幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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エピソードゼロ 系譜を継ぐ者
1話 文学者と科学者


1999年3月10日22時10分

それは3月の中旬にしては蒸し暑い日の出来事であった。

私は、東京のキーマンカフェという、行きつけの喫茶店で、冷めたホットコーヒーを啜っていた。

 

友人と待ち合わせをしていたのだが、彼はまだ来ていなかった。この喫茶店の外装はとても薄暗いが待ち合わせ場所としては交通の便がよくて利用しているわけではあるが、私の悪い癖なのか、人があまり来ないことをいいことにコーヒー以外は注文せずに、つい長尻になる。それにしても、久しぶりにここに来てみれば東京の街は機械や技術は進歩しても、本質は全く変わっていないように思ってしまう。

 

東京の街は深夜にも関わらず、ネオンの街頭や客の引き込みの声が響き、昔から言われた【眠りのない町】【昼も夜も変わらない町】は相変わらずだった。喫茶店の窓越しから見える高層マンションやホテルの大半は明かりが漏れており、都会の人達は本当に寝ていないのかと思わせてしまう。もちろん、集団生活をしている中でそれはあり得ない話だが・・・

 

空想をしているうちに、チリンチリンとドアについている鈴の音が店内に響き、私の待っていた人が来た。黒髪に所々に茶髪も混じった短い髪形をしている。薄暗い店内では目立つ白いスーツを着こなし、黒い革靴はいかにもビジネスマンを感じさせる。彼の名は重村・徹大。

若くして東都大学 電気電子工学科の教授として知られているが、マスコミを嫌っており、世間での一般的な認知度は低い。常に先鋭的な研究スタイルを発表し、電気生理学会からは異端扱いされている人だ。

彼は店内を軽く見渡し、待っていた人を見つけて、ビジネスマンらしく表情を厳しいものにしていた。

 

「急に呼び出して申し訳ないね」

「まったくですよ。研究の時間を空けてこちらの用事を優先させましたからね。」

 彼は静かにだが皮肉を含めて言った。

「待ち合わせの時間に遅れてきた言い分ではなさそうだね。まあそう言わないでくれ。

今日は君に関する話を聞きたくて来た。」

「以前も同じようなことを言い、オンラインゲームで男女が実際に出会う確率を長々と話し合いましたよね。あなたの話はあまり信用できませんよ。」

 

少しくたびれたような仕草を見せつつ、身振り手振りで話す彼を見ていると、私は微笑まずにはいられなかった。私は彼の、冗談の通じない真面目な青年だったころを知っているだけ、この柔和で正直な言い回しは、人が変わったと思うには十分であった。

 

「今回は君が結婚したと聞いてね。噂でも信じられなかった。研究一筋の科学者で出会いもない君のことだ。世間を気にして架空の恋人を風潮したのではないか、と思ってね」

お互いに信用していないから出会う時間を作ったのか、と重村は表情を変えずに私の行動を疑った。

「まあ、そうですね。つい最近、婚姻届けを出したばかりです。」

「ほう、噂は本当の話でしたか。返事は遅れてはいるが結婚おめでとう。」

 ・・・まったく感情のこもらない言葉で返された。

「新婚なぶん、毎日が違った風にみえるのではないか。いきなりではあるが子どもはどうだ」

 

 本当に急な話をしてきたと思い、頭を掻きむしりたくなった。どうもこの人は好奇心の塊のような人間で、繊細なことでも気になれば相手の心に土足で入ってくる。それでいて、絶対に触れてはいけない部分は触れずに線引きする所は、なおさら、たちの悪さを引き立たせる。重村はため息を尽きつつも話すことにした。

「まだ結婚して一年も経っていませんし、研究であまり家には帰れてないですからね。せいぜい妻が研究室に着替えと歯ブラシを持ってきてくれる程度ですよ」

 彼はぴしゃりと言った。

 

「なるほど。ではあまり会う機会はなくても現状は子供の名前はどうするか、将来の幸せな悩みを妻と共有している段階かな。」

「男の子はまだですが女の子の名前は決まっていますよ。名前は悠那、重村・悠那ですよ」

「悠那・・【悠】はみそぎで心が清められ、心がゆったり落ち着く様子を示して、【那】は強い意思・主張する力を持つ人を合わせた名前ですか。良い名前ですね。」

 

 重村徹大は口を開きかけたが、思い直して、喉から出かかった言葉を押し戻した。

言い返すのならばお得意の言い回しでうやむやにされてしまう。

代わりに別の話題を持ち出すことにした。

 

「たしか貴方には娘がいるようですね。風の噂では剣道で難関道場の入門試験を受けると聞きましたが・・・。」

 私は意外に思いつつ、娘のことを聞かれて声を高くして答えた。

「よくその話を知っているね。一時期はテレビでよく取り上げられていた道場でね。名前はたしか【葛城道場】と言われたかなぁ。同じ道場なら人の多くて有名な【桐ケ谷道場】でもいい気はするがな」

「何故【葛城道場】を選んだのですか」

私は少し考えながらゆっくりと口を開いた。

「どうやら元から有名な道場には入りたくないらしい。私の力がどれほど通用するか試したい。そこから有名になっていく道場がどう変わっていくか見てみたいと話しておったよ。とんだじゃじゃ馬娘だよ」

 

・・・こんな風に久しぶりに何気ない世間話をしているうちに、私はふとある提案をした。

 

「せっかくだ。久しぶりに会い、これから生まれる娘のお祝いの意味を込めて乾杯でもしようではないか」

「カフェのコーヒーグラスで乾杯ですか。風流も何もありませんね」

私と彼は同じことを思い、お互いにクスリと苦笑した。

暖かいカップと冷えたカップを軽く持ち上げて、ひそひそ声を合わせてこう言った。

 

「「娘の結婚と健やかな成長を願って乾杯!」」

 

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