第七話は暗い話にするつもりが、いつの間にかカオスな話になってしまいました。
とわいえ、五話と六話に比べれば明るい話と思っています( ´∀` )
予定通り、本作のヒロイン登場です。ごゆっくりどうぞ!
2023年5月30日≪現実世界≫
壁画全体のモニター画面に無数の数字が縦状に途切れることなく流れ落ちる。白衣の衣装を纏う二人の男性は数字に合わせて¨カタカタ¨キーボードを入力していく。しばらく続けていくうちに¨ERROR¨と表示し、男の一人が舌打ちをした。
「――ッ!たくよぉ。何で俺らがこんな作業しなきゃならねぇんだよ」
「いいじゃねぇかよ。これが終わればあの人のおこぼれを貰えるんだからな」
「おこぼれとは言ってもよ。あの人の使い古しだろ。俺は生娘が好きなんだよ」
「そんなに都合よく、狙ったプレイヤーが亡くなるわけないだろ。どうせなら俺はいい声で鳴いてくれる奴がいいな」
二人の男性は自身の仕事に文句を言い、作業が終わった後のご褒美を起爆剤にやる気を上げていた。ここはとある研究所で関係者以外の立ち入りは禁止している場所だ。この施設に入るには、公共機関のものでしか持ち得ない【マスター・キー】が必要である。彼らはバイトでここに働いているが、目的は給料ではない、その賄いだ。
「しかし、あの人の研究成果はすげぇよな。SAOでくたばった人間の脳内データを抜き取る実験はよぉ。複数の人間のデータを統合した理想の人間を作り出す技術なんてな」
「ゲームで亡くなった人はだいたい1500人だが、その電動シナプス信号の記憶を抜き取り、肉体をも合わせて誤作動なく作り出せる技術はあの人しかできない所業だよな」
人間の脳は本来3%しか使われず、残りの97%は使われずにいる。あの人はその人間一人に対して3%を抽出し続け、別の個体に100%になるまで入れていく。これを繰り返し行えば社会に貢献する理想の個体を作り出せる技術が完成するというものだ。彼らは研究成功の暁に理想の人間を提供してもらう報酬で仕事をしていた。
「まぁ、不満があるとすればあの人が開発しているβテスター段階のVRMMORPGゲーム『アルヴヘイム・オンライン< ALfheim Online>』でしか楽しめない所だな」
「それは言うなよ。仮想世界だからこそ楽しめるんじゃねぇかよ。一歩間違えば犯罪だぜ」
一歩どころかすでに犯罪です。何でギリギリセーフだと思っているのだろうか……。そんな空耳を他所に、男達は会話を続ける。
「そういやぁ、あの人はどこ行ったんだ?」
「今日は「自分の人形に入る」とか言ってSAOの様子を見にいったぞ。死にはしない分、クズの足掻く姿を見るのが楽しいんだとよ」
男性二人は仮想世界で楽しんでいるだろうあの人を恨みつつ、画面と向き合う。ひと時の休憩を挟み、再び仕事に没頭していった。たまにあの人が帰ってきた時に休憩している姿が見つかればサボりと判断され、すごく怒られる。とりわけ働いているアピールも兼ねて真面目に行った。
一
2023年5月30日≪仮想世界≫
「しかし、どうしたもんかねぇ」
黒いローブを深く被り、ユズルはひだまりの森の近くにある川にいた。市街地売り場で売れ残りの釣竿を垂らしている。綺麗な川で心地よい風も吹いていて読書をするにもちょうどいい。まだ趣味スキルの熟練度は高くなく、一時間で一匹魚が釣れるペースで合計六匹を釣り上げていた。
「しかし驚いたな。まさか縫い針で魚が釣れるとはね」
そう縫い針だ。趣味スキル【裁縫】を極めようと買い直した針を悪ふざけで代用し、それでも魚は釣れてしまう。いくら森林伐採の時の簡易仕様とはいえ、一歩間違えば現実味は無い。実のところユズルには魚が釣れる心当たりはあった。
「【裁縫:熟練431】と【釣り:熟練78】を合わせている分、何かしらの上乗せがあるのかもしれないな」
言い訳に似た根拠のない発言をして、また釣りに意識を集中させる。
天国と地獄の扉をクリアし、幻影のローブを装備してからは、刺客の奇襲や寝込みを襲われる殺人未遂事件は減少し、穏やかな生活を送っている。とはいうものも、数ヶ月前は命を狙われたサバイバル生活は簡単に抜け切れるものではない。今でも寝ているスキに襲われる可能性を考慮して木の上で寝ているし、食事もキャンプで済ましている。けれども、本当は暖かい寝床で休みたいのも本音だ。
「まぁ、雨さえ降らなければ木の上か崖の近くにハンモックを作ればいけるかな」
…我ながら人間の寝る場所ではないな。縫い針に餌を取り付けてのんべえだらりと考えていた。今は、刺客に追われて出来なかった趣味スキルの熟練度上げに励む日々を過ごしている。というのも、アクティブスキルを一向に覚えない以上はメニュー画面を開くたびにいつもアクティブスキル枠の空欄が目に付いてしまい、たまに虚しくなってくるからだ。
「唯一覚えた【幻影】はいつ発動するか分からない不安定なスキルだしなぁ。」
アクティブスキルを覚えてさえいれば攻略組の参加も有り得たが、無いものねだりは仕方ない。趣味スキルの熟練度を上げ、攻略組のバックアップに中間ギルドは物資支援で生還者を増やしていこうと考えていた。
「そういえば、ガイドブックにも一通り趣味スキルについて書いてあったな」
僕は釣竿を石で固定してからガイドブックを開き、様々な趣味スキルに目を通していく。
【裁縫】【料理】【釣り】【限界重量拡張】【装備鑑定】【道具鑑定】【買取交渉】【売却交渉】【音楽】【鍛冶】【森林伐採】【農業】【水泳】【読書】【花火】【手品師】【調合】【散髪】【ギャンブル】【投擲】etc.
上記のスキル以外にも記入漏れレアスキルの存在有り。
…本当に色々あるな。ユズルは予想以上に多くのスキルに考え込む。
「自給自足で料理のスキルは欲しいか。後は調合スキルがあれば質のいいポーションでも売れば荒稼ぎもできるしなぁ」
趣味スキルを選んでいる時にユズルはふと思う所があった。こんな風に身体を休めてのんびり思考する日はいつぶりだろうか。僕はデスゲームが始まって以降は自分を振り返る余裕はなかった。ただ、『大切な人と一緒にいたいから死なないようにレベルを上げていこう』だけを意識して戦う日々を過ごすあまりに視野を狭めてしまっていた気がしていた。
「…過去は振り返っても仕方ないし、前向きに考えていくかな。本来ならアクティブスキル枠で圧縮する分を趣味スキルに極振りできるんだよねぇ」
そう思えば悪い気はしなかった。もし調合スキルか料理スキルで油を作ることができれば、花火スキルと合わせて強力な火炎攻撃ができるかもしれない。もし釣りスキルか手品師のスキルがあればナイフを蹴り飛ばす以外の遠距離攻撃に成るかもしれない。趣味スキルでも組み合わせれば、強力な武器に成る可能性に「そうか!」と心躍らせた。
「やったことはないとはいえ、組み合わせ次第ではアクティブスキル以上に使えるかも」
――考え事に夢中になるあまりに竿が引いていることに気が付かなかった。そのため、魚と竿は一緒に川に引きずり込まれてしまう。同じく、ユズルの意識も現実に引きずり出された。
「うわぁぁぁぁあ!!僕の、僕の竿があぁああああ!!」
ユズルの悲鳴はひだまりの森に木霊した。
ニ
「うぅ、竿が…あれ高かったのに……」
大切な竿を失い、呻きながら川を睨み付けてやった。魚に餌はやっても竿をくれてやった覚えはない。これくらいの抵抗はしていいはずだ。
「…キリトにこの悲しみを慰めてもらおうかな」
言うよりも早くメニュー画面を開く。さて、メッセージは―――
『キリト~僕はもうだめだ。(心が)傷物にされてね。大切にしている(竿)のを奪われた~。慰めてください』
大切にしていた竿を奪われた勢いで書いてしまい、そのまま送る。数分もかからないうちに返事が返ってきた。しかし、余りにも早い連絡に¨はて¨と思いつつ開く。
『何があった!ユズル今どこにいる!?すぐ行くぞ!!』
良く分からないが心配してくれるみたいだ。だが、思っていたより慌てているような……
魚に奪われた竿は売れ残りとはいえ、熟練度を上げやすくする能力持ちの珍しい竿だった。とはいうものの、キリトの過剰な反応にユズルは不審に思いながら返事を送る。
『悪いから僕の方から向かうよ。もう(無くなった竿は)済んだことだしね。どこにいる?』
『第十一層のタフトの街にいる。ゆっくりでいいからな』
『分かった!行くね』
キリトと会う約束をしてタフトの街に向かうことにした。しかし、手ぶらで会いに行けばいつもお世話になっている分、礼儀がないと思われてしまうか。お土産に第二層名産品のカスタードクリームとイチゴ(のようなもの)が入った「タラン饅頭(保冷済み)」をニセット購入してから向かった。
三
移動中は刺客に襲われずに第十一層のタフトの市街地に到着した。敵に襲われる時はあっても、やはり幻影のローブを手に入れてから人並みの生活を送れている。ユズルは初めて入る市街地に辺りを見渡す。
赤茶色レンガと石でつくられた綺麗な街は全体的に明るく、第一層の始まりの街にある黒鉄宮に合わせた黒色は見当たらない。植えられた木の鮮やかな緑色の葉は明るい街に実に似合っていた。しばらく歩けば、誰かを探しているのか右に左に顔を動かす黒装束の少年を見つける。
「キリト、会いたかったよー」
「お、おぅユズル。…元気そうだな」
「?どうかしたの?なんかあった?」
「あぁいやぁ、その…何でもないぞ!そうだ!俺ギルドに入っていてな。ユズルに紹介するぜ」
キリトはギルドに入っているのか。そういえば、クエストに【ギルド結成!!】があったことを僕は思い出す。サバイバル生活時代を過ごすうちに世間から取り残されてしまい、皆が当たり前に知っていることを自分は知らなかったことにユズルは思わず、大きく溜息をつく。
「……ふぅ」
「…大丈夫か?無理しなくていいぞ」
「あぁ大丈夫。行こう」
…やっぱりキリトは優しいな。僕はキリトに案内されてコンクリートの道を歩いていく。紹介してくれる人は¨ユズルという人間を認めてくれるだろうか¨不安はあった。もし、認めてくれるならば、幻影のローブを脱ごうと覚悟を決めていた。
四
「皆コイツが話していた友達のユズルだ。左から、リーダーのケイタ・サチ・ダッカーだ」
「よ…よろしく」
近くの宿屋に紹介されて僕とキリトは三階の部屋にいる。初めは悪評の多い僕を入れていいのか考えていたが「事情を話しておいたから問題ない。むしろ、話したら来てくれと言っていたぞ」と歓迎してくれるそうだ。そう聞いていたのだが――
「うぅ…君がキリトの話していたユズルだね。暖かい風呂を用意しておいたから入っていいぞ」
「ぐす…上がった後は温かいスープもあるからね」
「えぐぅ…ちゃんと着替えも用意してあるからな」
……なんで皆は涙ぐんでいるんだ。僕と同い年位の人達がしゃくり声をあげている。どう返したもんかと慌てていれば、キリトは手に肩を置いて話しかけてきた。
「大丈夫だぞ!風呂場でいっぱい泣いてこい…」
「いや!何の話だ!?」
何を言っているのかワケが分からない。ケイタは「キリトの友達が○○して××された」と言い、僕は必死に身の潔白を証明した。説明している途中にもう二人のギルメンが帰ってきて、顔をゆがめながら「これで傷を癒してくれ」と薬草を手渡された。一時間以上の説明をして月夜の黒猫団に誤解と騒がしたお詫びにお土産を渡す。キリトは顔を真っ赤にして俯き、皆で「思春期だからね、仕方ないね」と慰めてやれば「お前らもだろ!ユズル!ここに来るまでにだな――」とひと悶着あったが比較的平和に片付いた。
五
あれから月夜の黒猫団とたくさん話をした。キリトは予め皆に僕の世間から悪評は誤解だったことを話してくれていたから偏見なく見てくれた。ただ気を緩めて僕の逃亡生活まで話してしまい、さらに慰められてしまった。あまりに涙ぐむ姿に耐えきれず、その場しのぎで「外に出かけてくる」と言い、夜の街を散歩している。
「…みんな、いい人だったな。赤の他人でも涙をながせるなんて……」
たった数時間しか過ごしていないが、確かに月夜の黒猫団の暖かい雰囲気は居心地よかった。しかし、僕はあのギルドには入れない。未だに命を狙われている自分が身を寄せては混乱を招く災いとなってしまう。ただ幻影のローブを被れば行けないことは無く、たまに、顔を覗かしていきたい。そう思えた。また、ありのままの自分を受け入れてくれたことはユズルにとって幸せだった。
「また一つ、守っていきたい人が増えたかな…」
時間にしては深夜だが、人通りはない。しばらく歩いていると、どこからか歌が聞こえてきた。楽器や音源ではない。透き通る声に、ユズルは思わず足を止める。
「…綺麗な声だな。」
気分転換にしていた散歩に思いがけない出来事でした。ユズルは声のする方に向かって歩いていく。気づいた時には転移門の近くにいた。そこには、声の主であろう少女がいた。
歌声と合わせて彼女の容姿にも見惚れた。白いフード服にミルクティーのように薄い茶色の短い髪形をした少女。前髪は左側だけを網目状にしている。感情に乗せて歌う姿に無意識に「…キレイだ」と呟いてしまったが、歌声にかき消されて彼女には聞こえなかった。
数分間の歌が終わり、彼女は「ふぅ」と呼吸を整える。それに合わせて、ユズルは拍手をした。ただ、立ち止まって聞いていたのが自分だけだったせいで目立っていた。彼女は、少し驚きつつはにかんだ表情をする。
「聞いてくれる人がいると思わなかったな。最後まで聞いてくれてありがとね」
「思わず立ち止まって聞いていたよ。いつもここで歌っているの?」
「最近始めたばかりよ。よくこの時間に歌の練習をしていてね。立ち止まって聞いてくれた人は初めてかな」
「そうなの?感情のこもった歌声だったから、聞いていたくなってね」
思っていることを話していたが、彼女にとっては意外だったのだろうか。どこか苦笑していた。それから彼女はまじまじと幻影のローブを深く被ったユズルの顔を見つめていた。
「ねぇ……もし、よかったらフレンド登録しない?歌うときにファン一号として招待するよ」
「それは嬉しいな。また聞きたいからぜひお願いします」
ユズルはメニュー画面のフレンド申請を確認する。すると、≪プレイヤー:ユナからフレンドの申請があります 受理/拒否≫と表示され、迷わず受理を押した。ボタンを押した後、ユズルは彼女に手を差し出した。
「フレンド登録ありがとね。これからよろしく」
「こちらこそ、よろしくね」
お互いに軽い握手をして笑顔を交わした。ただ深夜でもう遅いから長話はせず、そのまま別れた。心地よく少し火照ったような気持ちを感じていた。この気持ちは何なのかユズルは知らない――
「…また会いたいな」
――守りたい人ではなく、大切な人として思っていることをユズルは知らない。
本作品のヒロイン、ユナの登場でした。
お読みいただきありがとうございます!(^^)!
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