幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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注意!!
 個人を中傷する表現があります。ご注意下さい( 一一)


13話 独り暮らしは黙って1LDK

黒いフードを被った男の人は強い殺気と威圧感を放れていた。薄暗くなった時間帯にこの人はプレイヤーキルと思い、本能的な恐怖を覚えた私は、武器を下さずにわずかに後退りする。二人の目と目が重なり合う…その少年は、一歩下がり剣をアイテムストレージに仕舞うという場違いな動作をした後、間をおいて口を開く。

 

「...良く耐え抜いたな。本当に頑張ったね」

 

その声を聞いた途端、私は全身から力が抜けた。落ち着けば『もうピナはいない』という現実を思う私は堪えようとはせずに、次々と涙が溢れさせる。短剣を手から滑り落とし、地面に転がる様子を無視した。私は視線を地面の上の水色の羽根に移すと、その前に地に跪く。

 

熱く渦巻いていた怒りは収まり、深い悲しみと喪失感が胸の奥に沸き上がってきた。それは涙に形を変え、頬を止めどなく流れ落ちていく。私は泣いてピナを失った悲しみを耐える様に流し続けた。嗚咽を洩らしながら、両手を地面につき、私は言葉を絞り出す。

 

「うぅ...あたしを独りにしないでよ......ピナ......」

 

 あの時に落ち着いていれば転移結晶を使い、森を出られなくてもモンスターの戦闘を避けることはできた。ピナが警戒音を鳴らした時に素早く離れていれば、隣接エリアの入れ替え時間に合わせて逃げ切れていたかもしれない。短気で闘う以外の選択をしなかった自分を責めることしかできなかった。

 

「……ゴメン。もう少し早く気が付いていれば......」

 

傍らに立っている男の人の言葉に、私は必死に涙を片腕で拭い、首を振った。

 

「...いいんです......私が...バカだったので......。ありがとう...ございます...助けてくれて」

 

嗚咽を堪えながら、どうにかそれだけを口にする。

 

男の人はゆっくり歩み寄ってくると、私の前に跪き、控えがちに背中をさすってくれた。振り払わずに助けてくれた人の素顔を見ようと顔を上げれば、彼はピナの羽をじぃと見つめている。

 

「そういえば、亡くなっても羽根が残っているのは不思議ではあるか。申し訳ないけど、調べてくれる?」

「...え、あ、はい...」

 

プレイヤーやモンスターは死亡して四散する時は装備から何から全てが消滅するのが普通だ。私は恐る恐る手を伸ばし、右手の人差し指で羽根の表面に触れる。浮き上がった半透明のウィンドウには、重量とアイテム名が表示された。

《ピナの心》

 

「…アイテム化されているなら、もしかすれば――」

 

言い終える前に彼は言葉を止める。気づいた時には、森一面に焦げ臭い匂いが充満していた。私には何が起きているか分からなくて呆然とする。

 

 

「...そういえば、ここに来る前にたいまつ消すのを忘れていたなぁ...ゴメン!野暮な質問だけど......走れる?」

「...へぇ?」

 

引き攣ったまま振り向いた先は、彼女のとぼけた素顔。その直後、炎で樹海の木に燃え広がるエリアに入れ替わった。巨大な樹木で埋め尽くされている迷いの森は数百のエリアへと分類されており、数分経てば隣接エリアはランダムで入れ替わる設定だ。私は急いで【ピナの心】をアイテムストレージに仕舞い込む。そして、名前を知らない人と一緒に私は疲労を忘れて無我夢中で走り回ることとなった。

 

大樹を燃やす火に怯えながら私と彼は駆け抜けていく。火災のお蔭で木の根やモンスターに足をすくわれることはない。だが、何度転送ゾーンに足を踏み入れても迷いの森からは出られなかった。

 

「うわぁああああ!!走っても、走っても火の森です!前に進んでいる気がしません!」

「人生、前に進んでいるつもりでも後ろに下がっていたりするからね!所詮、死ぬ間際にたった一歩でも進めればそれで十分――」

「うるさい!!何の話をしてますか!?そもそも、あなたが原因で死にそうになっているんですからね!!」

 

...どうやら余程余裕はないのであろう。彼女の口調は荒く過激になっていた。先ほどまで大切な相棒を失った悲壮感溢れる少女ではない。律儀で逞しい淑女に進化していた。そんな淑女に僕は前向きな言葉を送る。

 

「少年少女はね!ちょっと(精神に)火傷して大人になるんだ!良かったね。これで君も大人の仲間入りだ!」

「これで(身体に)火傷して大人になんかなりたくないですよ!――もうこんな森を走るのは嫌だよ~!ピナ~助けてー!!」

 

走りを止めずにシリカは、金切り声を上げた。僕もあまりふざけている場合ではない。早く森を出なければ隣接エリア内で切り替わり続けて燃え広がり、最終的には森全体が炎で囲まれてしまう。気持ちを切り替えて次の転送ゾーンに向かい、走る速度を上げていく......

 

「こっちも嫌になってきたー!ピナ~助けてくれー!!」

 

 少女は亡きピナを思い浮かべ、僕は彼女の思いに便乗して叫ぶ。二人は同時に転送ゾーンに足を踏み入れた。すると、森を抜けた先に広大な草原が広がる。たいまつの火で火災という人工災害に巻き込まれる災難はあった。しかし、ユズルと少女は無事に迷いの森を脱出し、お互いに草原に転がる。幸いにも迷いの森の炎は灯りの役割を成しているお蔭で夕焼けと変わらない明るさだった。

 

「ハァ…ハァ…なんとか抜け出せましたね」

「…ふぅ、助かったぁ」

 

 寝そべれば火照った身体と熱い火の中にいた場所からすれば涼しい風が気持ちいい。私は今日ほど大声を上げて走り回った日はない。今日ほど泣いた日はない…こんなにドッタンバッタンな日は初めてだった。可笑しくて変な人ではあっても悪い人ではないのかな…顔を彼に向ければ、煙突から出てきたみたいな煤まみれの顔をしている。いつのまにかその顔が可笑しくて笑っていた。

 

「ふふっ...そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はシリカです」

「僕はユズルだよ。よろしくね」

 

お互いに初めて名前を伝え合う。

 

「シリカ、顔が煤だらけだね。これで拭いたらいい。街に入れば、皆に見られてしまうよ」

 

シリカに布を渡せば、顔を反対側に向けて擦る。拭き終えた彼女の顔は真っ赤に染まっていた。

 

 

 無事に森を脱出し、第三五層の主街区《ミーシエ》に到着した。白壁に赤い屋根が立ち並ぶ放牧的な農村といった街で中層プレイヤーが主に利用している。またここの宿の大半はミルク飲み放題であり、チーズや発酵食品が名産品だ。

 

「さてと、まずは情報収集かな」

 

しかし、そうは問屋が卸さない。私がフリーになったという情報を聞き、勧誘しようというパーティーがたくさんいたことだ。私は嫌味にならないように断る。

 

「あの...お話は有り難いのですが、今はこの方達とパーティーを組んでいるので...」

 

すぐにシリカには沢山の男性プレイヤーに声をかけられる。彼女の気を引こうと必死にアプローチをしていた。だが、これは都合がいい。ユズルの印象ではさしずめ、餌を待つウツボット又は蠅を待つハエトリソウ。色々なプレイヤーは入れ食い状態で釣れるからだ。

 

「おい、あんたよ。抜け駆けは――って!お前は――」

「先週ウチのアイテムをどーしても欲しいって言うから赤字覚悟で売ってあげたよね。まさか、クライエントまで買い取ろうとは...思ってないよねぇ」

「あ、あたりめぇだろ!いつも世話になってんだ!アンタんとこの仕事を奪ったりしねぇよ」

「そうだよね...そうだよねぇ...もし、僕の質問に答えてくれれば、いいアイテムを格安で売ってあげるけど...どうする?」

 

多彩な趣味スキルを八割ほど極めた僕は人助けをするうちに「依頼されれば何でもやる商人」としてプレイヤーに認知されていた。シリカに近寄るプレイヤーの多くがウチの商品を買った事のある顔なじみの客。後は近づくプレイヤーに『欲しい情報を提供すれば代価としてアイテムを割引』交渉をかければいい。シリカのお蔭で聞き込みは思っていた以上に捗った。

 

「...集まった情報を掻い摘んで伝えるね。まず、《形見》という名のアイテムが残っていれば、使い魔を蘇生させることが出来る。亡くなった日から三日以内なら形見アイテムに第四七層にある【思い出の丘】というダンジョンで取得できる《プネウマの花》の粉末を振り掛ければ蘇生する...分からないところは?」

「大丈夫です...すみません、ここまでしてくれて...」

「気にしないでほしい。こっちもいい商いをさせてもらったしね。むしろシリカの人気に驚いたよ」

「そんな事...あんなの、ただのマスコットみたいなもので誘われてるんです。なのに、【竜使い】なんて呼ばれて良い気になって、自分が強くなったと勘違いして、調子に乗って一人で森に入って、それで......」

 

 言葉をつむぐうちにシリカは涙ぐむ。ユズルは、手早くメニュー画面を開く。しばらくしてシリカのメニュー画面にトレードメニューが表示された。記されているのは非売品と表示されたレア装備品ばかりだった。

 

「シリカに合う装備だ。気休めだけどこれでレベルを底上げできる。僕にも蘇生の手伝いをさせてほしい」

「どうして......どうして、そこまでしますか」

 

 警戒心に隠れた恐怖を隠さずに私は尋ねる。これまで会ってきた人は下心で近づいてくるプレイヤーばかりだった。この人は悪い人ではなくでも…見極めなければいけない。自分の思っている人であるかを試したくて質問した。

 

「何でだろうね...多分、思いやり、だろうね。人間は一人では生きていけないから助け合って当たり前...では、答えになってないかな」

 

 ユズルは言いかけた言葉をつっかえながら話す。シリカは「わかりました」とニッコリした。夕食の時間帯もあり、彼女の紹介で飲食店を紹介してもらう。

 

 

「ここのチーズケーキはあたしのお気に入りなんですよ」

 

 シリカの紹介で第三五層の主街区≪ミーシェ≫に数ある宿屋の一つ。シリカと一緒に借り上げている宿の食堂で、僕とシリカは向かい合って座っている。しばらく談笑している時に、先ほどまでシリカと話していた、喧嘩別れした【ミッシングリンク】のパーティーが入店してきた。

 

彼女は見つからないよう、身を背けるも声をかけられる。赤い髪を派手にカールさせた女槍使いはシリカに絡み、めざとくピナの姿がないことに気づけば、その死亡を餌にシリカを逆なでするように揶揄し始めた。シリカも最初は黙って耐えていたのだが、相手の悪意を撥ね退けて「ピナは絶対に蘇生させる!」と声を高らかに宣言する。

 その際、女は第四七層の【思い出の丘】に同道する僕に、薄い笑みを浮かべて捨て台詞を吐き捨てて立ち去っていった。後でシリカから槍使いの名はロザリアと分かり、内心でほくそ笑む。

 

――ターゲットロックオン!

 

ユズルは心の中で、こう自分に囁いた。

 

 

「どうしてロザリアさんはあんなに酷いことを平気で言うんですかね」

 

 シリカは俯き、尋ねる。

 

「......あ~それは、あれだよ。現実世界では(多分)一人で1LDKに(住んで)いるからだよ」

「わ、わんえるでぃーけー?ですか」

「あれ、シリカは知らない。1LDK?」

「し......知っていますよ、ユズルさん!ほら......あれですよね、(ワン)LDKですよね!」

 

シリカは両手を腰に当てて胸を張り、ドヤ顔で答える。僕は「......なんか発音が変だけど、まあそんな感じかな」と思うこととした。聞き違いでなければロザリアは現実世界では犬小屋で暮らしているという解釈となる。首輪に繋がれた大人の女が犬小屋で衣食住生活とは一部の人にしか需要はないだろう。しかし、間違ったままで覚えてはシリカに恥をかかせてしまうか。ユズルは言葉を選び、さりげなくフォローをいれることにした。

 

「僕の言う1LDKは 一人、長い、独身、カネなし、の意味かな。ロザリアっていう人は現実世界で夜は遊び歩いて貢いでくれる男はいても一人の男性に添い遂げる印象はなさそうだったからね」※個人的な意見です。

 

 正しい知識を言うのではない。さりげない言葉遊びをしていることにすればロザリアの尊厳は傷物になってもシリカの自尊心は守られる。僕はそう考えた。シリカはそれに同調し、不満を炸裂させた。

 

「本当にそうですよ!そういえばロザリアさんはいつも男の人に色目を使っていました!あの人は 一人、淫乱、爛れた、食いぶち、略して1LDKをこのゲームでしているんです!本当に不潔です!!」※個人的な意見です。

 

1LDKの上手い言い方にユズルは「ほんとにね」と答える。しかしシリカよ。君の発言は放送禁止用語に引っ掛かる発言をしているぞ、と言うも「これ位は言っていいはずです!」と彼女は開き直りやがっていた。思っていたよりも彼女なりにストレスを溜めていたのだろうとユズルは納得する。これでシリカの溜飲(りゅういん)が下がるといいな、と僕は願う。

 

「それにしてもどういう生き方をすればあんな嫌な人になるんですかね」

「それは遊んでいるゲームの問題かな」※個人的な意見です。

「どういうことですか?」

「人気のRPGゲームで 一人用、長く遊べる、ドラゴニック・クエスト、略して1LDKのゲームがあるのは知ってる?」

 

 シリカは「確かギネスブックに載っているゲームですよね」と頷く。ドラゴニック・クエストは1986年5月27日に家庭用ゲーム機として販売されたRPGゲームだ。一貫した王道のRPGの世界観を守っていく一方、3Dマップの採用、ワイヤレス通信を使った「新しい通信機能」の活用、オンライン対応など、それぞれのタイトルで時代に合わせた技術を用いた新しい遊びの創造に挑戦している。それはソードアート・オンラインの始まった2022年になっても変わらない。常に進化を繰り返す姿勢に多くのファンで根強い人気を集めているゲームだ。

 

 僕もドラゴニック・クエストのファンでキャッチフレーズにある「見渡す限りの世界がある」に惹かれて行列に並んで買った思い出がある。あの時は学校を休んでしまい、ばれた母親に怒鳴られながら竹刀で追いかけ回されてしまった。身震いをしつつもゲームの内容を思い出しながら話す。

 

「あのゲームは民家に自由に入ってアイテム欲しさに勝手に人の棚開けたり、壺や樽を壊したりするよね。プレイヤーだから何をしてもいいという感性をソードアート・オンラインでも同じ様に考えているからだよ。ロザリアはそんな自分を純潔なゲームプレイヤーだからエライ!とか思い込んでいるだろうね」※個人的な意見です。

 

ユズルの話はシリカにとって納得のいく話であり「かぁわいそうですね、ロザリアさん」と憐れむ。その後は、シリカの愚痴を聞き、紙に書いた地図を広げて大まかな手順を話し合った。食堂の閉まる時間まではシリカとユズルは世間話をしてギリギリまで粘った。

 

 

食事を終えたユズルは個室の椅子でゆったりしていた。元々は食事を前提にした料理屋ではあっても経営は赤字となり、空いていた部屋を連れ込み宿に改装したという設定で置かれているらしい。しかし¨連れ込み宿¨は現代用語では¨ラブホテル¨の意味である。ハラスメントコードのあるこの世界には不要な設定のはずだ。それでも設定上はあるということは『どこかにハラスメントコードを解除する方法がある』と考えるべきだろう。

 

…自分でも馬鹿な考えをしていると思い、気になったことを紙に書いて頭を整理する。今回はシリカのことだ。

 

シリカの態度や言動を見ても彼女は自分の知らないうちに『竜使い』や『人気者』の肩書きを背負い、生きている。それだけに囚われてしまい、彼女は肩書きにキズをつけまいと相手を傷つけない処世術を仮想世界で身に着けていた。たった十三歳の子どもが誰にも頼らずにその重荷を一人で律し続けてきた彼女の精神力は相当なものであろう。

 

「…まだ幼いシリカでさえ、心を擦り減らして精一杯生きているんだよな。他の皆はどうしている…会いたいな、皆に…」

 

本当は自分からとて誰かと一緒に話をして過ごしたい。誰かとモンスターの倒し方を話し合ったりする狩りをしたい。それでも世間の風評はそれを許さない。ましてや笑って殺せるニンゲンにそんな権利はない…

 

「こんな時までリスクばかり考えて動けないって......本当にどうしようもないな...僕は...」

 

...このまま引きずったままでは仕事に支障がでてしまう。明日は、シリカと【思い出の丘】に行く用事。そして食堂で会ったロザリアを探して監獄に放り込む用事を抱えている。――いや、ぶち込むという方が正しいか。ユズルは紙をアイテムストレージに仕舞う。鬱屈した意識で夢の世界へと沈んでいった。

 

 

現実世界では私――綾野珪子は常に誰かと一緒だった。友達と何かをする時も頼っていたし、家族といる時は甘えていた。私から友人や家族を取れば何も残らない。自分一人では何もできない...そんな自分を変えたくてソードアート・オンラインを買い¨シリカ¨という新しい自分を生きたかった。でも結局何も変わらない。ピナと一緒に【竜使い】や【ビーストテイマー】と呼ばれる様になっても、私自身は何も成長していない。そんな自分が嫌いでどうしようもなく好きになれなかった。

 

(...なかなか寝れないな)

 

シリカはベットで考え込んでいた。

 

(そういえば、一人で寝るのは久しぶりだな…)

 

ずっとピナと一緒に寝ていたから随分久しぶりだ。気晴らしに、初対面の彼を思い浮かべる。この世界に閉じ込められて二十代から三十代の男に声をかけられたし、中には初対面の人に結婚を申し込まれたこともあった。しかし、彼は違った。ただ純粋に助けてくれる、でも――どこか寂しさと苦しさを交えたあの感情。

 

(なんだか落ち着かない。自分から質問したことだけど、あの表情が…どうしても気になる)

 

 私はそれが何か分からないまま、いつの間にか眠りについていた。

 




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エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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