今回は、感情表現が複雑になってしまいました。よって【参考】の枠を設けて独自解釈の補足をしました。よければ、ご覧ください( 一一)
2024年2月24日(早朝)
ユズルは鬱屈とした気分のまま、カーテンを開けて朝日を浴びる。寝ぼけた頭を無理にでも覚醒させ暖かい掛け布団の誘惑に打ち勝つ。手早く着替えた後は一階の食堂でNPCにシュフのおすすめ朝食レシピを注文する。やがてパンとシチューがテーブルに並び、ユズルはもそもそと食べた。半分を食べ終えた位にシリカも降りてきた。濃紅色の瞳をこすりながら軽いあくびを空いた手で隠して降りてくる。
「ふわぁ....おはようございます~ゆずるさん」
「おはよう、シリカ」
お互いに軽く挨拶を交わす。シリカは今日のシュフのおすすめレシピはパンにシチューと知れば「大当たりじゃないですか!」と、ハキハキ声を上げる。シュフのおすすめ朝食レシピはゲームの裏メニュー扱いで頼むまでは何が出てくるかは分からない。主食はご飯とパンは固定されている。しかし、副食は主街区に合わせた食材。ここではサラダやチーズやスープ類のオカズをランダムにだされる。他の当たりレシピは、女性の美容に良いとされる蟲を蒸した料理は肌艶ともちもち肌を得る代わりに卒倒する味で苦しむと評判だ。シリカはユズルの向かい側の席に座り、NPCにシュフのおすすめ朝食レシピを注文する。
シリカの前に三つのパンとシチューをテーブルにゴトッと置かれるのをユズルは目を皿にして眺めた。
「お腹すいてるの?」
「ゲン担ぎです!腹が減ってはなんとやらです!!」
シリカはパンにかぶりつきながら答えた。ユズルはそんな彼女を微笑ましく思い、のんびりとシチューにパンを浸して食べていく。シリカは勢いよく食べたせいか、何度かパンを喉に詰まらせてしまい、その度に慌てて水を飲むを繰り返した。やがて、朝食を食べ終わり――
「「ごちそうさまでした!!」」ユズルとシリカは手を合わせて言った。
一
朝食を食べ終えたユズルとシリカは転移門に向かった。プレイヤーのひそひそ声はうっとうしく聞こえるも、パーティに誘うプレイヤーはいない。
「昨日と違って、シリカを勧誘しようとする人はいないね」
「ユズルさんと組むって言ったからだと思いますよ」
「へえ。強引に勧誘したりはしないんだね」
やがて転移門の前に着き、ユズルは目的地の街の名前を告げる。
「転移!フローリア!」
掛け声と共に、転移門からの青白い光は僕たちを包み込む。ライトエフェクトの後、ユズルとシリカは第四十七層【フローリア】にいた。辺り一面数の花で囲まれており、花のことに詳しくないユズルにも綺麗だと分かる、良い景色と良い匂いが鼻腔を刺激する。
「....すごい」花が好きなのか、隣のシリカは感嘆の声を漏らす。
「ここ、《フローリア》は花ばかりでね。ついたあだ名が《フラワーガーデン》だそうだよ」
「へぇぇ....!」
花が好きだったのかシリカはあっちへフラフラ、こっちへフラフラと花を求めて歩き回る。第四七層の主街区【フローリア】は花が咲き乱れる美しい街。アメリカの庭園楽園を思い浮かばせる色とりどりの花が咲き乱れ、まさにお花の絨毯を敷き詰めたような街並みが特徴だ。のんびり丘の方へ行けば鱗のように照り映る川を一望し、下から見上げるのとは違った美しさを堪能できる。花と川の美しさを直接味わえるフローリアは男女のデートスポットとしてあまりにも有名だ。まだフラフラしているシリカをユズルは呼び止める。
「おーい、花を眺めるのは良いけど、そろそろピナを助けに行こう?」
「あ....そうですね、すいません....」
「謝る必要は無いよ。眺めながらでも行けるってことだから」
パアッと顔を輝かせたシリカと共に、花を眺めながらサブダンジョン《思い出の丘》に向かうこととなった。歩き始めた途端、またささやき声がつきまとってきた。男女で歩いているプレイヤーが、顔を上げてユズルとシリカを見ようとしたり、道中ですれ違った後でわざわざ逆戻りしてジロジロ見たりした。ユズルにとっては迷惑でしかない。シリカは道中のプレイヤーにせわしなく会釈し、手を振って愛想よくしていた。
そうこうしている内にシリカと共に《思い出の丘》に行くための門までたどり着いた。
「さて、これからピナを生き返らせに行くけど、準備は良い?」
「はいっ!」シリカは力強く頷く。
「フィールドに出たら、僕は基本的に戦う。けど、相手のモンスターはシリカも狙ってくる。最低限の自衛はしてほしい」
ユズルは誰かを護衛しながら戦うのは初依頼で緊張していたし、シリカは力強く頷いても肩の力を抜けきれずにいた。シリカにオレンジとミルクの香りをするドリンクを渡し、自分もゆっくりと嚥下する。液体が喉から胃に流れ始めるまで黙って飲んでいたが、ユズルはふとある事に気付いた。
「そうだった、転移結晶は持っている?」
「あ、はい」
シリカは自分のアイテムストレージから、水色の結晶を取り出し、ポーチに入れた。ユズルもそれが転移結晶のアイテムと確認する。
「フィールドじゃ、何かあるか分からないからね。僕が「脱出しろ」と言ったら迷わずに脱出してほしい」
「え?でも....あたしは....」
「僕は大丈夫だよ。でも、シリカは危ないでしょ?」
これから向かう場所は第四七層のフィールドだ。レア装備で安全に戦えるとはいえ、突然強いモンスターの奇襲に遭うものならば慣れていない僕の護衛では簡単に崩壊してしまう。もしものために、シリカの命を守るのは最優先課題だ。ましてやすぐにカッとなりやすいシリカにとっては釘をさしておく意味もある。
「....分かりました」シリカは話を聞いてもまだ腑に落ちない様子だった。
「じゃあ、早速行こうか」
二人は同時に主街区フローリアを出て、モンスターの出現地区の先にある《思い出の丘》を目指して歩き始めた。
二
道中は大きな草で生い茂っている。歩く道は土で埋め立てられて歩きやすい道になって問題ではない。だが、大きな草に隠れているモンスターが飛び出してくるとそのたびにヒヤッとした。ユズルはモンスターとの戦闘は何でもないが、足を引っかけてくる蔦に足をすくわれてしまう時は取るに時間をかけてしまう。それでも無傷で歩けているのは不幸中の幸いだ。
やがて木製の橋のかかる草原エリアに入る。草原エリアの見晴らしはよく、大きな草は見当たらない。代わりに森林やまだらな石が死角を作っていた。また、このエリアは女性プレイヤーには不人気モンスターの出現する場所。ユズルは歩きながらシリカに伝える。
「シリカね、この辺りは触手系モンスターの溜まり場でね。そこらにある花に近づくと――」
「――へ?きゃああぁぁぁ!!....あぁぁあ!」
最後まで言い終える前に、シリカは水滴で光る白い花に近づく。その瞬間シリカの足に蔓が絡みつき、彼女を宙づりにする。頭を下にして宙吊りになったシリカのスカートは、重力で抜け落ちそうになっていた。
「モンスターに捕まるよ」
ユズルは宙づりになったシリカを見上げて答える。敵を確認すればまさに女性に不人気なモンスターであった。
固有名は≪歩く花≫別名は¨女の敵¨――ハエトリソウの巨大な口に牙に茎にはひまわりに似た黄色い巨大花。その口を動かすたびに粘液は糸を引いて伸び、無数の肉質な触手を振り回していた。シリカは触手のつるりと滑る感触に青白い顔で叫ぶ。
「ユズルさん!!助けて!見ないで助けてください!!」
片手でスカートを抑えて、右手でやたらにソードスキルを発動させる。短刀の先から放つライトエフェクトを歩く花はユラユラと動いて直接攻撃を防ぐ。次第に無数の肉質な触手をシリカにゆっくりと伸ばす。
「それはちょっとできないかな....それよりも早くしないと内側まで撫でまわされるよ。僕は後ろ向いているからね。敵の白い部分は弱点だから頑張れ!」
顔を赤くして後ろを振り向く彼に顔面の筋肉が痙攣して戻らない。ユズルはシリカとは逆の方向にむいて索敵をしていた。歩く花はシリカを左右にブラブラさせ、やがて触手は腰や両足に絡みつき始める。
「こ、この....調子に、乗るなぁ!!」
シリカは両手を離し、足に絡みついてうねうねと動いている触手を短刀で切断した。空からの落下に合わせ、花の白い部分にソードスキルを発動させる。攻撃は歩く花に直撃し、パリゴンとなったのは分かったが、シリカは見ようともしない。彼女はユズルに突っかかる勢いで近づく。
「........次は、真面目に、お願い、しますね」シリカは上ずった声で言う。
「....善処します」ユズルは申し訳なさげに胸を疼かせる。
熟したナツメのような赤い顔をしたシリカは踵を返し、短刀を仕舞わずに、ユズルには聞こえない声でブツブツ言っている。ユズルはシリカと一緒に歩き、なるべく考えないようにした。なにしろ、考えるたびに胃袋ごと一緒に逃げ出してしまうような恐ろしい気分になるからだ。
三
2024年2月24日(昼間)
やがて、赤レンガの街道をひたすら進むと小川にかかった小さな橋に小高い丘に差しあたった。道中のユズルはげっそりとしている。無理もない。シリカときたら、そっぽをむいているだけでなく、目の前に現れた敵を見境なく攻撃するのだ。途中からユズルは剣を振るう前に、シリカは飛び出して敵をポリゴンに変えてしまう。護衛の必要性を感じさせないシリカの俊敏性と回避。鬱憤のままに短剣で闘う姿は『竜使い』や『マスコット』とはとても呼べない。さしずめ明るい茶色の髪と短いツインテールを逆立てた彼女は『狂犬』だ。普段は愛くるしくても一度怒らせれば止まらない人、と考えればそれしか思いつかない。
「ねぇ、シリカ。あそこに見える丘が≪思い出の丘≫だよ」
「そうですか。ようやくこのエリアとおさらばできますね」
「まてまて。ここから先はエンカウントが激しくなる。一人での戦いは避けてほしい」
「....では、どうしますか?」シリカが聞いた。
「もし、シリカなら大量に襲ってくる敵にどう対応する?」ユズルは逆に問いかける。
「私でしたら....なるべく背後を取られないように立ち回ります」
「そうだね。なら、お互いに背後の敵を意識ながら進もう。くれぐれも無茶だけはしないでね」
色とりどりの花が咲き乱れる登り道に踏み込めば大量の敵に襲われた。お互いに死角になる敵を倒して進む。特に変わった様子もなく、少量のダメージで目的地に到着した。
「わぁ....」
「ようやく着いたね」
白い斑晶石に囲まれた中央に白い台座の置かれた場所。思い出の丘の山頂は絶景以外の言葉が見つからない。見下ろせば近くでは見たくない気色悪いモンスターもその絶景の一部に同化していた。しかし、春夏秋冬に花がぐちゃぐちゃ咲いている所は仮想世界ならではと思ってしまう。
「ここに、プネウマの花が....?」
「聴いた情報通りなら、中央の台座にビーストテイマーが祈れば、蘇生アイテムが出現するみたいだね。やってくれる?」
「はい」シリカは両手を固く組み、ガランとした台座の前で祈る。すると、台座の上が輝き始めた。ビーストテイマーのシリカに反応し、台座の中央から若芽が生えると、それはみるみる成長していく。伸びたその茎の先に蕾がポワンと現れ、白い花弁を広げた。
――綺麗
シリカはピナの首筋を撫でる動作で白い花弁に触れる。浮き上がった半透明のウィンドウにアイテム名が表示された。
≪プネウマの花≫
「これでピナを生き返らせますか?」
「うん。その花の中に溜まっている雫を振りかければいい。ただ、道中はモンスターが多いから、街に帰ってから生き返らせよう」
四
アイテム欄に収納されたのを確認し、メニュー画面を閉じる。時間はお昼に近く、ユズルは思い出の丘の山頂で昼ご飯を食べることにした。
「まだ、時間もあるし....ここでお弁当を食べようか」
「え?でも早く帰ってピナを生き返らせないと....お腹もそれほど空いてないですし」
「『腹が減っては戦ができぬ』っていうでしょ。それにシリカの元気がでるおまじないをかけて作ったんだ」
ユズルはアイテムストレージからシリカ分のお弁当を手渡す。寝る前に「心を擦り減らして頑張っているシリカに何ができる?」と思い、自作の手作り弁当を渡そうと考えた。食堂の閉店時間にこっそりと忍び込んでキッチンを拝借して作ったオリジナル弁当。シリカが蓋を開ければパンの上にちょこんと乗ったベーコンエッグにプチトマト、隅にはチーズの入ったシンプルな弁当だった。シリカは「ご飯を食べている場合ではない」と思うが、ユズルは景色を遠目で食べるのに夢中で気づかないようだった。
五
私はゆっくりとパンを食べる。焦げた小麦の香りと卵の風味が心地いい。こんな風に誰かに作ってくれた物を食べるのも久しぶりだ。仮想世界に来てからは外食で済ましていたし、ここに来てからは誰かのものを食べたいとは思わなかった。お弁当は素朴な味で特別に美味しいわけではない。でも気づけば食堂やレストランよりも夢中になって食べていた。
食べているうちに私の視界は歪む。前にあるお弁当や絶景の景色も歪んで良く見えない。
―――泣いている?
ぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落としていた。悲しいことがあった訳でもなく、痛い目にあった訳でもない。辛い目にあった訳でもないのに涙が止まらなかった。
「....おかわりもあるけど....食べる?」
返事はしないで頷く。彼に貰った二つ目のパンを頬張る。我慢できずに顔を涙でくしゃくしゃにしていた。
「辛かったね」
彼はそれ以上何も言わず、私の肩を擦ってくれる。私は目一杯泣いた。自分でも何で泣いているかは分からない。どうすることもできずに、頭を下げてうずくまって、ただ泣いていた。ずっと居座っていたぐちゃぐちゃな感情の吹き溜まりはどこかに消えていた。
【補足】
1・シリカが泣きだした理由ですが、これは一言では、言い表せません。デスゲームが始まった日から、今日まで複雑な気持ちが耐え切れずに溢れた涙と解釈しました。
・お父さん、お母さんに会いたいという気持ち
・この先が見えない絶望感
・仮想世界で閉じ込められて気づいた、平和だった時の今になって分かる現実世界の尊い楽しい思い出
・一人では何もできない虚無感
・自分の良い所、悪い所を含めて嫌っている自分自身のコンプレックス
・見ず知らずの男性に声をかけられる不安と恐怖
・本当は¨辛い¨¨帰りたい¨と言う気持ち
・理想の自分に近づこうと無理に振る舞い、仮面を被り、嫌いな自分を拒絶する気持ち
・ユズルの思いやり、優しさへの感謝と嬉しさと安心感
・シリカの嫌いと思っている部分も全てを受け止めてくれるユズルの慈愛
改めて整理すると、12歳か13歳の子が抱えていい感情ではないですね(汗)
2・ユズルの言っていたおまじない
特別愛情が入っているわけではありません。ただの真心(相手を思う気持ち)があるだけです。
相手を救うことは夢や幻影のようなもの。楽にいいことを手に入れても心には残らないし結局は救われた人間の心は空っぽのまま。
強い力で人を救うばかりで一瞬だけ元気になっても、効果が切れてしまえばいつか反動で大きな挫折を味わえば立ち直れないかもしれません。いつまでもシリカとは一緒にはいられませんし、助けてもあげられない。
元気になるきっかけは誰かの言葉でも「本当の意味で自分を元気にする」のは自分自身の心の在り方なのかと思いました。
よってユズルのお弁当に込めたおまじないは
・「シリカを想う心」
・「シリカの嫌っている部分も許して受け入れる心」
・「そっと寄り添う心」
この三つを真心に込めていました。
3・後半の展開を思いついたきっかけ
ゲーテの言葉「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない」
エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査
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孤独な少女(シリカ編)
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人の温かさ(リズベット編)
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働くAI(ユイ・ストレア編)
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超食べたい(ヒースクリフ編)
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受け継がれる幻影(???編)