていたいから。
「ゆうちゃん今何ヶ月だっけ?」
乾杯したグラスに口をつけながらもこっちが問いかける。
「今六ヶ月だよ。つわりもなくなったしだいぶ楽になってきた」
「やっぱり辛かった? つわりって…」
運ばれてきたサラダをとりわけてくれるこみちゃん。
「うーん…」
数ヶ月前の生活に思いを馳せる。
何も食べられないわけでも、すぐに吐いてしまうわけでもなかった。それでも味の濃いものや脂っこいものは食べられないし臭いの強いものもダメだった。それに併せて気持ちの悪さがずっと続く。思い出すのはちょっとだけきつい体験だ。
「私はそこまで酷いほうじゃなかったけど、一日中乗り物酔いになってるみたいな感じだったかな? 私はわかんないけど、二日酔いが治らないみたいっていう人もいたよ」
「めちゃくちゃ辛いじゃんそれ!」
二人が身を乗り出して声を揃える。
「二日酔いの時って『もう二度と酒なんて飲むもんか…』って思いながら寝てることしかできないけど…それが毎日…」
こみちゃんが頭を抱える。
成人してすぐ光ちゃんとロッテの試合でビールをたくさん飲んで、そのあとスポーツバーでもたくさん飲んで、光ちゃんのアパートで…えっと、大変なことになったって言ってたもんね。
「破瓜の痛みを乗り越えても、その先に待っているのは妊娠出産。果ては育児の毎日か…なんか私喪女のままでいい気がしてきた…」
もこっちも大きなため息をつく。
せっかく婚活始めようかなんて言ってたのに、不安にさせちゃったかな。
「私もう妊婦プレイものなんか書かないよ、ゆうちゃん」
「それは…フィクションならいいんじゃないかな…」
昔からもこっちはエッチなことを言ってくるけど、大学を卒業して小説を書くようになってからその頻度はさらに増えた。
もこっちの書いた小説は最初読ませてもらった時は難しくてよくわからなかったけど、頑張って調べながら読んだから楽しめるようになってきた。
中学の頃からよく本を読んでいたけど、小説家になっちゃうなんてすごいな。
面白いエピソードがいっぱいで、いつも周りに誰かがいて、夢中になれるものがちゃんとあって…二人とも昔から全然変わってない。
「でもさ」
フリッタータをフォークで切り分けるこみちゃんが寂しそうな声で呟く。
「こうして集まれる機会も減っちゃうかもね」
その一言に、つい食事の手が止まった。
「ああ、寂しいけどそうなっちゃうかな」
プロシュートを頬張りながらもこっちも応えた。
「成瀬さんお母さんになるわけだし。そうなるとやっぱり家族優先だろうしな」
店に入る前に感じた寂しさが再びじわりと広がり、色々な気持ちが胸に溢れてくる。
けど…その感情を上手く言葉にして伝えることが出来ない。
「…そうだねー」
無理矢理に作った笑顔で、ただそうとだけ呟いた。
テーブルの中央でゆらゆらと揺れるキャンドルの炎が、ノンアルコールカクテルの入ったグラスを照らした。
「ここもずっとお世話になってるなー」
皆のコートをハンガーに掛けながら、こみちゃんが笑った。
「まぁ一年に一回だけどな」
先程のお店を出て、二人と一緒にカラオケのパーティールームに入る。
どこかでディナーをしてからカラオケに来て、誰の目も気にせずに騒ぐのがクリスマスパーティの定番になっていた。
高校生の頃はジュースやお菓子、大学生の頃はお酒とデリバリーと色々なものを持ち込んだけど、今年はお酒の飲めない私に合わせて二人ともドリンクバーを注文してくれた。
「本当にいいんだよ? 元々私お酒得意じゃないし、二人は飲んでも…」
「いや、今年は私たちが潰れたら本当にヤバいし…」
トニックウォーターの入ったグラスを手渡しながら、もこっちは頭をかいて苦笑いする。
「…うん、ありがとう。それじゃあいつものアレから始めようか」
滅菌済みの袋が被ったままのマイクを手渡すと、二人はバツが悪そうに顔を見合わせた。
「あの…成瀬さん。やっぱり今年もやらなきゃダメかな?」
「ぶっちゃけシラフでやるのめちゃくちゃキツイんだけど…」
「ダメダヨー」
困った二人の顔が見たくてつい意地悪く言ってしまう。
「二人でクリスマスソングを本気で歌って、ちゃんと歌えるまでやりなおしだからね」
デンモクの選曲ボタンを押すと同時に部屋の照明が落ちて、四隅に据えられたスピーカーから大音量のイントロが流れた。
「すごいね二人とも! 今年は三曲でクリアだよ!」
モニターに映る得点を見ながら、ぐったりとした二人に拍手を送った。
「いやゆうちゃんさ…歌ってる途中でポテトとか頼むのは反則だからね?」
「あれ無ければ二曲目でいけたよ…」
二人はソファに体を預けながら烏龍茶のストローに口をつける。
「ごめんね、ちょっと意地悪しちゃった」
額に汗を浮かべる二人を手のひらで扇ぎながら、自然と声を上げて笑った。
「しかし高二から十年も続く伝統になるとは。ゆうちゃんもこれだけは絶対譲らないし」
「だってもこっちに『アレ』が必要になるまでは私の勝ちのままだもん。それまではワガママ言っていいんでしょ?」
「はぁ…オシャレな青学生になればモテると思ったんだけどなぁ」
「そもそも私は巻き込まれてるだけだからな」
紙ナフキンで眼鏡を拭きながらこみちゃんがぼやいた。
二人とも自分から全然歌おうとしないけど、こうやって無理矢理にでも歌ってもらうとちょっとずつ曲を選んでくれるようになる。
二回目のクリスマスからやってる荒っぽい方法だけど、せっかくのパーティなんだから皆で楽しみたいしね。
今回もこみちゃんは野球の応援歌、もこっちはラップみたいな曲をそれぞれよく選んで、私でも知ってるようなちょっと昔のアニメの曲は皆で歌ったりした。
「次はプレゼント交換だね」
お菓子やケーキを食べながら一時間くらい楽しんだ後はプレゼント交換。昔は『いらなくて面白いもの』を贈り合っていたけど、いつの間にかそれぞれ普通に選んだものを渡すようになっていった。
こみちゃんは野球関係のものやロッテのお菓子が多かったり、もこっちはタオル率が高かったりと個性が出るから面白い。
私もあまり流行のお洒落にこだわらない二人にアクセサリーやコスメなんかを選ぶのが毎年の楽しみだ。
「今年はちょっと人を選ぶかも」
こみちゃんが気まずそうに笑うと、もこっちも「私もちょっと反則気味だな」と応えた。
「それじゃあこの紙袋の中から自分のやつ以外を取って開けてね」
最初に封を開けたのがこみちゃん。
「これは…アイマスク?」
「あっ、うん! 私からだよ」
プレゼントしたのは黒色のホットアイマスク。電子レンジで温めれば何回も使えるタイプのものだ。
「二人ともお仕事でパソコン使うし、疲れが取れるかなって」
「ありがと! 目が疲れると肩とか頭まで痛くなっちゃうから助かるよ」
「ってことは私のはこみさんからか」
もこっちが赤い袋のリボンを解く。
「ああ、うん…すまん」
「謝るようなもの入れてんのか…って、何だこれ」
もこっちが袋から出したのは、可愛らしい柄のスタイとおしゃぶり。
「こみちゃん…これって」
「完全にゆうちゃん用じゃねーか! ふざけんな!」
空の袋をこみちゃんに投げる。
「いや、マジで今回は出産祝いしか頭に浮かばなくて…」
「大丈夫だよ。もこっちもそのうち…」
「高校の時もらったコンドームすら使う予定ないのに?」
どうしよう…何かフォローを…
「ほら…明日香ちゃんとかに頼めば…」
「そういう本来の用途外の使い方はやめて!」
もこっちもこみちゃんも気を遣って私に渡そうとしてくれたけど、せっかくのプレゼント交換なんだからと説得してそのままもこっちが持ち帰ることになった。
「じゃあ最後は私。もこっちからだね」
小さな紙袋からはチャラチャラとチェーンのようなものがぶつかる音がする。雪だるま柄のテープを剥がして手のひらの上に取り出すと、中から出てきたのはキーホルダーだった。
「これ…もこっちの部屋にあるぬいぐるみのキャラだよね」
「しかも三個一組?」
「ああ…うん」
ガラスのテーブルにコーラのグラスを置いて、もこっちは照れくさそうにはにかみながら頬をかいた。
「さっきの店でも話した通り、ゆうちゃんの子供が生まれると集まる機会って減るかもしれないじゃん? それでも疎遠にならないように、何かお揃いのものを持とうかなって」
差し出された手に三つのキーホルダーを置く。
「私も会うことが少なくなった学生時代の友達が何人かいるけどさ、それでもお揃いで持ってるネズミーのお土産とかを見るとそいつを思い出すんだよね。だから、ゆうちゃんにも渡そうかなって」
再び手渡されたそれを、両手で包み込む。
「…ありがとうもこっち。大事にするからね!」
「あっ、こみさんはついでだから一番小さいやつね」
「いや、別にいいんだけどさ…」
手の中の困り顔を見ながらふと気がつく。
そっか、ずっと胸につかえていた気持ちの正体。ようやくわかった気がする。
「あのねっ…!」
スカートの裾を握りしめながら、二人に声をかける。
「二人の言う通り、子供が生まれたらこうやって会えることも減るし、正直に言うとドタキャンもしちゃうと思う」
あと数ヶ月で子供中心の生活になる。それはもちろん覚悟してたし、辛いこともたくさんあるだろうけど別段不満もない。
「…それでも、私から誘えない状態だからこそ、声がかからなかったら誰からもつながっていられなくなっちゃうから…」
そう、一人取り残されることが私は怖かったんだ。
友達と会えなくなるのが怖かったから、今とは違う自由な自分を思い返すのが辛かったし、皆からかけられる「会えなくなるね」の一言が寂しかった。
「だから…お母さんになっても私のことずっと誘ってね?」
自分でもワガママなことを言っていると思う。
それでも、確信していた。
「心配しなくても私が処女のうちはワガママ聞く約束だからね」
「頼むぞ。お前みたいな暇人が招集かければ、私たちも空いてる日に合わせやすいし」
「ふざけんな! 在宅ワーカーは暇じゃねーんだよ!」
私の親友は、そんな私を笑って受け入れてくれる。
「ありがとうもこっち! こみちゃん! 会えない時も、このキーホルダーを見て二人を思い出すからね」
ずっともやもやと渦巻いていた胸のわだかまりが澄んでいく。
私は今日、久々に高校時代のように笑えた気がした。
家に着いてシャワーを浴び、寝室の鏡台に腰を下ろす。
今日夫はいない。私がパーティで夜に出かけるので、最近ずっと我慢していただろう飲み会へ行ってもらっている。最後まで私の体調を心配してくれていたが、もこっちとこみちゃんがいれば安心なので気にしないよう伝えて送り出した。
引き出しから一つ箱を取り出し、そっと蓋を開ける。
内側に赤いマット地の張られた箱の中には、今まで二人からクリスマスや誕生日、旅行のおみやげに貰ったものがたくさん入っている。今日貰ったキーホルダーも同じようにしまって蓋を閉める。
「今度の三人の誕生日は、会えないかな…」
控えめな装飾がされた蓋を撫でながらぽつりと溢れた独り言は、誰に聞かれることもなく薄暗い廊下に吸い込まれていった。
「でも寂しくないよ。また落ち着いたら連絡するからね。もこっち、こみちゃん」
誰かと結婚して、子供が生まれて、誰もが段々と自分だけの時間や居場所を失っていく。
それでもこの箱の中だけは、誰にも邪魔されない私だけの思い出の場所。